緑川市、警備局の建物の奥深くから話し声が漏れていた。「芽依さん、今回の任務の危険性を十分に理解してほしい。君は潜入捜査官として犯罪組織の中に潜り込む。もしばれたら、死ぬよりも辛い状況になるだろう。たとえ潜伏に成功したとしても、証拠を集める過程で犯罪者と同じ行動を取らなければならないし、時には味方に銃を向けることもある。精神的な苦痛は計り知れないし、その苦しみが終わる時期も全く見えない。君には夫と息子がいる。両親もいる。本当に耐えられるのか?」面談室で上司は厳しい表情を浮かべた。「私はもう夫と離婚する覚悟を決めています。彼にはいずれ新しい妻ができるでしょうし、息子にもよくしてくれるはずです。両親は実の娘を見つけて一家は円満です。私にはもう失わたくないものはありません」桜井芽依(さくらい めい)は毅然と立ち上がり、敬礼しながらはっきりと言った。「私は、敵に刺さる鋭い刃になりたい。母国と何万人もの人々の命を守るために、心臓を捧げます。たとえ任務のために死ぬことになろうとも、後悔はしません!」上司は口を開けて何か言いかけたが、結局言葉に詰まった。「私は行かなければなりません。師匠があの組織と関わってから不可解に失踪しました。私は彼を見つけ出し、たとえすでに遺体になっていようとも連れ戻します。この中で誰よりも奴らを知っているのは私です。あの組織を壊滅させるには、私が唯一の適任者です」上司の目には名残惜しさが浮かんでいた。「潜入捜査官として、君の名前も功績も永遠に世に知られる事はないかもしれない。安定した道を選ぶこともできたはずだ。命がけの道を選ばなくても……決意が固まっているなら行け!君がこの制服をまた着られる日が来ることを願っている。これから君の名前は名簿から消される。もう、以前の君とは違う存在になるだろう。幸運を祈る!」上司は震える手で敬礼を返した。芽依は微笑みながら答えた。「私はいつも運が良いのです」建物を出ると、芽依はすでに私服に着替えていた。そよ風が服の裾をそっと揺らした。ちょうど退勤ラッシュの時間帯で、夕日が枝を透かして道に差し込み、車の流れは絶えなかった。皆それぞれの「家」へと向かっていた。道端では屋台の呼び声、蒸気の立ち上る饅頭屋、下校した子どもたちが歩道で追いかけっこをしている――すべてが幸せそうだ
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