世間では、新堂家の御曹司・新堂拓海(しんどう たくみ)は気難しく、気分屋で、誰に対しても冷淡だと言われている。だが、橘夏織(たちばな かおり)がそばにいるときだけは、まるで従順な猫のように穏やかになるのだった。五年の歳月をかけて、カウンセラーと患者から始まったふたりの関係は、やがてお互いにとってかけがえのない存在となり、その愛は業界でも有名な美談となっていた。父の遺影の前で、拓海は母親に無理やり三本の肋骨を折られた。母は涙を流しながら手に持っていた棒を床に落とし、「出ていきなさい。もう新堂の家には戻らないで」と、彼を家から追い出した。それでも拓海が最初にしたことは、病院へ行くことではなかった。傷だらけの体で、土砂降りの雨の中、彼はただ一人、夏織の家の前まで歩いて行ったのだった。その後五年、彼はほとんど母親と顔を合わせることはなく、ただ夏織のためだけに生きていた。だが、パーティーで夏織の出自を嘲笑する者が現れると、拓海はまるで狂犬のようにその相手を殴り倒してしまう。けれど、夏織が彼の名前を呼ぶと、その狂犬は首輪をつけられたかのように大人しく膝をつくのだった。血まみれのまま夏織の前に跪き、泣きながら「自分を捨てないでくれ」と懇願し、挙句の果てには自ら胸にナイフを突き立てて謝罪するほど。その愛は激しく、ロマンティックで、夏織自身も夢のような運命だと感じていた。――だが、ある日のこと。レストランを出ようとした夏織は、偶然、拓海の会話を耳にしてしまう。「本気で橘夏織と一生一緒にいるつもりか?お前、白石家の令嬢とは許嫁だろ」「忘れてないよ」「母さんが彼女を俺の治療のために呼んだだけだ。今まで白石家の令嬢が海外にいたから、付き合ってただけ。そろそろ終わりにするつもりだ」拓海の声から、かつての優しさや思いやりは一切消えていた。そこにあったのは、ただ冷ややかな嘲笑だけ。まるで王様が足元で滑稽に跳ねる道化を見下ろすような、残酷な響きだった。夏織の身体はその場で固まった。「いいじゃん拓海、外で遊んでも家にはお嬢様が待ってるんだしさ」「でもさ、夏織ちゃん、本気でお前のこと好きみたいだよ?もし付きまとわれたらどうすんの?」「その時は外に囲っとけばいいだけ。うちみたいな家なら、家に一人、外にも一人、そん
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