All Chapters of 少女がやらないゲーム実況: Chapter 11 - Chapter 20

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10.電話からのメッセージ

 海賊王のアトラクションに置かれた使えない電話は「辻沢行き」の情報を教えてくれたようだった。その情報はDが受話器を取った最初の一回だけだった。二回目以降、私が変わった時には固定電話の「ツ―ツ―ツ―」という音がしていただけだった。三回目も四回目も同じだった。Dと私は、通用口からアトラクションの裏手に出て、近くの救護室がごたついているのに紛れて園内に戻った。「出ましょう」 Dが提案した。まだ3時前だった。私は大人だから、もっと遊びたいとかはない。でもDは本当にそれでいいのだろうか?周りは、まだまだ遊び足りなさそうな同年代だらけなのだ。「いいの? 遊んでかなくて?」「タケルさんは遊んできたいんですか?」「いや、ミヤミユが遊んでかないなら、私も帰る」「あたしに合わせる必要はないですよ。お一人でどうぞ」 Dは冷めたものだった。「いつも、そんななの? ここに来た時」「友達と来た時は違います」 そうだよね。私は何を期待してたんだろう。 ヨーコに15歳の誕プレでペアチケ買った時に言われたじゃないか、「は? パパと行くとかないから。友達誘う」 あの言葉が全てを現わしていたのだった。おっさんと一緒で女子大生が楽しめるはずない。「出よう」 Dと私はゲートを出て駅に着くまで無言だった。てっきり改札で解散かと思ってDを見ると、「対策会議しましょう」 まだ電話の内容を聞いていなかった。 それから二人で向かったのはI商業施設の2階のほうのスタバだった。 店は平日なのに混んでいた。辛うじて奥のテーブル席が空いていたので先に席を取って注文の列に並ぼうとすると、「もうアイスチャイラテ頼んであります」 駅からここまでの間、ずっとスマフォをいじっていたから世代だなと思っていたら違った。モバイル注文をしておいてくれたのだった。この気遣いもまた世代なのだ。いつもは素っ気ないヨーコも、何かあるととてもよく気が回る。私が気づかなかったことを先回りして埋めてくれるのだ。それは大いに助かるものの、私のようなおっさんから見ると遠慮して生きているようで心配になってしまう。でもそれが世代のスタンダードなのだ。そして彼女彼らはとことん優しい。 財布から1000円札を出してDに渡し、「おつりはいいから」 というと、私の顔をじっと見た後、「ありがとうござ
last updateLast Updated : 2025-08-22
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11.連続するシンクロニシティー

 Dが、思った以上に私の小説を読んでくれてたことを知って嗚咽しそうだった。その感情の高ぶりを押さえながら質問した。「シンクロは分かった。じゃあ、今は何が思い浮かんでるの?」「シナモンで! です」 辻沢のカフェでラテ系飲料を注文する時、必ず叫ぶセリフだ。これを言わないと辻沢のバリスタはデフォで特産品の山椒粉をぶっかけて来る。「バリスタのバイトしろってことかな」 カウンターの中で忙しく立ち働くバリスタさんたちを見た。笑顔を絶やさず声掛けを忘れず、適度な緊張を維持して手元を確実にこなし、チームが一体となってあふれかえる客の注文を裁いてゆく。なにより大事にしているのは客に満足してもらおうという姿勢。完璧すぎる。見れば見るほど、私にはとても勤まりそうにないと思ってしまった。「バリスタは無理だな」「はい。辻沢ですもん、山椒ですよ」 やっぱりそっちか。 山椒とアルバイト。この組み合わせ、どこかであったような。 私は自分のスマフォの通信記録を遡ってみた。 たしか3年前だったはず。あった。これだ。和歌山の山奥のJAがかけたアルバイトの募集。求人サイトで見付けて何度か連絡を交わしたけれど、遠方を理由に結局採用してもらえなかった。辻沢シリーズのロケハンがしたかったのだが。「山椒摘みのバイト。私が応募した時は7月中から8月末までだったけど、今時期あるか」 Dがタブレットで求人サイトを開いて「山椒摘み」で検索を始めた。そして、ものの五分とかからないうちに、「タケルさん、これ!」 と言って私にタブレットを見せた。そこには、(山椒の収穫作業などの農作業給与、時給 1,000円 以上勤務地、N市近郊の山椒農家雇用形態、アルバイト・パート)とあった。 Dはタブレットの向こうから私を見つめ、「ほらね。すぐだったでしょ?」 と言った。 Dは電話で言われた言葉から、シナモンで! を想起した。 私たちは、シナモンで! からバリスタでなく山椒を導き出した。 私は山椒でアルバイト申し込みの記憶を引き寄せた。 二人で求人サイトを探したら、山椒摘みのバイトの募集があってN市近郊の農家だった。こんなに都合良くいくと、Dが何かの目的で誘導したんじゃないかと疑いたくなるが、私はそうは思わなかった。これらの連想は裏がなければ一つ一つに論理的な繋がりはな
last updateLast Updated : 2025-08-25
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12.『少女がやらないゲーム実況』

 Dのところにアルバイト先から連絡が来たら知らせてもらうということでオフ会はお開きになった。 荷物をかたずけて帰ろうとしたらDがもう少しここにいると言ったので私たちはスタバで別れた。駅へ行くと同じ制服を着た学生が北側の改札からどんどん入場してきていた。Dはこの駅が「私たちのガッコ―に一番近い」と言っていた。そのガッコ―とはこの高校のことで、レイカとDは高校からの長い付き合いなのかもしれない。そうだとするとDがあんなに真剣に辻沢行きを望むのも納得できると思った。高校の友だちは特別だからだ。 日が落ちたころ最寄り駅に着いたが家に帰るのが億劫だった。ヨーコが高校生だった時は早くに帰って夕食を作って待ったりもした。今ではそういうこともしなくてよくなった。バイトがあったりサークルがあったりとヨーコはヨーコで忙しくしていて、夕飯は外で済ませることが多いからだ。 今日出来なかった執筆をしにいつも行く駅前のスタバへ入った。「いらっしゃいませ。この時間帯に会うなんて初めてじゃないですか?」 顔見知りのバリスタさんがレジ担だった。mhdhhのdに似ているので勝手にdさんと思っている人。「確かに。いつもは午前中だから」 スタバフレンドリーだと分かっていても、覚えてくれているのは嬉しい。いつものように、ドリップコーヒーの、ホットの、トールの、マグカップでと注文して空いてる一人席へ行く。これから2時間くらいスマフォで執筆する。私の一息は800字だ。集中して、よし書けたと思って字数を見たらだいたいこれくらいなことが多い。一日に2度執筆に集中して1600字を目指す。WEB小説界には一日10000字とか20000字とか書く人が普通にいるが、私はこのペースがベストなのだった。これを積み重ねると、ひと月で48000字、ふた月で96000字の書籍一冊分になって、うまくいけば1年で6冊書ける計算だ。プロ作家になったときこのペースが許容されるかは分からないが、今までの経験ではこれが一番生産性が高かった。 私がなぜ懸賞に応募する公募勢でなく投稿サイトに公開するWEB勢なのかといえば、それは私が何事も追い立てられないとやらない、先延ばしADHDな人だからだ。誰が押しつけたのでもない勝手締切だったとしても、WEBで公開する日時が決まっていれば嫌でも書く。少ないと
last updateLast Updated : 2025-08-27
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13.自作のキャラと

 目覚めると家の中が静かだった。耳を澄ましてもヨーコの気配がない。窓の外もずいぶん明るそうだ。どうやら寝過ごしてしまったらしい。普段ならこんなことはないのだが、久しぶりの外出で疲れたのだろう。スマフォの時計は10時を過ぎていた。待ち受けにXの通知が並んでいる。昨晩アップしたエピソードの宣伝ポストにフォロワーさんがリアクションしてくれたものだ。その中に一件だけDM通知があってタップしてみるとDからだった。([オハ]N市のJAからバイト先の連絡方法[デンワ]をもらいました 私は学校[コウシャ]が終わってからするので[エライ]、先にお願いします [オネガイ]) 090から始まる携帯の電話番号と農園名が添付してあった。 電話か。見知らぬ人と顔を見ないで話すのはしんどい。オトナなのにと思われるかもしれないが、オトナだろうと見知らぬ人と話すのはしんどいのだ。取りあえず身支度してからとベッドを抜け出した。 洗顔・歯磨きしてキッチンへ。味噌汁を作り冷や飯にぶっかけて食べた。ヤカンの麦茶をマグカップで一気飲みする。これで一日の水分摂取量を底あげできる。 食事の後、スマフォでショート動画を見ていたらお昼まであと15分になっていた。ショート動画は人をダメにするツール世界一だ。さすがに昼休みに電話するのはまずいと思って、スマフォの電話アプリを開いてDMにあった携帯番号をタップした。発信音が鳴る。スマフォを耳に当てて待つ。しばらく待ったけれど出そうになかったので昼過ぎにまたかけ直すつもりでスマフォを持ち直すと、「……山椒園です。お待たせしました」 とハスキーボイスが聞こえて来た。私は聞き逃した農園の名前を確かめたくてDMを確認した。スオウ山椒園とあった。辻沢最大の山椒農園と同じ名だ。そして、そこの農園主といえば、「蘇芳、ナナミさんですか?」私はムネドキで応えを待った。「そうだけど、あなたは誰?」やっぱりだった。電話の向こうに蘇芳ナナミがいる。私は会ったこともないその人を完全に思い描くことが出来た。高身長。安定の肩幅。肩上にまくり上げたTシャツの袖。木の芽マークのダッドキャップ。オタク嫌いのアニキ女子。元辻女バスケ部メンバ。年齢はレイカと同じ22才。私はテンションがマックスになった。何故なら蘇芳ナナミは辻沢シリーズで重要な役
last updateLast Updated : 2025-08-29
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14.自称WEB小説家、たけりゅぬ

目をつぶったまま寝てしまったらしい。おそるおそる目を開けると、天井も壁も回っていなかった。 初めてめまいに襲われた時は昼間に家で一人だった。立ってることもできないで頭を動かすと気持ち悪くなって嘔吐が止まらないから、顔を床に着けたうつ伏せ状態で吐瀉物の中でじっとしていた。外が暗くなって帰って来たヨーコが救急に電話をしてくれて、そのまま入院。後日見舞いに来たヨーコが最初に言ったのは、「脳みそ大丈夫そ?」吐瀉物が漏れ出た私の脳汁に見えたらしい。 その時の経験があるから、めまいはとても怖い。でもベタヒスチンとアデホスコーワを持っていると安心する。これを飲むと、それこそビタッとめまいがとまるからだ。スマフォの通知が鳴った。DからのDMだ。時間は17時を回ったところだった。(これ見てください[ビックリ]) とあってその下に何かの記事が張ってあった。画面をタップするとネットニュースで、「〇〇県I市の住宅で男がその家に住む男性の知人女性にナイフで切りつけ重傷を負わせました。男は現在逃走中でI警察では殺人未遂容疑で行方を追っています。容疑の男は自称WEB小説家でたけりゅぬというペンネームで投稿サイトに作品を発表していました。女性は近くの病院に搬送されましたが意識はあるということです」 そこに出て来る固有名が私の現実世界にリンクしていることは理解できた。でも小説の中の出来事のように私には実感がまったくわかないのだった。(これはフェイクニュースだよ) と返すと、(そう思います[タシカニ])TVやネットでたけりゅぬを検索してみたが、ヒットしたのはいつもと変わらず私が発信したXばかりでニュース記事はなかった。実際私は誰も傷つけてないから、そんな記事あるはずないのだが。バイト先と連絡はとれたか聞いてみた。(スオウさんとは連絡取れました[ラッキー] 返事はまだです[フアン])それだけではナナミなのかは分からないと思いながら、そこを突っ込んで聞くことは出来なかった。LINEの画面を見ているとDの吹き出しが表示されたり消えたりして何かを書きこんでいるようなのでメッセージを待った。何を伝えて来るかと思ったら、(トリマ緊急で会えますか?[ダメカナ?]) 二人でいた方がよさそうだというのが理由だった。(シンクロ?)(多分[カモシレナイ]
last updateLast Updated : 2025-08-31
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15.たけりゅぬ氏の盗作報告(前半)

NSラヂオ・ライブストリーミング『らんだらんだの微悪告発チャンネル』ライブ日・202〇年6月14日(現在視聴不可・録音音源) 世にはびこる悪の重箱の隅をつついて憂さ晴らし。らんだらんだの微悪告発チャンネル、始まります。(♪オープニングソング)まだ6月だっていうのに、なんでしょうね、この暑さ。気温30度行ってますから。真夏ですよ。盛夏。みなさんも熱中症対策をして暑さに負けないように乗り切りましょう。こんにちは、パーソナリティーのらんだらんだです。今日もよろしくお願いします。当チャンネルでは、巷の微悪を懲らしめることを目的に、リスナーの皆さんにこれは許せんという事案を報告していただき、私らんだらんだが告発するかどうかを判定します。告発が決まったらチャンネルから被疑者に連絡をし反省を促して、憂さ晴らしをします。今日は次の告発案件を決めるための報告会です。ここに3名の報告者に集まっていただいています。こんにちは。「「「こんにちは」」」みなさん、それぞれ違ったタイプの方ばかりで、今回の報告は期待が持てそうです。お願いしますよ。前回は3名とも全滅でしたから。期待してます。さて、本日最初に報告して頂くのは、とてもきれいな女性です。マスクで目しか見えませんけどね。それだけで十分わかっちゃいます。そのきれいなお目目の女性のリスナーネームは、これはマコトさんかな? 真実の真って書いてあるけど。「はい。シンって読みます」音読みなのね。じゃ、シンさん、自己紹介をお願いします。「はい。私、ライターやってます、シンと言います。怪異なことを文章にしてます」プロのライターさんなんだ。これは期待できるな。「いいえ、大学生です」趣味だ。「趣味ではないです。誇れる実績がないだけで」まあ、女子大生ライターということでいいでしょう。で、今日はどんな報告してくれるの?レジュメには盗作報告ってあるけど、有名なミュ
last updateLast Updated : 2025-09-02
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16.たけりゅぬ氏の盗作報告(後半)

(♪ジングル NSラヂオ)さて、シンさんの報告続けていきましょう。ドクマル氏がたけりゅぬ氏の作品を丸パクリしたのに、盗作したのはたけりゅぬ氏だということでしたが、詳しく説明していただきましょう。「盗作は丸パクリのほうではなく新作の『少女がやらないゲーム実況』です。それに私が気づくきっかけになったのがご紹介したページのヘッダータイトルでした。その経緯から説明します。ドクマル氏がこのページを新たに立ち上げた時にすでにこのヘッダーは設定されていました。私はそれをドクマル氏の一次創作のタイトルだろうと思っていたのです。けれど、その翌週から投稿され始めたのは、今は削除されていますが「辻沢シリーズ」丸パクリの作品でした。WEB小説はとても流れが速い世界ですので次期作を事前予告するのはよくあることです。読者には期待感を持ってもらえますし、作者は他者をけん制することもできて、タイトルに限らずあらすじなど、数話分を公開する人もいます。ですので、このヘッダーもその類だろうと思っていました。ところが、一か月後に『少女がやらないゲーム実況』という小説が公開されたのは、たけりゅぬ氏のページだったのです。それを知っても最初は、ドクマル氏が推しであるたけりゅぬ氏の新作を応援するためにヘッダーをこうしていたのだろうと思いました。何故事前にタイトルを知ったのかは、あれだけ熱い推し活をしていたドクマル氏のことだからオフ会などでたけりゅぬ氏に直接会って教えてもらっていたのだろうと勝手に思っていました。その予想に疑問符が付く事件があったことで私はこのことを掘り下げることになります。それは、『少やら』を公開して連載が始まったにもかかわらず一週間で取り下げられ審議対象になったことです。たけりゅぬ氏が活動している投稿サイトは契約をがっちりするので、こういうことはあまりないことなのです。契約時には見つからなかった何らかの瑕疵が存在した。そう考えました。実はそれと同時期にドクマル氏のサイトで作品全削除処理がされていました。アカウントを残しての削除なので、運営によるBANではないのは明らかです。だれかに盗作と言われて取り下げた? いいえ。それも違うと思います。ドクマル氏は読者に盗作と指摘されたぐらいで引き下げるようなメンタルの持ち合ち主ではないです。それまでにもそのような指
last updateLast Updated : 2025-09-04
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17.Dとd

 地下鉄の駅を降りて9番出口へ向かう。今流行りのゲーム「9番出口」と同じ作りの通路を歩く。あのゲームのおかしなところは、出口表示がカウントアップすることだ。行きたい出口が9番なら、最初から最後まで9番表示でなければいけない。最初に0番を選ぶのだから行きたかったのは0番出口のはずなのにいつのまにか9番出口を目指している。だから途中の違和感なんかより9番出口に出てしまうこと自体がホラーなのだ。 9番出口の階段を上がると正面のビルにスタバがあった。漏れ出る明かりに誘われて中を覗いてドキッとした。カウンターにdさんがいたからだ。色白の顔もカウンター越しの立ち姿も似ていたから余計にそう思ったのだが、よく見ると別人だった。髪の色が違ったのだ。出がけに見たdさんはウエーブの銀髪をポニテにしていたけど、その人は同じ髪型で黒髪だった。私は急いでスタバの前から立ち去った。断ち切れずにいる気持ちを引きずりながら指定のホテルに向かった。 ホテルはスタバの裏手の路地にあった。よくあるビジネスホテルで、道から数段の階段を上った自動ドアを開けるとすぐフロントだった。「予約した鞠野雄一です」 Dからはその名前で予約を取ってあるとメッセージが来ていた。鞠野雄一。みんなの鞠野フスキ。『アルゴ』『ボクにわ』の狂言回し役の大学教授の名前で、私の分身と言ってもいいキャラだ。つくづくDは私の作品をよく読んでると思う。「いらっしゃいませ。お客様の清算をお願いします。一泊で九千円です」「現金で」 一瞬フロントマンが怪訝そうな顔をした。キャッシュレス決済ができないわけではないが、これもDの指示だった。手持ちがなかったので急遽、駅のATMで現金をおろしてから来たのだった。 カードキーを渡されて部屋へ行く。最上階でエレベーターを降りて右手の廊下をまっすぐ行った一番奥の部屋だった。どこかで見たような赤絨毯の廊下を歩いて部屋番号905の扉の前に立つ。 ドアを開けて中に入ると廊下の壁からベッドの端がはみ出していた。申し訳程度の幅のワークスペースの脇に荷物を置く。ベッドを見ると部屋の狭さに比べて大きすぎる気がした。セミダブルか。 そのベッドに腰かけてLINEの通知を見た。ここに来る間何度も確認してきたが、相変わらずヨーコの既読はついていなかった。その代わりDか
last updateLast Updated : 2025-09-06
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18.セレンディピティなイタリアンレストラン

「出ましょう」 Dに言われて急いで立ち上がった。マグカップを持ち上げるとまだ半分以上残っていて、最初から長居することはないと分っていたのだからショートにするべきだったと後悔した。ついルーティンでトールとコールしてしまったのだった。でも捨てるのはいやなので片付け台の前で一気飲みしたら、むせた。「大丈夫ですかぁ?」 哀れんだ目で見るな。 スタバを出ると、空気は湿って生暖かったけれど風があってついこの間の猛烈な暑さではなくなっていた。日中はまだまだ暑いとはいえ秋がもうそろ近づいてきている。「ご飯食べました?」 そういえば今朝ネコまんま食べてから口にしたのは薬だけだった。「朝から食べてない」 驚いた顔をして、「じゃあ定食屋さんにしましょう」 時間的には居酒屋とかだろうけど、「タケルさんお酒飲まないんでしょ?」 確かにそうだが、なんで?「だって、タケルさんの小説、お酒を飲むシーンが」「酒のシーンが?」「楽しそうでない」 ウググ! それは昨年ネトコンに応募したとき感想サービスが当たって、そこでも指摘されてたことだった。結果は安定の1次落選。それが原因だったとは思わないけれど、よっぽど目立った欠点だったんだろう。「#作家は経験したことしか書けない」というのがXのTLに定期的に流れてくるけど、そんなことない派の筆頭のようなフリをして、現実書けていないというのは寒すぎるジョークだ。 それからDは食事のシーンについて持論を展開し続けて、お前、お店探してないだろってなったころ、「ないですね。定食屋さん」「ファミレスなら大通り出ればありそうだけど」「あー、ありますけど遠いです」 と言われて周囲を見回してみたら見たことあるような雑居ビルが目に付いた。それを見上げているとDが、「あそこの5階、イタリアンレストランある」 と言って駆けだした。背中のバックパックが左右にゆっさゆっさ揺れている。私はそれについて行きながら、初めて来た街のビルになんで見覚えがあるんだろうと思っていたのだが、そのビルのエレベーター脇のテナント案内板を見て理解した。「「ヤオマンガリータ。スパゲッティー始めました!」」 『ボクにわ』で主人公の夏波と冬凪が初めて20年前の辻沢に来た時、鞠野フスキと入るイタリアンレストランの名前だった。日本国中どこにでもあるチ
last updateLast Updated : 2025-09-08
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19.血のイニシエーション

 食事が終わって会計でスマフォを出したらDに止められた。「使えなさげです」 レジの脇を見るとそれらしい機器が無い。「あ、うちカード使えないんです」 と店員さん。「持ち合わせあります?」 財布の中は1000円しかなかった。懐事情を見透かされている。「こめん。貸してください。後で送金するから」「いいですよ。これくらい私が」「それはいけない」 店員さんが不思議そうに見ているのはDと私のやり取りではなかった。「それ、何ですか?」 と私の持っているスマフォを指差して聞いた。私が応えようとするとDが間に入って、「電卓です」 と言って電卓アプリが表示された自分のスマフォを見せた。「へー、今そんな薄いの売ってるんですね」 会計を終わらせて店を出、エレベーターを待つ間、「やばいやばい」 Dが口を押させながら連呼した。「どうしたの?」「分からなかったですか?」「いや、全然。またセレンゲティー?」 Dの表情が一瞬固まった。「それは動物がいっぱいの国立公園。正しくはセレンディピティですけど、そうでなくて『ボクにわ』ではあの店って」 そうか。なんか店全体がレトロな感じがしたけれど、あれは、曲が2000年代の「奏」だったり、まだ電子決算がなかったり、店員さんがスマフォを知らなかったり、そういう時代の意匠だったからか。つまりあの店は夏波と冬凪が行った20年前の店。「わかりました? てことは今あたしたちは」 エレベーターが来た。Dと私は顔を見合わせて、恐る恐る箱に乗った。このまま下に降りたら、 チーーーン。「ようこそ辻沢へ!」 のはずだったが、ビルの外に出るとさっきまでの街だった。少し酔っ払いが増えただろうか。「そんな簡単に行けないよね」「ですね。行けてても20年前だとレイカに会えないし」 そうか。すっかり念頭から飛んでたけれど、辻沢へ行くのはDの友人を探しに行くが目的だった。つい自分の作品世界に没入して嬉しくなってしまっていた。初心に帰らねば。「ホテル行きましょう」 Dがいきなり私に腕組みをして歩き出した。ちょうどその時、サラリーマン風の二人組がすれ違った。すると突然私は肩を引っ張られて体勢を崩しそうになった。振り返ると二人組の真っ赤な顔をした男が、「おい、おっさん若い子とホテルか。いい年こいて恥ずかしくない
last updateLast Updated : 2025-09-10
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