ほどなくして、車はホテルのエントランスに停まった。紗季は降りると、そのまま歩き出そうとする。航平も車を降り、後を追った。「そうだ、言い忘れてました。この薬は朝と夜に一回ずつ飲むんです。空腹時は避けますこと」紗季は頷き、何か言おうとした――そのとき、背後から冷たい視線を感じ取る。こうした気配に敏感な紗季は、思わず振り返った。人混みの向こうに、隼人が冷ややかな眼差しをこちらに向けていた。その視線に射抜かれた瞬間、紗季の胸がぎくりと震えた。次の瞬間、隼人が近づいてきた。彼は紗季の腕を取り、あたかも自然な仕草のように引き寄せると、無表情のまま航平に目を向けた。「紗季、この方はお前の友人か?なぜ紹介してくれないんだ?」その眼差しには、探るような警戒心がにじんでいた。航平はすぐに隼人の敵意を察した。同じ男だからこそその意味は痛いほど理解できた。目を細め、あえて挑発するように返した。紗季から家庭の事情は少し聞いていた。夫は愛してもいないのに偽の婚姻届を用意し、子どもまで産ませながら正式な立場を与えなかった――目の前の男がその夫だと悟った航平に、態度を和らげる気などさらさらなかった。一歩踏み出し、航平は笑みを浮かべた。「俺は紗季の友人、吉岡航平です」その名を聞いた瞬間、隼人の目が細まった。「なるほど。お前か」「俺を知ってますのか?」航平が問い返す。隼人は鼻で笑った。「いや、知らん。無関係な人間には興味はない」「そうですな。俺はただの凡人です。隼人さんのように仕事で成功して、家庭では良き夫で、妻を苦しめることなく大切にして……それで彼女をこんな立派なホテルに連れてきて楽しませます、なんてことはできませんよ」その声には、皮肉がはっきりと滲んでいた。隼人の表情が凍りつき、何か言いかけたところで紗季が口を挟んだ。「もう疲れたわ。あなたたちの口論に付き合う気力は残ってない」そう言い、彼女は振り返って航平に柔らかく告げた。「来てくれてありがとうございます。私はもう行きますね」隼人は依然冷ややかだったが、その言葉に反応した瞳の奥には、複雑な感情が揺らめいていた。紗季が上へ向かうと、航平もその場を離れようとした。だが隼人が低く声を投げかけた。「俺の妻から離れろ。俺の家
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