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私は待ち続け、あなたは狂った のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

156 チャプター

第71話

自分は結局、逸平と有紗さんの間にあった様々な過去を細かく思い返す勇気も、逸平と有紗さんの今の関係を探る勇気もない。しかし今、逸平が有紗さんのために自分に席を譲れと言ってきたら、自分はすぐに彼らの目の前から消えるだろうと思った。そもそもこの結婚は自分のためのものではなかったのだから。葉月は則枝に返信した。【大丈夫、もうどうでもいいことだから】そうは言っても、葉月自身だけが知っている。心の中でどれほど引き裂かれるような痛みを感じているかを。押し殺された感情は、ただひたすらに膨れ上がり、やがて心を蝕んでゆく。息をするたびに、胸の奥を這いまわるようにして、内側からじわじわと広がっていくのだ。葉月がそう言うのなら、則枝もこの不快な話題についてこれ以上は触れなかった。ちょうど先日、葉月のために聞いていたピンクダイヤのネックレスの件に進展があった。【あのピンクダイヤのネックレスだけど、友達に聞いたら、具体的な情報は提供できないけど、現時点で分かっているのは、注文した人は井上という苗字で、妻の誕生日プレゼント用に購入したんだって】ここまでわかりやすくなると、逸平以外に他に誰がいるだろうか?だが、則枝は矛盾していると感じた。逸平はなぜこんなことをする必要があるのか?堂々と葉月にプレゼントすればいいのに。それに則枝は逸平に感心せざるを得なかった。一方では愛妻家な夫を演じながら、他方では他の女性と関係を持つチャラ男でいて、しかもバチが当たることも恐れていないなんて。これには葉月も予想外だった。葉月は呆然と長い間座り、指先で無意識にスマホの縁を撫でている。しばらく経って、葉月はようやくゆっくりと立ち上がり、後ろの棚から例のものが入った箱を取り出した。葉月は指でネックレスを軽く撫で、複雑な感情が渦巻いている。逸平、あなたは私に一体どんな感情を抱いているの?彼らの間には、いつもはっきりと見えない霧がかかっているようだ。*逸平と有紗が一の松市に戻ったその日の夜、裕章も和佳奈を連れて一の松市に到着した。裕章はもう一の松市には家を持っていなかったので、ホテルを予約し、荷物を整理して落ち着いてから逸平を探しに行った。有紗は葉月を食事に誘おうと提案した。久しぶりに会いたいと思っていたのだ。逸平は首を縦に振らず、ただこ
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第72話

逸平は行人に向き直って言った。「葉月のメイクとスタイリングを頼む」葉月は逸平の視線を受け止め、静かに言った。「私のスタジオで」逸平は眉を吊り上げ、葉月の意図を理解した。メイクとスタイリングなら、葉月自身のスタジオでできるのだ。葉月は自身のスタジオの実力を信じているのか、それとも自分の段取りを受け入れる気になれないのか?逸平には本当のことはわからなかったが、ある可能性を思いついた瞬間、瞳が急に暗くなった。逸平は葉月に淡々と言った。「好きにしろ」行人はすぐに意を汲み、行き先を葉月のスタジオに決めた。車はゆっくりと葉月のマンションを出て、葉月は窓の外を流れる街並みを見つめている。一方の逸平は引き続き書類に目を通しており、隣に座っている葉月は取るに足らない他人のように、冷たく距離を置いていた。葉月がスタジオに入ると、スタッフの女の子たちは驚いた様子で言った。「葉月さん、今日は用事で来ないって言ってたじゃないですか?」しかしその直後、スタッフたちは葉月の後からゆっくりと歩いてくる男性の姿を目にした。逸平はオーダーメイドの黒いスーツを着こなし、それは逸平の広い肩幅と細く締まった腰を完璧に際立たせている。男は逆光の中に立っていた。くっきりとした輪郭と端正な顔立ち。高く通った鼻筋が、淡い影を頬に落とす。風に吹かれて額にかかる数本の乱れた髪も、無造作さではなく、むしろ気だるげな気品を漂わせている。間違いなく、彼の容貌は際立っており、どんな場所でも人々の視線を集める存在だ。水を飲んでいた悦子はむせてしまい、激しい咳が不自然に続いた沈黙を破った。葉月はスタッフたちの反応を見て、当惑しながらもどこか諦めの表情を浮かべた。仕方なく葉月は舞に言った。「後でディナーパーティーに行くから、メイクと簡単なスタイリングをお願い」舞は一瞬戸惑い、反射的に頷いてから、ようやく葉月の言葉を理解した。舞はすぐに気持ちを切り替え、「任せてください、葉月さん!」と元気に返事した。七海は葉月と並んで個室のメイクルームへ向かいながら、我慢できずに聞いた。「葉月さん、どうしたんですか?井上社長はどうしていらしてるんですか?あとで井上社長と一緒にディナーパーティーに行かれるんですか?」「うん」葉月は頷いたが、心臓が速く鼓動していて、何か不安を
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第73話

これらの豪華な服が葉月の視線をかすめた時、葉月も一瞬呆然とした。行人は前に出てきて、恭しく葉月に尋ねた。「井上夫人、これらの服は全て井上社長が特別にご準備なさったものです。お気に入りのものはございますか?」葉月はざっと豪華なドレスに目を通し、一つも選ばなければまた逸平に因縁をつけられると知っていたので、適当に頷いた。「いいと思うドレスがあるわ、ありがとうね」「あらまあ……」七海は何列も並んだドレスの前を行ったりきたりしていたが、触れることさえ恐れている。壊したら弁償できないからだ。「葉月さん、これはあまりにも派手すぎますよ」葉月は立ち上がり、指先で一つ一つハイブランドのドレスを撫でていったが、喜びを感じれず、むしろ心に重たい石が乗っかっているようだ。これらの高価なドレスに囲まれて、葉月はますます自分の立場をはっきりと自覚することができた。今の葉月はまるで逸平が身につけるブローチや腕時計のようなもので、高価で美しい服を着せられるのも、逸平の面子を立てるためでしかないのだ。七海と舞が真っ赤なフィッシュテールドレスを指差した。「葉月さん、これ絶対似合いますよ!」しかし、葉月の視線はそれらの派手な色を飛び越え、白いサテンのドレスに留まった。シンプルなオフショルダーデザインで、余計な装飾もなく、清楚ながらも葉月の好みにぴったりだ。「これにするわ」葉月は小声で言い、指先を純白のサテンドレスの前に止めた。ずっとそばで控えていたスタッフが急いで近づき、白い手袋をはめ、葉月のためにドレスを取り、慎重に着替えの手伝いをした。カーテンの後ろから葉月が出てきた時、七海と舞は思わず小さく「わあ」と声を漏らした。「葉月さん、すごくきれいですよ」やはり、顔とスタイルこそが女にとって最も重要な装備で、葉月のこの顔とスタイルなら、どんな服を着たって美しく見える。葉月はフロアミラーの前で何度も服のフィット感を確認していたが、鏡に映った自分を見て、ふと花嫁衣装を着ていたあの頃の自分の姿と重なって見えた。ピュアで、美しくて——でも滑稽なほどに偽りでもあった。葉月の元々明るかった瞳も、思わず幾分か暗くなった。葉月が何を考えているのか誰にもわからなかったし、葉月の異変に気づく者もいなかった。舞は興奮していた。「きれいになりますよ、
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第74話

三度目に手首を上げた時、時計の文字盤は冷たい光を放っていた——もう1時間半近く経過していた。葉月のメイクがどのくらい進んでいるか見に行こうと立ち上がった瞬間、ドアの外から若い女性たちの驚きの声が波のように聞こえてきた。その甲高い声にますます逸平はイライラし、眉をひそめ、指の関節を無意識に握りしめた。しかし次の瞬間、控え室のドアが誰かに押し開かれた。葉月は純白のドレスをまとっていた。月光のように流れる白いロングドレスは、オフショルダーのデザインのおかげで葉月の優美な肩と首のラインを完璧に際立たせ、首元のピンクダイヤモンドは照明に照らされて、まるできらめく星屑のように輝いている。葉月はそっとまつげを伏せていた。濃く長いまつげが、目の下に小さな影を落とす。その唇は、まるで雪の中に咲いた一輪のバラのように紅く、美しい。一瞬、逸平の呼吸は止まり、少しぼうっとした。まるで逸平と葉月の結婚式の時、葉月がウェディングドレスを着て逸平に向かって歩いてきたのと同じように。葉月は逸平の視線を避け、「もう行ける?」とだけ聞いた。葉月はうつむき、手を伸ばしてドレスの裾をそっと整えた。節のある指先がサテンの生地を押し、柔らかな皺を幾筋か浮かび上がらせた。逸平の喉仏が動き、ポケットに突っ込んだ指が少し震えた。急にネクタイがきつすぎるように感じ、窒息しそうなほどだ。逸平はソファの上のカシミアのストールをつかんで葉月に投げつけた。「そんな薄着で」逸平の声は普段より低くしゃがれていた。「途中で凍え死にたいのか?」ストールは正確には葉月の肩に当たったので、滑り落ちそうになるのを葉月は慌てて受け止めた。先ほどの雰囲気は完全に逸平に壊されてしまった。逸平は葉月に近づき、首元のピンクダイヤモンドに一瞬視線を止め、喉仏を動かして言った。「行こう」葉月は返事もせず、ストールをしっかりまとうと、先にドアの方へ歩き出した。サテンのドレスの裾が逸平の革靴を撫でるように通り過ぎ、なぜか逸平の心を締め付けた。行人は葉月を見た時、目に一瞬驚嘆の色が浮かんだ。普段の清楚な姿にはすでに慣れていたが、一旦こうして着飾ると本当に目が釘付けになる。行人がまだ視線を戻していないうちに、首の後ろがひやりとした。振り返ると、逸平が険しい表情で行人を見つめており、その視線は恐ろし
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第75話

車がゆっくりとホテルの車寄せに入ると、夕闇の中で噴水のしずくがネオンを反射し、逸平のくっきりとした横顔に細かな光の影を落とした。逸平は突然低い声で口を開き、ようやく車内の静寂を破った。「今日は知り合いが来る」知り合い?葉月は振り返って逸平を見た。突然ある人物の姿が頭に浮かび、葉月は一瞬で顔が青ざめた。精巧なメイクのおかげで、取り乱した様子には見えない。「そう」葉月は他に何を言えばいいのかわからず、なんとかこの一言だけを絞り出した。声は羽毛のように軽い。もし喜んでる姿を見せろと言うのなら、申し訳ないが、自分には本当に無理だ。逸平は葉月をじっと見つめ、その表情を余すところなく観察し、頬に揺れるまつげの影を捉えた。逸平は無意識に指につけていた結婚指輪を撫でながら、葉月の顔に一瞬浮かんだ寂しさと悲しみの理由を理解できずに戸惑っている。そして、逸平は性格上あまり詮索することを好まないため、逸平はその探求心を、読み取りづらい曇った表情の中へと押し隠した。黒のベンツがゆっくりと停まると、葉月は車を降りた。肩掛けは車に置いたままだ。もうすぐ11月になるというのに、入り口正面の噴水の水気を含んだ夜風が正面から吹きつけてきて、思わず葉月は身震いした。逸平は反対側から降り、葉月の少し縮こまった姿を見て、眉間にかすかな皺を寄せた。逸平は数歩近づき、低い声で無視できない威圧感を込めて葉月に聞いた。「肩掛けは?」葉月は腕をさすり、息を吐きながら、宴会場に入れば大丈夫だと思った。葉月は淡い笑みを浮かべ、口角の曲線は完璧な弧を描いたが、どこか距離を感じさせた。「結構よ」逸平は薄い唇をきつく結び、結局何も言わなかった。朝から上層部はホテルのスタッフたちに対し、今夜の宴会に来るのは、金持ちか有力者ばかりで、少しでも機嫌を損ねたら、ただじゃ済まないぞと釘を刺していた。ホテルのフロントマネージャーは遠くから逸平と葉月が来たことに気づいた。彼女は逸平と葉月を迎えるためにここでずっと待っていたのだ。スーツ姿の女性が小走りに近づき、逸平と葉月から近すぎず遠すぎずといった距離に立った。彼女は早くから、逸平が今日家族連れで来るという情報を得ていた。葉月を見た瞬間、彼女は状況を理解した。彼女は軽く会釈すると、「井上社長、井上夫人、本日はご
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第76話

扉がゆっくりと開くと、宴会場にいた人々の視線が自然と入口へと集まった。清原家が没落して以来、葉月はこうした場に出席していなかった。だが、今日急に井上夫人という身分で人々の前に現れると、葉月は注がれる視線に緊張し、掌に汗が滲んだ。美男美女はやはり目を引く。黒のスーツに身を包んだ颯爽とした男と、白のドレスをまとった明るい美女が腕を組んで立つ姿は、まるで精確に構図が計算された油絵のようで、誰もが思わず見入ってしまう。ゆっくりと宴会場へ進むにつれ、周囲からの好奇の視線が葉月の背筋を硬直させ、不快感が押し寄せた。「わあ、井上社長のそばの女性は誰?」「知らないの?井上夫人よ」「これは珍しいわね。今まで井上夫人が宴会に出席するのを見たことがなかったわ」「岸本家のご令嬢が戻ってきたのを知って、危機感を覚えたんじゃない?」有紗と何の関係があるのか分からない。「井上社長と岸本さんには過去に何かあったの?」「もちろんよ。以前井上社長と岸本さんは婚約していたの。知る人ぞ知る話だけど。彼らの婚約パーティーを担当したチームは、私の結婚式の時に依頼したのと同じところだから知ってるのよ」「岸本さんが婚約を破棄しなければ、今の井上夫人は違う人だったかもね」周囲の噂話が葉月の耳に入る。有紗だの、婚約だの、そんな言葉が葉月の足取りを自然と鈍らせた。「ちゃんと足元を見ろ。気を散らすな」逸平の冷たい声が響いた。抗いがたい威圧感に満ちた、警告とも脅しとも取れる言葉だ。葉月は指先を軽く震わせ、逸平が横目で投げかけてきた視線に笑みを浮かべて答えた。「心配しないで、あなたの顔を潰したりしませんから」逸平の目は深い淵のようで、静かで揺れ動く気配もなく、今の心境や感情を読み取ることはできない。葉月は考えた。逸平が今日わざわざ自分をこの晩餐会に連れてきた真意は一体何なのか?有紗さんが来ることを知っていて、自分に彼らの再会を目の当たりにさせ、身を引かせるためなのか?でも逸平はそこまでする必要はなかったのに、だって自分はとっくに諦めていたじゃないか。この恋も、この結婚も、自分はもうとっくに諦めていた。しつこく絡んでくるのはむしろ逸平の方だ。葉月の思考がまだ整理されないうちに、優美でスレンダーな女性の姿が葉月の視界に入ってきた。有紗は優雅な
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第77話

「葉月?」有紗は既に葉月の目の前まで歩み寄っており、葉月の脇に垂れた手を自然と掴んだ。葉月が放心状態で黙り込んでいるのを見て、再び名前を呼んだ。有紗は葉月の異変に気付き、助けを求めるように逸平を見つめながら柔らかい声で尋ねた。「逸平君、葉月はどうしたの?」なんと親密な呼び方だろう。葉月にはそれが耳に刺さるように感じられた。逸平は眉をひそめ、少し俯きながら葉月の横顔をじっと見つめた。「葉月、どうしたんだ?」葉月はやや麻痺したように有紗を見つめていた。4年近く会わない間に、有紗は相変わらず昔と変わらず、優しく、美しく、そして抗いがたい成熟した魅力を放っている。ふと、葉月の心から全ての未練が消えた。有紗さんが戻ってきた今、自分に残された道など果たしてあるだろうか?「有紗さん」葉月の口角がゆっくりと上がり、声はとても小さく、そこに感情らしきものは一切ない。葉月は逸平を見ることなく、逸平の腕から自分の手を引き抜き、二人の距離は一瞬にして広がった。逸平は自分の腕が急に空っぽになったのをはっきり感じ、心も一緒に墜落していくような感覚に苛立たしさを覚えた。葉月は有紗に向かって微笑んだ。「大丈夫ですよ、有紗さん。こんな偶然に会えて、ちょっと驚いているだけです」有紗は一瞬呆然とし、視線は葉月の首元のネックレスに落ちた。「まあ!」と口を押えて驚いた。「葉月、私たち本当に縁があるわね!今日つけてるネックレスまで全く同じだなんて!」葉月は微笑みながら目を伏せた。誰も葉月の、かすかに震える指先には気づかなかった。同時に、誰も二つのまったく同じネックレスが灯りの下で輝き合っている時に、葉月の瞳の奥に、一瞬の破片のような痛みがよぎったことにも気づいていないように。葉月は再び目を上げると、ただ茫然と言った。「そうですね、奇遇ですね」有紗は手を伸ばしてピンクダイヤモンドの埋め込まれた部分を軽く撫で、幾分か照れくさそうな、そして懐かしむような表情を浮かべた。「古い友達がくれたの。私の誕生日プレゼントにね」そう言いながら、有紗は逸平の方を見た。葉月と有紗の誕生日は多少前後するものの、同じ月の中で葉月の方が数日早いだけだ。「それは素敵ですね」葉月は相変わらず淡く微笑んでいたが、目は笑っていない。逸平は何か言おうとしていたが、同じくこの晩餐会
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第78話

逸平は腕時計を見て言った。「あと30分もすれば彼は来るはずだ」「どうしてわかるんだ?前もって言ってたか?」逸平は太一を見て、眉を少し吊り上げた。「鹿島社長のところにはお姫様が一人いて、アニメを見終わるまで付き合わないと来られないからだ」毎晩19時、雨が降ろうが雷が打とうが、和佳奈は裕章にその日のアニメ番組を見終わるまで付き合わせるのだ。一の松市に来ている今でも例外ではない。太一はようやく思い出した。「そうだった、鹿島社長には子供がいたんだった」葉月と有紗は二人きりになると、有紗の笑みもだんだんと薄れ、逸平の前で演じていた友好的なふりをこれ以上する必要はない。有紗は葉月を見つめ、その目には複雑な感情が渦巻いている。嫌悪なのか好意なのか、あるいはその間の感情なのか、はっきりとはわからない。しかし、葉月の気持ちははっきりとしていた。自分は有紗さんのことはもう好きになれない。かつて海を越えて有紗さんから送りつけられた挑発的な言葉を、自分は一生忘れないだろう。その言葉は、自分が抱いていた逸平への最後の想いを打ち砕き、逸平との結婚への期待を粉々にしたのだ。葉月が逸平と結婚して2ヶ月目のある夜、有紗から電話がかかってきた。「ご結婚おめでとう、葉月」葉月は純粋に、有紗が心から祝福してくれているのだと思った。しかし、有紗は続けてこう言った。「昨日、逸平君が酔っ払って私に電話をかけてきて、私のことがすごく恋しいって言ってきたの」その時の葉月は、すでに逸平が有紗に書いたが渡せなかったラブレターを見てしまっていた。昨日葉月と逸平は大喧嘩をし、逸平は確かに泥酔して、家に帰ってきたのは午前3時を過ぎていた。「有紗さん……」葉月の指先は心臓と共に締めつけられるように痛んだ。「何を言っているんですか?」「葉月、逸平君はまだ私を愛しているの」葉月の胃が痛みだし、喉も渇きだし、しばらく言葉が出なかった。電話の向こうで葉月の沈黙を感じていた有紗は軽く笑い、続けた。「あなたたちがもう結婚したことは知っているわ。こんな話をするべきじゃないのもわかってる。でも、逸平君がこんな状態だと、私も困るのよ」葉月は必死で気持ちを落ち着かせ、沸き上がる感情を抑え込んだ。「でも今、有紗さんはそれを口にしましたよね?それに、逸平が有紗さんを困らせ
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第79話

「葉月、ここ数年は元気に過ごしていた?」葉月は意識を現実に引き戻し、逆に有紗に問いかけた。「私が元気だったと言ってほしいんですか?それとも元気じゃなかったと言ってほしいんですか?」その問いに有紗は一瞬たじろぎ、やがて軽く笑った。「葉月、あなた成長したわね。以前よりさらに尖ってきてるわ」「相手によって話し方を変えてるだけです」有紗はウェイターが運んできたトレイから赤ワインを手に取り、グラスを軽く揺らしながら、淡々と言った。「葉月、あなたが逸平と結婚してもうまくいかない理由を知りたい?」葉月は有紗をじっと見つめ、拳を握りしめた。有紗は赤ワインを一口飲んだ。紅い唇がわずかに弧を描き、柔らかで上品な微笑を浮かべると、葉月はやがて静かに口を開いた。「あなたは尖りすぎてるの。自分では気づいてないでしょうけど」「あなたは我慢するということができないの」有紗は葉月を見つめ、嘲笑を浮かべた。「時には聞こえないふりをした方がいいこともあるのに」「わかりました」葉月のあっさりした返事に、有紗は少し面食らった。葉月は繰り返した。「わかりました、しっかり肝に銘じておきます。でも、私はどうしても我慢することができません。聞こえないふりをすることもできません。だから、もう離婚したいんです」有紗は紅い唇を少し開けて、幾分か驚きの色を浮かべた目で葉月を見ていた。「有紗さん」葉月は薄笑いを浮かべた。「もう私は逸平のことは愛していませんので、もし有紗さんが良ければ、どうぞご自由にお持ち帰りください」葉月はもう有紗と二人きりでいるのも、有紗の言葉を聞くのにももう耐えられない。もし有紗さんが本当にまだ逸平を愛しているなら、二人がよりを戻そうと、過去の想いに火がつこうと、もう自分にとってはどうでもいいことだ。有紗さんが我慢したければすればいい。とにかく自分はもうこれ以上我慢したくない。葉月は立ち上がり、「これで失礼します」と言った。しかし、まだ一歩も踏み出せてないうちに、有紗も立ち上がった。二人は見つめ合うと、有紗は薄笑いした。葉月がその意味を理解する前に、有紗は手を軽く振った。有紗が持っていたグラスの赤ワインがこぼれ、葉月の純白なドレスを汚した。大きなワインの染みが葉月の胸元に広がり、純白な白地には目を刺すような鮮やかな赤色が映えている
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第80話

「もう十分だ」逸平は低い声で言い放って、葉月の前に立ちはだかり、有紗を自身の背後にやって庇った。葉月は逸平の目を冷静に見つめ、一言も発さず、媚びることも怯えることもない。スタッフがタオルを持ってきて有紗に渡し、丁寧に顔についたワインを拭いてあげた。「葉月、私は本当に手が滑っただけなの……」有紗の声には絶妙な嗚咽が混じり、まつげから水滴が滴り落ちていたが、それがワインなのか涙なのかは見分けがつかなかった。葉月は有紗の芝居を見て、ただただ可笑しく思った。「葉月」逸平は抑え気味に葉月の名前を呼んだが、表情は険しかった。しかし、葉月はまるで逸平を見ていないかのように、少したりとも頭を下げようとはしない。有紗は視線を逸平に向けた。「逸平君、本当にわざとじゃないの。このドレス、高かったんでしょ?いくらか教えて、葉月に弁償するから」逸平は葉月を睨みつけ、怒りを湛えた目で言った。「大した金額じゃない。弁償は必要ない」自分と共にベッドを分かち合ったこの男は、今この瞬間も自分を審判するような目で見ているのを感じた。逸平は有紗さんをその身で完全に庇い、まるで有紗さんは守られるべき宝物で、自分はただの罪を犯した罪人であるかのようだ。葉月はふっと笑った。「逸平の言う通りね」葉月の視線は、有紗と自分が同じように着けているネックレスに止まった。「世の中には、確かに一文の価値もないものがある」葉月はこれ以上この件について関わりたくなく、周囲から聞こえるコソコソ話はなおさら葉月の頭を痛くさせた。葉月は逸平を避けてその場から立ち去ろうとしたが、逸平に腕を掴まれた。逸平は声を落として葉月を脅した。「逃げる気か?覚悟はあるんだな」そう言うと、逸平は清潔感のある香りをしたスーツジャケットをそっと葉月に羽織らせた。逸平は葉月の肩を軽く抱きながら、有紗に向かって言った。「有紗さん、すみません。先に葉月を着替えさせてきます。有紗さんも早く着替えてください。衣装代はすべて俺が負担しますので」逸平の穏やかな口調と気配りの効いた言葉に、葉月は吐き気を覚えた。葉月は抵抗すればするほど、葉月への拘束はより強くなっていった。ホテルの最上階のスイートルームのドアが重く閉まり、鈍い音を立てた。葉月は乱暴に部屋に引きずり込まれ、手首には逸平の指の跡が赤
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