All Chapters of もう遅い、クズ夫よ。奥さんは超一流ボスと再婚して妊娠中!: Chapter 681 - Chapter 690

717 Chapters

第681話

その時、ドアの外にいた警察官も異変に気づき、慌ててドアを開けて飛び込んできた。梨花が無事であるのを見て、ようやくホッと息をついた。「佐藤さん、大丈夫ですか?」「大丈夫です」梨花が道を譲りながら横目でチラリと見ると、桃子の顔は紙のように真っ白になっていた。だが、梨花の心には何の波風も立たなかった。彼女は警察官に向かって礼を言った。「ちょうど話も終わったところです。お手数をおかけしました」警察官が飛び込んでくる直前、桃子の叫び声はガチャガチャと鳴る手錠の音にかき消され、梨花にははっきりとは聞き取れなかった。だが、正直に言えば、これ以上聞くのが怖かったのだ。もしあのまま聞いていれば、自分が少しの理性を保てなくなっていたかもしれないから。「お嬢様!」梨花が面会室から出てくると、早足で駆けつけてきた一郎とばったり出くわした。おそらく、梨花をずっと見守ってきたからだろう。彼は梨花の様子がおかしいことにすぐに気づいた。「もしかして、桃子から何か酷いことでも言われたんですか?」「ううん」梨花は無理に笑顔を作って首を振った。「ただ少し疲れただけ。とりあえず帰りましょう」しかし、見慣れた黒のベントレーに近づいた時、内側からドアが開いた。梨花が視線を落とすと、そこには後部座席に座る男の姿があった。竜也は今朝出かけた時と同じ、ダークカラーのシャドーストライプのスーツを着ていた。漆黒の瞳が真っ直ぐに彼女を見つめる。「いじめられたのか?」梨花は確かに少し疲れていたが、その言葉を聞いて思わず唇の端を綻ばせた。「私って、そんないじめられっ子に見える?」そう言いながら、彼が横にずれて空けてくれた席に乗り込んだ。「そうだな」竜也は彼女の手を取り、誇らしげに頷いた。「お前は簡単にはいじめられない」幼い頃から、彼女は彼の背中を追いかけ、見様見真似で学んできたのだから。梨花は彼を横目で睨んだ。手のひらから伝わる彼の体温のおかげで、乱れていた心が少しずつ落ち着きを取り戻していくのを感じた。「いつ着いたの? どうして中まで探しに来てくれなかったの?」竜也は低く落ち着いた声で答えた。「お前が俺を必要とした時は、中に入っていくさ」それはつまり、「今はまだ俺の手出しを求めていないと分かっていた」とい
Read more

第682話

今度は梨花だけでなく、竜也の顔にもわずかな驚きの色が浮かんだ。梨花は唇を噛み締め、言葉を継いだ。「さっき警察署で、桃子も同じようなことを言っていたの」竜也は彼女が何を言わんとしているのか、すぐに察した。「偶然にしては出来すぎている。だから、真相を突き止めたいと思った。そうだな?」「ええ」梨花は頷いた。隆一の言葉だけなら、すぐに自分の心を納得させることができたかもしれない。だが、互いに面識のないはずの二人が、同時に同じことを口にした。いくら三浦家を信じていても、やはり恐ろしかった……万が一、事実だったら?命を救い、育ててくれた養父母への恩は、一生かかっても返しきれない。自分の個人的な感情のせいで、彼らの死の真相を有耶無耶にしてしまうことだけは絶対に避けたかった。それに、三浦家には真里奈さんたち以外にも、他の人間がいる……竜也は彼女の手のひらを軽く握りしめ、無言のうちに力を与えるように言った。「俺が長年見てきた限り、三浦家が麻薬絡みで筋を曲げることはあり得ない。だが、孝宏にはもう調べさせている。すぐに何らかの報告が上がるはずだ」彼が三浦家を庇うように話すことに、梨花は少しも驚かなかった。何しろ、当の彼女自身でさえ……三浦家の潔白を信じたいと偏っているのだ。長年三浦家と付き合いのある竜也ならなおさらだろう。彼が三浦家を弁護しないのであれば、それはもはや竜也ではない。そして、彼のように慎重な人間がそう断言してくれたからこそ、梨花の不安な心は少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。霞川御苑に戻り、軽く食事を済ませると、梨花は部屋に戻って昼寝をした。彼女が寝付いたのを見届けると、竜也は立ち上がって書斎へ向かい、スマートフォンを手に取って電話をかけた。「立て込んでる。手短に頼む」電話に出た海人は、彰人の職務を引き継いだばかりで、頭が破裂しそうなほど忙殺されていた。名門一族の兄弟姉妹たちが、こんな過労死しそうな仕事のために、どうして血みどろの争いをしているのか、彼には到底理解できなかった。手短に?竜也は少し考えた後、これ以上ないほど手短に切り出した。「お前の家と梨花の間には、血の恨みがある」「はぁ!?」海人はアシスタントから業務報告を受けている最中だったが、竜也の放った爆弾発言に、思
Read more

第683話

竜也の声から、明らかな緊張感が伝わってきた。電話の向こうで、海人も激しく眉をひそめた。「どういう意味だ? まさかそれだけで、うちを疑ってるのか……」「まだ最後まで言ってない」竜也は少し間を置き、言葉を選びながら続けた。「孝宏の調べによれば、事件が起きる前、お前の親父とそのトップとの間に頻繁な接触があったらしい」その言葉を聞いて、海人は一瞬で言葉を失った。眉間には深いシワが刻まれる。三浦家の他の人間がそんな真似をするはずはないが、自分の父親となると……あの男なら、何かしでかしていてもおかしくないという不安があった。だが、海人は少し躊躇し、当時の記憶を整理してから答えた。彼自身も確証は持てなかった。「すぐに姉さんに電話する。彼女なら局長とずっと付き合いがあるから、当時のことも聞き出せるはずだ」局長こそが、当時の紅葉坂警察署のトップだった。竜也に言われて思い返してみれば、確かに三浦家にはそんな人物との関わりがあった。だが、ここ数年、三浦家の人脈管理と付き合いを取り仕切っているのは、すべて千鶴なのだ。海人は電話を切り、千鶴に電話をかけながら、心臓が早鐘のように鳴るのを感じた。――麻薬取締官の殺害。淳平は一体どこまで血迷えば、そんな恐ろしい真似ができるというのか!もしこの事件に本当に三浦家が関わっていたとしたら、どの面下げて梨花に「三浦家に帰ってきてほしい」などと言えるだろうか。命を救ってくれた恩は、産んでくれた恩に勝るとも劣らない。彼は心の中で父親を盛大に罵倒しながら、千鶴に事の顛末を一気にまくし立てた。「……ってわけなんです。姉さん、急いで局長に当時の状況を確認してほしいです。うちが関わってないかどうか」「竜也の方でも調べてます。もし本当にうちが関わっていて、それを竜也に先に見つけられでもしたら、言い訳一つできなくなります」先に自分たちで調べておけば、少なくとも説明する主導権は握れる。そうでなければ、竜也の性格上、三浦家を庇って隠蔽するなどあり得ない。彼から真実を聞かされた後で梨花に説明に行っても、言い逃れにしか聞こえなくなってしまう。千鶴の瞳は氷のように冷たかった。「分かったわ」彼女は海人が何か言い返す隙も与えず、電話をガチャリと切った。「もしもし!?」電話から無機質
Read more

第684話

淳平は少し口ごもった後、しどろもどろに答えた。「千遥の叔母ってなんだ。何の話をしているのかさっぱり分からん」今度は、千鶴の方が黙り込んだ。彼女は静かに息を吸い込み、自分の感情を落ち着かせようとしているようだった。「あなたが知らないと言うのなら、母さんに聞いてみるしかありませんね」「千鶴!」その一言が、一瞬にして淳平の逆鱗に触れた。彼の荒々しい息遣いが電話越しに聞こえてくる。罵鳴を浴びせたいが、それもできないというように、必死に怒りを押し殺しているのが分かった。「お前は家の中をめちゃくちゃにしないと気が済まないのか!? 何年も前の、とうに終わった話を、どうして今さら蒸し返す必要があるんだ!?」逆ギレだ。千鶴はこれまで、痛いところを突かれれば突かれるほど、逆ギレして喚き散らす人間を数え切れないほど見てきた。だが、自分の父親である淳平までがそんな人間だとは思っていなかった。彼女の記憶の中では、淳平と真里奈の夫婦関係は決して悪くはなかった。二人が衝突する唯一の原因は、常に千遥のことだけだった。以前は、千鶴も真里奈と同じように、淳平が千遥を特別扱いするのは、幼くして両親を亡くした彼女を不憫に思っているからだと思い込んでいた。だが去年、彼女はある酒の席で、誰かがポロリとこぼした言葉を耳にした。――三浦淳平には、初恋の相手がいた。その時は深く気に留めなかった。誰にだって過去の一つや二つはある。だが念のため、アシスタントに調べさせてみたのだ。調べた結果、とんでもない事実が発覚した。その初恋の相手こそが、千遥の叔母だったのだ。千鶴はかすかに思い出していた。あの年、淳平が千遥を引き取って本家に連れてきた時、一緒に連れてきたひどく貧相だが美しい女がいたことを。淳平は彼女を「千遥の親戚だ」と簡単に紹介し、一緒に食事をした後、すぐに運転手に送らせて帰したのだ。そのことを思い出し、千鶴の目元には一抹の温かみも残っていなかった。「人に蒸し返されて困るような『終わった話』って何ですか? だいたい、あなたのそんなくだらない過去なんて、誰も掘り返したくありません。私がこの電話をかけた目的は最初からただ一つです。梨花の養父母の事件に、あなたたちは関与しているんですか、いないんですか?」「……その前に、一つだけ教え
Read more

第685話

本来なら潮見市にいるはずのない人間が、今この瞬間、目の前に現れた。それも、彼女の執務室の中に。雅義はダークブルーのストライプシャツを同系色のスラックスにしまい込み、腕にはウールのオーバーコートをかけていた。隙のないスーツ姿は、相変わらず彼特有のエリートの雰囲気を漂わせている。「潮見市でのAI関連のフォーラムに参加しに来たんだ。ちょうど終わって外を通りかかったから、運が良ければ君に会えるかと思ってね」千鶴は公務が多忙で、頻繁に外出している。例えば今日だって、彼があと二十分遅く来ていれば、彼女はすでに区役所の会議に出かけてしまっていただろう。先ほどの電話での淳平の怒声はかなり大きかったため、おそらく彼の耳にもいくらか届いていたはずだ。だからだろうか、彼は少し心配そうに彼女を見つめ、彼女が口を開く前に気遣うように尋ねた。「大丈夫かい? 何か僕に手伝えることはある?」淳平の口調はあまりにも酷かった。彼としては、彼女が耐えきれずに傷ついているのではないかと案じたのだ。もしあの絵里が家族からあんな風に責め立てられれば、きっと今頃はもう目を真っ赤にして泣いていただろう。千鶴は平然としているように見えたが、彼には彼女がただ強がっているだけのように思えてならなかった。まだ正式に離婚届を提出したわけではないのだ。自分は今でも、彼女が弱っている時に頼るべき「夫」なのだから。「ええ、大丈夫よ」千鶴の返事は素っ気なかった。彼がどこまで聞いていたのかを詮索しようともせず、気まずさを感じる様子もなく、いつも通り淡々と言った。「ちょっとした家庭の事情よ。私一人で解決できるわ」たった数言で、彼女は彼をきっちりと線引きして遠ざけた。明らかに、彼はもう彼女の「家族」の領域にはいないのだ。結婚したばかりの頃、千鶴も彼を頼ろうとしたことはあった。雅義こそが、自分が時折息をつきたい時に背中を預けられる、そんな存在になってくれると信じていたのだ。だが、後になって思い知った。彼が立っている場所は、いつも別の女の背後だった。彼女が振り返った時、そこにはいつも誰もいなかったのだ。雅義は少し言葉に詰まった。「……そうだな。君は昔から、誰よりも優秀だったから」千鶴自身は気にも留めていないかもしれないが。彼らは高校から大学ま
Read more

第686話

移動中の車内で、千鶴は少し迷った後、直接藤堂局長にはかけず、彰俊に電話を入れた。もしこの件に本当に淳平が関わっており、相手が藤堂局長となれば、義理から言っても筋から言っても、まずはお爺様に報告しておく必要がある。そうしなければ、自分が反旗を翻そうとしていると疑われかねないからだ。千鶴から事情を聞いた彰俊は、激しく怒り狂った。「あの馬鹿息子が、麻薬取締官の殺害事件に関わっているかもしれないと言うのか!?」ここで言う「馬鹿息子」とは、当然海人のことではない。「現在のところ、その可能性が高いです」千鶴はありのままに答えた。「先ほど本人に電話で問いただしましたが、どうも歯切れが悪くて」お爺様の怒りは、千鶴の予想通りだった。何しろ、彼は生涯を通じて「公正厳格」という名声を築き上げてきたのだ。それが今、晩節を汚す危機に瀕している。もし本当に淳平が関与していたとなれば、お爺様はどうあがいても身の潔白を証明できなくなるだろう。彼女自身は淳平をこのまま刑務所へ送り込んでやりたいくらいだったし、お爺様も十中八九そうするはずだ。だが、その「決断」を下すのは、自分であってはならない。千鶴は思考を巡らせ、梨花のことには一切触れず、ただこう言った。「お祖父様、私、どうすればいいのか分からなくなってしまって……かりに一歩間違えれば、お祖父様の名誉にまで傷がついてしまうのではないかと、本当に心配です」彰俊は尋ねた。「お前にも判断に迷うことがあるのか? お前のいつものやり方なら、さっさと真相を洗い出して、三浦家の名誉を守るために身内だろうと容赦なく切り捨てるはずだろう?」図星だった。千鶴は最初からそのつもりだった。しかし、彼女は忘れていなかった。数日前に母親の真里奈が、夫婦の情を捨てて強硬手段に出た結果、お爺様まで謀る形になってしまったことを。母がお爺様の機嫌を損ねたばかりの今、彼女は慎重に立ち回らなければならなかった。「もちろん、最初はそうしようかと考えました」千鶴は言葉を選び、いかにも板挟みで苦しんでいるように装った。自分が責任を被らないための計算だ。「でも、お祖父様。あの人は腐っても私の父親です。幼い頃から、お祖母様の次に私を可愛がってくれたのはお父様でした。だから……本当にどうしていいか……」
Read more

第687話

陽子が承知して頷いた後、少し心配そうに言った。「でも、藤堂局長が素直に本当のことを話してくれるでしょうか?」もし淳平が本当にこの事件に関わっているとしたら、間違いなく藤堂局長の手を通しているはずだ。それなのに、局長がすんなり認めるわけがない。そんなことをすれば、自ら破滅を招くようなものだ。千鶴は少し考え込んだ。「……相手の出方を見るしかないわね」彼女が知る限り、藤堂局長は原則や一線を簡単に越えるような人間ではない。だが、先ほどの電話での淳平の態度は、確かに疑惑を抱かせるものだった。藤堂局長は昔、警察の激務で妻と離れて暮らすことが多く、二人の間には一人息子しかいなかった。その息子が現在潮見市で仕事をしているため、老夫婦二人も潮見市に移り住んでいる。千鶴が訪ねてくると、藤堂局長はとても喜び、ニコニコと彼女を迎え入れた。「局長、突然の訪問で申し訳ありません。お邪魔ではありませんでしたか?」心の中は不安でいっぱいだったが、千鶴は笑顔を作ってソファに腰を下ろした。藤堂局長は笑って言った。「お前の家の爺さんみたいな堅苦しい挨拶はやめろ。今や大忙しのお前が、わざわざこの老いぼれに会いに来てくれたんだ。嬉しいに決まってる」「ただ、平日のこんな真昼間にやってくるなんて、何か大事な話でもあるんじゃないのか?」局長は彼女が切り出しやすいように、自ら話題を振ってくれた。千鶴は苦笑した。「さすが局長ですね。何もかもお見通しですか」「実は今日、ある昔の事件について伺いたくて参りました」彼女は核心をぼかしつつ本題に入った。「2001年に、麻薬取締官の夫婦が交通事故で亡くなった事件ですが……ご記憶にありますか?」「もちろん覚えているとも」藤堂局長はほんの一、二秒思い返しただけで答えた。「あれは当時、警察を揺るがす大事件だった。佐藤夫妻はあの時、大規模な麻薬密輸事件を摘発し、主犯格を逮捕したばかりだったんだ」「その直後に起きた交通事故死だからな。我々警察は、密輸組織の残党による報復を疑い、調べられることはすべて徹底的に調べたよ」「でも結局、事故として処理されたんですよね?」と千鶴が言葉を引き継いだ。彼女は覚えていた。去年、梨花がこの事件に関連する資料の確認を三浦家に依頼してきたことを。
Read more

第688話

その言葉を聞いて、藤堂局長はハッと驚き、信じられないという顔で問い返した。「なんだって!?」藤堂局長と彰俊の付き合いは長い。あの年、「ごちゃん」が行方不明になった時も、局長に頼み込んで各方面を手配してもらい、方々を捜索したのだ。それがまさか、散々探し回った挙句、ずっと自分たちの目の前にいたとは。千鶴も運命の皮肉を感じずにはいられなかった。「聞き間違いではありません。佐藤警部夫妻が黒狼半島から連れ帰ったその女の子が、我が家がずっと探し続けていた五女だったんです」藤堂局長は悔しそうに太ももを叩いた。「俺のせいだ……」「あの時、そんな可能性は全く考えもしなかった。でなければ、どんな手を使ってでもあの娘に一度会っておくべきだった」藤堂局長は行方不明になった「ごちゃん」の写真を見たことがあった。もしあの時、直接顔を合わせてさえいれば、必ず気づけたはずだ。だが当時は事態が切迫しており、さらに黒狼半島から連れ帰られた子供ということもあって、警察は彼女の安全を確保することだけで手一杯だった。誰一人として、そんな奇跡的な偶然を疑う者はいなかった。千鶴はしばらく黙り込み、その話題にはこれ以上触れなかった。その後、梨花が養子に出され、長年にわたって虐待を受けていたことなど、口が裂けても言えなかった。恨むべきは……悪意を持って彼女を苦しめた人間たちだけだ。結局のところ、誰も神の視点など持っていない。当時の警察は、その時点で最善と思われる選択をしたのだ。下手に目立てば、かえって見えない敵の標的にされかねない。もしあの時、警察が総力を挙げて梨花の本当の家族を探そうと大々的に動いていれば、かえって彼女を危険に晒していたかもしれない。今こうして無事に妹を取り戻せただけでも、彼女は天に感謝していた。藤堂局長は、彼女の最後の質問を忘れてはいなかった。少し顔を曇らせて言った。「お前が尋ねてきたその件だが……実は当時、すでに調査済みなんだ。関与した人間はとっくに処分されている」「調査済みだったんですか?」千鶴は驚いた。てっきり、その疑問は現在に至るまで有耶無耶になっているものだと思っていた。「ああ」藤堂局長は頷き、忌々しそうに吐き捨てた。「俺の部下だった男だ。交通事故は結果として『事故』として処理されたが、
Read more

第689話

藤堂局長が最後まで説明し終えたのを聞いて、千鶴はようやく長く深い安堵の息を吐き出した。喉元まで出かかっていた心臓が、ようやく元の位置に収まったような感覚だった。確かに、局長の言う通りだ。淳平は愚かだが、藤堂局長を怒らせて、お爺様の耳に事態が知れ渡るような真似をする度胸はない。千鶴は立ち上がり、藤堂局長に向かって深く頭を下げた。「局長、本当にありがとうございました」それ以上、多くは語らなかった。だが、藤堂局長も彼女の心を十分に理解していた。千鶴が感謝しているのは、淳平が麻薬絡みの大事件に巻き込まれるのを未然に防いでくれたこと。そして何より、妹に堂々と説明できる「真実」を与えてくれたことに対してだ。――三浦家は、あの事件には一切関与していない。外で待っていた陽子は、出てきた千鶴の表情を見て、自分もホッと胸を撫で下ろした。「お父様は……関わっていらっしゃらなかったんですね?」「本人はその気満々だったようだけどね」極度の緊張から解放された途端、どっと疲労が押し寄せてきた。陽子が車のドアを開け、千鶴は後部座席に乗り込んだが、休む気にはなれなかった。「藤堂局長が、彼にその隙を与えなかっただけよ」腹の底から、ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた。淳平が関与せずに済んだことには安堵している。だが同時に、彼のあまりの愚かさが憎たらしくて仕方なかった。たかが一人の女のために、自分の身を滅ぼそうとしただけでなく、一族全体を道連れにしようとしたのだから。陽子としては、雇い主の父親を悪く言うわけにはいかなかった。「では、この後はどちらへ向かいますか?」「まずは清水苑へ戻るわ」千鶴も、今すぐ霞川御苑へ向かいたい気持ちは山々だった。だが、口頭で説明しただけでは何の証明にもならない。「後で藤堂局長が、紅葉坂から当時の事件資料のコピーを人を遣って届けてくれることになった」それを見せれば、事の顛末はすべて明らかになる。確固たる証拠もなしに、真実かどうかも分からない言葉だけを並べて、梨花に「私を信じて」と試練を与えるような真似はしたくなかった。些細なことならともかく、これほど重大な事件においてそんなことをすれば、梨花を無駄に苦しめるだけだ。陽子は不思議そうに言った。「それなら、資料は直接職場に届けても
Read more

第690話

彼女はただでさえ不安を抱えているのだ。このタイミングで「本当に三浦家が関わっている可能性が高い」などと伝えれば、情緒がさらに乱れるだけだ。どうせなら、すべてがはっきりするまで待つべきだ。三浦家の方でも、海人が急かしているし、千鶴もこの件に関して決して結論を先延ばしにするような人間ではない。おそらく、遅くとも今夜には結果が出るはずだ。梨花はその裏事情を知らず、竜也の顔色がいつも通りなのを見て少し安心した。「……分かったわ」彼女は視線を落とし、机の上にまだ未処理の書類が山積みになっているのを見ると、彼に支えられながら立ち上がった。「じゃあ、仕事に戻って。私はユウユウと遊んでくる。ついでに日向ぼっこもしたいし」ユウユウというのは黒川家で飼っている大型犬だ。梨花は少し前に偶然気づいたのだが、ユウユウが彼女と遊ぶ時にやたらと気を使っているのは、彼女が妊娠していることをとっくに察知していたかららしい。以前、静江が梨花のお腹を撫でようとした時、ユウユウは頭を押し付けて静江の手を払い除けながら、「ウゥーッ」と低い声で威嚇したのだ。それを見た静江からは、「恩知らず!」と何度も叱られていた。何しろ、ユウユウの食事の世話を一番しているのは静江なのだから。だが、ユウユウは竜也と梨花以外、誰にも懐かなかった。思いがけず、竜也も一緒に立ち上がった。「俺も下で少し風に当たってくる」梨花は、彼がこれまで何よりも仕事を優先する人間だったことを知っているため、困ったように言った。「私なら本当に平気よ」少し不安はあるが、そこまで感情を乱すほどではない。物事の軽重はわきまえているつもりだ。それに、最悪の事態も想定している。もし最終的に三浦家が本当に関わっていたと分かっても、受け入れる覚悟はできている。せいぜい、少し落胆するくらいだ。なぜなら今この瞬間でさえ、彼女は三浦家がそんなことをするはずがないと信じているから。片方で国や市民を守りながら、もう片方で人命を虫ケラのように扱う。そんなの、あまりにも乖離しすぎている。竜也は軽く眉を上げた。「お前が平気だとしても、俺が一緒にいちゃいけないのか?」「……」梨花は彼を横目で睨んだ。「私があなたの仕事の邪魔になるのが嫌なだけよ」「仕事は大事だ」竜也は頷いて肯定した。
Read more
PREV
1
...
676869707172
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status