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第3話

Author: 魚ちゃん
オフィスフロアに上がると、まだ足を踏み入れる前から、社員たちの噂話が耳に入ってきた。

「私は岡村(おかむら)秘書に賭けるわ!」

「でも、社長って奥さんのことが一番好きなんじゃないの?」

「何もわかってないな……」

話していた社員が、ふと視線を横にやると、そこに夕月の姿が。途端に顔色を変え、慌てて背筋を伸ばす。「……奥様」

夕月は彼らの会話を聞かなかったふりをして、静かに口を開いた。「隼平は?」

そこへ、隼平の秘書、笠原智(かさはら さとし)が歩み寄ってきた。

「奥様、社長は会議中です。こちらへどうぞ」

智は夕月を休憩室まで案内し、恭しく頭を下げた。

「どのくらいかかる?」

問いかけに、智は一瞬目を泳がせ、口ごもる。「えっと……もう少しかと」

その様子に何か引っかかるものを感じながらも、夕月は気に留めず待つことにした。

そうやって30分も待ったが、彼女は我慢できずに外に出て聞こうとした瞬間、突然目の前に人影が現れた。

高く結い上げたポニーテール、元気いっぱいの若い女性だった。

その顔を見た瞬間、夕月は息を呑んだ。

自分に六割ほど似ている。

彼女こそ、隼平の新しい秘書大城千世(おおしろ ちせ)だ。

笑える話だが、この女性について夕月が知っていることは、すべて親切な奥さんたちからの情報だ。

隼平はこの秘書にだけ態度が違うから、気をつけた方がいい、今どきの若い子は手口が巧妙だ、と。

だが夕月は気にしなかった。

いや、気にする資格すらない。

この数年、隼平の周りから女が途切れたことはない。それはすべて、彼女を苦しめ、後悔させるため。

そして、その目的は見事に果たされていた。他の女と親しげにしている姿を見るたび、夕月は胸が締めつけられる。

そう思うと、ますます胸の苦しみが募っていく。

夕月は立ち上がり、洗面所に向かった。冷たい水をすくって顔に浴びせた。

再び顔を上げた時、鏡の中には若く美しい顔が映っていた。千世は夕月が気付いたのを見ると、たちまち笑顔を浮かべた。「あなたが夕月さん?よく人から聞くよ、私たちってすごく似てるって」

夕月は笑みを返すだけで、何も言わない。

千世は髪を整えながら、ため息をついた。

「羨ましいね、毎日お金持ちの奥様ライフなんて。私たちは、毎日必死に働かないといけないから」

「ただ……」一度言葉を切り、千世はわざとらしく続ける。「夕月さん、もう少しお手入れしたほうがいいよ。その顔色じゃ、すごく老けて見えちゃう」

「あっ!」

慌てたふりで口を押さえる。「こんなこと言うべきじゃなかった。ごめんね」

夕月は手の水滴を払って、淡々と答えた。「気にしないで」

千世は一瞬たじろいだ。夕月の反応が予想外だったらしい。

夕月は本当に気にしていなかった。千世の言う通り、自分はとっくに若くはないのだから。

あるのはただ、病に苛まれた生き地獄のような日々だけ。

夕月は彼女を一瞥もせず、休憩室へ戻った。

千世はしつこく追いかけ、まるで女主人のような態度で高飛車に言い放った。「夕月さん、社長はまだ会議中だから、もう少し待って」

ちょうどその言葉を智が耳にし、慌てて千世を引き寄せた。

「大城秘書、何をしているんだ!あの方は奥様だぞ」

「知ってるよ」千世は平然と肩をすくめた。「それが何か?」

「知らないか?奥様は社長にとって一番大事な人なんだよ。M市で奥様に手を出せる人間なんていない。昔、酔った男が奥様にちょっかいを出したことがあった。翌日にはあいつの会社が潰れてた。奥様は社長の大切な人なんだ。そんな方を怒らせたら大変な目に遭う。もっと丁寧に接しなさい」

千世は聞き終えても怖がるどころか、芝居がかった笑みを浮かべた。「まぁ、怖い。でも社長みたいないい男、私も欲しいけどね」

そう言うと、夕月の目の前で堂々と社長室へ入っていった。

智は呆気に取られ、そして深くため息をつく。

そのうち、必ず後悔する。

この世で隼平以上に奥様を愛している人間はいないのだから。
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