蛍は紗也香と由美、そして大智を連れて病院の廊下に現れた。蛍は、兄が無礼を働いたことを蓮司に詫びるため、本来なら紗也香のもとを訪ねるはずだった。しかし、蓮司が菖蒲を見舞うために病院へ来ていると知り、兄のせいで怪我をした菖蒲にもお見舞いをしようと、紗也香と二人の子供たちを連れて病院へ向かった。天音に「ママ」と呼びかける大智の声を聞いて、蛍の手からフルーツバスケットが滑り落ち、果物が床一面に散らばった。大智は駆け寄って、天音に抱きついた。天音は驚きつつも視線を向けると、大智の目元が蓮司にそっくりなことに気づいた。血の海に倒れたあの日のこと、想花を失いかけた恐怖が、天音の脳裏をよぎった。胸が締め付けられるような痛みを感じ、天音の顔色はみるみるうちに青白くなった。二年もの間、毎晩、想花を抱きしめて眠るたび、悪夢に苛まれる。真央の言葉を鵜呑みにして、想花に危害を加えようとした大智。自分を階段から突き落とそうとした恵里。そして、蓮司が冷徹な声で、隆に想花を諦めろと迫ったあの日の光景……悪夢が、毎晩、彼女を眠りから引きずり出す。想花の小さな頬に何度も口づけを落とすことで、ようやく心のざわつきを鎮めることができた。天音はそっと大智を押しやり、そばに控える要に「行こう」と言った。「ああ」要は天音を抱き寄せ、別の方からその場を立ち去った。大智はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて我に返り、ママが本当に自分を捨てたのだと理解した。1086日……ママが自分を置いて行ってから、もう1086日も経つのだ。ママに会いたい。大智は床から起き上がり、後を追いかけようとしたが、特殊部隊の隊員に阻まれた。天音の背中に向かって、大智は叫んだ。「ママ!大智だよ!ママの一番可愛い息子だよ!ママ――」大智の頬を涙がとめどなく伝った。その光景に、居合わせた人々は胸を締め付けられた。「千葉さん、聞きましたか?風間社長の息子さんですよ、加藤さんをママと呼んでいたんです」菖蒲は感情的になって、玲奈に訴えた。「彼女は要に相応しくありません!」半信半疑だった玲奈だったが、子供まで現れ、天音をママと呼ぶのを目の当たりにして、全てを信じた。そして、言いようのない苦しさに襲われた。病室から出てきた蓮司は、泣きじゃくる大智を見て、冷淡に言った。「
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