All Chapters of 無視され続けた妻の再婚に、後悔の涙: Chapter 701 - Chapter 710

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第701話

悠人は、盛田のコメント欄にも目をやった。そこには、二人の共通の知人たちによるリプライがいくつか並んでいた。羽弥テレビのアナウンサー:【盛田社長ご夫妻の仲睦まじいお姿、本当にお羨ましい限りです】高陽グループ浦山(うらやま)社長:【男にとっての真の成功とは、夫婦円満で家庭が幸せであること。これに尽きますな】羽弥メトログループ土井(つちい)社長:【真に社会的責任感を持つ起業家は、家庭をも慈しみ、大切にされているものです。盛田社長は我々の手本。見習わなければなりません】盛田社長の秘書・高島(たかしま):【盛田社長、この投稿、最高ですね!ライバルの川上(かわかみ)社長、最近「いいね」してくれなくなったじゃないですか。本気で悔しがってるのかもしれませんよ】盛田社長:【見てるか?ふん、あいつに見せつけるためにわざわざ投稿したんだよ。人の妻を狙うなど、虫が良すぎるにも程がある。毎日ラブラブなところを拝ませてやるさ。超モデルの嫁を誰かに奪われてたまるか。足掛け八年、ようやく実らせた恋だぞ。絶対に邪魔はさせない!】悠人は以前の宴席でスーツの袖を汚してしまった際、盛田の秘書が代わりの上着を手配してくれた縁でラインを交換していた。その秘書はどうやら悠人と繋がっていることをすっかり失念しているらしく、コメント欄で盛田とライバル川上の裏話を、まるで誰の目にも触れないかのようにあっけらかんと話していた。読み終えた悠人は、ふと腑に落ちた。なるほど。兄の和也にしても盛田にしても、SNSでこれでもかと愛妻家ぶりをアピールし、家の中でも妻にべったりなのは――ふたりとも、強烈な危機感を抱いているからなのだ。美穂は、結婚してなお求婚者が絶えない。盛田の超モデル妻も同じだ。そして自分の妻は……容姿も才能も、誰もが目を奪われる眩い存在だ。過去の恋敵たちの顔が次々と脳裏をよぎり、悠人は今さらながら己の認識の甘さを痛感した。自分が妻との仲睦まじさを公にしてこなかったせいで、周囲は自分と智美の関係を冷え切ったものだと誤解し、付け入る隙があると思い込んでいたのだ。やはり自分は、男女の機微というものに疎い。和也や盛田のように、抜け目なく立ち回ることができていなかった。そのとき、浴室のドアが静かに開き、智美が出てきた。タオルで濡れた髪をやさしく拭いながら。水滴
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第702話

和也:【悠人、アカウント乗っ取られたか?】明日香:【@和也、何を言ってるの。こんな無防備な写真、悠人にしか撮れないでしょう。智美の寝顔があまりにも美しくて、思わずシャッターを押したのよ。本当に神々しいほどの美人ね。最高】美穂:【智美の美しさに全力の「いいね」を!ついでに@和也、ねえあなた、これこそが理想のラブアピールっていうものよ?わかる?】美羽:【自分の結婚式の準備で夜更かししてたら、上司がSNSでノロケてるのを発見。さすがにひっくり返りましたよ】祥衣:【@美羽、驚いたのはあなただけじゃないわよ。でもまあ、智美ちゃんはあんなに絶世の美女なんだもの。もし私がこんな女神みたいな奥さんを娶ったなら、やっぱり自慢せずにはいられないわよね。岡田先生、今まで出し惜しみしすぎだったわよ笑笑笑……】竜也:【@祥衣、正直言ってちょっと怖いんだけど。悠人ってもしかして何かに取り憑かれたか?俺たちが恋人自慢の投稿をしても、あいつ一度も反応しなかったじゃないか。それがまさか、自分から投稿するとはな】ひと通り眺めた悠人は、何も返すことなくスマホを閉じた。そっとベッドに潜り込み、隣で眠る妻のそばに身を寄せる。ほのかに漂う甘い香りに包まれ、その夜は心地よい眠りに落ちた。智美がその投稿を目にしたのは、翌日の出勤途中、車内でスマホをスクロールしていたときのことだった。しばらく首を傾げるように眺めてから、悠人にメッセージを送った。【会社で何かラブラブキャンペーンでもやってるの?】彼女も上流社会での付き合いを心得ている身だ。夫婦円満というイメージが企業の株価安定に寄与することは、十分に理解していた。悠人はおそらく多忙だったのだろう。十数分後にようやく返信が届いた。【ない】智美も投稿の件をわざわざ蒸し返すのは気恥ずかしく、そのまま話題を流そうとした。するとすぐに、もう一通届いた。【智美、俺も君の投稿に出ていきたい】自分だけが発信していても意味がない――智美にも一緒にアピールしてもらうことで、近づいてくる不届きな連中をまとめて牽制したかったのだ。智美:【???】やはり、何か裏があるのでは。最近、岡田グループで夫婦同伴の重要な行事でも控えているのだろうか。少し考えてから、智美は返した。【わかった】ちょうど何か近況を投稿し
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第703話

悠人は車の前で静かに待っていた。仕立ての良いオーダースーツに身を包み、背筋がすっと伸びた長身からは、気品と大人の色気が滲み出ていた。足音に気づいて振り向いた彼は、今日の智美の姿を目にした瞬間、思わず息を呑んだ。智美は茶目っ気たっぷりに笑いながら、小さく手を振った。今日のコーディネートは、このデートのために特別に選んだ勝負服だった。ハイエンドのオーダーメイド、シーブルーのクリスタルビーズをあしらったマーメイドドレス。しなやかな曲線を優美に包み込み、散りばめられた青いラインストーンが光を反射して、まるで銀河の煌めきのように眩い。並の美貌では、このドレスの華やかさにかき消されてしまうだろう。だが智美は、この衣装を完璧に着こなしていた。それどころか、ドレスよりも彼女自身の美貌のほうが、見る者の目を惹きつけてやまない。首元には、以前悠人から贈られたBVLGARIの「セルペンティ・エテルナ」ダイヤモンドネックレスが飾られていた。制作に二千八百時間を要したとされるこの逸品は、ペアシェイプの完璧なダイヤモンドが七石あしらわれ、かつてトップ女優が着用したことで一躍時の人となり、市場価格が跳ね上がったという語り草を持つ。悠人はそばに寄り、彼女の手をそっと取った。「今日の君は……本当に、綺麗だ」飾らない感嘆が、自然と口をついて出た。智美は嬉しそうに彼の手を握り返した。「ありがとう」今夜悠人が予約していたのは、格式高い趣を纏った高級中華料理店だった。店内は静謐で奥ゆかしく、どこからか琴の音が細い糸のように流れ、茶のふくよかな香りが漂っていた。案内された個室へ通されると、悠人はあらかじめ秘書に頼んでいた花束を運ばせた。黄色いバラが、九十九本。智美が両腕で抱えてみると、想像以上の重さに思わず笑い声がこぼれた。「九十九本って、こんなにずっしりしているのね!」さっそく、悠人に写真を撮ってもらった。アングルを決め、シャッターを押した悠人が画面を差し出すと、智美は写真を眺めて満足げに目を細めた。「いい感じ。なんだか、祥衣先輩がよく見せてくれるインフルエンサーみたい」悠人はほんの少し申し訳なさそうに表情を和らげた。「俺こそ、気が回らなくて悪かった。今までまともにロマンスを演出してこなかったし、花だってこんなに贈ったことはなかったな」
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第704話

BVLGARIのダイヤモンドネックレスと、深紅のバラが九十九本。美穂は珍しく、SNSに甘い言葉を綴っていた。【愛してる、あなた♡】そして和也はというと、そのコメント欄にいくつもハートマークを並べ立て、さらには愛妻への誓いを長々と書き連ねていた。悠人は思わず舌打ちをした。「……うるさい奴だ」智美は、この兄弟の妙な対抗心がおかしくてたまらず、何も言わずにただじっと悠人を見つめてくすくすと笑った。悠人も自分の行動が少々子どもっぽかったと自覚しているらしく、軽く咳払いをしてから言った。「俺たちは俺たちで楽しめばいい。あいつらのことなんて気にするな」今夜のデートには、悠人自身も十二分に満足していた。そして、これからはもっと「デート」というものを大切にしなければならないと、あらためて心に決めた。智美のデートのハードルを上げておけば、他の男が安い誘い文句をかけてきても、決して心を動かされることはないはずだ。悠人はそれを確信していた。ついでに、この方針はいずれ生まれてくる子どもにも教え込もうと思った。もし男の子なら、大きくなったとき意中の相手をスムーズに口説き落とせるように。女心が分からないせいで愛想を尽かされる、などという情けないことにならないように。もし女の子なら、本物を知ることで、男を見る目を養わせるために。そうすれば、軽々しく誰かに心を奪われることもなくなるだろう。……時が経ち、ついに美羽の結婚式の日を迎えた。智美と悠人は、プライベートジェットで大桐市へと向かった。久しぶりに故郷へ帰ってきた智美は、懐かしいような、それでいてどこか遠いような、不思議な感覚を覚えていた。まず二人は、母である彩乃のもとへ顔を出した。病状が落ち着いてからというもの、彩乃は智美が用意したマンションへ移り住んでいた。日中はお手伝いさんが身の回りの世話をしてくれているため、智美も安心している。妊娠してからは、彩乃から電話がかかってくるたびに「ちゃんと休みなさい」「無理して仕事なんてしなくていい、元気な赤ちゃんを産むことが一番大事よ」と、同じ言葉ばかりを繰り返すようになった。話がかみ合わないまま終わることが多くなり、智美から電話をかける頻度も自然と減っていた。それでも、彩乃への送金だけは欠かさなかった。母には、少しでも心穏
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第705話

登録料については、契約書に「返金不可」と明記されているというのが紹介所側の言い分だった。業界の常套手段とはいえ、彩乃としては到底納得できなかった。彩乃は悔しかったが、こんなみっともない話を娘に打ち明けるわけにもいかなかった。結局、智美の耳に入れたのは祥衣だった。事の端を知った智美は静かにため息をつき、母を慰めるための贈り物を選んで実家へ送った。母が若い頃、夫に溺愛されていたことはよく知っている。だからこそ、今でも「愛」というものへ夢見がちなのだろう。だが、縁というのは狙って手に入るものではない。出会いとは、そう都合よく思い通りにいくものではないのだから。娘が顔を見せると、彩乃はいつもの小言をぴたりとやめ、珍しく穏やかな表情を見せた。智美の手を取ってソファへ連れていき、悠人の分も合わせてお茶を淹れようと立ち上がる。すると、悠人がさりげなくティーポットを受け取った。「お義母さん、俺がやりますよ」彩乃は目を細めて、義理の息子を見つめた。こんなに気がきく婿を持てて、自分は本当に幸運だ。自身の恋愛はうまくいかなくても、娘の結婚だけは申し分ない。この立派な婿をしっかり繫ぎ止めておけば、智美の一生は安泰だろう。とはいえ、大きなお腹を抱えて長旅をしてきたことだけはどうにも気になり、彩乃は不満げに口を尖らせた。「妊娠中にあちこち出歩いてどうするの。家でゆっくりしていればいいのに。何かあってからじゃ遅いのよ」「体は全然大丈夫よ。赤ちゃんも順調だし、プライベートジェットで来たからちっとも疲れてないわ」と、智美は笑って答えた。プライベートジェットと聞いて、婿の財力と手厚い気遣いをあらためて実感した彩乃は、内心さらに満足した。悠人が席を外して電話に出ると、智美はあらためて切り出した。「お母さん、私たちはこれから羽弥市に腰を落ち着けるつもりなんだけど……本当に一緒に来ない?」彩乃はゆっくりと首を横に振った。「私はやっぱり、大桐市の気候と食べ物が肌に合うの。この歳になって慣れない土地へ移るのは性に合わないわ。あなたたちが仲良くやってくれれば、それで十分。それにね、あちらのお義母様は名家の奥様でしょう。あなたの周りにいるのも、みんなお金持ちの奥様たちばかり。そういう方々と顔を合わせると、どうしても気後れしてしまうのよ。あなたのお父さん
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第706話

旅行に出ることで視野が広がり、何か夢中になれる趣味でも見つかれば、婚活ばかりに気を取られずに済むだろう――智美はそんなふうに考えていた。彩乃は旅行の話には目を輝かせた。「そうよね、ずっと病院に縛られて、どこへも行けなかったもの。そろそろ外に出ないと。せっかくの素敵な服だって、誰にも見てもらえないじゃない」その夜は、悠人と智美が彩乃と一緒に夕食をとり、食後は以前購入していた家へ戻った。ハウスクリーニングを頼んであったので、そのまま泊まれるようになっている。家に着くやいなや、祥衣からメッセージが届いた。【大桐市に来てるんでしょ?よかったら夜食でもどう?竜也が腕を振るって待ってるよ。久しぶりでしょ?】智美が悠人に相談すると、二人ともずいぶん長く会っていなかったことを思い出し、顔を出すことにした。祥衣は年始のボーナスが入ってから、さらに広い川沿いのマンションに引っ越していた。到着すると、ドアを開けて出迎えてくれたのは竜也だった。その日の彼の格好は、白いシャツにきっちりとネクタイを締め、スラックスを合わせ、さらにその上から二色のジャカード織りのニットカーディガンを羽織るという、なんともキメすぎた出で立ちだった。悠人と智美は、思わず言葉を失った。「外は三十度を超えてるんだぞ。室内にエアコンがあるとはいえ、それにしても大げさすぎないか」悠人が呆れたように言った。竜也は首元を緩めて、苦笑いを浮かべた。普段はTシャツにハーフパンツというラフな格好で通している彼にとって、この装いはまだどうにもしっくりこないらしい。「仕方ないだろ、嫁がこういうのが好きだからさ」そう言ってからちらりと後ろを確認し、竜也は声を落とした。「最近、うちの店の隣に漢方薬局が越してきてさ、そこの若い先生がこんな感じの格好をしてるんだよ。何度か様子を見に行ったんだけど、店のスタッフたちが既婚も未婚も関係なく、みんなあの先生のとこに入り浸るわけ。大した症状もないくせに。うちの祥衣に至っては『妊娠中の体調管理』を言い訳にして通ってるけど、あれは絶対にあのイケメン医者目当てだよ。ははっ、わかりやすすぎるだろ」嫉妬はしつつも、竜也はそれを理由に揉めごとを起こすような真似はしなかった。口喧嘩など、夫婦仲を悪くするだけで何の得にもならない。それより彼は、持ち
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第707話

竜也と悠人はキッチンへ移った。「牛肉のピザを焼いたよ。祥衣が好きだからさ。あと、妊婦さんにいいスープも作ってるんだ。後でみんなも飲んでくれ」竜也は相変わらず、家事に対して一切の妥協がない。キッチンの前に立ち、手際よく立ち働く竜也の背中を見て、悠人は素直に感心した。自分も仕事への情熱は人一倍強い性格だと自負している。だが、竜也のように家庭に全力を注ぎ、三度の食事を丁寧に作ることにこれほどの生きがいを見出すような境地は、とても真似できるものではない。鍋の様子を見ながら、竜也は得意げに笑いかけてきた。「悠人、お前も俺を見習えよ。結婚したからって気を抜くな。中年太りなんてしたら終わりだぞ。この体型を維持しておかないと、妻の心だって離れていくからな」悠人は片眉を上げた。「俺が太ると思っているのか」竜也はお構いなしに続けた。「太る太らないの問題じゃない。油断するなってことだよ。最近の女は自立してるし、しかも賢くて綺麗だろ。お前が金があるからってあぐらをかいてたら大間違いだ。条件のいい男なんて周りにいくらでもいるんだから、自分を磨くことを怠ったら、あっという間に持っていかれるぞ」自分には関係のない話だと悠人は思いつつも、この数年で智美の活躍の場がどんどん広がり、出会う人間や言い寄ってくる男の数も増えているという現実がふと頭をよぎり、胸の奥がざわついた。悠人が眉間にわずかに皺を寄せたのを見て、竜也は言葉が刺さったと察し、にやりと笑ってさらに続けた。「あとで男性向けのファッションガイドを送ってやるよ。見た目で妻をつなぎとめるのは、恥でも何でもない。お前が奥さんの心をしっかり掴んでおけば、他の男が入り込む隙もなくなるだろ。あとな、最近は少女マンガもだいぶ読み込んでるんだよ。女が求める男ってどういうものか、ようやく掴めてきた気がする。祥衣の産後が落ち着いたら、絶対びっくりさせてやるつもりだ」悠人は黙り込んだ。……そこまで研究しているのか。さすが竜也、抜かりがない。その夜、家に戻った智美が風呂から上がると、悠人がスマホを手に、ひどく真剣な顔で何かを読み込んでいた。仕事のメッセージでも確認しているのだろうと思い、智美は特に気にも留めず、スキンケアを済ませてベッドに横になった。ところが、いつもなら必ず寄ってきて抱きしめ、額にキ
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第708話

悠人:【…………】翌朝、目を覚ました智美は、悠人がもうすっかり着替え終えていることに気がついた。週末や休日のこの時間帯、悠人はたいてい布団の中でぐずぐずと智美を抱き込んだまま、のんびりと惰眠をむさぼるのが常だ。今日に限って、一体どうしたのだろう。ベッドの上に座ったまま、智美はぼんやりと悠人の姿を眺めた。仕立てのよいスーツに身を包み、襟元にはウィンザーノットで完璧に結ばれたネクタイ。髪はきっちりとオールバックにまとめられ、彼の端正な顔立ちがより一層際立っていた。まるでレッドカーペットを歩く映画スターのようだ。「美羽の結婚式は夕方からでしょ。こんなに早くからキメなくてもいいんじゃないの」悠人はこちらを向き、やわらかく微笑んだ。「せっかくだし、先に少し出かけないか。大桐市に来るのも久しぶりだし」その笑顔に、智美は思わずどきりとした。体の芯がじんと痺れるような感覚が走り抜ける。眉を寄せて悠人を見直した。なんだか今日の彼は、色鮮やかな羽根を広げた孔雀のように、惜しげもなく色気を振りまいているように見える。普段はこんなじゃないのに。智美も身支度を整え、服を着替えた。今日のコーディネートは、ベージュのフラワープリントのロングワンピースに、白のクラッチバッグ。おだやかで上品な雰囲気にまとめ、あくまで主役である花嫁の引き立て役に徹するつもりだった。まず二人は近くの店で朝食をとり、その後で事務所に顔を出した。美羽の結婚式には事務所のスタッフ全員が招待されており、悠人はあらかじめスタッフ全員に午後の半休を許可していた。法律事務所という職場柄、いくつもの案件に追われる日々が常である。午後の半休と言っても、のんびりしているような空気はどこにもなく、皆一様にデスクにかじりついて仕事を続けていた。悠人と智美は一人ひとりに声をかけ、コーヒーと小さなケーキを差し入れた。その後、大桐市での智美のかつてのオフィスへも立ち寄り、同じようにスタッフたちへ差し入れをして回った。ビルを出てから、智美は悠人に聞いた。「同業者を見て、弁護士を辞めたことが惜しくならない?」悠人は笑った。「人それぞれ、担わなければならない責任というものがあるからね。後悔はしていないよ」この人といると、不思議と安心できる。智美はそう感じた。巨大な岡田家を任せ
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第709話

「久しぶりね」その声を聞かなければ、智美は誰だか気づかなかったかもしれない。千尋だった。見違えるほど変わっていた。何度も美容整形を繰り返したのだろう。以前の面影はほとんどなく、顎は鋭く尖り、鼻筋も不自然なほど高く通っている。どこか人工的で、作り物めいた印象を与える顔になっていた。かつて瑞希が智美に目をつけたのは、智美と千尋の顔立ちがどこか似通っていたからだった。だが今の二人には、面影を重ねる余地すら残っていない。智美は静かな目で千尋を見つめた。何も言わなかった。千尋は智美のふくらんだお腹に目を落とし、自嘲めいた光を瞳にちらりと浮かべた。「まさかあんたが岡田家の次男を射止めて、子どもまで身ごもるとはね」かつて手にして、そして永遠に失ってしまったものを思い出したのだろうか。どこか遠くを見るような、うつろな目になった。智美はジュースをひと口飲んでから、静かに問い返した。「今、渡辺グループはあなたが取り仕切っているの?」千尋は得意げな表情を浮かべた。「そうよ。正直に言えば、祐介があんたに未練たらたらだったおかげね。羽弥市であれだけ馬鹿な真似をして捕まったのも、自業自得だと思うわ。そうでなければ、私がグループを掌握できたかどうか。義母も義妹も、社会に出たこともない世間知らずだもの。私のほうがよっぽど頭が切れるわ」実のところ、千尋には傾いた渡辺グループを立て直す実力などない。だが、最初からそのつもりもなかったのだ。渡辺の資産を佐藤家のために食い潰し、最終的に会社を傾かせる――彼女にとっては、それで十分だった。そのあとも、自分は佐藤家の誇り高き長女でいられるのだから。智美は過去のあれこれを思い返し、まるで遠い夢でも見ているような気持ちになった。祐介のことも、千尋のことも、今の自分にはもう何の感情も湧かない。彼らの話は、完全に別世界の出来事だ。淡々とした智美の表情に、千尋はじわじわと苛立ちが募るのを感じ、奥歯を噛みしめた。「あんた、私と祐介がこんな結末になって、内心ざまあみろって思ってるんでしょ」智美はふっと微笑んだ。「あなたたちのことで今さら感情を波立たせるほど、私の人生は暇じゃないわ。もう私のことは気にしないで。私がもうあなたを気にしていないのと同じように。これからもどこかで会うことがあっても、赤の他人として振
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第710話

以前、千尋が渡辺家に彼氏を連れ込んだとき、瑞希と麻祐子が戻ってきて怒り狂ったことがあった。だが、千尋は女主人よろしく振る舞い、二人をあっさりとやり込めてみせたのだ。今の渡辺グループの実権を握っているのは、他でもない自分である。姑と小姑が少しでも自分の癇に障るような真似をすれば、いつでも経済的な締め付けを食らわせることができる。あの家に男を連れ込み、あの二人に嫌な思いをさせること自体が、今の千尋にとっては歪んだ悦びであり、密かな快感だった。祐介だって、かつて自分にさんざん辛酸を嘗めさせてきたのだから、これくらい当然の報いだ。帰り道、兄の大輔から電話がかかってきた。用件は、新たな政略結婚の打診だった。病気から回復して経営の第一線に復帰した大輔は、渡辺グループの資産を容赦なく吸収し、佐藤グループをさらに大きく太らせていた。「渡辺グループはもう抜け殻も同然だ。この機に祐介とは縁を切って、さっさと離婚しろ。お前はまだ若いんだ。この先もあんなふうに自分を安売りするような真似をするな。家柄に釣り合う相手を見つけて、再婚しろ」助手席の彼氏が、千尋の耳元にそっと唇を寄せてくる。千尋はその心地よさに、熱い吐息を漏らした。「兄さん、そこまで私のことに首を突っ込まないで。もう再婚する気なんてないから」声に混じる妙に甘く気怠げな響きを、大輔が聞き逃すはずがなかった。「千尋、また男と遊んでるのか。そういう相手は、結婚してからいくらでもこっそり囲えばいいだろう。今はきちんとした見合いが先だ」千尋は不機嫌になり、まとわりつく彼氏の手を鬱陶しそうに払いのけた。「もう再婚しないって言ってるでしょ。誰の顔色も窺わず、自分の好きに生きるわ。それに、渡辺の財産を食い潰して実家を肥え太らせた女だってこと、大桐市ではもう知らない人間がいないのよ。今さら、誰がこんな性悪な女を娶るっていうの」「商売のやり口なんて、どこもそんなもんだろ。莫大な持参金付きの女を、わざわざ断るような馬鹿な男がいるか。それに、俺が今目をつけているのは、洋城や港島の資産家だ……」千尋の声が一気に冷え込んだ。「……用済みになったら、遠くへ追い払う気?佐藤家のために渡辺の財産を根こそぎ奪い取ってやったのに、今度はこんな遠くの土地へ政略の駒として使うつもりなの。兄さんには心底失望した
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