部屋の中に、午後の陽がゆっくりと差し込んでいた。窓のレースカーテンが風に揺れ、光の粒が床を撫でるように流れていく。エアコンをつけるにはまだ早く、けれど窓を閉めたままでは少し暑い。拓海は袖をまくり上げ、床に膝をついてファイルを一つずつめくっていた。机の横に積まれていた原稿用紙の束。印字されたものもあれば、手書きのメモのような走り書きも混ざっている。整理しようと思いながらも手つかずだったそれらに、今日はようやく手を伸ばす気になれた。薄い紙の手触り。古いものは端がわずかに黄ばんでいて、指先で触れると時間の重みが伝わってくるようだった。「これ、全部…使ってない原稿?」問いかけても、奥のソファに座る宏樹は読んでいた文庫本から目を上げなかった。拓海はそれを気にせず、紙の間を丁寧に見ていく。彼がまだ学生だった頃、夜中にこっそり読んだ草稿と似た文字列がいくつもあった。そのなかに、一枚の紙が混ざっていた。数行だけ、印字された文章。そのなかの一文に、拓海の指が止まった。 ――見えない傷ほど、人は見ようとしない。けれどそれは、確かに熱を持っている。静かな衝撃だった。呼吸を忘れたまま、拓海は何度もその一文を読み返す。目の奥がじんわりと熱を帯びてくる。あの頃と同じだった。言葉が、自分を撫でるように包んでくる感覚。どれだけ時間が経っても、宏樹の書くものは、自分にとって“救い”であり続けるのだと知る。「……やっぱり、好きなんだよな」ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くほど素直だった。宏樹が顔を上げる気配がして、拓海は慌てて視線を紙から離した。けれど、胸の奥にある言葉は止まらなかった。「俺、いつか宏樹さんの担当になりたい」静かだった部屋に、その声だけがまっすぐ落ちた。沈黙が数秒。宏樹は手のひらで本を閉じ、拓海を見た。驚いたような顔をして、それからゆっくりと目を細める。「……じゃあ、ちゃんと準備しとけ」静かな口調だったけれど、そこには拒絶でも照れ隠しでもない、まっすぐな
Terakhir Diperbarui : 2025-09-16 Baca selengkapnya