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03

last update Last Updated: 2025-08-07 11:04:53

 意識が浮上した時、アランはすぐに己の体の変化に気づいた。

 昨夜、全身を苛んでいた死ぬほどの苦痛が嘘のように和らいでいる。体内に巣食う呪いの気配はまだ残っているが、その活動は明らかに抑制され、薄い膜に覆われたかのように静まっていた。

 昨夜は森の魔獣討伐に出かけた。呪いに侵された体を鞭打って標的を仕留めたまではいいが、部下たちとはぐれてしまった。

 戦いの熱と負傷で呪いが悪化し、夢の中をさまようようにこの小屋にたどり着いたのだった。

 ゆっくりと瞼を開け、状況を把握しようと視線を巡らせる。見知らぬ質素な小屋の風景が視界に入る。そして、ベッドの脇に置かれた粗末な椅子の上で、昨夜の少女が疲れ果てたように眠っているのが見えた。

 薬草の匂いが染み付いた素朴なワンピース。そばかすの散ったあどけない寝顔。自分の世界とはあまりにもかけ離れたその光景に、アランは警戒を解かないまま、冷静に思考を巡らせた。

 一体、この女は何者だ。私に何を飲ませた?

 と。マリーが身じろぎし、ぱちりと目を覚ました。ベッドの上で半身を起こしているアランの姿を見て、緑色の瞳を驚きに見開く。

「あっ……!?」

 アランはその隙を見逃さなかった。弱ってはいるが、騎士団長としての威厳を声に滲ませて問いかける。

「君は何者だ」

 彼のサファイアのような青い瞳が、鋭くマリーを射抜いた。そのあまりの美しさと有無を言わさぬ威圧感に、マリーの心臓が跳ねる。けれど何よりも彼の体調を気遣う気持ちが勝った。

「薬師です」

 マリーは臆せずに、まっすぐに彼を見つめ返した。

「あなたの体にあるのは、高位の魔獣による『死の呪い』です。魔力の循環を阻害し、生命力を徐々に結晶化させていくもの。昨夜の薬は症状を抑制したに過ぎず、根本的な治療にはなっていません」

 淀みなく紡がれる言葉に、今度はアランが衝撃を受ける番だった。宮廷のどの薬師も神官も、ここまで正確に呪いの正体を見抜くことはできなかった。目の前の森で暮らす素朴な少女が、ただ者ではないことを悟る。

 自分の状況が絶望的であることを再認識して、アランはしばし沈黙した。そして観念したように、自らの身分を明かした。

「私は、アラン・フェルディナンド。王国騎士団の団長だ」

 続けて、彼が最も頭を悩ませている問題を語る。

「父や家臣たちは、私が呪われているとは知らず、一刻も早く侯爵家の令嬢……クラリッサ嬢との婚約を結べと迫っている」

 彼の口から出た名前に、マリーは目を丸くした。クラリッサ侯爵令嬢は、社交界の華と謳われる絶世の美女。平民のマリーですら噂は聞いたことがある。

 アランは自嘲気味に、彫刻のように美しい顔を歪めた。

「何も知らぬ彼女を、すぐに未亡人にするために娶れというのか。それは騎士の名誉を汚す、許されざる欺瞞だ。私は、この縁談を完全に白紙に戻したい」

 だが、と彼は続けた。このままでは家の言いなりになるしかない。騎士として民を守る盾として、最期の一日まで責任を全うするためには、時間が必要だった。

 アランは、目の前のマリーに唯一の活路を見出していた。彼女には政治的な背景がない。そして自分の命を永らえさせる可能性を秘めた、類稀なる才能がある。

 苦渋の表情で、彼は最後の賭けに出た。

「君に、私の婚約者のふりをしてほしい。すでに私に決めた相手がいるとなれば、クラリッサ嬢との縁談も白紙にせざるを得ないはずだ。期間は、私が死ぬまで。私が死ねば、君は当然自由の身。後腐れは何も無い。報酬は望む以上を約束する」

 騎士団長、婚約者のふり、クラリッサという名の令嬢――。

 あまりに世界の違う話に、マリーの頭は真っ白になった。怖い。でもこの人は死を覚悟しながら、誰かを不幸にしないために必死に抗おうとしている。

 彼の誇りと誠実さに心を打たれ、薬師としての使命感が恐怖を上回った。

 マリーは覚悟を決めて顔を上げる。緑色の瞳には、強い意志の光が宿っていた。

「報酬は、要りません」

「……何?」

「私の条件は、たった一つです。あなたのその呪いを、私が治療することを許可してください。完治させるために、あなたのそばにいさせてください。それだけが、私の望む報酬です」

 予想外の返答に、今度はアランが言葉を失った。

 金や欲望ではない。ただ純粋に「命を救いたい」という、揺るぎない瞳。

(この人を利用していいのか? 私の事情に巻き込んでいいのか?)

 アランは迷う。契約である以上、迷惑はかけないよう取り計らうつもりだった。けれど純粋すぎる思いを前に、心が揺れる。

 だが彼は決意した。婚約や家への不義理以上に、彼は無様に死にたくなかった。死が避けれないのであれば、最期まで騎士らしく誇り高く生きたかったのだ。そのためにはマリーの力が必要になる。

 しばしの沈黙の後、彼はふっと息を吐いて頷いた。

「……わかった。契約、成立だ」

 朝日の中、王国最強の騎士と森の薬師、二人の間に奇妙な契約が結ばれた。それは一つの命と一つの願いで結ばれた約束だった。

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