楚邸・晴川居。 柳の葉の隙間からこぼれ落ちる陽の光が、波ひとつ立たぬ静かな湖面にまだらな光と影を映し出していた。 嵇無隅は竹籠を抱え、入り口に腰を下ろして薬草を選り分けていた。だが間もなく、その静寂を切り裂くように慌ただしい足音が響いてくる。 顔を上げると、楚行雲がすでに庭先までやって来ていた。 先日の不愉快な別れ以来、二人は数日ものあいだ顔を合わせていなかった。 嵇無隅はその姿をほんの一瞥しただけで、すぐにまた視線を落とし、何事もなかったかのように干し薬草の選別へと戻った。 楚行雲が先にその沈黙を破った。 「無隅、急用だ。城西の宿屋にいる貴客が突発の急症に倒れ、床に伏したまま起き上がれぬ。私と共に来て診察をしてくれ。何としても治療を成功させるのだ」 「いかなる症状だ」 嵇無隅の声には何の抑揚もなく、手元の薬草を淡々と整えていく。 「それが……詳しい病状は、私にも判別できぬのだ。患者は意識が混濁し、うわ言を口にしていてな。かなり危うい状態に見える」 楚行雲は一歩踏み出し、ひどく真摯な口調で言った。 「無隅、事は一刻を争う。今ここで細かく説明している暇はない。君が直接診てみなければ分からんのだ」 嵇無隅はようやく目を上げ、値踏みするような視線を向けた。 「師兄は天下に名高い名医ではなかったか。それほどの御方が、病状ひとつ説明できぬまま、私に往診を頼むのか」 楚行雲の表情に一瞬だけ気まずさがよぎったが、すぐに柔らかな笑みへと変わる。 「無隅、診察となれば、我らはいつも息の合った
最終更新日 : 2026-06-20 続きを読む