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last update Dernière mise à jour: 2025-08-08 19:39:36

 王都の心臓部に位置する王国騎士団の詰所は、石造りの重厚な建物。マリーが想像していた以上に厳格で威圧的な空気に満ちていた。鍛錬を終えた騎士たちが行き交い、武具がぶつかり合う硬質な音と、規律正しい命令の声が響き渡る。

 質素なワンピース姿のマリーは、明らかに異質な存在だった。

 好奇と驚き、あからさまな猜疑の視線が容赦なく突き刺さる。

「あの娘は誰だ?」

「団長が連れてこられたらしいが、平民じゃないか?」

 ひそひそと交わされる囁き声が、マリーの耳に届いた。怯えて身を縮こませる彼女の様子に前を歩いていたアランが気づき、ぴたりと足を止めた。

「紹介する。こちらはマリー。私の婚約者だ。今日から私と共にここで暮らす。未来の団長夫人として、敬意をもって接するように」

 彼の威厳に満ちた声に、あれほど騒がしかった囁き声が嘘のようにぴたりと止んだ。騎士たちは驚きに目を見開きながらも、慌てて背筋を伸ばして一斉に敬礼する。その光景に、マリーは自分がとんでもない場所に来てしまったのだと、改めて実感した。

 彼がマリーに与えたのは、清潔だが冷たい雰囲気の客間だった。

「ここを君の部屋として使え。私かリオネルの許可なく、詰所内を勝手に歩き回るのを禁ずる。君の存在は、まだ外部には極秘だ」

 アランは事務的な口調で告げた。広い部屋でポツンと佇むマリーの小さな背中を見て、彼の胸にわずかな罪悪感がよぎる。だがそれを顔に出すことはなかった。

 マリーは寂しさと不安を感じながらも、ここが彼の呪いを解くための最前線なのだと決意を新たにしていた。アランに向き直り、尋ねる。

「あの……薬を調合するための場所をお借りすることはできますか?」

 彼女の頭の中は、すでに治療のことでいっぱいだった。

 +++

 翌日の昼、リオネルが昼食を運んできてくれた。

「いやあ、団内は大騒ぎですよ。団長のお相手は、誰もがクラリッサ様だと信じてましたから」

 気さくな口調で言いながら、彼はマリーの反応を探っていた。ふと真剣な表情になると、声を潜める。

「マリー様、クラリッサ嬢は、侯爵家が誇る大変プライドの高いお方です。どうか、お気をつけください」

「クラリッサ」という名前に、マリーの心臓が小さく跳ねる。自分がその人の立場を奪ってしまった。何も起こらないはずがない。

 その夜、マリーはアランが用意してくれた物置部屋を一心不乱に掃除していた。

 客間とは別にもらったその部屋は、薬の調合のためのもの。埃を払って床を磨き、持ってきた薬草や薬学書を整然と並べていく。

(噂や身分なんて、どうでもいい。私の仕事はあの人の呪いを解くこと。助けるって決めたんだ)

 逆境がマリーの緑の瞳に、真剣な輝きを与えていた。

 +++

 深夜。アランの執務室のドアに、控えめなノックの音が響いた。

「マリーです。薬湯をお持ちしました」

「……入れ」

 マリーが淹れたての薬草茶を盆に乗せて、部屋に入ってくる。

 アランは山積みの書類と格闘している最中だ。書類から目を離さずに黙ってカップを受け取る。薬草の穏やかな香りが部屋に広がった。

 一口お茶を飲む。温かい液体が喉を通り、呪いによる苦痛がすっと和らぐのを感じた。薬臭さは薄い、心が安らぐような味と香り。

 ふと顔を上げると、彼を見つめているマリーと視線が合った。薬師として、心からアランを思いやっている瞳。

 アランは礼の言葉の代わりに、静かに告げた。

「一週間後、王城で夜会が開かれる。君には、私の婚約者として出席してもらう」

 突然の宣告にマリーは息を呑んだ。夜会――貴族社会との初対峙であり、おそらくクラリッサ本人との遭遇を意味する。

 次なる試練は、もう目の前に迫っていた。

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