Lahat ng Kabanata ng 雨は遅く、人は遠く: Kabanata 11 - Kabanata 20

23 Kabanata

第11話

蓮司は、静乃が思っていたように驚いたり、慌てて自分との関係を否定したりはしなかった。ほんの一瞬だけ目を見開き、すぐに彼女の掛け布団を軽く二度叩いて言った。「ゆっくりでいいよ。話してごらん」静乃は、律真に軟禁されていたこと、そして自分が火を放ったことを蓮司に打ち明けた。ただし、律真との細かな確執までは話さなかった。彼女がそれ以上話す気がないと察すると、蓮司も無理に聞き出そうとはせず、小さく息を吐き、それから落ち着いた声で言った。「安心していい、彼は死んでない」「……死んでない?」静乃の胸が大きく跳ねた。律真の死を願う一方で、生きていてほしいとも思ってしまう――矛盾した気持ちが胸の奥で交錯する。「そうだ。あの神谷家の大火事も、燃え広がってから数分で発見された。家族は全員無事だ。怪我は、使用人の一人が足に軽いやけどを負っただけだ」蓮司は知っている限りのことを淡々と伝えた。静乃はその言葉を疑わなかった。海ノ市はそれほど広くない。神谷家や冴木家のような大企業なら、もし当主に何かあれば、彼女がここへ来る前にとっくに噂になっているはずだ。静乃はうなずき、もう疲れたと伝え、蓮司を見送った。蓮司が去ったあと、彼女は一晩中ぼんやりと座り続け、まったく眠れなかった。同じ頃――律真もまた、リビングのソファで眠れずにいた。「律真、もう考えるのはやめなさいよ。静乃みたいに自分のことだけ考えて逃げる人に、未練なんて残す価値ある?」詩織は指先で自分の巻き髪を弄びながら、律真の肩に寄り添った。もしあのとき彼女が偶然訪ねてこなければ、神谷家の人間は全員、命を落としていたはずだ。――もちろん、新しい別荘に引っ越す機会もなかっただろう。だが律真は詩織を無視し、眉間を押さえたまま黙っていた。詩織は知らない。だが律真の記憶は鮮明だった。――火を放ったのは静乃だ。きっと、詩織の登場に嫉妬して、怒りをぶつけるために火をつけたのだ。「律真?」詩織はもう一度声をかけ、香りを含んだ長い指先で彼の頬をなぞった。その瞳は艶やかに細まり、情熱を隠さなかった。「もうあの人はいないじゃない。あんなふうに彼女を扱ったんだもの、とっくに恨み切ってるわよ」「でも私は違う。私は全身全霊であなたを愛してる。たとえあなたが私の子どもをあの女に渡したとして
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第12話

ここ数日、律真は詩織に一度も会っていなかった。代わりに、静乃を探して海ノ市じゅうを駆け回っていた。けれど、普段からほとんど家から出ないはずの静乃と、なぜかまったく連絡がつかなかった。チャット画面に並んだ自分のメッセージにも、やはり既読がつかなかった。気になって試しに電話をかけてみたが、呼び出し音すら鳴らなかった。そのせいで、律真の胸の奥では苛立ちがじわじわと募っていった。彼はアドレス帳から静乃の番号を探し出し、苛立ちと焦りを滲ませながら発信ボタンを押す。もともと彼が静乃に直接電話をかけることは滅多にない。以前は、連絡を取りたいときはどこか曖昧なSNS投稿を一つ上げればよかった。三分もしないうちに、静乃の方から電話がかかってきたものだ。愛される側でいることに、すっかり慣れきっていた。しかし今、携帯の向こうから聞こえるのは、間延びした呼び出し音だけ。律真の忍耐が限界に達しかけたころ、ようやく呼び出し音が途切れた。彼は冷ややかな声にわずかな脅しを滲ませて言った。「まだ帰らないのか?家を燃やしたくらいじゃ怒りが収まらないって?静乃、いつからそんなに焼きもちになったんだ」「彼女とはただの出来レースだ。おまえが子どもを欲しいなんて言わなきゃ、俺がそんなことするはずないだろ」しかし、しばらくの間、沈黙が続いた。返事はなかった。堪らず画面をのぞくと――そもそも通話は繋がってすらいなかった。律真は舌打ちし、苛立ちをぶつけるようにソファへスマホを投げつけた。その怒りも冷めやらぬうちに、助手が慌ただしくノックして入ってきた。手には一枚の封筒。「律真社長、蓮司社長が数日後にご結婚されます。冴木家からの招待状です」「冴木家?」律真は眉をひそめ、考えもせず即答した。「行かない」かつて神谷家と冴木家は、同じ業界の利権を巡り、表でも裏でも一年近く争った間柄だ。普段の交流も多くはない。状況が違えば、律真も顔を出して冴木家に貸しを作ったかもしれないが、今は静乃のことで頭がいっぱいで、余計なことに関わる気など毛頭なかった。「かしこまりました」助手はそう答えつつも、招待状を机の上に置いた。出て行こうとしたそのとき、律真がふと声をかけた。「待て」助手が振り返ると、律真はその招待状を手にし、目を見開いて新婦の名前が記された欄を凝視していた――
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第13話

白川家の事情は、外の人にはあまり詳しく知られていないかもしれない。しかし、律真だけはある程度のことを把握していた。静乃は気の強い女性だった。実母を亡くし、継母が家に入ってからは何度も白川家との縁を断とうとした。しかし父は執拗に彼女を縛りつけ、最後まで利用しようとしていた。そのために父は、実母の墓をまるで人質のように使った。もし静乃が言うことを聞かなければ、実母の墓を掘り返すとまで言った。勝手な行動をさせないよう、墓の場所を頻繁に変えることさえあった。素直に従った時だけ、墓参りを許されたのだ。律真はその事実を知らなかったわけではない。助けることもできたが、彼は静乃が自ら頭を下げて助けを求めるのを待っていた。しかし静乃は、一度も口を開くことはなかった。苛立ちをぶつけ終えると、律真は静乃の父を鋭くにらみつけ、その場を足早に立ち去った。冴木家は静乃をしっかりと守っていた。律真が何度も人を使って調べても、彼女に関する手がかりはまったくつかめなかった。結婚式の日は刻一刻と迫り、むしろ律真は冷静さを取り戻していった。「律真社長、本当に式に出席なさるんですか?」心配そうに尋ねる助手に、律真は数珠を弄りながら目を細めて答えた「もちろんだ。行かなくちゃ、花嫁を奪い返せないだろう? 彼女が本気で俺から離れられるなんて信じられるかよ」助手は言葉を飲み込んだ。何を言っても、必ず地雷を踏むことになるからだ。律真は、静乃が自分を愛していると言われるのも嫌だったが、愛していないと言われるのはそれ以上に耐えられなかった。そのことをよく理解している助手は、あえて耳を塞ぐように黙っていた。やがて、結婚式の日がやってきた。律真はまるで新郎のように、完璧な装いで現れた。ロマンチックな結婚行進曲が流れる中、静乃は蓮司の腕に手を添え、ゆっくりと姿を現した。二人は絵に描いたように美しく、並んだ姿はまるで夜明けの一番星のようだった。参列者たちは思わず息をのんで感嘆の声を漏らした。ただ一人、律真だけが顔をこわばらせていた。握ったワイングラスには力が入り、その視線は静乃から離れなかった。――こんなに肌を露出したドレスを着るなんて。彼の目は、静乃を物欲しげに見つめる男たちにも向けられ、彼らの顔を一人ひとり心に刻みつけていった。壇上の静乃は、ど
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第14話

「静乃、自分が何を言っているのか分かっているのか?」律真は目を見開き、静乃をじっと見据えた。まるで心の内まで見透かそうとしているかのようだった。その手は彼女の手首を強く握りしめ、骨が砕けそうなほどだった。痛みに眉を寄せる静乃を見て、律真はわずかに力を緩めた。傍にいた蓮司は何度も割って入ろうとしたが、静乃の視線に押しとどめられていた。だが、苦痛で顔を歪める静乃を目の当たりにして、ついに我慢できずに律真を強く押しのけた。「律真さん、僕の結婚式で、僕の妻に無礼を働くつもりですか?」蓮司の言葉は丁寧だったが、その響きには明らかな威圧感があった。「お前の妻か?」律真は冷たく笑いながら、再び静乃を見た。「静乃、そいつに教えてやれ。お前が一番愛しているのは誰なのか」その声には揺るがぬ自信が満ちていた。結婚して四年、男が彼女に近づくたびに、律真は肩を抱き寄せ、いつも同じ問いを口にしてきた。「静乃、教えてやれ。お前が一番愛しているのは誰だ?」そして、答えはいつも変わらなかった。「あなただよ、律真。私が愛しているのは、いつだってあなただけ」だが、その男が去ると律真は急に冷たい顔になり、いつも不満げに言った。「もう子どもじゃないんだ。愛ってのは、口先だけじゃ通用しない」今、その問いを再び聞かされても、静乃はただ可笑しいと感じるだけだった。何度も裏切り、挙げ句に自分の腹に愛人の子を宿させた男を、どうしてまだ愛せるというのか。律真の期待に満ちた目の前で、静乃は初めて別の答えを口にした。「少なくとも、あなたじゃないわ」律真の笑みが凍りつき、眉をひそめて荒い息を漏らし問い返した。「……今、何て言った?」「言った通りよ。私が愛している人は、あなたではない」静乃の言葉が響く中、まだ状況を飲み込めない律真は冴木家の者たちに押さえ込まれ、蓮司が静乃の手を引いた。そして相手を頭から足まで見下ろすように一瞥し、低く言い放った。「聞こえましたか?さっさと出て行ってください」その言葉が終わると同時に、律真は強制的に連れ出された。律真が再び式を乱さないようにするため、会場から引きずり出し、二度と中に入れないよう冴木家の者が見張りを立てた。外に放り出された律真は、怒りよりも静乃の言葉が頭を支配していた。――愛してない?自分を、も
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第15話

静乃は少し時間をかけて、自分と律真の過去をすべて話し終えた。蓮司はずっと黙って耳を傾けていた。「……以上よ。もし気になるなら、まだ入籍していないうちに白川家に戻るわ。私の父のことは心配しなくていい。あなたが約束通り商売で手を貸さなくても、あの人はあなたに手出しできないから」静乃の表情は淡々としていて、まるで他人事のように告げた。蓮司が自分と距離を置こうとするのは、ごく自然なことだ――そう静乃は思っていた。責める気持ちは、もともとなかった。しかし、蓮司の眉間の皺が消えないのを見ると、静乃はますます自分の推測を確信した。そこで彼女は立ち上がり、わずかな荷物をまとめ始めた。「日が暮れる前には出るわ」背を向け、努めて軽い口調を装った。蓮司に対して、今は特別な感情はなかった。悲しいとは言えないが、どこか虚しい気持ちがした。母を失って以来、この世界のどこにも自分の居場所はないのだと。「……痛かった?」長い沈黙のあと、蓮司がふと口を開いた。手を動かしていた静乃の指が止まる。ぎこちなく振り返り、信じられないような表情を向けた。「……今、なんて言ったの?」「律真に気づかれないよう、小さな診療所で……おろしたって言ってたよな。すごく痛かっただろ?」蓮司の瞳には、あふれそうなほどの哀しみが宿っていた。明るくまっすぐで――あの頃は誰よりも優しかった少女が、どうして数年でこんな姿になってしまったのか。もしあの施設で、あの時自分が告白していたら……すべては違っていたのだろうか。そんな後悔が胸の奥で疼いた。静乃は耳を疑った。呆然と立ち尽くし、ただ深く蓮司を見つめる。鼻の奥がつんとし、気づけば涙が頬を伝っていた。――七年もの間、毎日顔を合わせ、共に過ごした男は、自分のまごうことなき真心を知りながらも、なお試すようなことばかりを繰り返した。一度きりの出会いしかなかった男は、その惨めな過去を知ってもなお、蔑まず、ただ……心から、いたわってくれた。あまりにも久しぶりの感情だった。熱く、重く、胸に迫って、受け止めきれないほどに。「……ありがとう」震える声で、そう伝えるのが精一杯だった。二人の視線が絡み合った瞬間、何かが確かに変わった。一方その頃、神谷家では、温かさのかけらもない光景が広がっていた。律真はソファに沈み
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第16話

「俺が離婚……?」律真は目を細め、頬にほのかな酔いの紅をさしていた。手に持っていたグラスをテーブルに乱暴に叩きつけ、今まさに本当のことを口にしようとしたそのとき、使用人が口を挟んだ。「そうですよ。いくらなんでも、そんな衝動的に奥さまと離婚するなんて。奥さまが長年、どれだけ尽くしてこられたか、私たちはずっと見てきました。お金や地位のためじゃなく、ただ旦那さま自身のために――」「……はぁ」その先は、使用人も言葉を飲み込んだ。これ以上は踏み込みすぎだと分かっていたのだ。だが律真の顔からは怒りの色が消え、代わりに何かを考え込むような表情が浮かぶ。しばらく沈黙したあと、眉間の皺がゆるみ、ソファに身を投げ出して問いかけた。「……で、彼女は俺にどう尽くしてくれたんだ?お前たちは何を見てきたんだ?」怒っていないと察したのか、使用人は覚悟を決めたように背後の仲間に目配せをした。すると、そこにいた使用人たちが次々と集まってきた。どうやら長い間、我慢してきたらしい。口々に言葉が漏れた。「去年の誕生日、奥さまは旦那さまのためにごちそうを用意して待っていらっしゃいました。料理は何度も温め直していたのに、旦那さまは一晩中帰らず……夜明けには奥さまの目が腫れるぐらい泣いていて、その後、全部捨てられてしまったんです。でも奥さまが部屋に入った途端、旦那さまが帰ってきて……大げんかになりました」「それからある日、旦那さまが口紅の跡をつけて帰ってこられて、『なぜ探しに来ないの?』と、奥さまを責めた。でもその日、あなたが出かける前に『邪魔するな』と言ったんです。奥さまは家で一日中、あなたの写真を見つめて過ごしていましたのに」「手作りのネクタイが好きだとおっしゃったので、奥さまは指を血だらけにしながら作っていました。それをあなたは見もしないで、ごみ箱に……」……次々と思い出が重なっていく。その言葉を聞きながら、律真の脳裏にも当時の情景が蘇った。あの日――誕生日には、わざと静乃を一日中無視した。本当は彼女に追いかけさせて、皆の前で祝ってほしかったのだ。けれど静乃は一向に動かず、帰宅したときには寝ていて、顔さえ向けてくれなかった。まさか、泣き腫らした目を隠していただけとは思いもしなかった。ネクタイもそうだ。詩織のところで見た同じ柄のものと勘
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第17話

十五分後、律真はバーの個室に腰を下ろしていた。その前には、容姿も体格も揃った男たちがずらりと並んでいた。律真はひとりひとりをじっと見渡し、その眉間には不機嫌さがますます濃く刻まれていったが、何も口にしなかった。張り詰めた空気が重くのしかかる中、ようやく誰かが静乃を連れてきた。「何のつもり? はっきり言ったはずよ。私は今、蓮司の妻なの。もうあなたの妻じゃないわ!」静乃は必死に抵抗したが、周りの男たちは手を出さず、代わりに壁のように彼女を取り囲んだ。「奥さま、どうか私たちを困らせないでください」一人がうつむいたまま静乃を個室へと案内した。足を踏み入れた瞬間、静乃は息を呑んだ。律真に呼び出されたことは察していたが、まさかこんな芝居じみた光景が待っているとは思わなかった。男たちが整然と並ぶ様子を見て、胸の奥にありえないような想像がよぎった。「律真、私たちはもう離婚したのよ。たとえあなたが男を好きになったとしても、私が気にする理由は一つもないわ」その言葉に、律真の表情がわずかに揺れた。しかし彼は何も否定せず、淡々と口を開いた。「これまでのことは全部、俺のせいだ。相手の立場に立つことを知らず、お前を疲れさせてしまった」静乃は半歩ほど後ずさる。あの高慢で独善的な律真が――謝った?そのこと自体が罠の匂いを漂わせていた。次の瞬間、律真は並んだ男たちを指し示した。「今夜は、好きに選べ。好きに遊べばいい。昔、お前にあんなことをさせた俺だ。今日は俺が、お前が同じことをするのを見届ける。静乃……俺は気づくのが遅すぎた。どうか、もう一度だけチャンスをくれ」静乃は長く黙り込み、彼の言葉を噛み締めた。自分の聞き間違いでないと確信すると、ふっと笑った。「……律真、本気で頭がおかしいんじゃない?」静乃は吐き捨てるように言い放ち、踵を返した。だが扉の前には屈強な男たちが立ちはだかっていた。室内の柔らかな灯りの中、背後から律真の落ち着いた声が響いた。「静乃、今夜は冴木家に戻るのはやめろ。俺たちの間には誤解がある。それさえ解けば、またやり直せる」「蓮司にできることなら、俺も同じように――いや、それ以上にできる」「なあ静乃、お互いにもう一度だけ機会をくれないか」そう言って律真は彼女の背後に回り、そっと腰に手を回した。彼女の髪に
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第18話

静乃は通りかかった車を呼び止めて乗り込み、冴木家の住所を告げて運転手を急かした。しかし運転手はのんびりとハンドルをいじるばかりで、車は一向に動き出さなかった。「運転手さん?」静乃がさらに促した。だが、運転手はまるで聞こえないふりをして、静乃を無視し続けた。静乃が車を降りて別の車に乗り換えようとしたそのとき、車窓が外から二度、コンコンと叩かれた。顔をのぞかせたのは見覚えのある男――律真の側近だった。静乃は不快そうに眉をひそめて窓を下げた。「律真はもう帰っていいって言ったはずよ。これはどういうつもり?」視線の隅で運転手を一瞥した瞬間、すべてを悟った。この運転手も律真の仲間なのだ。「律真社長から、これを渡すようにと」男は丁寧に小さな箱を差し出した。静乃がそれを受け取ると同時に、運転手は急にアクセルを踏み込み、車は勢いよく走り出した。揺れに身を委ねながら、静乃はゆっくり蓋を開けた。一目見た瞬間、思わず悲鳴をあげてしまった。手から滑り落ちた箱が鈍い音を立てて床に転がった。静乃は口元に手を当て、目を大きく見開いた。箱の中には切り落とされた指が一本入っていた。その指には指輪がはまっていて、ついさっき自分が触れたあの男の手のものだとわかった。恐怖と罪悪感が一気に押し寄せ、視界が滲んだ。大粒の涙が頬を伝い、肩が小刻みに震えた。運転手はバックミラー越しに、終始その様子をじっと見ていた。静乃はわかっていた。自分が車を降りたら、この運転手は今のことをすべて律真に報告するだろう。だが、もはや律真がどう反応しようと構わなかった。今はこの狂った男から離れたい。できるだけ遠くへ。車が冴木家の門の前で止まると、静乃は逃げるように外へ飛び出した。遠くから、玄関先に立つ蓮司の姿が見えた。蓮司は静乃の顔色の悪さに気づき、慌てて駆け寄った。彼は彼女を支えながら身体を見て、突然顔色を変えた。「その血はどうしたの?すぐに医者を呼ぼう」そう言って有無を言わさず彼女を抱き上げ、そのまま階段を駆け上がった。その時、静乃はようやく自分の服に血がついていることに気づいた。あの切断された指の血だろう。蓮司が医者を呼ぼうと声を張り上げかけた瞬間、静乃は慌ててその口を手で塞いだ。「待って……今は呼ばないで」二人は寝室に入り、静乃
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第19話

律真は低い声で命じた。「行け。あの夜と同じように彼女を連れてこい。傷ひとつつけるな」詩織がちょうど部屋の出口に差し掛かったとき、その言葉が耳に飛び込んできた。彼女は足を止め、もう少し聞こうと耳を澄ませたが、あの男はすでにわかっているようで、そのまま立ち去った。詩織は何も聞かず、律真の隣に座り、控えめな表情を作った。「律真、やっと会えたわね」その目には抑えきれない喜びがにじんでいた。彼女はそれほど権力はないが、静乃が蓮司と再婚したことは知っていた。今や二人は夫婦となっている。そして、こんな時期にわざわざ自分を呼んだということは、律真もやっと考え直したのだろうと感じていた。「知り合いの男は、少なくなかったはずだよな?」律真が尋ねた。詩織の表情がわずかに動いた。「何を言ってるの、律真。」「お前のツテで、何人かいい男を集めてこい。今夜、バーで会わせろ」律真は詩織の言葉を遮り、一方的に指示を続けた。それでも詩織は話をそらそうとしたが、その態度が逆に律真の怒りを買った。彼は詩織の首を強くつかみ、低く脅した。「三度も言わせるな。大学時代のお前がやってきただらしない事を俺に隠せると思うなよ」力を込める手に、詩織の顔はみるみる赤くなった。彼女は慌ててうなずき、了承した。やっと手を放した律真は吐き捨てるように言った。「なら、さっさと行け」詩織は怯えた小鳥のように頭を下げ、急いで立ち去った。彼女は勘のいい女だった。先ほどのやり取りから律真の狙いを見抜いていた。「静乃……出て行ったくせに、どうしてまだあんなにうろうろしてるの?」詩織は足先をぎゅっと握りしめ、骨の軋む音がした。彼女は生涯、財力のある男に頼りたいと思っていたが、これまでの相手は年寄りか容姿に難がある人ばかりだった。だからこそようやく出会えた、金も見た目も兼ね備えた律真を、簡単に諦められるはずがなかった。……その夜。静乃が再び酒場の個室に連れ込まれると、そこには見知らぬ男たちが並んで待っていた。「選べ」律真は手を広げてあっさりと言った。静乃の頭に、あの夜の指を切り落とされた光景がよぎった。背筋がぞくっとして、出口に向かおうとしたが、すべての道は律真の部下に塞がれていた。仕方なく彼をまっすぐ見つめた。「律真、あなたはいったい何がしたいの?」「あなたが私
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第20話

翌朝、目を覚ました静乃は、全身がばらばらになったような痛みに襲われていた。身じろぎした瞬間、温かな腕に引き寄せられる。振り返らなくても、背後にいるのが蓮司だとわかった。昨夜の出来事が、鮮やかによみがえる。薬を盛られ、そのまま蓮司に部屋へ連れて行かれたのだ。「だめ……冷たいシャワー浴びてくる」静乃は反射的に拒もうとした。だが蓮司は静かに言った。「その薬、シャワーじゃ落ち着かないんだ。静乃……任せて。僕たちは夫婦なんだから」静乃はあの時、自分が何を考えていたのかよくわからなかった。ただ、もう拒むことはなかった。「……何を考えてるの?」「おかしいなって思っただけよ。は律真の妻として四年間過ごしてきたけど……初めて夫婦の営みってものを知ったんだから」彼女は率直にそう言った。もうここまで来た二人に、遠慮なんていらなかった。背後の蓮司がしばらく黙り込み、やがて口を開く。「静乃……婚姻届を出そう。今日だ」この日が来ることを想像したことはあった。その時はきっと断ると思っていた――なのに、言葉が出なかった。しばらく黙ったのち、静かにうなずいた。二人はあっさりと話をまとめ、その日のうちに正式に入籍した。律真がその知らせを受けたときには、すでに二人は冴木家の本宅で家族との食事会を始めていた。「一体どういうことだ!」律真は手の届くものを次々と叩きつけた。周囲の者たちは皆うつむき、縮こまっていた。その中の一人の首筋に、律真が短刀を突きつけるまでは。「話せ!」「昨夜、何があったんだ?どうしてあいつらが婚姻届を出したんだ?」昨夜、律真は急きょ呼び出され、神谷グループにハッカーが侵入したと知らされた。部下を連れて一晩中調べたが、何の手がかりも見つからず、夜明け後に静乃が酒を飲んでバーを出たと聞いた。ひと眠りして目を覚ますと、すでに結婚が済んでいるという知らせが届いていたのだ。「奥さまは個室を出たあと、蓮司社長と一緒に上の階へ……私たちは追いかけられず、ただ彼らが階に上がったのを確認しただけです」その言葉で、律真はすべてを悟った。顔色を変え、すぐに車を飛ばして冴木家へ向かった。かつて何より世間体を重んじていた律真は、今やそんなものを投げ捨て、玄関前で静乃の名を何度も叫んだ。どれほど時間が経ったか――ようやく静乃が姿を現し
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