All Chapters of もう遅い、クズ夫よ。奥さんは超一流ボスと再婚して妊娠中!: Chapter 671 - Chapter 680

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第671話

梨花は頷き、それ以上は追及しなかった。もともと彼女の考えすぎなのだ。真治は義理人情に厚い人間ではないし、竜也への遠慮もある。ましてや桃子のためにわざわざ骨を折るはずなどない。もしそんなことをすれば、竜也に真っ向から盾突くことになるからだ。愛人の子として生まれながら、あの人を食うような原口家で今まで、そこそこうまく立ち回ってこられたのだから、その程度の損得も読めない人間ではないだろう。朝食を終えると、事務所から電話が入り、綾香はすぐ向かわなければならなくなる。梨花は少し名残惜しそうに言った。「せっかく買い物に行けると思ったのに……」「あらあら」綾香は、妊娠してから梨花が少し感傷的になった気がして、泣き笑いのような顔で言った。「ただ依頼人に会うだけよ。出張に出るわけじゃないんだから。私に会いたくなったら、メッセージ一本ですぐ来るから」梨花は少し考えて、自分のこの感情が妙に突拍子もないことに気がついた。以前、綾香が頻繁に出張していた頃は、彼女が一人でいても何とも思わなかった。多分、人間ってあまり暇になりすぎるのは良くないのだ。海人は何事もないかのように立ち上がった。「ちょうど会社に戻るところだから、ついでに送ってくよ」まるで思いつきで言ったかのような、何気ない口調だった。綾香は少し動きを止め、外を指差した。「お気遣いありがとう。でも、車で来ているわ」そして梨花にいくつか言葉をかけると、柔らかいラムレザーの靴を鳴らしてそそくさと立ち去った。梨花は別のことを気にしていて、竜也に向かって言った。「二人で話してて。私、先輩に電話してくる」彼女が裏庭へ向かった後、竜也は腕時計に視線を落とし、ゆっくりと海人の方を見て、冷酷に帰れと促した。「お前もそろそろ帰っていいだろ?」「……」ただでさえ再びやり込められて腹の虫が治まらない海人は、竜也を睨みつけると、悔しまぎれに口走った。「お前、俺が義兄だってこと忘れるなよ!」言われなくても、竜也が忘れるはずはない。もちろん、竜也も本気で挑発して怒らせたいわけでもない。「もちろん、忘れてないさ」そして、意地悪くこう尋ねた。「で、義兄さんはいつになったら義姉さんを取り戻せるんだ?」海人は舌打ちをした。「……人ごとだと思って面
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第672話

竜也があっさり承諾したのを聞いて、海人はかえって少し緊張した。梨花は、兄である自分を受け入れてくれるだろうか。これまでは名乗り出ることもできず、家族みんなでずっとその日を待ち望んでいた。けれど、いざそれが叶うとなると、逆に落ち着かない。海人は頷いた。「安心しろ」梨花が幼い頃から無事に成長できたのは、竜也の庇護があったからこそだ。しかも今の二人は、もう切っても切れない関係にある。三浦家の人が割り込んでこなければ、竜也は今頃、彼女を連れて籍を入れただろう。義理からしても人情からしても、三浦家はまず竜也に一言知らせるべきだ。むしろ、できることなら彼の了承を得ておいたほうがいいくらいだ。—裏庭では、梨花がブランコに丸まるように座り、電話をかけている。和也の声は相変わらず穏やかで心地よく、笑いながら言った。「本当に復帰して診察に出るつもり?たとえ体調が万全だとしても、僕の一存じゃ決められないよ。先生が首を縦に振ってくれないことにはね」「ええ」梨花は軽く笑った。「だから、まずはあなたに賛成してもらってから、先生を説得しに行こうと思ってるんです」和也さえ同意してくれれば、彼女は綾乃さんの見舞いに行き、そのついでに先生にこの件を頼み込むつもりだ。先生に脈を診てもらえば、きっと許してくれるはずだと梨花は信じている。優真は常々、体が丈夫なうちは、何かやるべきことを見つけておくものだと考えている。そうでなければ、時間が経つにつれて気が滅入ってしまうからだ。だから彼だって、彼女がしょんぼりして過ごすのを望むはずがない。和也は梨花のことをよく分かっている。「どうやら、かなり勝算がありそうだね?」「分かっちゃいます?」梨花は否定することなく、にこやかに尋ねた。「それで、賛成してくれますか?」「もちろん、僕は大歓迎だよ」和也はここでようやく愚痴をこぼし始めた。「ずっと言えなかったんだけど、君の患者さんたちがね、来るたびに梨花先生は一体いつ復帰するのって聞くんだよ。受付の子もすっかり参っちゃっててさ」梨花と優真の診察スタイルは全く異なっている。一方は辛抱強く優しく、患者の心に寄り添うタイプで、もう一方はテキパキとしていて無駄話が一切ないタイプだ。治療効果が同じであれば、皆が梨花を選ぶのは当然
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第673話

竜也は梨花を信じている。彼女が自分の体を第一に考えることも、彼女が下す全ての決断も信じている。梨花が抱いている少しばかりの不安は、こうして少しずつ和らいだ。「本当に?」彼が自分たちの子供をどれほど大切に思っているか、彼女にはよく分かっている。だからこそ、彼がこんなにあっさりと同意したことに少し驚いた。「もちろん」竜也は彼女の頬を軽くつねった。「子どもが生まれるまで、仕事も好きなことも全部やめて、家でじっとしてろとでも言うと思うのか?梨花、確かに子供も大事だが、お前がお前らしく自由に生きられることのほうがずっと大事なんだ」彼は瞬き一つせずに彼女を見つめて言った。「これは、俺が譲ってるとか、甘やかしてるとか、そういう話じゃない。もともとお前の自由なんだ」自由——梨花は急に目頭が熱くなった。そうだ。彼女は幼い頃からずっと、自由になりたいと願っていたのだ。梨花は目の前にいる男を見つめた。太陽の光が彼にフィルターをかけたかのように、その彫りの深い端正な顔立ちを一層際立たせている。「うん、分かった」竜也は彼女の真面目くさった様子を見て笑った。「行こうか。先生のところまで付き合うよ」「今日は会社に行かなくていいの?」「ああ」竜也は彼女の手を引いて玄関へ向かいながら、わざとらしくため息をついてからかった。「梨花先生が復帰する前に、しっかりと一緒に過ごす時間を稼いでおかないとな」梨花は彼を横目で見やった。「じゃあ、しっかり尽くしてね。もし梨花先生が満足しなかったら、他の人に代えられちゃうかもしれないわよ」「仰せのままに」二人はそんな冗談を言い合いながら車に乗り込んだ。運転席でハンドルを握る孝宏は、ルームミラー越しに二人の様子を見て、ふと笑顔をこぼした。竜也は彼を軽く睨んだ。「何をニヤニヤしてるんだ」「嬉しいんですよ……」孝宏は少し考えてから言った。「お二人のこんなお姿を見ていると、昔に戻ったような気がしまして。あの頃、旦那様が毎日梨花さんを学校まで送り迎えされていた時も、こんな風に和やかで楽しそうでしたから」ここ数年、竜也と梨花が顔を合わせる時は、大抵いつも互いにいがみ合っていた。相手が刺々しい言葉を投げかければ、こちらもチクリと言い返す。だから、こ
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第674話

梨花にとって、優真は恩師であり、父親のような存在でもある。あの年、もし先生が梨花を弟子に迎えてくれていなければ、竜也はとても彼女を篤子のもとへ戻す決心などできなかったはずだ。そうなれば至る所で邪魔をされ、彼も梨花もろくな結末を迎えないに違いない。「はいはい」綾乃は、彼が梨花を大切に思っているからこそ、自分たちにもこんなに敬意を払ってくれるのだと分かっている。彼女は心から梨花のために喜び、満面の笑みで言った。「さあ、中へ入って」「はい」梨花は先生の方を見て、彼を支えようと腰をかがめた。「先生……」「よせよせ」先生は慌てて彼女を制止し、ロッキングチェアの肘掛けに手をついて身軽に立ち上がった。「俺はまだまだ若いぞ。お前の手を借りるような歳じゃない」年は取っても、決して年寄り扱いはされたくないと彼は思った。綾乃はたまらず茶化した。「はいはい、あなたは梨花ちゃんたちよりもずっと若いよ」梨花と竜也は思わず顔を見合わせて笑った。先生と綾乃は結婚して何十年も経つのに、これほど仲が良いのは本当に珍しいことだ。梨花は幼い頃から二人が口喧嘩をするのをよく見てきたが、本気で言い争う姿は一度も見たことがない気がする。竜也は孝宏に何かを指示するようで、梨花は綾乃たちと先に家の中へ入った。ソファに腰を下ろすと、梨花は綾乃を気遣うように見つめ、どうしても自責の念が滲む声で尋ねた。「綾乃さん……お体はいかがですか?どこかまだ具合の悪いところは……」そのことに触れられ、かえって綾乃の方が胸を痛めた。「もうすっかり良くなったわよ」綾乃は彼女の手を握り、すでにふっくらと大きくなったお腹を見て、うっすらと目を赤くした。「それよりもあなたの方よ。私のせいで、お腹の赤ちゃんまで危ない目に遭わせて……」「綾乃さん!」梨花は慌ててその言葉を遮り、さらに自分を責めた。「私が綾乃さんを巻き込んでしまったんですよ。責めないでいてくれるだけで、もう十分すぎるほど感謝しているのに、どうして自分のせいだなんて言うんですか?」彼女が誰よりも一番よく分かっている。もし自分がいなければ、千遥が綾乃を狙うことなどあり得なかったのだ。しかし、綾乃の立場からすれば、そうは思えなかった。「私があんな電話一本でやすやすと騙されて
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第675話

梨花はハッとした。和也は、自分で優真に許可をもらいに行けって言っていたはずなのに、電話を切った途端、あっさり先回りして話を通してしまうなんて。梨花は元々どう切り出そうか迷っていたが、こうなったらもう考えるのをやめ、その話の流れに乗ることにした。「ええ、体調もすっかり良くなりましたし、出産予定日まではまだ時間があるので、やっぱり復帰する方がいいと思いまして」優真は彼女に向かって手を差し出した。「手を出してごらん」「はい」梨花はすぐにも許可がもらえるものと思って、自信満々に手を差し出した。このところ外にも出ず、家でおとなしく養生していたのだ。回復していないはずがない。優真が彼女の脈に指を当てると、その表情も少し和らいだが、すぐには首を縦に振らなかった。「竜也とは話し合ったのか?」そう言いながら、彼は顎でキッチンの方向をしゃくった。梨花がその動きに合わせて視線を向けると、彼女に背を向けた男の真っ直ぐな背中だけが見えた。野菜や果物を洗っているようで、ザアザアと水が流れる音が聞こえてきた。彼女の心はこの上なく穏やかだ。「相談はしてません……」「相談もしていないのに復帰するなんて」優真は急に顔を引き締め、彼女の言葉を遮った。「この子を産んで、彼と家庭を築いていくと決めたんだろう。だったら、こういうことは二人でよく話し合って決めるべきだ。自分一人で勝手に決めてから、事後報告で済ませていいことじゃないぞ」「……」これまでの長い年月、優真は梨花にとって恩師であるだけでなく、多くの場合において父親代わりでもある。梨花は少し後ろめたくなり、言い訳もせずに正直に答えた。「昔から一人で決めることに慣れてしまっていて、配慮が足りませんでした。でも、ここへ来る前に彼には話したんです」「彼は何と?」「応援してくれると」梨花は口元を引き締め、竜也がその時に言った言葉をほぼそのまま繰り返した。「これは私の自由だ、と」それを聞いて、優真と綾乃は驚くと同時に、どこかほっとしたような表情を浮かべた。二人の間にも当然すれ違いはあり、互いに歩み寄ったり譲り合ったりすることが欠かせないだろうと、彼らは思っている。まさか、竜也がこれほど物分かりが良いとは思ってもみなかった。久しぶりに訪れた梨花は、ずっ
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第676話

おそらく彼女の反応があまりにも淡白なためか、隆一は少なからず驚いた様子だ。しかし、それ以上何かを言うことはなく、まずは梨花に診てもらった。「ここ最近、以前よりも咳がひどくなってね。悪いが、少し診てくれないか」「分かりました」梨花はもともと、和也の実家への義理もあって隆一の治療を引き受けた。最近中断していたのも、単に連絡が取れなかったからにすぎない。梨花は脈を診た後、まずは処方箋を出し直し、今後の治療方針を定めた。その日の診察がすべて終わると、彼女は隆一に鍼治療を施した。「梨花先生」梨花が一本目の鍼を打った直後、隆一は何気ない様子で話しかけてきた。「三浦家の人について、どう思うかね?」「三浦家ですか?」梨花は少し手を止めた。彼がなぜ突然そんなことを言い出したのか分からないが、素早く鍼を打ちながら、無難に答えた。「とても良い方々だと思いますよ」真里奈さんや千鶴さんたちはもちろん、三浦様たちも十分すぎるほど誠実に接してくれている。淳平について言えば、梨花から見れば是非の区別が甘いところはある。けれど千遥に対しては、あれはただ身内を庇っているので、ある意味、梨花は少し羨ましくもあった。もし自分の父親も、あんな風に自分を守ってくれたなら……「良い方々、か」隆一は少し笑ったようだ。「表向きの評判は確かに悪くない。三浦家の当主は清廉潔白で、長女の千鶴は親以上の才覚を見せ、真里奈さんは慈善事業に熱心で数え切れないほどの人々を救ってきた……」彼は言葉を区切ってから、話を本題へと向けた。「だが、裏では不審に思っている人間も少なくないんだよ」梨花はそれ以上話を広げる気はない。他人の口から出る噂よりも、彼女は自分の目で見たものを信じたいからだ。しかし隆一は、彼女の不快感に気づいていないかのように話を続けた。「今回海外に行って、昔の旧友と集まった時に知ったんだが、あなたの養父母の事件には、三浦家が深く関わっているらしい」梨花は胸が締め付けられるのを感じた。「どういうことですか?」「彼らが殉職した本当の原因は、三浦家が権力を濫用して私腹を肥やしたことにある」隆一の口調は少し冷ややかになり、まるで彼女の養父母のために憤っているかのようだ。「当時の計画は極めて機密性が高く、計画も万全だった。
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第677話

隆一は一筋縄ではいかない老獪な男だ。彼女の心が揺らいでいるのを簡単に見抜き、諭すように重々しく口を開いた。「これは簡単な話じゃない。関わる人間も多すぎる。誰だって、そう簡単に証拠を渡したりはしない。少し時間をくれたら、必ず見せる。ご両親とは昔からの友人でね、こんなことで軽々しい口は叩かない。それに、あなたを騙す理由など俺にはないよ」梨花はわずかに目を伏せ、すべての感情を押し殺した。何を考えているのか、しばらく沈黙した後、彼女は再び極めて淡々とした眼差しで隆一を見た。「とにかく、証拠を見るまでは信じられません」そう言い終えると、彼女はバッグを手に取って足早に立ち去った。「三十五分したら、看護師さんに鍼を抜いてもらってください」和也は表向きこそ気持ちよく彼女の復帰を認めたものの、実際には追加の患者はすべて断った。そのため、彼女の労働時間は以前よりもかなり短くなっている。梨花はそれを受け入れた。妊娠中期から後期に入り、長時間座りっぱなしでいるのは良くない。今のこの労働時間が、ちょうどいいのだ。クリニックを出ると、彼女は駐車場へ自分の車を探しに行こうとした。「梨花さん?」振り返った途端、一郎に呼び止められた。梨花は無意識に振り返り、そこでようやく気がついた。竜也が心配し、送り迎えを任せるために一郎を差し向けたのだ。「一郎さん」彼女はポンと額を叩き、歩み寄って説明した。「迎えに来てくれるってこと、すっかり忘れてた」一郎は車のドアを開け、冗談めかして言った。「旦那様はそれをお見通しでして、一時間前から私を急かしてここで待機させていたんですよ」梨花は思わず吹き出し、身をかがめて車に乗り込んだ。一郎が車に乗り込むのを待ってから、口を開いた。「この二、三ヶ月、迷惑をかけるわね」「迷惑だなんて、そんなの全然」一郎は気に留める様子もなく、エンジンをかけながらへへっと笑った。「梨花さんは昔から気立てが良くて優しいですから、我々も喜んでお供しますよ」自分が気立てが良くて優しい。——じゃあ、逆に「気難しい」のは一体誰のことだろう?梨花の脳裏にある人の顔が浮かできた。そう思うと、口元の笑みはいっそう深くなった。彼女はわざと意地悪く言った。「あとで竜也に言いつけちゃうわよ。あなたが彼のこ
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第678話

梨花がどうにか思考を切り替え、これ以上悪い想像をするのはやめようと自分に言い聞かせていた時、バッグの中のスマートフォンが突然鳴り出した。着信画面には「潮見市警察署」と表示されている。彼女は怪訝に思いながら通話ボタンを押した。「もしもし?」「こんにちは」電話の向こうから、事務的で若い男の声が聞こえた。「こちら潮見警察署です。小林桃子さんのご家族の方でしょうか?」「小林桃子」という名前を聞いて、梨花は無意識に眉をひそめた。「いいえ、人違いだと思います」「佐藤梨花さんで間違いありませんか?」警察官が梨花に身元確認をしている最中、突然、焦燥感に満ちた声が割り込んできた。「梨花……梨花! 私が今までひどいことをたくさんしてきたのは分かってる! 私を義理の姉なんて思いたくないだろうけど、前回送ったメッセージ覚えてる!?嘘じゃないわ、本当に反省してるの! お願い、一度だけ会ってちょうだい!?」桃子の声だった。梨花はそのまま電話を切ろうとしたが、切断ボタンに指が触れた瞬間、ピタリと動きを止めた。桃子が前回送ってきたメッセージ。それは……「あなたの本当の生い立ちを知っている」という内容だった。電話の向こうで、警察官が何かを叱りつける声がした後、再び梨花に向かって言った。「こちらに連行されてから、ずっとあなたに会いたいと騒いでいるんですが……お望みでなければ、このままお断りしますが」「行きます」梨花は少し考えた末に答えた。「何時頃伺えばよろしいですか?」警察官は言った。「午後五時前でしたらいつでも大丈夫です」五時。梨花は視線を落として時間を確認した。「では、今から向かいます」警察署の中であれば、少なくとも安全は保障されている。桃子が何を企んでいようと、変な真似はできないはずだ。通話を終えると、梨花が口を開く前に、一郎が自ら尋ねてきた。「お嬢様、お屋敷には戻らないんですか?」「ええ」梨花は何も隠さず答えた。「先に警察署へ寄って、桃子に会ってくるわ」まな板の上の鯉も同然の状態で、桃子がまだどんな悪あがきをするつもりなのか、梨花自身も少し興味があった。「承知しました」一郎は細かいことは気にしないが、命令への絶対的な服従心だけは誰よりも強かった。それでも、確認だけ
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第679話

警察官が部屋を出てドアを閉めると、桃子は心の中で渦巻く不満を無理やり抑え込むように深く息を吸い、背もたれに寄りかかった。「教えてあげてもいいわよ。ただし、私にも一つ条件があるわ」梨花は淡々とした眼差しで彼女を見つめた。「何?」桃子は彼女をじっと見据え、しばらく沈黙した後、口を開いた。「私をここから出して」その要求に、梨花は思わず笑いそうになった。「ずいぶんと私を買い被っているのね。あなたの事件は麻薬絡みの重大犯罪よ。私がどうにかしたいと思って、どうにかなるようなものじゃないわ」梨花の記憶が正しければ、桃子と千遥の罪状は同じだ。誘拐、および他人の麻薬密売幇助。後者は、この国において常に最も厳しく取り締まられる犯罪だ。彼女がそんな要求を口にできたこと自体が驚きであり、梨花には想像すらできないことだった。どれほど強大な権力を持っていたとしても、こんな重大な事件に口を出すことなど絶対にあり得ない。「あなた一人の力じゃ無理なのは分かってるわよ」桃子も、当然深く考えた上でこの条件を提示していた。「でも、黒川社長の力を使えば絶対にできるはずよ。もし彼に頼みづらいっていうなら、三浦家にお願いしてもいいわよ」前半の言葉にはそこまで驚かなかったが、後半の言葉にはさすがに呆れ果てた。「私があなたのために三浦家にお願いする? 三浦家の人たちは一生をかけて公正を貫いてきたのに、どうして赤の他人の私のために不正を働いてくれると思うの?」確かに、真里奈さんたちとは情が移るほどの関係にはなっている。彼女たちも、梨花にとても良くしてくれている。だが、梨花は一度たりとも分をわきまえない考えを抱いたことはなかった。前回、淳平が善悪の区別もつかずに千遥を庇った時でさえ、梨花は三浦家に対して一切の抗議をしなかった。淳平は彼女たちにとって夫であり、父親だ。そして自分は……ただの友人にすぎない。どちらが重いかは痛いほど分かっているからこそ、三浦家に自分を庇って淳平を責めるよう強いるような真似は決してしなかった。それなのに今、桃子はこんなにも堂々と、麻薬密売という大事件において三浦家に職権濫用を頼めと言っているのだ。梨花の言葉を聞いて、桃子の表情がふいに奇妙に歪んだ。しばしの沈黙の後、意味深な口調で言った。「もし、あなた
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第680話

不意に、梨花は寒気を感じた。まるで外の冷気が血液の中に流れ込み、四肢の隅々にまで冷たさが浸透していくようだった。彼女には、桃子の言葉が真実か嘘かを見極める術がなかった。ただ、その言葉が猛毒を塗った銀の針のように、彼女が必死に抑え込んでいた疑念を的確にえぐり出したことだけは確かだった。桃子と隆一は、おそらく互いに見ず知らずの関係だろう。それなのに、彼らの言葉は完全に一致している。まさか……三浦家は本当に、あの年の殺人事件に関与していたというのだろうか?もしそうなら……三浦家の権力をもってすれば、彼女の身の上などとうに知っていたのではないか。だとしたら、三浦家の人たちが自分に向けてくれたあの優しさは……純粋な好意からだったのか? それとも、ただの罪滅ぼしのため?梨花の指先が、手のひらにいくつもの赤い爪痕を残した。幸いなことに、その鋭い痛みが彼女にわずかな理性を呼び戻してくれた。「過ちですって?」彼女は勢いよく立ち上がり、少し身を乗り出して桃子を上から見下ろした。その声は、驚くほど静かだった。「桃子、私を三歳児だとでも思ってるの? そんな曖昧な言葉だけで自由が手に入ると本気で思っているなら、少し虫が良すぎるんじゃない?」「洗いざらいすべてを話すか、ここで大人しく判決を待つか。どちらかにしなさい!」一言一言区切るように言い捨てると、梨花は桃子に考える隙すら与えず、背を向けて面会室を出ようとした。「り、梨花!」桃子は慌てて梨花を呼び止めたが、彼女の目を直視することはできなかった。「私……もし今ここですべてを話してしまったら、あなたが約束を破らないって誰が保証してくれるの? これでも自分のために逃げ道を用意してるだけよ」このまま梨花に真実をすべて教えてやるなんて、どうしても我慢ならなかった。だが、今の梨花がここまで手強く、強情になっているとは思ってもみなかった。まるで……竜也にそっくりだ。梨花が今、仕事でも家庭でも成功を収め、その上三浦家という強力な実家まで持っていると思うと、桃子は悔しさで歯が砕けそうだった。うつむいた彼女の視線が、梨花の膨らんだお腹をかすめた時、心の中にどす黒い憎悪が広がった!どうして!!!神様は一体どうしてこんなにも不公平なの!梨花は神様に愛されているのに
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