窓の外では、風がカーテンをゆるやかに揺らしていた。深夜の静けさが部屋全体に降り積もるように広がり、壁の時計の針が小さな音を刻むたびに、その静けさはより深く身体に染み込んでいった。拓海は机に向かっていた。講義のノートを広げたまま、しかし視線はずっとノートの上ではなく、開いたままのメール作成画面に向けられている。キーボードの上に置いた指先は動かず、ただその場に凍りついたように止まっていた。画面の白い余白が、言葉のなさを際立たせていた。最初に打ち込んだ「お元気ですか」の五文字は、もう何度も書いては消され、上書きされてきた。慧の言葉が、まだ胸の奥でくすぶっていた。「伝えなきゃ、届かないままだよ」そう言った彼の目は真っ直ぐだった。ふざけた口調で言ったくせに、あの時だけは、ちゃんと自分を見ていた。冗談でも励ましでもなく、ただひとつの真実として。拓海は背もたれに身体を預け、天井を見上げた。白い天井に浮かぶシミのひとつをぼんやりと眺めながら、言葉とはなんだろうと考える。言えばいいだけなのに、それが一番むずかしい。感謝も、後悔も、憧れも。すべてを一言で済ませることなどできないとわかっているからこそ、手が止まる。だけど、言わなければ、本当に何も伝わらない。深く息を吐き、再び画面に目を戻す。キーボードに手を乗せる。「こんばんは。お久しぶりです」指がゆっくりと動き出す。ぎこちなく、慎重に、でも確かに。「大学に入って、毎日忙しくしています。授業もバイトも、思ったより大変です。でも、なんとかやっています」書きながら、心の奥に広がる微かな熱を感じる。書けば書くほど、自分の中にあるものが浮かび上がってくる。あの日、祖母の家で一人、窓を見つめていた自分。あの時の沈黙も、こうして言葉にすれば、少しずつ意味になる。一度、手を止めた。画面にはいくつもの文が並んでいる。どれも平易で、取り立てて特別な言葉ではない。それでも、拓海にとっては、それらすべてが、今の自分の精一杯だった。目を閉じて、ゆっくりと息を吸い込む。胸の中がざわめいていた。もう少しだけ書
Dernière mise à jour : 2025-09-08 Read More