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第5話

Author: 魚ちゃん
向こうからは絶え間ないざわめきと、男の怒鳴り声がかすかに混じって聞こえてきた。

隼平は眉をひそめ、「どうした?ゆっくり話せ」と促す。

「闇金の人たちが来て、私を売り飛ばすって、隼平さん……お願い、助けてきゃっ!」

泣きじゃくる女の声は、突然ぷつりと途切れた。隼平がスマホの画面を見ると、通話はすでに切れている。

彼の表情が一変し、立ち上がるとすぐさま外へ向かおうとする。

「……隼平」

夕月は、ほとんど残りの力を振り絞って彼のズボンの裾を掴んだ。「お願い、先に救急車を呼んでくれない?」

男は見下ろし、わずかに苛立ちを帯びた目を向ける。

「夕月、いい加減にしろ。

そんな芝居、俺には通じない。お前が本当に死ぬっていうなら、それも悪くないな」冷たく笑って、彼は彼女の手を振り払い、大股で部屋を出ていった。

背中が遠ざかっていくのを見つめながら、夕月は絶望的に目を閉じた。

あの女は闇金に追われているなら、警察に頼めばいい。

でも私は、本当に死ぬ。

涙が一粒、頬を伝い落ちる。全身が痺れるほどの痛みに、もはやどこが痛いのかすらわからない。身体を小さく丸めたまま、彼女の意識はゆっくりと闇に沈んでいった。

……

翌日、病院。

夕月はゆっくりと目を開ける。鼻先を消毒液のツンとした匂いがかすめた。

「起きましたね。心臓病なのに、一人で家にいたらだめですよ?清掃の人が見つけてくれて、すぐに運んでくれたんです」

カルテを閉じながら看護師が言う。「ご家族にも連絡しましたから、問題なければ退院できますよ」

夕月は苦笑した。

家族?隼平が来るわけがない。

むしろ死ねばいいと思っているだろう。

案の定、やって来たのは智だった。

「奥様、社長がお忙しいので、代わりに様子を見に来ました」

夕月はまだ手に入れていない薬のことを思い出し、唇を動かす。「経理のほう、お金はもう下りましたか?」

「それが……」

智は視線を落とす。「まだです」

この表情を見ると、隼平がサインしなかったのだと、夕月はすぐに悟った。

彼女が聞いた。「隼平はどこに?」

智は息を詰める。隼平と夕月の愛憎を長年そばで見てきた。

今の状況はまさに共倒れに近い。

しかし自分はあくまで部下、口を挟む立場ではない。

「それは……ご本人にお聞きください」

夕月がスマホを開くと、電話をかける前に通知が飛び込んできた。【愛妻のため遊園地を貸切、榊原社長10年変わらぬ愛】

思わず指が止まり、そのまま記事を開く。

写真には、隼平が満面の笑みを浮かべ、帽子をかぶった女性に語りかけている様子が映っていた。

記事はこの夫婦の感動的な愛情を讃える内容だった。

病室が静まり返る。自分の心臓の鼓動さえ聞こえるほどに。

スクロールする指が止まらない。隼平は、自分の本アカで【皆さんの祝福に感謝します】とまでコメントしていた。

愛妻?

ふっ。

夕月は自嘲気味に笑い、スマホを閉じると智を見た。少し躊躇いながらも、声を落として言う。「智さん、少しお金を貸してもらえないか?」

……

借金をして退院した夕月は、かつての主治医に薬をもらい、そのまま帰宅した。

玄関に入った瞬間、足が止まる。

リビングから女の甲高い笑い声が聞こえてくる。「やだ!」

もう堂々と連れ込んでいるのか。

夕月はまつ毛を震わせたが、表情は変えずに中へ入る。近づくと、隼平が片手にシガー、もう片方の腕で千世を抱き寄せるのが一目でわかった。

「これはどういうこと?」夕月は冷静を装って声を出した。

隼平はシガーを消し、椅子に深くもたれた。

「千世を一人で家に置いておくのは心配だ。だからここに泊める」

夕月は口を開きかけ、しかし何も言わず階段を上がった。

反対する資格などない。

ここは、もともと自分の家ではないのだから。

夕月が薬を飲んで休もうとした時、ノックの音がした。

返事をする前に、千世が勝手に入ってきた。「夕月さん、怒ってるの?」

「何の用?」

夕月は淡々とした視線を向ける。

千世は腕を組み、部屋を見回して口角を上げた。「この部屋、すごく素敵。住みたいな……」

夕月は眉をひそめ、黙っている。

女はくるりと振り返り、瞳を輝かせた。「ねえ、信じる?あなたの代わりにここへ住んで、新しい女主人になるって」
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