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すれ違う帰路にて
すれ違う帰路にて
Author: 流れ星

第1話

Author: 流れ星
緑川市、警備局の建物の奥深くから話し声が漏れていた。

「芽依さん、今回の任務の危険性を十分に理解してほしい。君は潜入捜査官として犯罪組織の中に潜り込む。もしばれたら、死ぬよりも辛い状況になるだろう。

たとえ潜伏に成功したとしても、証拠を集める過程で犯罪者と同じ行動を取らなければならないし、時には味方に銃を向けることもある。精神的な苦痛は計り知れないし、その苦しみが終わる時期も全く見えない。

君には夫と息子がいる。両親もいる。本当に耐えられるのか?」

面談室で上司は厳しい表情を浮かべた。

「私はもう夫と離婚する覚悟を決めています。彼にはいずれ新しい妻ができるでしょうし、息子にもよくしてくれるはずです。両親は実の娘を見つけて一家は円満です。私にはもう失わたくないものはありません」

桜井芽依(さくらい めい)は毅然と立ち上がり、敬礼しながらはっきりと言った。

「私は、敵に刺さる鋭い刃になりたい。母国と何万人もの人々の命を守るために、心臓を捧げます。たとえ任務のために死ぬことになろうとも、後悔はしません!」

上司は口を開けて何か言いかけたが、結局言葉に詰まった。

「私は行かなければなりません。師匠があの組織と関わってから不可解に失踪しました。私は彼を見つけ出し、たとえすでに遺体になっていようとも連れ戻します。この中で誰よりも奴らを知っているのは私です。あの組織を壊滅させるには、私が唯一の適任者です」

上司の目には名残惜しさが浮かんでいた。「潜入捜査官として、君の名前も功績も永遠に世に知られる事はないかもしれない。安定した道を選ぶこともできたはずだ。命がけの道を選ばなくても……

決意が固まっているなら行け!君がこの制服をまた着られる日が来ることを願っている。これから君の名前は名簿から消される。もう、以前の君とは違う存在になるだろう。幸運を祈る!」

上司は震える手で敬礼を返した。

芽依は微笑みながら答えた。「私はいつも運が良いのです」

建物を出ると、芽依はすでに私服に着替えていた。そよ風が服の裾をそっと揺らした。

ちょうど退勤ラッシュの時間帯で、夕日が枝を透かして道に差し込み、車の流れは絶えなかった。皆それぞれの「家」へと向かっていた。道端では屋台の呼び声、蒸気の立ち上る饅頭屋、下校した子どもたちが歩道で追いかけっこをしている――すべてが幸せそうだった。

芽依はぼんやりとその場に立ち尽くした。どこに向かえばいいのか分からず、一歩も踏み出せなかった。

上司は完璧な身分証を偽造するのに七日かかると言った。その間に家に戻って家族とちゃんと別れを告げるようにと。

しかし彼女は知っていた。その家にはもう自分を歓迎する者はいないと。

夫も息子も、ようやく見つけた彼女の妹に夢中になっている。

両親は罪悪感から、その妹を特にかわいがっていた。

そして彼女は……もはや他人と変わらなかった。

突然、スマホにメッセージが届き、開くと一本の動画が送られていた。

背景には彼女が丁寧に整えた小さな家が映っていた。

カメラはまず台所に寄り、端正で穏やかな笑みを浮かべた男性が映った。

「お腹すいたのか、食いしん坊ちゃん?君の大好きな肉じゃが、すぐできるよ」

撮影者は甘えるように言った。「先に一口味見するわ。味が濃すぎないか確認しなきゃ」

男性は仕方なさそうに、でも優しく箸で一切れつまみ、小さく息を吹きかけて、撮影者の口元に運んだ。「熱いから気をつけて」

画面が切り替わり、小さな男の子が跳ねながら叫んだ。「僕も!僕も!パパはおばちゃんばっかり可愛がる!」

撮影者は彼の頭を撫でながら答えた。「そんなことないでしょ?パパの作る唐揚げは智也くんの大好物でしょ?」

映像に映っている男性は芽依の夫、風間圭介(かざま けいすけ)だった。子どもは息子の風間智也(かざま ともや)、撮影者は一年前実家に戻ってきた妹の桜井美咲(さくらい みさき)だった。

映像の最後にちらりと映ったのは、リビングの壁に掛けられた一枚の絵だった。

クレヨン画で、ところどころ接着剤の跡が見える。青空と白い雲、草原の上に大人二人と子ども一人が手を繋いで並んでいた。

半月前、芽依は智也がこの絵を描くのを見て、胸が熱くなった。

彼女は息子に尋ねた。「これはパパとママとあなたなの?」

智也は不満そうに顔を上げて睨んだ。「違うよ、パパとおばちゃんと僕だよ!

ママ、まだわかってないの?もし絵に四人目がいるとしても、それはおばちゃんとパパの間に生まれた僕の妹だよ!」

智也の無邪気な返答が、まるでナイフのように芽依の胸をえぐった。

その声が耳に響く中、芽依が目を上げると、美咲は恥ずかしそうに俯き、夫の圭介は笑いながら尋ねた。「智也は妹が欲しいのか?」

その瞬間に芽依は悟った。この家にはもう自分の居場所はないのだと。

動画の後には美咲からの挑発的なメッセージが届いていた。【いつになったら諦めるの、お姉さん?】

自動で一分後に消えるスマホの画面が、無表情な芽依の顔を映し出していた。

すべてがどうでもよくなった。

芽依はスマホをポケットにしまい、心の中でひっそりと返した。「もう諦めてるよ」
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