All Chapters of 去りゆく後 狂おしき涙 : Chapter 221 - Chapter 230

「申し訳けない。わざとではない。俺はただ、紗季がこのように去ってしまったことが信じられなくて」隼人は魂が抜けたように力なく笑った。「すべては俺のせいだ。俺が、彼女の本来の素晴らしい人生を台無しにしてしまった。もし俺が、もっと彼女に関心を寄せ、思いやり、早く正直にすべてを打ち明けていれば、もしかしたら事態はこうならなかったかもしれない」彼は拳を握りしめた。世間ではよく、失ってから後悔しても遅いと言う。自分はかつて、自分と紗季に限ってそんな日が来るはずがないと、鼻で笑っていた。自分はいつも、タイミングが悪いと思い、いつももう少し待とうと思っていた。待ちに待った結果、紗季は、このように自分と完全にすれ違ってしまった。紗季は死ぬ間際、何を考えていたのだろうか？このように解放されるのも良いことだと、もう二度と自分に会わなくて済むと、思っていたのだろうか？隼人の全身はかすかに震え、極度の苦痛に耐えていた。彼が大きな打撃を受けているのを見て、フレイナは涙を拭い、立ち上がって言った。「帰りなさい。私たちの生活を邪魔しに来ないで。私たちはもう二度とあなたに会いたくない。さもなければ、紗季が何も知らされずに七年間も暮らし、最後に惨めに死んだ結末を思い出してしまうだけよ。私たちを解放してくれないかしら？」隼人の体はよろめき、彼女のその言葉に刺され、何も言えなかった。彼は目を閉じ、わずかに頷いた。「わかった。もう二度と、あなたたちの邪魔をしに来ることはない。申し訳なかった」そう言うと、隼人は背を向け、振り返りもせずに立ち去った。彼の後ろ姿が遠くに消えていくのを見て、フレイナの眼差しが揺れた。スタジオのドアが完全に閉まると、彼女はようやく感情を収め、振り返ってテーブルのそばに座った。「出てきていいわよ。もう行ったから」隣の洗面所のドアが開かれた。隆之が中から出てきた。その表情は複雑だった。「どうだった？」「もう二度と私たちの邪魔をしに来ることはないでしょう。もし彼に少しでも良心があるなら、姿をくらまし、今後二度と私たちの前に現れないはずよ」フレイナは目尻を拭い、すぐに感情を整えた。隆之もまた安堵のため息をつき、頷いた。彼は外へ出ると、すぐにボディガードに電話をかけた。「黒川隼人を見張れ。彼

……三ヶ月後のある日。黒川グループ、社長室。ドアがノックされ、中から隼人の低い声が響いた。「入れ」翔太はドアを開けて中へ入り、一枚の書類を彼の前に置いた。隼人は一瞬動きを止め、結果は分かっているのに、それでも思わず尋ねた。「彼は、受け取らないと？」「ああ。お前の汚い金はいらない、今後は二度と連絡してくるな、お前とは何の関係もない、とさ」翔太は言葉にできないような眼差しで隼人を見つめ、この結果に驚きはなかった。「この数ヶ月、お前が稼いだ金を、俺に白石隆之に送金させてきたが、相手はお前の金なんて、全く欲しがっていないんだよ」隼人は眉をひそめ、冷ややかに言った。「彼が欲しがらなくても、俺は送る。俺はあの時、紗季の墓前で誓ったんだ。俺が生きるのは、一つは俺たちの子供を育て上げるため、もう一つは彼女のために、彼女の家族の面倒を見るためだと」「だが、隆之がお前の金を受け取ろうとしないんだ。俺にどうしろって言うんだ？彼は今、お前をひどく恨んでいる。一生お前を許さないかもしれない。どうしてお前の金を使うはずがある？」翔太は両手を広げ、この件に関しては自分には何の助けもできないと感じていた。もう全力を尽くしたのだ。隼人は、彼がテーブルに置いた書類を見つめ、中のキャッシュカード、小切手、そしてその他の資産株を取り出した。「彼の宝飾グループは、他社から狙われている。今は多事多難の時で、至る所で金が必要なはずだ。俺の金を使わなければ、他に誰が彼に緊急の金を貸すというんだ？」隼人は立ち上がり、書類を握りしめた。「俺が行ってくる」翔太は慌てて彼を呼び止めた。「だが……」言い終わらないうちに、その姿はすでに遠くに消えていた。隼人はドアを開けて外へ出ると、アシスタントに電話してチケットを手配するよう指示した。翔太は後ろから追いかけたが、引き止めることはできなかった。この間、隼人はまるで性格が大きく変わってしまったかのようだった。普段は寡黙で、顔には何の笑顔もなく、紗季に関することであれば、彼が言ったことがすべてで、誰も意見を言うことはできなかった。翔太は少し心配になった。このままでは、極端に走りすぎるのではないかと。彼はそっとため息をつき、仕方なく後ろについて行くしかなかった。隼人は

この人生で、自分はもう紗季の演奏を聴くことはできない。紗季の以前の演奏動画も、隆之によって特別に封印され、自分に見せないようにされていた。聴いてみたかった。紗季の演奏スタイルが、どのようなものだったのかを。隼人の瞳が揺れ、小声で尋ねた。「その人の音楽会は、どこで？俺も行ってみみたい」幹部は一瞬固まり、隼人が突然これに興味を持つとは思ってもみなかったが、戸惑いながらも教えた。アドレスを得た後、隼人は立ち去り、ネットでこの音楽会の開始時間を調べると、今日の午後八時にもう一公演あることを見つけた。彼は結局、一晩ここに留まり、翌日の便を予約した。彼が国外で演奏会を聴くつもりだと知り、翔太は電話の向こうでため息をついた。彼のこのような、いつも予測不可能な行動をする性格には、もう慣れていた。「分かった。会社のことは、俺がお前の代わりに見ておく。何日か滞在したいなら、そうしろ。休暇だとでも思えよ。この三ヶ月間、お前は一日も休んでいないんだから」隼人は電話を切り、夜八時近くになると、そのまま音楽会へと向かった。ところが、彼が到着するなり、遠くない場所に一台の車が道端に停まっているのが見えた。車から降りてきたのは、隆之とフレイナだった。隼人ははっと動きを止め、眉をひそめた。まさか二人とも来るとは、思ってもみなかった。一人は紗季の兄、もう一人は紗季のかつての師匠。彼ら二人が、どうして揃ってこの音楽会に？音楽会の演奏者は、それほどまでに紗季に似ているというのか？隼人は彼らに気づかれたくなく、中へ入るとまず隅の席を探して座った。スポットライトは舞台上にあり、客席はかろうじて座席が見える程度だった。隼人は隠れようとはしなかったが、隆之たち二人が入ってきても、彼に気づくことはなかった。彼らは談笑しながら、最前列に腰を下ろした。その時、舞台上に司会者が現れた。「続きましては、チェロ奏者の紗弥（さや）様にご登場いただきます！」割れんばかりの拍手が起こった。隼人は眉をひそめて舞台上を見た。紗弥？次の瞬間、一人の女性が現れた。客席からは、再び拍手が沸き起こった。隼人の探るような視線がその女性に注がれたが、驚いて眉を上げた。女性は赤いドレスをまとい、長い髪をなびかせていたが、黒いベールを着けて

隼人はすぐにそちらへ視線を向けた。紗弥はチェロと、先ほど隆之が贈った花束を抱え、少し辛そうだった。彼女の手の甲には、はっきりとしたほくろがあった。隼人は思わず固まり、そのほくろを睨みつけた。紗季の手に、ほくろはなかった。彼女の体のことは、自分が誰よりもよく知っていた。どの場所にほくろがあり、どの場所にないか、自分はすべてはっきりと覚えていた。さっき遠くから見ていた時は、この紗弥という女性が紗季にそっくりだと思った。しかし、近づいて彼女の手のほくろを見、紗季が最も嫌っていた種類の香水の匂いを嗅いだ時、自分は不意に、この女は紗季ではないと、ある程度確信した。紗季は、もう確実に亡くなったのだ。世の中にどれほど彼女に似た人間がいようと、それはただの影に過ぎない。隼人は不意に拳を握りしめ、俯いて彼女のその途方に暮れたような様子を見つめた。隆之とフレイナは顔を見合わせ、今こそ話すべき時だと悟った。彼は小声で言った。「もういい。我々も、お前が過ちを犯し、この間ひどく苦しんでいたことは分かっている。そのせいで、少し神経質になっていることも理解できる。だが、そんなふうに理不尽なことを言うな！紗弥さんは紗季であるはずがない。紗季がチェロを熱心に学んでいた頃、確かに前途有望だったが、彼女は紗弥さんほどの実力には遠く及ばなかった。お前は、確かに人違いをしている」そう言うと、隆之は一枚のキャッシュカードを取り出し、紗弥に差し出した。紗弥はそれを受け取り、細く、泉の水のように優しい声で言った。「これは多すぎますわ。いただけません」「お前は村で暮らしているんだろう。一人では危ない。金を使って家を借りろ。市の中心に近いところに」隼人はそばで聞いていて、思わず尋ねた。「村で暮らしている、とは？」「ああ、私の故郷は、ある田舎町ですわ。私はその田舎町の中の、小さな村に住んでいますの。偶然一度、フレイナさんが旅行にいらした時に出会いまして。私がチェロを弾いているのをご覧になって、わざわざ私をこちらへ連れてきてくださったのです」紗弥の口調はゆっくりとしており、清らかな響きを帯びていた。隆之は頷いた。「紗弥、お前も心からチェロを愛しているんだろう？チェロを学ぶために、辛い仕事をしたと聞いたぞ」なぜだか分から

紗弥はわずかに眉をひそめ、よそよそしく、冷淡に彼の質問への回答を拒んだ。「申し訳ありませんが、これは私のプライベートですわ。あなたとは何の関わりもありません。この質問に答えたくありませんし、あなたに私を問い詰める資格もありません」隼人はそれを聞いて表情をこわばらせ、顔を向けると、何の表情も見せずに彼女を見つめた。その瞳の奥には、意味深長な光がよぎっていた。「失礼、俺が唐突だった。しかし、あなたも知っているはずだ。隆之とフレイナがこれほどまでにあなたを称賛する理由は、あなたの曲のスタイルが、ある人物と非常に似ているからだと」彼は紗弥を睨みつけた。そして頷いた。「そうだ。では、あなたのスタイルと似ているこの人物、つまり彼らが偲んでいる人物が、実は私と長年連れ添った妻であることを、知っているか？」体の前で組まれた紗弥の両手がわずかにこわばり、表情を変えずに隼人を一瞥した。「あなたが、彼らが口にしていた、あの薄情な裏切り者ですね？でも申し訳ないけれど、あなたがどうして私の曲を聴きに来たのか、私には少しも興味がありませんわ。やはり、早くお帰りになった方がいいです。ここは楽屋ですのよ。もし、まだお帰りにならないなら、警備員を呼びますわ！」彼女の有無を言わせぬ口調を聞いて、隼人は面白がるように笑い、彼女を深く見つめた。「分かった。もうお邪魔はしないよ。日を改めて、またあなたのチェロを聴きに来る」紗弥の瞳に驚愕の色がよぎり、その碧い瞳は彼を睨みつけた。「待ちなさい！」隼人はその場に立ち止まり、振り返って彼女を見た。「私の音楽会に来ないでください。言ったはずですわ。あなたのような方には、何の好感も持てません。もし聴きに来られたら、不吉だと感じますから」「それは、あなたの問題だろう。演奏者として、あなたは観客を選ぶことはできない。あなたを評価する者や、気に食わない者、あるいはあなたの実力が全くないと感じる者も、避けられないはずだ」紗弥は言葉を失った。彼女が何も言い返せない様子を見て、隼人は彼女に頷いた。「またすぐに会えると思う」そう言うと、彼は背を向けて振り返りもせずに立ち去った。紗弥は一人で、目を細め、その場に立ち尽くし、彼の後ろ姿を見つめていた。隼人が外へ出た後、彼はここで起きた出来事を、すべて翔太