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All Chapters of 異常のダイバーシティ: Chapter 31 - Chapter 40

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31. 夜景≪NightView≫

 ― 時間は20時に迫る頃「なかなかやるようになったじゃない、喜志可くんも。でも、もっとこう⋯⋯」  俺とモアがマッサージチェアを使いまくったあの部屋へと、エンナ先輩に呼び出されて諭されている状況。  あんなにすぐ返事せず、もうちょっと男の子は焦らして言った方がいいと、謎の上から目線の説教も始まった。  『彼女にしたくなったでしょ?』に対して焦らせってムズ過ぎだろ⋯⋯。なんだよ『さらにあーんしてくれたら彼女にしたいですね』って言えって。ヤバすぎるだろそいつ。 「っと、この話はこの辺にして、さっきの喜志可くんの返事が冗談なのは分かってるけどね。だってあれでしょ、本当は"スアちゃんの事が好き"なんだもんね?」  急に上目遣いで先輩が聞いてくる。  なんか尋問が始まってないか⋯⋯? 「んー⋯⋯まだ誰とどうとかってあまり考えてないというか⋯⋯」 「プロ生活が忙しい感じだ」 「そ、そうです! それ! 俺なんかが生き残り続けるのは、なかなか難しいっすからね」 「でも、そういう大変な時こそ支えてくれるパートナーがいるのも悪くないよ? (例えば、私とか⋯⋯)」  ⋯⋯ん?  最後こそこそとなんて⋯⋯? 「⋯⋯そうっすね。けど、まず俺なんかとずっといたいと思う人、いないと思うんですよ」 「へぇ~、恋愛の事を意識し始めたら、自信無くなるパターンなんだね。喜志可くんは頭もいいし、運動神経もいいし、プロでも頑張り始めた。ほら、こんなにいいところがいっぱい! もっと自信持ちなよ!」 「それとこれとは違うというか⋯⋯。俺はアマみたいにイケメンじゃないですから」  俯いて言うと、エンナ先輩はマッサージチェアから立ち上がり、突然正面から抱き着いてきた。 「⋯⋯これでも自信ない?」 「い、いや、え!?」 「はーい、おしま~い。続きはしっかり、彼女にしてもらわないとね!」 「え、えっと、はぁ⋯⋯」 「(私を選んでくれたらずっとしてあげるのにさ⋯⋯) さて、おとんちゃんがね、この家の"最上階以外好きに使いなさい"って。ちょっと上から夜景でも見てみる? こんな状況な時こそ、気分転換もしておかないとね」 「いいんですか!?」  「いいわよ。二人でこっそりちょっとだけ行こっか」  二人だけで!?  エンナ先輩は俺の手を引っ張り、エレベーターで10階へと連れて
last updateLast Updated : 2025-09-17
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32. 資料≪resume≫

 こんな内容の資料があったなんて⋯⋯。  先生たちで会議していた途中だったのか?  さっきまでの心臓が破裂しそうなほどいい雰囲気はどこへやら、打って変わって特別資料とやらを読んでみる。  -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------  【大阪都波裏学園/夢洲校の新設について】  この度は同校の夢洲進出にあたり、本校は大阪変革党からの多額なる支援とAI支援を受けてまいりました。付きましては、大阪変革党代表の日岡知事からの御提案により、本日2つの変更点があった事のご報告です。  ・新ダイバーシティ策実施による"新施設NewDiversityROOM 1の緊急導入"  ・結果次第で"今後の梅田校にも"新施設導入の検討  また、こちらの"NewDiversityROOM 1"に関しましては、関係者以外立ち入り禁止となっておりますので、完成した際は要ご注意下さい。  これからも引き続き、最新建設AIの"ArchiSynth(アーキシンス)"による建造にご期待下さい。  今後も大阪変革党の御支援をよろしくお願いします。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ⋯⋯"新施設NewDiversityROOM 1の緊急導入"?  まだもう1枚資料がある。  そちらには、その"新施設NewDiversityROOM 1とやらの完成内部イメージ"があったのだが、俺はそれを2日前のオープンキャンパス時に見た事があった。  蒼紅の扉【ProtoNeLT ONLY】の先にあった謎だらけの施設、そのまんまだったのだ。 「⋯⋯これって⋯⋯」 「何か知ってるのかい?」 「いや⋯⋯」  この話はアマにはしておいた方がいいのか⋯⋯?  けど、今日はこれ以上情報を多くして、混乱させるわけにもいかない。こいつだってまだ身体が完治ではなかったんだ、きっと疲れもある。話すなら、明日の方がいいかもしれな
last updateLast Updated : 2025-09-18
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33. 恋話≪Dating/Talk≫

「お、エンナ嬢ッ! おかえりなさいッ!」 「ただいま~。お腹は大丈夫そ?」 「えぇ、もう平気です。すんません、あまりに美味すぎてつい⋯⋯」 「なかなか食べられないものもあったものね、そうなるのも仕方ないかも。ここで会食やった時もなってた人多いかったから」 「さっすがエンナ嬢ッ! 初めてお会いした時からどこまでもお優しい⋯⋯ッ!! 一生付いて行きますッ!!」 「いや、一生はいいかな」  ケンがもう俺の知るケンじゃない、完全にボディガードとして染まりきってやがる。  やりすぎてエンナ先輩もちょっと引いてるじゃねぇかよ。 「さぁて、それじゃ私もお風呂入ってこようかな。スアちゃんとモアさんのとこに突撃しちゃお~!」 「俺も近くにいた方がいいですかッ!?」 「いや、そこまでしなくていいから⋯⋯。後は好きなようにしていいよ。ただし、喜志可くんにダル絡みはしすぎないようにね?」 「了解っすッ!」  そして、エンナ先輩は女風呂へと行ってしまい、俺とアマとケンの男3人衆だけが残った。  ケンが、俺とアマの間へと座ってくる。 「なぁ、俺たちも風呂行かねぇか? たまには3人でゆっくり入ろうじゃねぇの」 「僕はザイ君が行くのなら」  アマの野郎、適当な返事しやがって⋯⋯。  そのせいで、ケンがまた肩を組んでくる。 「男同士、いい汗流そうぜ。今日は1回戦とGRAND FINALと戦った仲だろ?」 「⋯⋯お前もう別人だろ。先輩に会う前、あれだけ一人抜けようとしてたくせに。"ProtoNeLT"になってないだろうな?」 「バカ言いやがれ、それだけ"あの出会いが俺の分岐点"だったんだよ。お前には感謝してるぜ~、ザイ~」  鬱陶しいほど背中を叩いてくる。   いちいちウザいなこいつ⋯⋯。  まぁ、敵対されるよりかは全然いいけどさ。  その後、男3人で男風呂へと向かっていった。  更衣室で着替える途中、突如アマがこんな事を切り出す。 「ケン君ってさ、"白神楽さんから師斎さんに乗り換えた"ってこと?」  あえて黙っていたのに聞きやがったよ、こいつ。 「はぁ!? き、急にバカ言うなよお前ッ!?」 「なら、師斎さんのボディガードはしても、"白神楽さんが好きなまま"ってことかい?」 「う、うっせぇなぁッ!? ってか、なんで俺がスアちゃんの事が好きって
last updateLast Updated : 2025-09-19
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34. 不変≪Changeless≫

 ― 深夜2時を回る頃  正確には≪2030/8/18(月) AM 02:12≫。  昨日からいる地下部屋ではなく、俺は1つ上の階の部屋を借りてやってきた。  理由はたった一つ、"あのピンクのスウェットの彼女"が来るから。  エンナ先輩には、"なかなか無い機会だから違う部屋でも寝てみていいですか"と言い訳した。もちろん優しい先輩はすぐ了承。あまり離れないなら好きな場所を使っていいよ、と。  ついさっきL.S.へメッセージもあったから、もうすぐ彼女が来ると思われる。  ⋯⋯なんでこんな緊張すんだろ、昔もあっただろこれくらい  どう見ても俺一人に似合わないキングベッドに横になりながら、ドア方面とL.S.のホログラムパネル上のSNSを交互に見る。  ⋯⋯ヤバい、大会より緊張してきたかも  だって、急にあんな事言われたら断れないし⋯⋯。  あの風呂のせいだろ絶対、ケンがいちいち呼びやがったからだクソ野郎⋯⋯。  さっきまでの一連の流れがフラッシュバックし、余計に心臓の鼓動を加速させる。  ⋯⋯じっとしているのがよくないんだ。筋トレしよう、こういう時は。腹筋だ、腹筋。とにかく腹筋、腹筋、腹筋ッ!  している途中、自動ドアが静かに開いてしまった。 「⋯⋯何やってるの?」  入ってきたスアは、マット上でツイストクランチする俺をじと目でじーっと見ながら、傍のキングベッドへと座る。 「んなもん⋯⋯筋トレに決まってんだろ。深夜は腹筋だ、腹筋」 「ふふ、なにそれ。私も一緒にしよっかな」 「⋯⋯やめとけ、慣れてないと寝れなくなる」 「アドレナリンが出るもんね。ザイは慣れてるってこと?」 「深夜にもやりたくなってすることも結構あるし、たぶん慣れてるほう」 「頑張ってるねぇ。なかなか続かないなぁ、私は」 「お前はそんなする必要ないだろ。元々スタイルいいし」 「そう? 私ってスタイルいいほう?」 「うん。何もせず、そのままでいい」 「そこまで言っちゃうんだ。私の身体付き、好き?」 「⋯⋯ここで好きって言ったら、ぜってぇ変態って言うだろ」 「言わないよ。ザイの好きな体型知りたいだけ」 「⋯⋯本当だな?」  スアは笑顔で頷く。 「⋯⋯好きだよ。ってか、嫌いな男いないと思うけど」 「そっか。顔は? ねぇ顔は?」  調子に乗って至近距離まで
last updateLast Updated : 2025-09-20
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35. 足音≪footsteps≫

 ⋯⋯これ、なんの音だ?  微かに"足音?"のようにも聞こえる。  誰か1階に来たのか⋯⋯?  でも、エンナ先輩には"この部屋にいます"とはあえて伝えていないため、俺とスア以外はここにいるという事を知らない。  というより、"あまり離れないなら好きな場所を使っていいよ"という返事だけだった、と言った方が正しい。  そもそも、1階に用があるというのもおかしな話で、大半は地下で済むようにしてくれている。食べ物も、冷蔵庫も、風呂も、洗濯も、何もかもが揃っている。  つまり、地下のみんながわざわざここに来る必要は無い。  もしあるとすればエンナ先輩ぐらいだろうが、この音からして先輩感は無いように思える。  候補は他の誰かという事になるが、あと考えられるのは師斎社長くらい。  エンナ先輩宅は父子家庭で、母親は昔亡くなったと聞いたのを覚えている。  それじゃ、師斎社長がこんな時間にわざわざ1階へ⋯⋯?  いや、それはおかしい。  師斎社長は、今日は帰ってこれないだろうという話を最後していた。  どこまでも人情に熱く、きっと寝ずに社員たちの家族も含めて面倒見ているに違いない。  それじゃ、一体誰が⋯⋯?  ⋯⋯まだコツコツと鳴ってる。見に行った方がいいか⋯⋯?  スアの胸と太ももに挟まれたままの右腕をちょっと動かすと、「ん~」と言ってさらに強く挟まれてしまった。  それに伴い、"サテンっぽい生地の何か?"が指先に当たる。   ⋯⋯これってスアの⋯⋯ 「ちょ、おい」  どうにか離そうとしても離れず、思いっきり手の甲にも"それ"は接触してしまった。彼女の生温かな体温と、"リボンらしき物"が当たる感覚までもが伝ってくる。  さらには、トップスの隙間から"胸を覆った白い下着"もくっきりと見えてしまっていた。  しかし、そんなの気にする様子も無く、嬉しそうに彼女は眠っている。  よっぽど今まで寝れなかったのがよく分かる。だからこそ、これ以上は邪魔したくないけど⋯⋯。  もう少し⋯⋯もう少しで⋯⋯。 「ん~⋯⋯?」  ⋯⋯あ  やっちまった⋯⋯起こさないようしてたのに。  もっとゆっくり腕を動かすべきだった。 「どしたの~?」 「なぁ、その⋯⋯パンツに手が当たってる」  意識しすぎて、言おうとした事と違うのが口から出てしまった。
last updateLast Updated : 2025-09-21
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36. 緊迫≪Sense/Of/Urgency≫

 歩くだけで勝手に付いていた電気がどれも灯らず、スアがスイッチを押しても付きそうな気配が無い。 「⋯⋯おかしいな、私が来る時は自動で付いてたのに。ザイが来る時は付いてた?」 「付いてた。なんか最近の夜はこんなのばっかりだな。"ホテルの時の停電"といい⋯⋯」  各々のL.S.と、"海銃"に変異したハイスマートグラスのライトを頼りに、まずは1階リビングへと徐々に歩いて行く。  なぜか自動ドアは普通に動いており、開いた瞬間に大きなリビングが視界へと広がる。  そこにはスアのドローンで見た通り、誰もいなかった。 「⋯⋯このまま地下に行くぞ」 「うん⋯⋯」  つい先程までとは違った真逆の緊張感が、さらに全身を伝う。  あのまま寝ていれば、どれだけ幸せだったのだろうと後悔さえしてしまう。  だとしても、それを拭ってでも皆を守らなければいけないという、言わば使命感のような気持ちの方が優先順位は上。  スアとの時間は後でゆっくり取ればいいのだから。  にしても、師斎家はあまりに広すぎる。歩くだけでも高揚感があるのが良かったのに、それが恐怖感へと塗り替わっているのが信じられない。  通りがかる他部屋へも常に警戒しながら、地下への階段へと足を乗せる。  この家のさらに変わったところは、"階段がエスカレーターのようにオートで運んでくれる点"だ。  どうやらこの階段の機能も動作しているようで、どこに電気が通っていてどこに通っていないのか、もはや意味不明すぎる状況となっていた。  そして降りた先、なんと地下は当然のように明かりが灯っていった。 「⋯⋯ここはいつも通りってこと⋯⋯?」 「訳分からん⋯⋯」  試しに真横の"モアがいる寝室"を確かめる。  ⋯⋯うん、しっかりオートロックが掛かっている  確認後は、いつものリビング方面へと向かった。  みんなの寝ている場所はちゃんとオートロックが外れておらず、そう簡単に入られそうにないため、可能性の高そうなそっちを見た方がいいと判断したからだ。  リビング前の自動ドア前に立つと、何事も無いかのように開いていき⋯⋯ 「エ、エンナ先輩!? 起きてたんですか!?」  そこには一人ソファに座って水を飲みつつ、L.S.で何かを見ながらゆったりしている先輩がいた。  俺とスアは速攻で"かいじゅう"を隠す。 「
last updateLast Updated : 2025-09-22
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37. 父親≪Father/Otonchan≫

「⋯⋯何もいないわね」 「おかしいな⋯⋯。はっきりと足音も声も聞いたんですけど⋯⋯」 「スアちゃんも聞いたのよね?」  「そうです。」 「とにかく、隅々まで見ましょうか」  先輩の後を付いて行きながら、暗闇へと染まった2階を恐る恐る見て回る。  しかし、どの部屋を見ても何もいる様子は無く、残るは上の階だけとなった。 「あとは3階ね。変わらず私の後ろに付いてくるようにね」  俺とスアはまた頷く。  その時、突然俺のL.S.に"謎のボイスメッセージ"が入った。  ⋯⋯え、師斎社長からだ。なんでこんな時に⋯⋯?  エンナ先輩とスアの後ろに続きながら、一人こっそり聞いてみる。すると⋯⋯  『⋯⋯は好きですか?』 「は⋯⋯?」 『⋯⋯は好きですか? ⋯⋯は好きですか? ⋯⋯は好きですか? ⋯⋯は好きですか? ⋯⋯は好きですか? ⋯⋯は好きですか? ⋯⋯は好きですか? ⋯⋯は好きですか? ⋯⋯は好きですか? ⋯⋯は好きですか?』 「うおあぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?」 「喜志可くん!?」 「ザイっ!?」  叫びながら尻餅をついてしまった俺に、二人がすぐ振り向く。  俺は今届いた"謎のボイスメッセージ"について即座に話した。 「ねぇ⋯⋯幽霊⋯⋯じゃないよね?」  不安そうなスアが呟く。 「なんでよ、数時間前に会ったばかりじゃない。きっとおとんちゃんの事だから、間違えて変なの送っちゃったんじゃないかな?」 「いえ⋯⋯先輩、その可能性も無いです」 「⋯⋯え?」 「この声、俺とスアが1階で聞いた声そのままなんです。師斎社長はここにいないのに、そんなのを送ってくるはずは⋯⋯」  先輩はすぐ師斎社長に通話を掛けた。  が、何も応答は無いようだった。 「なんで⋯⋯おとんちゃん早く出て⋯⋯おとんちゃん!」 「先輩、もしかしたら師斎社長はただ単に忙しくて、出れないだけかもしれません。まだ変な事が起こったと決まったわけではないです。ヤツらのなりすましや、イタズラだったりするかもしれませんから⋯⋯」 「⋯⋯そうね、取り乱してごめんなさい」 「まずは俺たちに出来る事をしておきませんか。とりあえず、残りの3階を調べておきましょう」 「⋯⋯えぇ、行きましょう」  そして、俺たちは3階へと上がった。  ⋯⋯ん?  微かにどこかから声がするよう
last updateLast Updated : 2025-09-23
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38. 家出≪NewDeparture≫

 朝になり、リビングに行くとエンナ先輩以外の4人が揃っていた。  その中のスアが深刻そうにみんなへ何かを話している。 「ザイ、起きたのね。おはよ」  振り向いたスアに続くように、モア、ケン、アマがこっちを見てくる。 「おはようございます、ザイ先輩」 「よぉ」 「ザイ君、こっちに座りなよ」  俺はアマの隣へと座る。  どうやら、"深夜の3階で起きた事件"をスアが話していたようだ。 「エンナ嬢は俺が守る役目なのに⋯⋯なんで起こしてくれなかったんだッ! ザイッ!」 「あんな夜遅くにお前が来たら余計に面倒だろうが」 「はぁ!? っざけんなッ!!」 「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。喧嘩してる場合じゃないから」  スアが割って入り、また場が静まる。 「師斎会長が暗い気持ちのままでいないよう、せめて私たちは明るくいよ? そうすれば、会長もちょっとは癒えるかもだし⋯⋯」 「私がどうしたって?」  そう言って後方の自動ドアから普通に入って来たのは、紛れもなくエンナ先輩だった。 「早起きね、あなたたち。もう朝ご飯って食べたの? 私は"ブルーベリーカシストースト"食べるわよ~!」 「え、あの⋯⋯エンナ先輩」  あまりに平気そうな彼女に耐えられず、一番に俺が口を開いた。  先輩は穏やかに「ん?」とだけ返事する。 「その⋯⋯大丈夫なんですか⋯⋯?」 「なにが? 見ての通り、いつもと変わらないけど?」 「いやそうですけど⋯⋯」  白いスウェット姿で、変わらぬ日常を過ごそうとしていて、強がっているようにもあまり見えない。  みんなも心配するように見つめていると⋯⋯。 「私が暗い気持ちにならないように、明るくいてくれるんじゃないの~?」  ⋯⋯スアの言ったこと、めちゃくちゃ聞かれてるし 「申し訳ありませんエンナ嬢ッ!! 俺は何も知らずに、アホみたいに寝てしまって⋯⋯」 「好きなようにしていいって私が言ったんだから、何を気にする必要があるのよ。ただ私が悪いだけじゃない」 「エンナ嬢⋯⋯」  ケンに対する姿勢からは、彼女が昨日よりも気高くなったようにも感じる。  本当にもう大丈夫という扱いでいいのだろうか。  あまり心配しすぎるのもよくないと思うけどさ⋯⋯。 「そんな事より、朝ご飯は食べてないんでしょ? まだ"黒鮭"も寿司も残ってるし
last updateLast Updated : 2025-09-24
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39. 唯一≪Sole≫

「このリムジンほんとに凄いですね」 「でしょ~? 運んでくれるわ、料理してくれるわで、前よりさらに高性能になってるでしょ」  メタリックブルーのリムジンから伸びた"簡易ベルトコンベア"へと、食材と飲み物をどんどん乗せていく。  面白いように車底へ格納されていき、あれらを車内で勝手に調理してくれるという。  トレーが付いていようと、袋に入っていようと関係無し。中でAIが区分けしてくれるため、むしろ新鮮さを保ちたいなら入れておいた方がいいらしい。 「昨日の朝食にあった最高に美味かった"黒鮭"も、こうして作られていったんですね」 「そうよ。新鮮な生黒鮭を綺麗に捌いてから、内臓も骨も取って、上手に炭火で焼いてくれるのよ。この炭はね、実は"炭美屋(すみびや)"で使われているものと同じものなの」 「あの"ブラックレアチーズケーキ"のと!?」 「うん。あの美味しさの秘訣は"この炭"だからね。カリッと表面全体を一瞬で焼き上げて、旨味をギュッて閉じ込める力が、他の炭とはわけが違うわ」 「ってことは、鮭以外で食べても美味そうですね」 「次は焼肉の食べ比べでもしてみる? これで食べる黒毛和牛なんてもう⋯⋯」 「焼肉も車内で出来るんですか!?」 「そりゃもう! なんでも!」  さっき食べたばかりなのに、もう腹減ってきたんだけど⋯⋯。  俺と先輩だけで今のうちにこっそり食ってやろうか、と思った時だった。 「エンナ嬢ッ! 取ってきましたよ!」 「あら、早かったわね! もっと時間掛かると思ったけど」 「綺麗に手入れされてたんで、めっちゃ取りやすかったっすよ!」  ケン、アマ、スア、モアの4人が帰って来た。  4人が上の階から取ってきたもの、それは"家庭菜園で育てていた野菜たち"だ。  大きくなっている分だけでも持っていこうという、先輩の提案から始まった。  夏野菜の那須、キュウリ、トマト、ピーマン、オクラ、とうもろこし、カボチャまである。 「ありがとね、わざわざ収穫してきてくれて。さぁこのベルトコンベアに適当に乗っけちゃって!」 「切ったりとかしなくていいんすか!?」 「全然いらないわ。それも料理に合わせて勝手にやってくれるもの」 「すっげぇ⋯⋯! そんなんまで出来ちまうのかよッ!? こいつはッ!?」 「AIは正しく使えば、こんなに便利なんだけ
last updateLast Updated : 2025-09-25
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40. 遺品≪LastPresent≫

 おそらくこれで当分生活できる分は、リムジンへ積み込めたはずだ。  どこかで他の施設を利用しなくちゃいけない時は来るだろうが、そうならない間は車内でも充分になった。 「さて、準備できた人から車の方へおいで!」  エンナ先輩の声が響く。  ⋯⋯よし、そろそろ俺も行こう  短い間だったけど、最高の場所で過ごさせて貰えた。  次に来るときは、もっと何も気にせず楽しめたらいいな。 「揃ったわね。これからもっと凄い物をみんなに見せてあげる」  意気揚々と話す先輩は、2台並んだリムジンの前に立つ。 「見てなさい! いくわよ!」  掛け声の後、まるで戦隊ものでも始まったかのように、なんと2台のリムジンが合体し始めた。  "メタリックブルーとメタリックワインレッド"で構成されたそれは2階建てへと進化し、さらに個室や風呂や寝室等の各部屋を進化させたようだった。  次第に、外装からフワフワな毛も生え、顔が虎のように変化していく。 「⋯⋯おいおいおい! エンナ嬢は一体どこまで行っちまうんすかッ!?」 「言っとくけど私の趣味じゃないからね? おとんちゃんが好きで作っただけだから。この形だと、特別な許可が無いと走行違反になっちゃうから、密かな楽しみとしてバレないよう改造してたみたい。まさか役に立つ日が来るなんて、一つも思わなかったけどね。ちょっとした武装なんかも付いてるし」  興味津々のケンが一番に乗り込んでいく。  叫ぶように驚いているあいつは、俺たちにも早く乗れと言っているようだった。 「あ、そうだ。後もう一つ、持ってこないといけないものがあるんだった。みんなは先に乗って待ってて、ここは安全なはずだから」  地下駐車場でこの車にいるんだったら超安全そうだ。  俺以外の4人が乗って行き、俺とエンナ先輩だけが残る。 「ごめん喜志可くん、あなただけ付いて来てくれる? 一人だと、まだちょっと怖いから⋯⋯」 「⋯⋯分かりました」  限りなく無いとは思うが、まだ"ヤツ"が隠れて潜んでいるかもしれないからだろう。  そういった意味で、しっかり撃ち抜いた俺を置いておきたいのかも、ケンではなく。  エレベーターへと乗った俺と先輩は、最上階の11階へと上がった。ここに持っていきたいものがあるそうだ。 「ここはね、実は頻繁には来たことが無くて、主に特別な日に使
last updateLast Updated : 2025-09-26
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