部屋の窓には、まだ夜の帳が残っていた。障子越しに差す光はひとつもなく、外の空気すら感じさせない密やかな暗さが、室内の輪郭を溶かしていた。礼司はそこに、目を凝らしていた。布団の中、薫は静かに眠っている。熱は幾分引いたのか、額の汗も引いており、頬の紅潮もいくぶん薄れているようだった。だが呼吸は浅く、まつげの隙間からわずかに熱の名残を感じさせた。その頬の上に、礼司はそっと手を伸ばした。まだ冷たさの残る氷嚢を傍らに置き、代わりに自分の掌で薫の額を覆う。熱の有無を確かめる仕草としては自然だった。けれど、指先が頬の輪郭に沿って移動した瞬間、礼司の中に妙な引っかかりが生まれた。生え際に触れたとき、そこにあったのは熱よりも、柔らかさだった。子どもの髪の密度は細かく、絹糸のように繊細で、皮膚の上を流れる感触が微かに残った。その感触が、なぜか礼司の指先に“熱”として残った。熱とは逆の性質を持つものが、逆に火照りを伝えてくるような錯覚。指をそっと首筋に滑らせると、脈打つ動きが皮膚の下で震えた。そこに生命が在るというあまりに生々しい事実が、礼司の呼吸を浅くした。「……」声にならない音が喉の奥で渇いた。手を引けばよかった。目を逸らせばよかった。だが、引けなかった。逸らせなかった。薫の体温は、礼司の掌を通して、心臓の奥にまで染みてくるようだった。体は小さいのに、その存在は礼司の思考を圧迫するほどに大きくなっていた。少年の肩をなぞったとき、礼司の指先ははっきりと“柔らかさ”を知った。筋肉とは違う、皮膚と骨のあいだにある水分を含んだような、言葉にしがたい質感。抱きしめたときにはわからなかったものが、今は指先だけで理解できてしまう。その感触が、礼司の意識の中で輪郭を持ち始めたとき、背筋がぞっとした。手を引こうとした瞬間だった。薫が、目
最終更新日 : 2025-09-04 続きを読む