「チクタク……チクタク……」壁掛け時計が22時を指し、時報が鳴った。井上葉月(いのうえ はづき)は窓の外を見た。夜の闇はまだ深く、かすかに黄色い街灯の明かりが見える。彼は今夜も帰ってこないだろう。今日は葉月の27歳の誕生日であり、夫と結婚してちょうど3年目の結婚記念日でもある。3年間連れ添った夫は今、外で他の女性を抱きしめ、いちゃいちゃしている。30分前、葉月はネットでトレンド入りしたニュースを見た——【新人女優が夜に謎の男性と密会】パパラッチが撮った写真はぼやけており、男の顔は見えない。しかし葉月にはわかった。彼が着ているあの服は、昨夜自分が選んであげたものだからだ。葉月は軽く笑い、手元のお酒を一気に飲み干した。苦く辛い味が喉を刺さり、ようやく胸の痛みを抑えることができた。「南原さん、これ全部片付けておいて」南原(なんばら)は、葉月が午後いっぱいかけて準備した飾り付けと食卓いっぱいの料理を見て、もったいないと思った。南原は葉月が気の毒でたまらなかった。何時間もここで主人の帰りを待っていたのに、主人からは一言の連絡もない。夜が更け、一階から聞き慣れた車の音がした。葉月は布団に頭をうずめ、耳を塞いで聞こえないようにした。しばらくするとドアが開き、清原逸平(きよはら いっぺい)が外から入ってきた。逸平は今日たくさん酒を飲んだのもあり、全身に酒臭さが漂っていた。逸平はそのまま浴室に向かった。シャワーの音が響きわたり、葉月は完全に眠気が覚めた。逸平がシャワーから出てくると、葉月はベッドが沈むのを感じた。男は後ろから腕を自然と葉月の腰に絡ませ、首筋に顔をうずめた。「葉月……」葉月はネットのトレンドニュースで見た写真を思い出し、ふいに寒気に襲われて逸平を押しのけた。葉月の声は冷たい。「あなたの匂い、気持ち悪いから触らないで」逸平は一瞬きょとんとした後、すぐに体を起こし、葉月の背中をじっと見つめてしばらく黙っている。逸平は身を乗り出して再び葉月を抱きしめようとしたが、葉月は突然起き上がり、距離を置いた。逸平を見る目にさえ、いくぶんか嫌悪の色が増している。何のマネだ?逸平は目を細めて葉月を見た。またこの目だ。まるで自分が吐き気を催す汚れ物であるかのように。葉月は逸平の方を見ようともせず、ただ淡々
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