Semua Bab 唇を濡らす冷めない熱: Bab 21 - Bab 30

63 Bab

必要ない、その心配 6

「……で、やっぱり今日もついて来るんですね? 昨日の男性が、今日もいるのかは分からないのに」 昨日より早い時間の電車の中、当然という顔で私の隣に立っている梨ヶ瀬《なしがせ》さん。それにしても、この人って本当に考えている事が読めないわね。 正直な気持ちを言えば、こうして傍にいてくれるだけでも有難かったりする。いくら気の強い事ばかり言っていても、私だって不安を感じないわけじゃないから。 ……しかもそれが、全く面識の無いストーカー男だったりするのだから。今のところ実害はないけど、やはり警察に相談した方がいいのかもしれない。「あの男が、いつ現れるのか分からないから。でもある程度、彼の行動時間が分かりさえすればこちらからでも……あ、やっぱり今日もいるね」 梨ヶ瀬さんの呟きに頷き、そっと周りに視線を巡らせる。ストーカでも昨日と同じ服装ではないでしょうし、注意しなくては。「今日は俺の斜め後ろ、白のシャツにチェックのスラックス。鞄が……」 梨ヶ瀬さんの後ろを、不自然ではない程度に視線を巡らせていく。背の高い男性サラリーマンに隠れるようにして、あのストーカー男は立っていた。「本当にいますね。今日はこっち見てませんけど、ただの乗客って可能性は?」「その可能性は低いだろうね。そう思いたい横井《よこい》さんの気持ちは分からないではないけど。きちんと今の状況を把握するのも大事な事だよ」 ぐうの音も出ない、梨ヶ瀬さんの言っている事は正しくて……なんだかんだで、私のためを思ってくれての発言だから。「それで、これから私はどうしたらいいんでしょうか? このまま気づかないふりして、放っておくってわけにも……」 認めたく無い気持ちのあるけど、置かれている状況はきちんと把握しておかなければならない。だからこうして、ついて来てくれるこの人を頼ろうと思ったのに……「それ、俺に聞くの? 横井さんは、それで後悔しない?」「はい? また訳の分からないい方をして、私が現状に困ってるのくらい分かりますよね?」 どうして梨ヶ瀬さんの意見を聞くのが、私の後悔に繋がるのか理解できない? それともストーカーはそのままにでもしてろって事なのか、ここまで関わっておいてそれは酷くない?  梨ヶ瀬さんの反応にムッとして、背の高い彼を睨みつけていると……「いいよ、俺が考えてあげても。だけど俺にとって
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-13
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必要ない、その心配 7

「それじゃあ仕方ないね、これは横井《よこい》さんへの宿題にしておくよ。後は、俺が考えた君のこれからのことなんだけど……」 私に近寄ってそう囁いたかと思えば、すぐに離れて元の場所で微笑んでる。梨ヶ瀬《なしがせ》さんってこういう事、本当に慣れてるんでしょうね。 それに宿題ってなんなの? 仕事でもないのに、上司の言いたい事を考えてこいだなんて。「その宿題は、ストーカー問題が解決した後でもいいってことですよね? では先に、梨ヶ瀬さんの対策というのを聞かせてください」「そうやって横井さんは、宿題自体を無かった事にする気だろ?」 ジロリと睨まれたけど、私はそんな梨ヶ瀬さんに構わずさっきの話を続ける。知りたいのはこっちなんだから、いちいち勿体ぶらないでよ。「まさか梨ヶ瀬さんは、自分の部下も信じられないんですか? そうでなければ早く教えてもらえません、何か考えがあるんですよね?」「なかなか狡いね、こんな時だけ部下の立場を使うんだ?」 狡いと言いながら彼は、そんな私との会話を楽しんでいる。この人に教える気はないけれど、私もこういうやり取りは嫌いじゃない。「何度も上司の立場を利用する、梨ヶ瀬さん程ではないですよ。ほら早く!」 やれやれという表情の梨ヶ瀬さん。だけどスーツのポケットから紺の手帳を取り出すと、その中の一頁を私に見せてくれた。「まずは警察に相談だな……次にもしもの為の防犯グッズ。警察署には俺もついて行くつもりだし、防犯グッズは昨日のうちに通販で注文済みだから」 ええと、ちょっと待って? 彼の言っている対策は正しいはずなのに、途中からいろいろツッコミたいところがあるのだけど。「梨ヶ瀬さんがわざわざ警察署について来るんですか? 私と梨ヶ瀬さんのどこに、そんな事をしてもらうほどの関りがあるんです?」「今のところは、部下を心配する上司のつもりだけど? もし横井さんが不満なら、付き合いたての恋人同士って事にしようか?」 はあ? 冗談じゃないわ! 梨ヶ瀬さんはどこまで本気で言ってるんだか分からないし、この人に恋人役なんて頼んだら後々大変な事になるに決まってる。「いいえ、結構です! 部下思いの上司に恵まれて、私は本当に幸せですね」 嫌味たっぷりにそう言えば、梨ヶ瀬さんは楽しそうに笑う。本当にこっちが何をしても、少しも効き目がないのが悔しい。「凄い棒読
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-14
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必要ない、その心配 8

「いいや、なにも難しいことはしてないよ? ただ人事部に頼んで横井《よこい》さんの履歴書を見せてもらった、それだけで」 なるほど、履歴書ねぇ……確かに上司であるこの人なら、それくらい簡単に見れるのかもしれない。数年前の事だし細かい内容まではさすがに私も覚えてないけど、もしかしたら演劇部の事も書いたのかもしれない。「部下一人一人の得手不得手も、きちんと把握しておきたいんです。そう笑顔でお願いしたら、すぐに見せてくれたよ? ははは、案外チョロいよね」 ニコリと微笑むその顔に罪悪感は少しも感じられない、やはりそれが貴方の素なんでしょうね。私だけは絶対に、この笑顔と見た目に騙されたりしませんから! それに……「こうなってくると、私が気を付けた方がいいのは後ろにいるストーカーでしょうか。それとも私のプライベートにガンガン侵入しようとする、厄介な上司の方なのでしょうか?」 「今度はそう来たか、まあどちらにも気を付けた方がいいよね? 二人とも隙あらば、君を食べる機会を窺ってるんだから」 私は絶対に、どちらにも食べられたりなんかしませんから! ーーっていうか、そんな気なんて欠片もないくせによく言うわよ。 そう心の中で悪態をつきながら、梨ヶ瀬《なしがせ》さんに隠れて大きく舌を出しておいた。 「もう、そんな事はどうだっていいんです。それよりさっき続き……早く教えてくださいよ」 この人が考えたとしたら、こんな誰でも思い付くような事ばかりじゃないはずだもの。 きっとまだ、何かしらのアイデアを隠しているはず。「まあ、一番無難なのは住所を変える事じゃないかな? それ以外に通勤時間や通勤電車を変えるだけでも、あのストーカー男の一時的な目くらましにはなると思うけど」「今のアパートから、わざわざ引っ越せって事ですか?」 今住んでるアパートは、何件も不動産屋を回ってやっと決めたお気に入りの部屋なのに。簡単に言われてしまい、ズーンと落ち込みたい気持ちになった。 こうなるとこちらの様子をチラリチラリと窺っている、ストーカー男にもムカムカしてくる。「今すぐあの人を警察に突き出す、それじゃあ駄目ですかね?」「それは横井さんらしい発想だけど、絶対やめてよね? 君に何かあった時は、俺の方がどうにかなるから」 自分では良い方法かと思ったのだけど、梨ヶ瀬さんは今までになくもの凄
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-15
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必要ない、その心配 9

 私に何かあったらと言う事なんだろうけれど、それで梨ヶ瀬《なしがせ》さんがどうにかなる理由も分からない。 なんとなく不思議に思って聞いただけだった。「……さあ?」「さあって、何ですそれ」 ふざけているのかと思って、ちょっとイラついて。このままヒールの踵で、その高そうな革靴を踏みつけてやろうかとまで思う。「……だって分からないよ。こんな風に本気で誰かを守りたいなんて思ったのは、初めてのことだから」 今、初めてって言った? 恋愛なんて当然百戦錬磨ですよ、って顔をしてるこの梨ヶ瀬さんが? 信じられないと思って彼を見上げれば、梨ヶ瀬さんは私の口の唇に触れないギリギリに人差し指を立てて……「ちゃんと秘密にしておいてね? こんなの横井《よこい》さんにしか、話したこと無いんだから」 ……ううう、この人の綺麗な顔が憎い。 梨ヶ瀬さんにとって、私のような恋愛経験の少ない部下を揶揄う事なんて簡単に違いない。 そう分かっているのに……この顔に、この声とこの瞳に振り回されそうになっている。「そうですか。私に関係ないことなので、誰にも話したりしません。ご安心を!」 私は梨ヶ瀬さんの指を手で払って、少し彼との距離を空けた。このまま傍にいればこの人に誘惑されてしまいそうで。 この人だけは止めた方がいい、絶対危険! 梨ヶ瀬さんは私の手に負えるような男性じゃない。そう自分に言い聞かせなきゃ、心の奥がグラグラしてしまいそうだから。「ちょっと揺らいでも、すぐに態勢を立て直しちゃうよね。そういうところも、横井さんの魅力の一つだけど」 余裕なんだ。何を言われても私、にどんな態度を取られても……彼の焦った様子も困った顔も、自分は見ることは出来ない。 それが、妙に私を苛立たせた。「部下を揶揄わないで、さっさとさっきの話の続きしてもらえます? だいたい、すぐに他のアパートを探すなんて無理に決まって……」「そうだな……じゃあ、少しの間だけ俺のマンションに来るのはどう?」 いつ見ても完璧なその微笑みに、ほどんどの女性が彼に頷いてしまうのではないかと思ってしまう。 それくらいの魅力がこの人にはある。 それでも私が梨ヶ瀬さんの言葉と、笑顔に騙されたりするわけもなく……「絶対、嫌ですよ! 他に住むところがなくなっても、梨ヶ瀬さんのマンションなんてごめんです」 これは本音
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-16
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必要ない、その心配 10

「じゃあさ……ストーカー問題が解決するまで、俺が横井《よこい》さんの部屋に住み込んで守るってのは?」「はあ? 冗談はやめてください。私の部屋に梨ヶ瀬《なしがせ》さんが住むなんて、そんなの無理に決まってるでしょう!」 きっと広い部屋に住んでいる梨ヶ瀬さんには、私の狭い部屋なんて想像出来ないんだ。そういう事にして、この話をさっさと終わらせようとしたのに……「横井さんの部屋が狭いからというなら、俺のマンションで手を打って? さっきも言ったけれど、君に何かあったりしたら……多分、俺がどうにかなる」 どうしてですか? とは、聞いちゃいけない気がした。だって本気なのか冗談なのかも、全然わからないんだもの。もしかしたら大事な部下だから、なんて理由かもしれないし。 こうやって相手に、変な期待をさせるのが得意なのだろうか? 梨ヶ瀬さんは。「だーかーら、そんなこと急に言われたって困るんです。私だって一応女なんですから、準備にだって時間がかかりますし。それに……上司の、しかも男性の部屋に住み込むだなんて」 女性に困るような容姿はしてないし、どこか裏のありそうな雰囲気の梨ヶ瀬さん。そんな人が、誰かれ構わず手を出すとは思えないけど。 梨ヶ瀬さんにとっては大したことでなくても、男性との同棲経験などない私にはハードルが高すぎるの。 「必要な物については、俺の車で往復すればいいことだし。客用に部屋は余っているから、横井さんが気にする必要はない」 いや、だからですね? 私が言いたいのは部屋の有無ではなくて……そう思ったけれど、何を言っても全て梨ヶ瀬さんに都合の言いように丸め込まれていきそうな気がする。 梨ヶ瀬さんにとって、私を手玉に取ることぐらいなんて事はないのだろう。だからと言ってそんな簡単に彼の思い通りにはなってやる気はないつもりで……「そういうのじゃなくて、私が梨ヶ瀬さんが苦手だから無理だって言ってるんです!」「……へえ? その苦手っていうのは、あのストーカーの存在よりもってこと?」 チラリと向けられた視線の先には、今も私につきまとってるストーカーの姿。 ううう……そんなの、こっちだって苦手に決まってるじゃないですか!「さあ、どうする? 俺と一緒にマンションの部屋で安全に暮らすか、それとも自分の部屋であのストーカーに狙われながら過ごすか。どっちを選べばい
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-17
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崩さない、その余裕 1

「……ええ、事情は分かりました。それではこちらの署の方でも、付近のパトロールを増やしてみますので」「はい。すみませんが、よろしくお願いします」 あの後、梨ヶ瀬《なしがせ》さんに強引に連れてこられたのは警察署で。 忙しい時期なのか随分と待たされて、やっと話を聞いてもらえたけど。やはり、すぐにどうこうという解決方法はないようで…… また日を改めて、ここに来ることになりそうだけど。 そもそも、どこの誰かもわからない。ただ毎日、付きまとっているだけのあの男性にどう対応すればいいのか。 しかし驚きなのは、男性の写真を梨ヶ瀬さんがスマホに残していたことで。 何かあった時のために、と共有しておいた。「良かったんですかね、あれで? 私には、どうすればいいのかよく分からなくて」「俺としてはあのストーカーに、接近禁止命令くらいは出してほしかったけど。横井《よこい》さんがそれを望んでないからね」 私からは結局、自宅付近の警戒を強めてほしいと頼むことしか出来なかった。もしそれだけで、あの男性がストーカー行為をやめてくれれば……そんな風に考えていて。 梨ヶ瀬さんはそんな私の意見を優先して、決してこうしろとは言わなかった。「私、絶対梨ヶ瀬さんはもっと口出しをしてくると思ってました。てっきり自分の意見を、強引に押し付けてくる人だと……」 これから始まるであろう同居や、眞杉《ますぎ》さんと鷹尾《たかお》さんの事にもそうだったから。 いつだって梨ヶ瀬さんは、物事を強引に進めてきたのに……「まあね、けれど横井さんに考えも尊重したいし? それに……君の安全が保障されるまでは、ずっと俺の部屋で暮らしてもらうつもりだしね」 これも計画の内でした。と言わんばかりの梨ヶ瀬さんの笑顔に、さすがに脱力してしまう。やはり早めに、別の場所にアパートを探したほうがいいのかもしれない。 そんなご機嫌そうな梨ヶ瀬さんの隣で軽い頭痛を感じながら、アパートまでの道のりをとぼとぼと歩いていくしかなかった。「……それで? どうして梨ヶ瀬さんが、私の部屋のソファーで寛いでるんです?」 チェストから次々に服を出しては、黒のボストンバックに詰めていく。玄関近くに置かれたスーツケースには仕事用のスーツやノートパソコンなどをぎゅうぎゅうに入れておいた。 私の考えでは、まだ数日は準備するための日をもらえ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-18
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崩さない、その余裕 2

「自分だって別に一人だけ寛ぎたいわけじゃないだけどね? でも横井《よこい》さんが、俺には何も手伝わせてくれないんだもん」 なーにが「だもん」ですか! そんな言い方しても、全然可愛くなんかないですからね。 梨ヶ瀬《なしがせ》さんはそう言って立ち上がると、私のそばに寄ってきて荷物に手を出そうとする。その手をパンと叩き落として、私はまた荷物を纏めるのを再開した。 こうやって何度も邪魔されるせいで、全然作業が進まないんだから。「そういう意味じゃありません、何回同じことを言わせるんですか? 私が言いたいのは……」「荷物は自分でまとめられるから俺がここで待っている必要はない、だよね? 何度も言うようだけど……少なくとも俺は、この量の荷物を女性に一人で持たせるほど冷たい男じゃないつもりなんだ」 ……また、このセリフだ。 先ほどから私と梨ヶ瀬さんは同じようなやり取りを繰り返し、彼にうまく丸め込まれてこの場に居座られている。 梨ヶ瀬さんは何が何でも、今日中に私を自分の部屋に連れていくつもりなのでしょうね。本当に、しつこい性格してるんだから。「荷物の用意が出来たら、自分でタクシーを捕まえることだって出来ます。それなのに梨ヶ瀬さんが、いつまでもマンションの場所を教えてくれないから……」 私が一人で行くことをどうやってでも阻止したいのか、彼は何度聞いても自分の住所を教えてくれなくて。そんな梨ヶ瀬さんとの会話で、どうしても優位に立てなくてイライラしてしまう。「それを教えて、素直に横井さんがやって来るとは思えないんだけどな。このまま自分で連れて帰った方が、安心出来そうだしね?」 連れて帰るって、私の家はここですから。 そんな事を言っても、きっとまた軽く言いくるめられてしまうだろうから口には出さないけれど。 もう何も言い返さずに黙々と荷物をまとめていく。こっちが静かにしてれば梨ヶ瀬さんも大人しくしてくれるはず、そう思っていたのが甘かった。 「……これは、大学生の頃なのかな? 横井さんって意外とロングも似合うね」「はあ? ち、ちょっと! なにを勝手に、人のアルバム見ちゃってるんですか!?」 梨ヶ瀬さんの意味深なつぶやきに慌てて振り返ると、彼は私の本棚から勝手にアルバムを取り出し眺めているではないか! 冗談じゃないわよ! その中には私の野暮ったい高校時代の写真ま
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-19
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崩さない、その余裕 3

「ああ、ここにも写ってるね。あのストーカー」 取り返そうとしたアルバムを目の前に出され、その一点を指でさして教えてくれた。そこには間違いなく、あの時のストーカーの姿がはっきりと写されている。 けれども、これは数か月前の社員旅行の時に撮ったもので……「そんな、どうしてこんな所にまで……?」 こうして梨ヶ瀬《なしがせ》さんに言われるまで全く気付かずにいたけれど、私はそんなに前からこの人に付きまとわれていたの? やっと自分の置かれている状況に気付いて、一気に体が冷たくなるような気がした。「ごめんね、勝手に見ちゃって。もしかしたらあのストーカーの情報が得られるかなと思ったけど、これはちょっとね……」「そう、ですね」 さっきまでの怒りもすっかり萎んでしまい、私は自分の両腕をさすってその震えを誤魔化した。正直いまの自分が、梨ヶ瀬さんにいつも通りの返事が出来ているのかも分からない。 こんなに前から、こうやって誰かに付きまとわれていたなんて。本当に……今まで無事でいれて運が良かったのかもしれない。「……これは、いま君に教えるべきじゃなかったね。その荷物、残ってる分は俺がやろうか?」「いえ、大丈夫です。すみません、すぐに終わらせますから」 残っていた荷物をボストンバックに詰め込み終えると、私は立ち上がりそれを玄関へと運ぼうとする。けれどバッグはあっさりと梨ヶ瀬さんに奪われ、その代わりに彼の通勤鞄をポンと渡された。 先に玄関に置いていたスーツケースも彼が片手で持つと、そのまま玄関を開けてこちらを振り返る。「この荷物は俺が持って降りるから、横井《よこい》さんはきちんと部屋の戸締りをしてからおいで?」「でも、そんな重いもの二つも……って、あの人は私の話を全然聞いてくれないし」 自分の言う事だけ言って、さっさと部屋を出て行ってしまった梨ヶ瀬さん。それが彼の優しさだとは分かっているけれど、どうしても素直に甘える気にはなれなくて。 彼との相性が悪いような気がするし、何となく気が合わないとか……いろいろ理由はあるけれど、私はあのわざと話をずらしているような狡猾なところが一番苦手。 上手く梨ヶ瀬さんの手のひらで泳がされてる気がして、どうしても彼との距離を置きたくなるの。それなのに、あの人はそれをガン無視してどんどん私に近付こうとしてくるのだけど。 ……これから
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-24
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崩さない、その余裕 4

「俺の部屋はこのマンションの八階、もう覚えれたよね?」「……ええ、まさかこのマンションとは」 連れてこられたマンションは行きつけのスーパーのすぐ傍で、オシャレで素敵だな〜なんていつも思っていた建物だった。そんな所に……よりにもよって梨ヶ瀬《なしがせ》さんと暮らすことになるなんて、本当に予想もしてなかったけれど。 いまだ彼に持たれたままの私の荷物、この手には梨ヶ瀬さんの通勤カバンだけしか渡してもらえなかった。「その鞄の中にあるキーケースを取り出して、オートロックを解除してくれる?」 梨ヶ瀬さんに言われるまま鞄を開けて、キーケースを取り出す。ハムスターのマスコットのついたそれに驚きながらも、そのカギでオートロックを解除した。 ……もしかして梨ヶ瀬さんって、ハムスターが好きなのかな? 意外だと思いながら鞄にキーケースを戻し、さっさと先を歩いていく彼の後を追った。 エレベーターで八階まであがり、一番端の扉へ。今度は部屋の扉の鍵を開けるよう頼まれて、もう一度キーケースを取り出した。「あ、もしかして彼女とか……?」 こんな可愛いマスコットだもの、もしかしたら特別な相手からのプレゼントだったりして? そう思って顔を上げると、微妙な顔をした梨ヶ瀬さんと視線がぶつかった。「いないからね、彼女なんて。ここまでついてきておいて、その誤解っておかしいでしょ」 梨ヶ瀬さんはスーツケースを置いて、その手をグーにすると私のおでこをコツンと叩いた。痛くはないのだけど、どうして私が怒られているのか分からない。 「横井《よこい》さんから見ると俺は、彼女がいるのに自分の部屋に女の子を連れ込むような男なわけ? 君って他人の事には鋭いのに、自分の事には物凄く鈍感なんだね」 いつもなら笑顔でのチクチクとした嫌味も、今は何となく言い返すことが出来ない雰囲気で……どうやら梨ヶ瀬さんは不機嫌の度合いによっては、本性を隠さなかったりするのかもしれない。 些細な発見をして、ちょっとだけ嬉しいような気がして頬を緩めてしまったのが失敗だった。いつの間にか頬を指先で摘ままれていて……「ちょっ……! 痛い痛いです、急に何をするんですか?」「うん。横井さんが俺の話で大事なところはスルーして、別の事で一人楽しんでるみたいだからちょっとイラついてね?」 そう言ってキラキラした笑顔で微笑んでいる梨ヶ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-25
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崩さない、その余裕 5

 ……何よ、これ? 梨ヶ瀬《なしがせ》さんの部屋は想像以上に広くてお洒落で、とても一人暮らしの男性の住まいとは思えない。こちらに越してきたばかりの彼に、こんなに大きな部屋が必要とは思えないのだけど……「ええと、すごく綺麗で素敵なお部屋なんですね? これならいくらでも女の子を連れ込めそう」「そうだね。今こうして実際に、横井《よこい》さんを連れ込んでるしね?」 にっこりと微笑んで、そういう事を言うのやめてもらえません? 梨ヶ瀬さんの場合、言い方ひとつでびっくりするほどいかがわしい意味に聞こえるんですから。 彼のそういう言葉も裏があるような気がして、警戒せずにはいられない。「なんていうか、自分のアパートの方が倍は安全な気がしてきました」 もちろん梨ヶ瀬さんが、本気で私みたいな可愛くない部下に手を出すとは思っていないけど。こうも気になる発言をされれば、私だって『もしかして』くらいは考えるのよ。「心配しなくていいよ、いくら俺でも無理強いするほど飢えてはいないからね。ちゃんと横井さんの了解を得てからしか、手を出したりするつもりはないし?」「そんな予定は微塵もないので、ご安心を!」 クスクス笑う梨ヶ瀬さんに彼の鞄を投げつけても、余計に笑わせるだけで。そのうえ、背の高い彼にいいように頭を撫でられてしまう。 ああ、もう! 本当にこの人を相手にすると、なんだかいつもの自分でいられないの! 「まあ、冗談はこれくらいにして。簡単に部屋の説明をするから、ついてきて?」 そう言われて、慌てて梨ヶ瀬さんの後を追う。大きな荷物を二つも持っているくせに、彼はさっさと廊下を進んでいく。 大きな扉を開ければそこは広いリビングで、大きなテレビに座り心地の良さそうなソファー。 青々とした観葉植物まで置かれて、男性の一人暮らしとは思えない。カウンターキッチンもお洒落だが、赴任したばかりだからかあまり使用された形跡はない。「リビングやキッチンは好きに使って。後こっちが浴室とトイレだけど、風呂を使う時はさすがに声をかけて欲しいかな」「はい、分かりました。一緒に暮らす間はリビングとキッチン、お風呂やトイレの掃除は私にさせてください」 ただで住まわせてもらうつもりはないが、出来る事はやっておきたい。いつ解決するかも分からない今、梨ヶ瀬さんに借りを作ってばかりはいられないし。 
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-26
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