翌日の夕方、私は薄暗くなりかけた街路を歩きながら、軽く波打つ吐き気に耐えていた。腹の奥がきゅっと締め付けられるような感覚と、体のだるさがまだ残っている。母子手帳とエコー写真を握りしめたバッグの中で、紙の感触が手のひらに伝わってくるたび、現実感が胸の奥にじわりと広がった。 カフェのドアを押して店内に入ると、すぐに名前を呼ぶ声が響いた。「花耶!」 声のする方を見ると、優仁が笑顔で手を振っている。あの夜とは打って変わって、いつもの柔らかい表情だ。私も自然に肩の力を抜き、彼が座るテーブルに近づき、軽くお辞儀をして隣に座った。「久しぶりだな、花耶」「うん、そうだね」 席に座った瞬間、胸の奥がきゅっと縮まる。あの夜以来、二人の関係は微妙に変わってしまった。けれども、今日ここに座っている自分は、まだ少しほっとしている自分がいることを認めたくなかった。「あの夜ぶりだな……なんか注文するだろう? 花耶はいつもフレンチトーストかな」 メニューを手に取り、ページをめくる。写真の中のフレンチトーストやケーキ、プリンに目を走らせながら、ふと目に入ったかぼちゃのプリンに指を置いた。「かぼちゃプリンにする」「かぼちゃプリン? 珍しいな……飲み物はカプチーノかな」「いや……ルイボスティーにする」「今日は控えめだな」 優仁が店員を呼び、注文をしている間、私は目を伏せ、胃の奥のむかつきと戦いながら、あの夜のことを思い出していた。 まだ私が社会人になったばかりで、仕事に少しずつ慣れ始めた頃。同期であり、高校時代からの親友の桃花に誘われ、恋活イベントに一緒に行ったときのことだった。あの場で優仁と出会った。 初対面の印象は「チャラそうな人だな」というものだった。派手な髪型、軽い笑顔、友人たちと冗談を言い合う姿。だけど話を重ねるうちに、その裏に誠実な人柄や気遣いのある性格が垣間見えた。連絡先を交換し、互いの仕事の愚痴を言い合う日々の中で、友人としての距離はすぐに縮まった。 けれど、好きだという気持ちは言葉にできず、関係を壊すのが怖くて、ずっと胸の奥に秘めていた。だからこそ、今まで通り「友人」として過ごしていたのだ。 ──あの夜までは。 月に一度、自分へのご褒美として行く、フランス料理の美味しいホテルレストラン。いつものように、心躍らせながらその夜もディナーを楽しんだはずだ
Last Updated : 2025-08-13 Read more