要は一晩中、ベッドの傍らに座っていた。天音は目を覚ますと、ベッドの傍らには誰もいなかった。熱も下がり、使用人が軽い朝食を運んできた。「要様から、ダイニングルームには行かなくていいようにと伝えられました」使用人は薬の瓶もテーブルに置き、天音が薬を見つめているのに気づくと続けた。「熱は下がりましたが、念のため、要様が医者さんに薬を処方してもらいました。要様は昨夜、一晩中付き添っていましたよ」使用人は微笑んだ。一晩中?天音は、気を失う前に要の腕の中に倒れ込み、彼の腕に覆いかぶさってしまったことを思い出した。きっと重くて、腕を抜くことができなかったんだ。あまり食欲がなく、朝食を少しだけ口にした後、天音は要を探しにダイニングルームへ向かった。小さな庭を通りかかると、菖蒲の姿が見えた。菖蒲はついに要に会うことができた。長年彼を想い続け、ずっと説明したかった。しかし、婚約破棄まで、一度も会う機会がなかったのだ。「要、あの時、飲み物に薬が入っていたなんて、本当に知らなかったの。わざと大事な任務を失敗させたわけじゃないのよ。あの頃は、私たちとても仲が良かったじゃない。ご両親もうちの兄と婚約式の相談をしていたのに、私があなたに薬を盛る理由なんてないわ。そんなことするはずがないもの」菖蒲は泣き出しそうになりながら、要の袖を掴んだ。「本当に誤解なの、要。信じて、お願い。あの人と結婚しないで、お願い。彼女はただの事務員で、家柄も良くないし、母親も亡くなっているそうよ。あなたには不釣り合いだし、力にもなれないわ」菖蒲には、こんな女に自分が負けたなんて、想像も、受け入れることもできなかった。「あなたたちには、あまりにも格差がありすぎる。共通の話題もないでしょう?それに、彼女が私みたいに、あなたのことを本気で愛せるわけがない」菖蒲は生まれた時から要との婚約が決まっていて、大人になったら彼の妻になると聞かされて育った。20年間、菖蒲の心は要だけに向けられ、この人生でただ一つ願っていたのは、要と家庭を築き、子供を産み育てることだった。要が自分を拒絶した今、自分に何ができると言うの?天音は、彼らの会話がよく聞こえず、こんな時に邪魔をするのは良くないと感じ、じっと待っていた。二人の話が終わたら、改めて要に声をかけようと思っていた。
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