Semua Bab 境界線の温度~ “家族”という名の仮面を剥いで、あなたに触れたい : Bab 61 - Bab 70

88 Bab

好きな文章

部屋の中に、午後の陽がゆっくりと差し込んでいた。窓のレースカーテンが風に揺れ、光の粒が床を撫でるように流れていく。エアコンをつけるにはまだ早く、けれど窓を閉めたままでは少し暑い。拓海は袖をまくり上げ、床に膝をついてファイルを一つずつめくっていた。机の横に積まれていた原稿用紙の束。印字されたものもあれば、手書きのメモのような走り書きも混ざっている。整理しようと思いながらも手つかずだったそれらに、今日はようやく手を伸ばす気になれた。薄い紙の手触り。古いものは端がわずかに黄ばんでいて、指先で触れると時間の重みが伝わってくるようだった。「これ、全部…使ってない原稿?」問いかけても、奥のソファに座る宏樹は読んでいた文庫本から目を上げなかった。拓海はそれを気にせず、紙の間を丁寧に見ていく。彼がまだ学生だった頃、夜中にこっそり読んだ草稿と似た文字列がいくつもあった。そのなかに、一枚の紙が混ざっていた。数行だけ、印字された文章。そのなかの一文に、拓海の指が止まった。 ――見えない傷ほど、人は見ようとしない。けれどそれは、確かに熱を持っている。静かな衝撃だった。呼吸を忘れたまま、拓海は何度もその一文を読み返す。目の奥がじんわりと熱を帯びてくる。あの頃と同じだった。言葉が、自分を撫でるように包んでくる感覚。どれだけ時間が経っても、宏樹の書くものは、自分にとって“救い”であり続けるのだと知る。「……やっぱり、好きなんだよな」ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くほど素直だった。宏樹が顔を上げる気配がして、拓海は慌てて視線を紙から離した。けれど、胸の奥にある言葉は止まらなかった。「俺、いつか宏樹さんの担当になりたい」静かだった部屋に、その声だけがまっすぐ落ちた。沈黙が数秒。宏樹は手のひらで本を閉じ、拓海を見た。驚いたような顔をして、それからゆっくりと目を細める。「……じゃあ、ちゃんと準備しとけ」静かな口調だったけれど、そこには拒絶でも照れ隠しでもない、まっすぐな
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-16
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名前を呼ぶ音

陽が傾き始めた頃、拓海は最後の資料ファイルを棚に戻し、背筋を軽く伸ばした。腰に手を当てて小さく伸びをし、ふっと息をつく。窓の外はすでに薄暮で、薄く色づいた雲が西の空に浮かんでいた。リビングに戻ると、宏樹はソファに腰かけて、何かをぼんやりと眺めていた。膝の上には文庫本が裏返しに伏せられている。読むのをやめて、しばらく時間が経ったのかもしれない。拓海はその姿を横目に見ながら、キッチンの流しにグラスを置いた。コーヒーを淹れようかと思ったが、やめた。静かだった。テレビもつけていない。風の音も、時計の針の音も、すべてが遠くにあるようだった。その沈黙のなかで、ふいに声が落ちた。「……拓海」名前を呼ばれた。それだけのことだった。けれど、胸の奥がじんと熱くなった。瞬間、心臓が跳ねた気がした。驚いたわけでも、照れたわけでもない。ただ、その一言が、内側から灯をともすように、静かに染みてきた。宏樹は、こちらを見ていた。まっすぐではない、ほんの少し目を逸らしたような視線。けれど確かに、呼んだのは自分の名前だった。恋人としての、自分の存在だった。「なに」拓海は、努めて平静な声で返す。その言葉さえも、喉が震えそうだった。宏樹は答えなかった。ただ、ほんのわずかに目を細め、そして薄く口角を上げた。どこか満足そうに。安心したように。ふたりの間にある空気が、少しだけ変わった気がした。夕暮れの光がリビングをゆるやかに染めている。床には影が長く伸び、カーテンの裾がわずかに揺れていた。外の光と、部屋の灯りが溶け合うようにして空間を満たしていた。拓海はそっとソファの反対側に腰を下ろした。隣に座るには近すぎて、対面するには遠すぎる距離。その半端さが今は心地よかった。「名前、久しぶりに呼ばれた」拓海がぽつりと呟くと、宏樹はわずかに眉を動かした。「そうか」「うん。でも、なんか…それだけで、救われたみたいな気分になった」自分でも言いすぎたかと思ったが、宏樹はそれを否定しなかった。沈黙は否
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-16
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境界のない距離

日差しはやわらかく、午後の街はどこか気の抜けたような静けさに包まれていた。休日の人通りはまばらで、カフェの窓際では数人が読書をしていたり、子ども連れの家族がベビーカーを押していたりする。拓海は両手に寝具の入った大きな紙袋を抱え、宏樹と並んで歩いていた。「思ったよりでかいな、これ」拓海がそう言って笑うと、宏樹は隣でふっと息を漏らした。「お前が選んだんだろ」「うん、まあね。でもダブルって、けっこう幅あるんだなって」商店街を抜けて駅に向かう道すがら、ふたりの歩幅は自然と合っていた。特別な会話はなかったけれど、沈黙に居心地の悪さはなかった。行きよりも荷物が増えたぶんだけ、ふたりのあいだには確かな“今日”が積み重なっているように感じられた。きっかけは、小さなことだった。布団が少しへたってきた気がすると拓海が言った。冬物を仕舞うタイミングで、寝具の見直しをしようかと話が出て、そのまま買い物に出た。拓海が「じゃあ、いっそダブルにしない?」と提案したとき、宏樹は少し目を見開いた。その反応が、妙に印象に残っている。「今さら?」「…うん。でも、そっちのほうが楽だしさ。ひとつのベッドって、いいなって思っただけ」拓海はなるべく軽く言ったつもりだった。でもあのとき、宏樹の瞳に一瞬だけ迷いが走ったのを拓海は見逃さなかった。それでも宏樹は「わかった」とだけ言って、それ以上何も言わなかった。その一言が、嬉しくもあり、少しだけ切なくもあった。道端の植え込みに風が吹いて、葉がさわさわと揺れた。春の終わりと初夏の入り口が混ざったような空気が、どこかくすぐったかった。「なんかさ」拓海は、急に言葉をこぼした。「こうして並んで歩いてると、夫婦っぽいっていうか…いや、違うな。なんだろ、変な肩書きなくても、一緒にいる感じっていうの?」宏樹は歩みを止めず、しばらく無言だった。けれど数歩あとに、ぽつりと返ってきた。「変じゃないよ」その言葉に、拓海は目を伏せた。少しだけ笑みが漏れ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-17
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新しいベッドの上で

組み立てを終えたばかりのベッドの上に、ふたりは並んで腰を下ろしていた。まだ身体の熱を帯びていない新しいマットレスは、どこか無機質で、けれどどこか清らかな感触があった。シーツは敷き終えたばかりで、皺も少なく、新品特有の香りがわずかに漂っている。部屋の明かりは抑えめで、窓のカーテンの隙間からは、夜の静けさがしんしんと流れ込んでいた。宏樹はいつものように無言で、拓海の隣に腰を下ろしていた。互いの膝がかすかに触れそうな距離。何も言わずに過ごせる空間が、こんなにも静かであたたかいものだということを、拓海は最近ようやく知った。ふと、口をついて出た言葉があった。「…これで、ちゃんと一緒に生きていく感じがする」宏樹はすぐには返事をしなかった。けれど、その無言は拒絶でも困惑でもなく、ただ言葉を選びかねているような、柔らかな沈黙だった。天井の灯りが、真っ白なシーツの上に影を落とす。拓海は、指先でその皺を撫でた。まっさらなこの場所に、これから眠る夜がいくつ積み重なるのだろうと、そんなことを思った。やがて宏樹の手が、静かに伸びてきた。拓海の手の上に重なるその手は、いつもより少しだけ強く握られた。言葉じゃない。でもそれは、答えだった。拓海は指先に力を込めて、宏樹の手を握り返した。触れ合う掌の温度は、肌を通して深く滲んでくる。過去でも、未来でもなく、いま、ここにある確かな熱。誰に見せるものでもない、ふたりだけの約束のようだった。「…ありがとう」拓海がぽつりと呟いた声は、ベッドの上で小さく吸い込まれていった。何をありがとうと伝えたかったのか、自分でも明確には言葉にできなかった。ただ、隣に宏樹がいてくれること、そのすべてに、拓海は感謝していた。宏樹はまたしばらく黙っていたが、ふと顔を上げ、拓海の横顔を見つめた。「…拓海」名前を呼ばれただけなのに、胸の奥がふわりと揺れた。まるで静かな水面に一滴の雨が落ちたような、そんな感覚だった。拓海はゆっくりと視線を合わせた。そこには、確かに“恋人”としての
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-17
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見えない肩書き

昼休みを少し過ぎた頃、編集部の休憩室はようやく人が少なくなっていた。拓海は、湯気の立たなくなったカップスープを両手で包み込みながら、目の前の資料に視線を落としていた。薄い資料のページを指でめくるたび、紙の端がかすかにささくれているのが触覚に残る。「拓海くんさ、実家暮らしなんだっけ?」対面の席に座った同僚が、カップ麺の蓋を少し持ち上げながら、何気ない調子でそう言った。「うん…まあ、そうだね」口の中で噛みしめるようにして答えると、同僚は頷いて、箸をすくい上げた。「いいよなあ、帰ったらごはんある生活。お父さんと二人暮らしなんだっけ?仲良さそうだよな」「…そう見える?」「うん、なんかちゃんとしてそう。前、宏樹先生のサイン会のときも一緒にいたって話、岸本さんがしてたよ」拓海は笑みのようなものを浮かべて、曖昧に頷いた。頬の筋肉が少しだけ強ばるのが、自分でもわかる。「そっか、あの人、お父さんなんだ…」と、同僚はぽつりと呟いた。その言葉が、無邪気だからこそ、少しだけ胸の奥に引っかかった。その通りだ。戸籍上は「父」だし、世間的にもそういう立ち位置だ。だから、何も間違っていない。でも、その“正しさ”が、拓海にはどこか歪んで映った。会話はそれきり途切れ、静かな時間が戻ってくる。カップスープはすっかり冷めていたが、飲み干す気にはなれなかった。*夜風にさらされながら玄関の扉を開けると、いつもの香りが鼻をくすぐった。出汁と微かに炒め油の匂い。それに加えて、部屋の中の落ち着いた空気が、疲れた身体を迎え入れてくる。「ただいま」声は小さくても、奥のキッチンまで届いたのだろう。包丁の音が止まり、代わりに水道の流れる音が聞こえた。数秒の沈黙ののち、宏樹の声が返ってきた。「おかえり」その一言に、胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚が走る。顔を合わせたわけでもないのに、なぜだろう。言葉の抑揚でも、感情の色でもない、ただ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-18
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声にできないこと

朝の光は、曇りガラス越しに淡く差し込んでいた。拓海が目を覚ましたとき、部屋にはもう宏樹の姿はなかった。いつものように早起きし、キッチンに立っているのだろう。タオルで顔を拭い、寝癖を手ぐしで押さえながらダイニングに向かうと、すでにテーブルには朝食が並べられていた。ごはん、味噌汁、卵焼き、そして浅漬け。宏樹は食器の前で新聞に目を通していたが、拓海が椅子を引く音に顔を上げた。「おはよう」「…おはよう」どちらからともなく、変わらない挨拶が交わされる。だが、その空気の中にある“変わらなさ”が、今朝はひどく苦しく感じられた。宏樹の態度は何も変わらない。昨日、同僚との会話で心に生まれたあの違和感も、食卓に座る自分の迷いも、何一つ気づかれていないような静けさだった。…いや、違う。宏樹は気づいている。でも、何も言わないことを選んでいる。いつものように、触れないことで守っている。卵焼きを口に運ぶ。少し甘めの味が舌に広がった。けれど、どこか味が遠かった。咀嚼するたびに、自分の内側に溜まっていく沈黙が、奥歯のあたりにじわりと重たくなる。言えないことが増えていく。口にできない思いが、少しずつ、心のどこかを侵食していく。「今日、帰りは少し遅くなるかも」拓海が何気なく告げると、宏樹は新聞から視線を外さずに答えた。「わかった。鍵、忘れるなよ」「うん」会話はそこで終わった。何も問題がないような、穏やかな朝。けれどその“穏やかさ”こそが、拓海にはしんどかった。日中の仕事に没頭しても、心のどこかでひっかかるものが取れなかった。社内では、名前を覚えられ、少しずつ任される仕事も増えてきた。電話対応に指示出し。そうした進歩があるたび、嬉しさもあった。けれど、一歩外に出れば、自分たちは“父と息子”としてしか認識されない。そのまなざしの中で、自分たちの関係の輪郭が曖昧になっていく気がする。好きだと思っているのに、隣にいると安心するのに、それを誰にも言えない。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-18
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代わりの影

リビングの壁時計が、夜の二時を静かに告げた。秒針の音が、いつもよりも大きく響いている気がした。カップの中の紅茶はすでに冷めていた。拓海は手のひらでマグカップを包みながら、黙ってテーブルを見つめていた。向かいのソファには、宏樹が同じように黙って座っている。テレビはついていない。照明は間接灯だけで、部屋の明かりは限りなく柔らかかった。しかし、その光の穏やかさとは裏腹に、空気は硬かった。濃く、張り詰めて、少しでも動けば破れそうだった。「さっきの企画、編集長に通ったって言ったろ」宏樹の声が、不意に静寂を裂いた。「うん…聞いたよ」拓海は短く返した。その声音には、感情を乗せないようにと努めた無音の圧があった。「頑張ってるなって思った」「…それ、慰め?」返す言葉は、やけに尖っていた。自分でも抑えきれなかった。口にした瞬間、後悔が喉に上がってきたが、引っ込めるには遅かった。「そういうつもりじゃない」宏樹が眉を寄せた。低い声が、ソファの革を通して空間に滲んでいく。「じゃあ、どういうつもり」言葉が、もう止まらなかった。「宏樹さん、俺のこと…何だと思ってるの」宏樹はすぐには答えなかった。視線を少し逸らし、床の一点を見つめている。その沈黙に、拓海の胸の内が焼けつくように熱くなった。「俺がさ…母さんに似てるから、それで一緒にいるんじゃないのか」声が震えた。意識して抑えようとしても、うまくいかなかった。「話し方も、目元も、笑い方も似てるって…前に言ったよね」「…あのときは、まだ…」「それってつまり、代わりにしてるってことじゃん!」テーブルに置いてあったカップが、腕の揺れで音を立てた。中身の冷たい液体が縁からこぼれて、コースターを濡らす。「俺、代用品じゃない。誰かの記憶の中の幻なんかじゃない」「……」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-19
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答えのない一日

朝の光は、窓越しに白く淡く差し込んでいた。カーテンが揺れ、空気が静かに流れていく。拓海はその光の中で、ベッドの上に身を起こした。昨夜、あれほど泣いたはずなのに、目は思ったほど腫れていない。けれど、胸の奥には重く冷たい何かが沈殿していた。寝室のドアを開けると、キッチンからかすかに食器が触れ合う音が聞こえた。宏樹が、いつも通りの手つきで朝食を作っている。焼き魚の匂い、味噌汁の湯気、炊きたての米の甘さ。どれも日常に染みついた香りなのに、今日に限ってそれがよそよそしく感じられた。「…おはよう」挨拶は、ひどく乾いていた。宏樹は顔を上げることなく、「おはよう」とだけ返した。その声に、とくに温度はなかった。怒っているわけでもない、責めるでもない。ただ、何もない。食卓に並んだ料理を前にしても、拓海の箸はほとんど進まなかった。味がしないわけじゃない。ただ、喉に通らなかった。「今日は遅くなる?」宏樹の問いかけは、まるで昨日の夜がなかったかのようだった。だからこそ、胸の奥がざらついた。「…普通くらい。定時には出られると思う」それだけを返して、拓海は味噌汁を一口だけ飲んだ。ぬるくなった汁の熱が喉を撫でて落ちていく。その感覚さえ、空々しく感じた。駅までの道、足取りはいつもより重かった。秋の風がコートの裾を揺らす。すれ違う人々の顔にはそれぞれの日常があって、誰一人として、昨夜のような沈黙を抱えてはいないように思えた。「母さんの代わりなら、俺はここにいない」自分の言葉が耳にこだまする。何度思い返しても、突き刺さるのはあの沈黙だ。反論も否定もされなかったことが、何よりも苦しかった。電車の中で窓に映る自分の顔は、いつもより無表情だった。会社ではいつも通りに振る舞った。仕事は山積みで、集中すれば少しは気が紛れた。でも、ふと気を抜けば、昨日のリビングが胸の内に戻ってきて、心臓がぎゅっと収縮する。日が沈むのが早くな
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-19
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それでも、君でなければ

夜の気配は、窓の向こうからじわじわと部屋に染みてくるようだった。灯りはダイニングのひとつだけ。天井から下がる電球がぼんやりとした円を作り、その下で拓海は膝を抱えるようにして椅子に座っていた。静寂が、時計の針の音さえも飲み込んでいく。宏樹は向かいのソファで背を少し丸め、何かを考えているように視線を落としていた。会話のない時間が、何時間も続いている気がした。けれど、時間は現実の速度でしか進まない。沈黙が耐えられないほど重くなる寸前、宏樹がぽつりと声を落とした。「…確かに、最初は似てると思ったんだ」拓海は目を上げた。視線の先で、宏樹はまだこちらを見ていなかった。ただ、宙を見つめながら言葉を探すように唇を動かしていた。「声も、横顔も、ふとした仕草も、あの人に似てた。…それが気になってた。認めたくなくて、ずっと否定してた。でも」そこで初めて、宏樹の視線が拓海に向く。目の奥に潜んでいる熱に、拓海は思わず息を呑んだ。「今は違う。似てるとか、そういうんじゃない。…拓海じゃなきゃ、駄目なんだよ」その声は、すごく小さかった。だけど、胸の真ん中にまっすぐ届いた。身体の芯にひびくその響きに、拓海の肩がわずかに震えた。「…俺も」掠れた声が、唇から漏れる。言葉にするのが、こんなにも怖いのかと、初めて知った。でもそれ以上に、言わなければ何も届かないことも知っていた。「俺も、ずっと不安だった。宏樹さんの中には、俺じゃない誰かがいるんじゃないかって。俺は、代わりなんじゃないかって…」言いながら、胸の奥がじくじくと痛んだ。けれど、それを言葉にした瞬間、その痛みは静かにほどけていく。「でも今、宏樹さんの声を聞いて…やっと、信じられた気がする」拓海は涙をこぼしながら笑った。嗚咽ではなく、ただ、静かに流れ落ちる涙だった。「俺、宏樹さんじゃないと、意味がない」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-20
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言葉ではなく、触れることで

カーテンの隙間から、街灯の淡い光が床に細く落ちていた。寝室の灯りはすでに落とされ、ベッドサイドの小さなライトが、ふたりの輪郭を柔らかく浮かび上がらせていた。拓海はベッドの端に腰掛け、ひとつ深呼吸してから、隣にいる宏樹の顔をそっと見上げた。宏樹もまた、静かなまなざしで拓海を見つめ返していた。言葉はなかった。けれど、沈黙の奥にあるものは、疑いや不安ではなく、ただ深く満ちた愛情だった。ゆっくりと手が伸びてくる。宏樹の指が、拓海の頬に触れた。その熱は、皮膚を伝い、鼓動まで震わせる。ゆるやかな動作で、髪を耳にかき上げられる。指先がこめかみに触れ、頬をなぞる。まるで、言葉を重ねるように、一筆ずつ丁寧に撫でられている気がした。ふたりの呼吸が重なる。耳の奥で、宏樹の息遣いが静かに混ざる。ぬるい湿度のなか、シャツの裾から手が差し入れられる。肌に触れた瞬間、細胞がじんと熱を帯びる。拓海は宏樹の背中に腕を回した。その広い背中に、爪を軽く立てる。肌の上を滑る指先が、互いの温度を確かめ合う。キスは最初、唇の端に、それからまっすぐに重なり合った。舌の動きはゆるやかで、だが徐々に貪欲さを増していく。「…拓海」名前を呼ばれるたび、胸が震えた。その声にすがりたくなるほど、愛おしかった。「宏樹さん…」思わず口をついて出る。互いの呼吸が近く、汗ばむ肌がシーツに絡まる。シャツが脱がされ、露わになった肩に、宏樹の唇が這う。何度も、ためらいがちに、でも確実に、愛撫が繰り返された。拓海の手が宏樹の頬をなぞり、顎に触れる。軽く噛みつかれると、小さく息が漏れた。自分がこんなにも、この人に求められているのだと、指先の感触と、熱に満ちたまなざしで理解する。ベッドに倒れ込むと、宏樹がその上に覆いかぶさる。体重がゆっくりと、だが確実に伝わる。肌が擦れ
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