葉月は相変わらずそこに立っている。「逸平、私は本当に忙しいの。自分の仕事もあるし」葉月の声は小さかったが、ハキハキとしている。「何の用だ?もし他の男に会いに行くのなら、ここから一歩も外に出さないぞ」逸平の声には明らかに冷たさが増していたが、葉月はただただ滑稽に思えた。明らかに浮気をしているのは逸平の方なのに、逸平の口から出る自分はまるで尻軽女のようだ。葉月は振り返り、逸平を見た。「逸平、私はあなたとは違って、少なくとも自分の尊厳と自分を大切にする心は持っているの」逸平はお箸を握る手に力を込め、しばらく葉月を見つめた後、ふと低く笑った。「葉月、俺を怒らせても無駄だ」そう言うと、逸平はゆっくりと弁当箱を開けた。熱々の湯気はすでに消えており、かすかなおかずの香りだけが残っている。逸平はそのスラリとした指で弁当箱の蓋をテーブルに置き、鈍い音を立てた。「損失はすべて俺が責任をとる」逸平は顔を上げ、その瞳の奥には底知れぬ暗闇が広がっていた。「でも、せめてここで俺が食事を終えるまでは待っていろ」その口調は、権力者として生まれ持った威厳を帯びており、相手に議論の余地を与えない。葉月の指先が微かに震えた。「あなたはお金持ちだから、ただの小銭にしか見えないでしょ。でも私にはそう見えないの」「葉月」逸平が突然葉月を遮り、抑えた声で言った。逸平は葉月がそんな皮肉な言葉を口にするのを聞きたくない。「井上夫人として、俺がお前にお金の面で辛い思いをさせたことがあるか?」新婚の贈り物として逸平が葉月に渡したブラックカードを、葉月はためらうことなく、逸平と南原の目の前でゴミ箱に投げ捨てた。クローゼットには数千万円もする最新のコレクションの品々が、包装も解かれずに放置されていた。「お前が自分で線を引きたがったんだ」逸平は冷たく笑い、すでに冷めかけていたスペアリブをお箸でつまんだ。「今さらそんなことを言って、滑稽だと思わないか?」大きな窓ガラスに映る二人の対峙する影。一人はきちんと仕立てたスーツに身を包みながらも、全身に刺々しい殺気を漂わせている。もう一人はシンプルな服装ながらも、背筋をまっすぐに伸ばしている。二人の間にある、丁寧に用意された弁当は次第に冷めていった。まるでこの結婚の中で、裏切られた想いが積もりに積もって、人の心が冷えて
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