Semua Bab 唇を濡らす冷めない熱: Bab 31 - Bab 40

63 Bab

崩さない、その余裕 6

「そういう梨ヶ瀬《なしがせ》さんは、いつでも余裕ですよね?」 まるで手のひらで転がすように私を操って、結局最後は彼の思い通りにしてしまう。扱いにくいはずの私をこんなにも容易く、笑顔のままで……「んー、そうでもないけど? まあ……カッコ悪いのは見せたくないよね、特に気になってる相手には」「へえ、そうなんですか。梨ヶ瀬さんでもそういう事考えるんですね、意外でした」 こんな癖のある男性を夢中にさせるような女性とは、いったいどれほど魅力的な人なんだろう? この人がその相手に、どんなふうに愛を囁いたりするのか。 正直なところ、気にはなるけど全く想像がつかない。「ねえ、横井《よこい》さんのその反応ってわざと? それとも、天然?」 ちょっと困ったような笑みを浮かべる梨ヶ瀬さんは、その私への問いかけで何かを試そうとしているみたい。「少なくとも私は、天然と言われることはありませんね。むしろ勘が鋭い方だと、よく言われます」 これでも他人の微妙な変化には、わりと気が付く方だと思ってる。 逆に天然だと言われるようなことはほとんどなく、気の強さも手伝って可愛げのない女にみられることが多い。 それなのに……「ふーん。その割に自分のことには、随分鈍いように見えるけど?」「鈍いって、どこがですか? 梨ヶ瀬さんの言う事って、いまいち分かりにくいんですけど」 もちろん彼が、わざとそんな言い方をしているのは分かってる。梨ヶ瀬さんの言葉に含まれた、私に対してのそれも何となく気が付いてはいるが……あえて知らないふりをしていて。 そうやって鈍感な女を演じて、何もわかってないように見せていなければ。きっとこの人に本気を出されたら、今みたいな状況の私なんて簡単に流されてしまうから。「あはは、本当にいいね。横井さんのそういうところ、退屈しないよ。君と一緒だと、これから毎日が楽しくなりそう」「私は構わないでくれたほうが嬉しいんですけど? 楽しいのはきっと、梨ヶ瀬さんだけですし」 私が誤魔化そうとしたことも、多分バレているのだろう。梨ヶ瀬さんはわざと問い詰めるようなことはせず、この会話を楽しんでいるようだった。 意味深な言い方で、私を揺さぶろうとする梨ヶ瀬さん。早く私みたいな平凡な女から、興味をなくしてくれるといいのだけど……「ああ、そうかもね? 俺って結構自分優先で物事を
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-27
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崩さない、その余裕 7

 これ以上、余計な事を言い出されては困るし。さっさとその話は終わらせて、梨ヶ瀬《なしがせ》さんが持ったままの荷物を奪おうとする。「それは駄目、俺は女の子にソファーを使わせて自分はのうのうとベッドで眠るような事は出来ないタイプだし」 確かに梨ヶ瀬さんは、そんな事を許せるタイプには見えない。私だってなんだかんだで、この人はフェミニストな男性だと思っているし。 そうでなきゃ、梨ヶ瀬さんに言われるままにこの部屋に来たりしない。「だからって、梨ヶ瀬さんと一緒のベッドで眠るなんて……」 いくらなんでもそんな事は出来ない。どれだけ私に襲うほどの魅力がないと言われても、無理なものは無理なのだ。 そんな私の言葉を聞いた梨ヶ瀬さんは、一瞬ポカンとした顔をして。しばらく私を凝視した後に、俯いて肩を震わせ始めた。「あの、梨ヶ瀬さん……?」「ふ、くくっ……あはは! 横井《よこい》さん早とちりしてる、俺は一緒に寝ようなんて一言も言ってないよ?」 梨ヶ瀬さんの言葉を思い出し自分が何を勘違いしてか気付くと、一気に顔が熱くなっていく。 確かに彼は私にベッドで寝るように言いかけたけど、その言葉を途中で止めたのは自分だった。 この人の言葉を、最後まで聞こうともせずに……「で、でも! それは、梨ヶ瀬さんの言い方が紛らわしいからっ!」 恥ずかしさでムキになり、彼の所為でもあると言っても梨ヶ瀬さんは余裕の笑みを浮かべるだけ。これじゃあ私ばかりが、この人の事を変に意識していたみたいで悔しい。 「うん、そうかもしれないね。でも横井さんが俺と一緒に寝るところを想像したのかと思うと、ちょっと期待していいのかなって考えちゃうよね」「それくらいのことで、期待なんてしないでください! ちょっと勘違いしただけじゃないですか」 へらへらと笑ってみせる梨ヶ瀬《なしがせ》さんを相手に、ますます私は焦ってしまい感情的になってしまう。大きな声を出してしまったと慌てて口を押えても、部屋の主はそれを気にした様子はなく。 さっきの台詞だって、私が誤解するような言い方をわざとしたに違いない。私を試すようなことばかりするこの人が、本当に腹立たしい。「うん。でも生理的に無理な男と、一つのベッドで寝るとこなんて普通は想像しないでしょ? 横井さんにとって俺は、そういう意味でセーフな男なんだな……と」「な、な…
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-28
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崩さない、その余裕 8

 梨ヶ瀬《なしがせ》さんと話しているといつだってそう、こっちが優位に立っていると思ったら次の瞬間にはひっくり返されている。私がどれだけ頭をひねっても、最後はいつも彼の思い通りになってばかり。 何度も年上の余裕を見せつけられて、敵わないと思い知らされると余計に焦ってしまう。「そういうハッキリした言い方はしないんです、これでも相手に気を使うタイプなんで!」 曖昧な自分の気持ちを誤魔化すように慌てて否定すれば、この人にはすぐにバレてしまうって分かってる。 でも黙っていれば梨ヶ瀬さんの良いように受け取られると思い、言い訳してみたけれど……「うん。横井《よこい》さんは人に気を使うからこそ、逆にハッキリ言ってくれるタイプだよね。君のそういうところも、俺は気に入ってるし」「なんで……そういう事ばっかり」 私の言葉で梨ヶ瀬さんを誤魔化せるはずもなく……正しく訂正され、その上で私に気を持たせるようなことまで言ってくる。 ああ、本当にどうすればいいのだろう? どんな言葉を返せば、この人と対等に渡り合うことが出来るの?「言わなくても分かるでしょ? それともちゃんと言葉にしてほしいタイプなの、横井さんは」 ……だから! どうして私が、梨ヶ瀬さんからの告白を待ってる前提なんです? 私は貴方とそういう雰囲気になりたくなくて、必死で誤魔化してるっていうのに。 そういう梨ヶ瀬さんこそ、そんな私の気持ちに気付いてますよね。それなのに、なぜ遠慮なく私を追い詰めようとするんですか? 「梨ヶ瀬さんのそういうとこ、私は大嫌いですけどね。仲良くなった女の子から、意外と性格悪いねって言われません?」 彼の質問に素直に答える気など、これっぽっちもなくて。遠回しな言葉なんて、全て聞かなかったことにしてしまえばいいのだから。 ……私は余裕綽々のその笑顔に、易々と捕まってあげたりしないわ。「よく分かるね、さすが横井さん。目当ての子にはいつも意地悪だって言われるんだ、本当にどうしてだろうね?」 わざわざ私が言わなくても、自分で分かってるでしょうに。それを一々聞いてくるところに、またイライラしてしまう。 さっさとこの話題は終わらせてしまおう。 梨ヶ瀬さんからスーツケースとボストンバッグを奪い取り、中身を取り出し片付け始める。「俺も手伝おうか?」「私が貴方にお願いすると思って
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-29
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見せない、その胸中 1

「……え、もう朝?」 閉められたカーテンの隙間から漏れる朝日。その眩しさに目を細めているうちに、ゆっくりと頭が働き始めた。 昨夜は片付けが終わってお風呂を済ませた後に、梨ヶ瀬《なしがせ》さんがいつの間にか用意してくれていた晩御飯を食べた。 それからスマホで、ストーカーの撃退法について調べていたはずなのに。 色んなことがあって疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまっていたみたい。 だけどここは私に用意された部屋ではなく、梨ヶ瀬さんの寝室のベッドの上。記憶は無いけれど、私は寝ぼけて移動したのかな?「とりあえず起きないと、梨ヶ瀬さんはもう起きてるのかしら?」 上半身を起こすと、かけてあったタオルケットがパサリと落ちる。 すると普段のパジャマ代わりである、身体にフィットしたタンクトップと短パン姿が目に入って。 急いで梨ヶ瀬さんのマンションに連れてこられたのもあって、きちんとしたパジャマを用意することが出来なかったのよ。 ……とりあえずあの人に見られなければ、そんなに問題は無いわよね? そんな風に、軽く考えていたのだけれど。「横井《よこい》さん、そろそろ起きてくれる? 朝食の用意は出来てるから、準備を済ませておいで」 扉をノックする音が聞こえ、梨ヶ瀬さんがこちらに声をかけてくる。 私は「わかりました」とだけ返事をして、彼がリビングに戻ったのを確認する。それから急いで自分の部屋に戻り、着替えを済ませて洗面所へ向かった。 洗顔をしながら、誰かと暮らすのって変な気分がするもんだわ。なんて、ボケッと考えたりしてしまったけれど。「おはよう、昨日はよく眠れた?」 リビングに行くと、テーブルに白いお皿を並べている梨ヶ瀬さんが声をかけてくる。黒い腰巻エプロンがとても似合っているところが、梨ヶ瀬さんだからだなって感じがする。 こんな朝から、おしゃれな食事を用意してくれるイケメン。職場の女の子が知ったら、きっと羨ましがられるんだろうけれど……「おはようございます。お陰様でいつベッドに入ったのかも思い出せないほど、ぐっすりと」 昨日あれだけ疲れていたのは、梨ヶ瀬さんの強引な提案のせいでもあるんだから。 ちょっとくらい嫌味な言い方をしたって許されるはず、その程度の気持ちだったのだけど……「あはは、それはそうだよ。昨日、横井さんをベッドに運んだのは俺なんだか
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-30
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見せない、その胸中 2

「仕方ないでしょ? 横井《よこい》さん、フローリングでそのまま寝てたんだから。俺はちゃんと言ったよね、女の子をベッド以外で寝せる気は無いって」 梨ヶ瀬《なしがせ》さんはハッキリそう言うけれど、問題はそこじゃないの! 私は小柄な方でもなく、ジムに通い身体も筋肉質だったりする。お姫様抱っこなんてされたら、私が見た目より体重がある事がバレてしまうじゃない。「だからって、私の許可なく勝手に抱き上げるなんて……!」 確かに勝手に床で眠ってしまってた、そんな自分も悪かったと思う。せっかく梨ヶ瀬さんがベッドを譲ってくれたというのに、それを使わず眠ってしまったのだから。 だけど私だって一応若い女なんだから、そんなに簡単に触れられても困る。そう思ってたのに彼から聞かされたのは、もっととんでもない言葉で……「そんな事よりさ、俺だって家に帰れば普通の男なんだって分かってる? いくら何でも恋人でもない男と暮らしてるのに、あの寝間着は無いんじゃない?」「寝間着、ですか? それが何か……あっ!」 少し怒ったような梨ヶ瀬さんの様子に戸惑いながらも、いったい何のことを言っているのだろうと今朝の服装を思い出す。 そう。朝は確か梨ヶ瀬さんのベッドで目覚めたはず、その時はピッタリとしたタンクトップに短パン姿で。 ……って、えええっ!?「み、見たんですか! あんな格好の私をお姫様抱っこしたんですか、梨ヶ瀬さんは!」 信じられない、上司でもある彼にあの服装で抱き上げられたなんて! ……ショックで身体が震える。 体重だけでなく、まさかあんな姿まで見られてしまっていたと!? そのままその場で、蹲《うずくま》り頭を抱える。 もうどんな顔で梨ヶ瀬さんを見ればいいのか分からないわよ。それなのに梨ヶ瀬さんはそんな私の様子を気にすることなく、遠慮なくその話を続けてくる。「全く、俺の理性を褒めて欲しいくらいだよね。ぐっすり眠って無防備なうえに、その肌をさらけ出されてさ。しかも行きつく先はベッドなんだから。それとも、あれが横井さんの誘い方だったりするの?」「そんなわけないでしょう! いくら経験が少なくったって、もう少しマシな誘い方くらい……って、そんな話じゃなくて!」 もう、梨ヶ瀬さんと話してるといっつもそう。 最初は自分のペースで会話が出来ていても、あっという間に主導権は梨ヶ瀬さん
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-10-01
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見せない、その胸中 3

「ねえ、本当に私たちが出勤まで一緒にする必要はあります? どう考えても誰かに見つかって、会社で噂の的になる未来しか想像出来ないんですけど」 何度説得しても行き帰りは二人一緒だと譲らない梨ヶ瀬《なしがせ》さんに、思いきり嫌そうな顔を隠しもせずについていく。 今はまだマンションの最寄り駅だからいい、これが会社の近くになればそうはいかないはずだ。 別にうちの会社は、社内恋愛を禁止しているわけじゃない。だからと言って付き合ってもないのに、面白おかしく話題にされるのは嫌。「君のストーカーが、夜しか活動しないならいいんだけどね。横井《よこい》さんには俺がずっとついているって、あの男に分からせないと意味がない。そのために君が協力するのは当然でしょ?」「……もうそれ、聞き飽きました。出来るだけ協力はしますが、梨ヶ瀬さんも少しくらい私の立場を考えてくれたっていいのに」 本社から支社に課長として来たばかりの梨ヶ瀬さんは、その柔らかな物腰とスマートな容姿も手伝って女子社員の注目の的だったりする。 そんな赴任してすぐの彼が私のような女子社員に必要以上にそばに居れば目立つし、お互いに悪い意味で見られる可能性がある。 それなのに……「もちろん考えてるよ、考えたうえで妥協出来ない事だけ君に頼んでる。俺はあのストーカーに、横井さんを少しだって近づけたくないんだ」 ああ、本当にこの人は狡い。 こんな言い方をされれば、誰だって嫌だなんて言えなくなるって分かってるくせに。自分の事を心配しての行動なんだって言われれば、それは悪い気はしない。 ……私だってそんな風に感じる、ごく普通の女子だったりするのだから。「……もしかして、さっきのでテレていたりする?」「テレてなんかいません。そうやって、自分の都合に良いように思い込まれると迷惑です」 誰が素直に嬉しいなんて言ったりするものか。本気かどうかも分からない、この人を喜ばせるようなことはしたくないの。 真剣な言葉の後で、すぐこうやって茶化してくる。そんな貴方に、簡単に振り回されたりしない。「意外と慎重だよね、横井さんは。時には目を瞑って、新しいものに飛び込んでみるのも有りだと思わない?」「そうでもないですよ。私こう見えても結構、怖いもの知らずだって言われたりしますから」 嘘はついてない。だけどそのほとんどが、自分に対してでは
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-10-01
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見せない、その胸中 4

「どうしてやろうかって、いったいどういう……?」 おそらく自分にとって良い意味とは思えないが、念のため確認してみる。 だって私と梨ヶ瀬《なしがせ》さんは仕事場も帰り道も、そして帰る家までも一緒で。もし彼が本気を出したら、その時は逃げることなど不可能な気がするから。「それも、言わなきゃ分かんない? それとも怖いもの見たさかな、知りたければすぐに教えてあげるけど?」 いつもの目が笑ってない笑みの方が良かった。 満面の笑みなのに彼の背中には真っ黒なオーラが見えるようで、私は急いで頭を左右に振った。 その視線の先に同じ部署の男性社員が目に入る、そう言えば彼に仕事で訊ねたいことがあったんだ。「いいえ! 充分、分かったような気がします。もうすぐそばなんで、先に出社しますね!」 私は梨ヶ瀬さんから離れ、その男性社員に声をかける。 どうやら彼も仕事の内容が気になっていたらしく、すぐに話に夢中になってしまった。 ……そんな様子を梨ヶ瀬さんが、どんな表情で見つめていたかも知らずに。「ところでさ、横井《よこい》はなんで梨ヶ瀬課長と一緒に出勤してたんだ? メチャクチャ目立ってたぞ」「うそでしょ、たまたま見えたとかじゃなく?」 部署に着いてパソコンを操作し、あらかた説明が済むと同僚からそう言われた。予想はしていたけれど、どうやら思っていたよりも周りの人に見られていたようで……「梨ヶ瀬課長人気だからなあ、女子社員に目を付けられないように気をつけろよ?」「……うん、そうする。でも私みたいな普通の女は相手にしない、って思われてるはずだし」 なんて同僚の前では大丈夫なふりをしたけど、そんな楽天的な予想は見事に外れるのだった。 朝礼を終えて、いつものように起動しておいたPCのメールをチェックする。特に問題はなさそうだと、引き出しから大きなファイルを取り出した。 急ぎの仕事も無かったはずだし、納期はまだ先だが手の掛かるものを仕上げておきたい。 今日はそのつもりだったのに……「横井さん。三年前のこの資料を、代わりに探してきてくれない? 今すぐこれが必要なの!」 向かいのデスクで仕事をしている先輩に頼まれて、作業を中断し資料室へ向かう。 雑用も押し付けられることが多いが、いつもは気さくに話しかけてくれる人だったので少しも疑いはしなかった。「あれ? 確か、いつもは
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-10-02
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見せない、その胸中 5

 だからと言って彼女らの思惑通り、ショックを受けて泣いて怖がってやるつもりもない。 私を梨ヶ瀬《なしがせ》さんから引き離すのが目的だろうが、私からそれが出来るなら苦労はしていない。 ……こんな陰湿な嫌がらせじゃなく、どうせなら梨ヶ瀬さんに直接そう頼めばいいんでしょうに。「さて、どうやってここから出ようかしら」 スマホはデスクに置いたままだし、ここには連絡用の電話機も設置されてない。しかも建物の端にあり滅多に人がやってこない場所で、カップルの密会に使われてるという噂もある。 窓を開けて下を見れば、やはり飛び降りれる高さじゃない。 半分は梨ヶ瀬さんのせいなんだし、私がいない事に気がついて助けに来てくれないかな。なんて冗談半分で考えた後、馬鹿馬鹿しいと思って笑い飛ばしかけた。 その時……「横井《よこい》さん、ここにいるんでしょ?」 今の声、梨ヶ瀬さんだ! 驚いているとすぐにカチャリと鍵の音がして、ゆっくりと資料室の扉が開いていく。 いつもと変わらない笑顔で、資料室の中へと入ってきた彼。 窓の近くに立っていた私の姿をじっくりと確認したかと思うと、手首を掴んで資料室の外へと連れていく。 ……何故、どうしたのかと聞いてこないの? こんなところに閉じ込められていれば、誰にされたのかとか気になるはずでしょう? 変わらない笑顔では、梨ヶ瀬さんの感情はちっとも読めない。 少しくらいは笑顔に隠された、その胸の内を見せてくれてもいいでしょうに……「ねえ、どこに行くんですか? こっちは私たちの部署とは、逆方向ですよね」 いつもなら私に合わせてくれる歩幅も、今はそうではなくなっている。高身長の彼についていきながら訪ねるが、返事をする気はないらしい。 もしかして怒ってる? さっきはいつもの笑顔だったはずなのに、彼の後姿からは少し怒りを感じるような気もする。 ……この人、私を助けに来てくれたんじゃないの? それなのに、どうしてそんな態度をとるのよ。 梨ヶ瀬さんの考えている事が分からないまま、事務所に近いある一室に連れていかれる。 ここには休むためのベッドが二台と、色んな薬や衣料品が置かれた部屋。医師や看護師はいないが、体調が悪い時はここで休むようになっている。「あの……私どこも悪いとこは無いですよ?」 もしかしたら梨ヶ瀬さんは私が閉じ込められた時に
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-10-02
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見せない、その胸中 6

「あの、もしかして怒ってます? 確かに迷惑かけたとは思ってますけど、でもこれって全部が全部私のせいじゃ……」 いつもより梨ヶ瀬《なしがせ》さんの笑顔が意味深に感じるのも、少し行動が強引なのもそれしか考えられない。 だからそうなんだと思ったのに……「怒ってるよ、怒ってるけど君にじゃなくて自分に対してだから。これじゃあ俺が、横井《よこい》さんをストーカーから守っている意味がない」「……梨ヶ瀬さん」 そうか。梨ヶ瀬さんは私を守りたくて、色々考えてくれていたはず。それなのにその行動のせいで、周りの女性社員から私が嫌がらせされている。これでは確かに意味がない。 でもそれくらい、梨ヶ瀬さんなら考え付きそうなのに……「別に梨ヶ瀬さんのせいだけではありませんよ。私に可愛げが無いので、こういう事が起こるんでしょうし? ただ、何でも完璧なイメージの梨ヶ瀬さんにしては意外だと……」「焦ってたんだよ。君に何かある前に、自分が守れる範囲に入れてしまいたかったんだ。本当は周りに誤解されない説明を、真っ先にするつもりだったのに」 普段は全く見せない梨ヶ瀬さんの胸の内、それを少しテレているのか乱暴に話してくれている。絶対こんな事を私には教えてくれないと思ってた。 弱い部分なんか、人には見せたがらなそうなのに……「そういうの、梨ヶ瀬さんはちっとも教えてくれないじゃないですか。ちゃんと話してくれれば、私だってもう少し……」 これもストーカー問題も私が被害にあっている本人なのに、なぜか梨ヶ瀬さんが一人で問題を解決しようとしてるように思える。 それって何かおかしくない? 私は自分の事を人任せに出来るほど、お気楽な性格じゃない。こんな私にだって出来る事があるはずなのに。「分かってるよ、今回のは俺のミスだって。次は、こんな失敗はしないから——」「そういう事を言ってるんじゃないです! 私が言いたいのは……」 言いたいことはあるのに言葉がうまく思い浮かばなくてもどかしい。梨ヶ瀬さんは考えてることが顔に出ないんだから、ちゃんと言葉で伝えて欲しいのに。「なに? 文句はいくらでも聞くけど、だからと言って同居は止めないよ。ストーカー問題は、このまま放っておける事じゃないし」「だから、ちゃんと私の言う事を聞いて……!」 いつもはもっと余裕があって私の話を聞いてくれるのに、今の梨ヶ瀬
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-10-03
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見せない、その胸中 7

「……聞いてるよ、ちゃんと。だけどこれでも結構焦ったんだ。たまたま鷹尾《たかお》に横井《よこい》さんが資料室に入るところを見たと、教えてもらえたからすぐに探し出せたけど。その時の俺の気持ちは、横井さんにはわかんないでしょ?」 なるほどね。梨ヶ瀬《なしがせ》さんが私を見つけ出せたのは、鷹尾さんのおかげだったんだ。それなら彼に、何かお礼をしなくては。 でも梨ヶ瀬さんは、本気で私のことを心配してくれていた。いつもだったら迷惑だと思うのに、なぜか悪い気はしなくて。「分かんないっていうか、想像も出来ないですよね。梨ヶ瀬さんは、私に本心を見せようとはしてませんから」 そういうのなら、もっと私に本音を聞かせて欲しい。素直な感情を伝えてくれなきゃ、梨ヶ瀬さんの考えを理解するのはまだ無理だから。「そんな言い方は狡い、ちょっとは分かろうと努力してくれたっていいのに」「狡いのはいつもの梨ヶ瀬さんです。私はちっとも狡いことは言ってませんよ?」 珍しく梨ヶ瀬さんに言葉で勝てそうな気がする。いつもなら余裕の返しも、今日はいつまで経っても来ないようだから。 調子に乗って梨ヶ瀬さんにとどめを刺してみようかな、なんて極悪な事を思い浮かべた。その一瞬……私の身体をふんわりと包む、最近よく嗅ぐ爽やかな香水の香り。「あーあ。もういっその事、君を俺の部屋に閉じ込めてしまえればいいのに……」 ええと、これは梨ヶ瀬さんのいつもの冗談? それともちょっと独占欲強めな、彼の本音だったりするのかな。 そのどちらにしても……「もしかしてヤンデレなんですか、梨ヶ瀬さんって」 余裕綽々なところばかり見せるくせに、私を閉じ込めたいだなんて。もしかして性格だけでなく、愛情表現まで歪んでいるの? もちろん私は素直に閉じ込められてあげる気なんてない、それくらい彼だって分かっているでしょうに。「俺が真面目に話してるのに、そんな風に茶化さないで」 茶化したつもりなんて無かったのに、真剣な顔をした梨ヶ瀬さんにピシャリと言われてしまった。じゃあこんなこと言われて、私はどう答えればいいのよ。「分かってますよ、それくらい。ただ、私も貴方に一言だけ言わせてもらっていいですか?」「……何?」「さっきは、資料室に助けに来てくれてありがとう……」 本当は彼が来てくれてすぐに言おうと思ったの。だけど梨ヶ瀬さんは
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-10-03
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