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All Chapters of 終わりの大地のエリン: Chapter 11 - Chapter 20

54 Chapters

11:能力者2

 エリンは困ってしまった。壁を出して見せてと言われても、具体的なやり方が分からない。 追い詰められたあの時ならば、できそうな気がしたのだが。安心してしまった今では逆に分からなくなってしまった。 半ば無意識にペンダントを握って、どう説明したものかとまごついてしまう。「能力に目覚めたばかりで、まだ使い方が分かんないかな?」 セティが助け舟を出してくれたので、エリンはほっとしてうなずいた。「ふむ、それもそうですね。無理を言ってすみませんでした。少しずつ使いこなすようにしていきましょう」 ラーシュが穏やかに言って、シグルドも同意した。「十三歳で力に目覚めるのは、相当に早い。セティは十二歳で、記録上のエインヘリヤルの中で最も早かったよ。エリンはそれに次ぐだろう。 白獣を狩る機会は、これからいくらでもある。実戦前に訓練をして、様子を見ながらやってみよう。それでいいかな、エリン?」「はい!」 こうやってエリンの意思を確認してもらえるのは、村ではほとんどなかった。彼女はいつも、決定事項を告げられるだけだった。 そして孤児であるのを気にせず、能力を気味悪がらず、対等に話してくれるのも。 エリンの心に、暖かいものがじんわりと込み上げた。 この人たちと一緒に行きたい。この人たちとなら、友だちになれる。そう感じる。「司祭殿、村長ご夫妻。そういうわけで、エリンは我々が預かる。この村から主神オーディンの戦士を輩出したこと、栄誉と思っていただきたい」「は、はい」「仰せのままに」 司祭と村長は平伏するばかりの勢いで、頭を下げた。    ……私にも、居場所ができるかもしれない! エインヘリヤルたちの話を聞いた夜、エリンは興奮してなかなか眠れなかった。 すぐ隣では、小さなティララが健やかな寝息を立てている。 子どもたちとお別れになるのは心残りだったが、二度と会えないわけではない。エリンが望めば
last updateLast Updated : 2025-08-24
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12:決意と邂逅

 エリンは雪の道をゆっくりと歩く。夜の低温で雪が粉のようになり、踏む度にきゅ、きゅと静かな音を立てた。 ――ふと、エリンは既視感を覚える。 遠い記憶の向こう側、同じような冬の夜、きゅ、きゅと鳴る雪を踏みながら。 誰かに手を引かれながら、歩いた思い出が……ごくかすかに蘇る。(どうして? 冬の夜に歩くなんて、今までほとんどなかったのに) 教会では、孤児たちが夜に出歩くのを禁止していた。エリンは今日まで真面目に言いつけを守っていた。 だから、夜の風景は見たことがないはずなのに。 それなのに、幻視するように思い出す光景は、いったい何だろう。 エリンはゆっくりと歩く。まるで何かに導かれるように。 やがて彼女は、村外れまでやってきた。 村の入口の目印に、大きな杉の木が植えてある。二階建ての家よりも高い木は、けれど今は下半分が雪に埋まって、見上げるほどの高さはない。 その天辺、細い枝先に誰かが立っていた。 真円に近い月を背にして、体重をまるで感じせない姿で。真冬の凍える空気の中、身動き一つせずに佇んでいる。 あまりの非現実感。エリンは最初、幻かと思ったくらいだった。「――この村を、立ち去るつもりか」 その人物が言った。奇妙にくぐもって聞き取りにくい声だった。 月の逆光に目を細めてよく見ると、彼(?)は仮面をつけている。ウサギあるいはリスを思わせる、丸みのある獣の仮面だった。深くかぶったフードの奥、ほとんどが影で隠れて見えない中、仮面の白さだけが際立っている。「村を出れば、お前は宿命に巻き込まれるだろう。それで、いいのか? 今ならまだ――間に合う。戻って、全てなかったことにしろ。そして今まで通り、この村で暮らせ――」 幼子に言い聞かせるような、諭すような口調だった。 凍るような夜風が吹いて、仮面の人物の暗緑色のマントをはためかせる。 呆然としていたエリンは、その動きで我に返った。「どうして、そんなことを? 私はこの村でずっと、心を押し殺して生きて
last updateLast Updated : 2025-08-25
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13:冬山の旅

 ……ある男の独白、あるいは後悔…… ――もしも神がおわすならば、私の罪を赦さないで下さい。 私は娘を利用して、あの子をただの道具として、我が目的のために使っていました。 間違っていると気づいていました。しかし他に方法がなく、あの子を傷つけてしまった。 もしも本当に、この世に神がおわすならば。どうか私に、罰を与えて下さい。 けれども、あの子は何も悪くない。どうかあの子には、人として生きる権利を、幸せを与えて下さい―― +++  エリンたちは村を旅立って、少し離れた街を目指していた。ここ一帯の地方の中では一番大きな街で、オーディンの異能戦士団・エインヘリヤルの拠点になっている。 雪のない夏であれば、その街まではせいぜい三、四日程度の距離。 だが深く積もった雪は歩きにくく、距離を進むのが難しい。まともに歩けば、十日はかかるということだった。 一行は荷物を背負い、スノーシュー(雪上を歩くためのかんじきのような靴)を履いて、せっせと雪道を進んでいた。 時刻は午前。曇り空の向こう側で、冬の太陽が淡く光っている。 今は山の合間、斜面を抜けているところだ。夕方になったら雪に横穴を掘って、キャンプをする予定である。「私の瞬間移動<テレポーテーション>で送ってあげられれば良かったのだけど」 金の髪を指で弾きながら、ベルタが言う。「この人数をあの街まで転送すれば、力が尽きてしまうわ。そうなれば、回復まで時間がかかる。回復前に白獣が出ないとも限らない。そんなことになったら、肝心の移動ができなくなってしまうから」「今回の猪の白獣討伐で、何度も力を使ってもらったからね。エインヘリヤルの能力は強いが、無尽蔵ではない。自分の能力の限界を把握して、その場に適した運用をするのが大事だよ」 先頭を歩いていたシグルドが、振り返って言った。精悍な面立ちに、頬当て付きの毛皮の帽子がよく似合っている。 そのすぐ後ろではセティがにこにこと笑っている。
last updateLast Updated : 2025-08-26
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14:冬山の旅2

 エインヘリヤルたちはごく自然体でやり取りをしている。白獣を仕留めた時の緊張感のある時も、今のようにじゃれ合っている時も、互いへの信頼が感じられる。(いいな。私もここに入れてもらえるかな) エリンがそんなことを考えていると、前を歩いていたセティが振り向いた。「ねーねーエリン、エリンもつい夢中で力を使って、倒れたりするよね? 普通だよね?」「え? えーっと……?」 そう言われても、エリンが自分の意志で能力を発動させたのは数えるほどしかない。 今までは無意識の発動がほとんどで、彼女はむしろそれを抑圧しようとしていた。「エインヘリヤルの力はさ、色んなことができるでしょ。面白いよね! 俺の透視<クレボヤンス>は、隠されているものが視えるんだ。前、ミッドガルドで犯罪捜査に協力した時、服の中に武器を隠していた犯人を見つけたよ。カバンの中に麻薬を入れていた奴もいた。服やカバンも透視してやれば、ばっちりだもん」「へえ、すごいね」 エリンは言って、ふと思いついた。「……もしかして、その気になれば誰の服でも透視できるの?」「もっちろん! 俺に見えないのはユグドラシルとヴァルキリー様の鎧の中くらいさ。普通の服なんてあっという間に丸裸だよ」 ヴァルキリーという名称が気になったが、それ以上にエリンが気を取られたのは。「…………それは、私も丸裸にしてる……?」 絞り出すようなエリンの声に、セティはさすがに失言に気づいた。「あ、あの、してない、エリンの服は透視してない! そんな礼儀知らずはしないよ!? たまたまちょっと、もののはずみでちらっと見えたくらいで……」「…………!!」 エリンが真っ赤になったので、セティは慌てて駆け寄ろうとして――まだ不慣れなスノーシューを雪に引っ掛けてしまい、転んだ。
last updateLast Updated : 2025-08-26
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15:温かな夜

「今日の移動はここまでにしよう。キャンプの準備を」 夕暮れが近づいてきた時刻、シグルドが言った。 辺りは冬の夕陽がに照らされて、雪の白が淡い茜色に染まっている。 空は夕焼け、大地は雪明かり。天と地との境目が曖昧になる、不思議な光景だった。「ここの斜面に、俺がざっくり横穴を掘るよ。細かい手直しは手作業でやろう」 彼は言うと、背負っていた荷物を雪の上に降ろした。少しばかり斜面を下る。良い塩梅の場所を見つけてうなずいた。 彼の手袋を嵌めた右手が伸びる。人差し指と中指を合わせて空中を切るように動かせば、同じ形で雪が切り出された。 ズ……と音を立てて雪がずれ落ちていく。 シグルドは右手を手前に引き寄せた。切り出された雪の塊が前にせり出して、テラスのような空間を作る。 パウダースノーは圧縮されて固くなっており、崩落の危険はなさそうだった。「こんなもんかな?」「お見事です」 ラーシュが答えて、荷物からテントの防水布と支柱を取り出した。ベルタと協力して雪穴に設営を始める。「エリン、シグ兄はすごいだろ。戦士としても一流の念動能力者<サイキッカー>なのに、こういう細かいのも得意なんだ」「ええ、すごいわ。何と言うか、鋭い刃物みたいな切れ味」「そうだろ、そうだろ」 セティが我がことのように得意げに言っている。 シグルドが近づいてきて、少年の頭をわしゃわしゃと撫でた。「お世辞を言っても、おやつは増えんぞ。能力を言うなら、セティも大したものだ。たった十二歳で力に目覚めて、十三歳の今はエインヘリヤルの務めを立派に果たしている。俺の自慢の弟分だよ」「へっへーん!」「で、その自慢の弟は、さっさとテント張りに行きなさい。エリンはやり方が分かるかな?」「いえ……。やったことがなくて」 エリンは北国育ちだが、あの村から出たことはほとんどなかった。今回のように雪の中を移動して、キャンプをするのも初めての経験だった。
last updateLast Updated : 2025-08-27
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16:心の波紋

 雪のテラスに立って、シグルドは言葉を続ける。 炎の明かりが彼の半身を照らして、もう半身を闇に沈ませていた。「先程も言ったが、能力には系統がある。本来であれば、同じ系統の能力者が後輩を指導するんだが、エリンの場合は特殊だ。 まずは基礎的な修練を積んだ上で、安定して能力を使えるようにする。その後は本部に行って、ヴァルキリー様に指導を仰ごう」「ヴァルキリー様、ですか? オーディン様に仕えているという、聖なる戦乙女」「ああ、そうだ。ヴァルキリー様は我らエインヘリヤルのまとめ役で、アースガルドとミッドガルドを行き来して、オーディン様の意志を伝えて下さる。 来るべき時に、熟練のエインヘリヤルをアースガルドに迎え入れるのも、ヴァルキリー様の役目だ」「迎え入れる……」「エインヘリヤルは能力が熟練の域に達すると、オーディン様の御下(みもと)に召し上げられるんだ。その後はアースガルドの宮殿で、神々の末席として力を磨き続ける栄誉に浴する。全エインヘリヤルの目指すところだよ」 シグルドは笑って、先を促した。「さあ、その辺りの話はまた今度。今は能力に集中しようか」「はい」 シグルドが目配せすると、ラーシュが立ち上がって横にやって来た。「我らエインヘリヤルの能力は、精神、つまり心が原動力となっている。だから――」「僕が能力を引き出す手伝いをします。精神感応は人の心と心を繋ぐ力。エリンさんと僕の心を繋いで、能力の源がどこにあるのか、どうすれば表に出せるのか、探ってみましょう」「……それは」 エリンは怯んだ。心を探られれば、彼女の今までがばれてしまう。自分を押し殺して暮らし、打算をもって周囲に接してきたエリンの醜さが知られてしまう。 そして、いくつもの力を使うことが判明すれば、彼らは一体どう思うか。 エリンの様子を見て、ラーシュは困ったような笑みを浮かべた。「ええ、他人に心を覗かれるなんて、嫌ですよね。僕もできるだけ、能力に関連する部分だけ
last updateLast Updated : 2025-08-28
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17:壁の手前

 次の雨粒は表面を滑るように落ちて、エリンの中に染み込んでいった。 エリンの心がゆるゆると揺れる。少し昔の思い出が蘇る。 教会の子どもたちがもっと小さかった頃。寂しがって泣く彼らに寄り添って、一晩中背を抱いていたこと。 おかげで風邪を引いてしまって、司祭に叱られたこと。もっと自分を大事にしろと。 料理を初めて間もない頃、慣れないナイフで指を切ってしまったこと。痛くて血がたくさん出て、泣きそうになった。 司祭が手当をしてくれて、包帯を巻いて。 次の日になると、傷はもう消えていた。痛みが消えたのが嬉しくて、司祭に指を見せたら……心の声で化け物と言われたこと。 以降、怪我をして治ってしまっても、その上からまた同じような傷をつけて誤魔化していた。『超回復……』 ラーシュの声が呟いている。そういう能力が存在するようだ。 心の波紋はさらに深まっていく。 記憶の中のエリンは、だんだんと幼く小さくなっていった。 そして、あの夜。 小さな幼児のエリンが、白い闇の中に座っている。膝を抱えて座っている。 辺りには雪が舞っている。 ふと、そばに誰かがいると感じる。 目を上げればきっと、その人が見える。 エリンはそっと視線を上げようとして――    ぱりん、と小さな音がした。 薄い氷が割れるような、高くて澄んだ音だった。『何……!?』 ラーシュの焦った声がする。すぐに彼の声が遠ざかる。まるで引き剥がされるように、急速に。 エリンは周囲を見渡した。辺りは真っ白で、何もない。誰もいない。ラーシュも、先ほどすぐ近くに感じた『誰か』もだ。 雪山に戻ってきたのかと思ったが、違った。 手を伸ばしてみると、見えない壁にぶつかった。冷たくて固くて、とても壊れそうにない壁。 壁に片手をつけたまま、エリンはしばらく歩
last updateLast Updated : 2025-08-29
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18:壁の手前2

 シグルドたちは黙って聞いている。恐らくエリンが戻ってくる間にラーシュが話していたのだろう。 能力に関する部分は共有すると決めてあったので、エリンもその点に不満はない。ただ、彼らがどんな反応を見せるか不安だった。(この人たちにまで化け物扱いされて、追い出されたらどうしよう) エリンの押し殺したような目に気づいたのかどうか、シグルドが言う。「すごいな。現在確認されている主系統のほとんどを網羅しているじゃないか。エリンは神の落し子かもしれん」 ベルタとセティも口々に言った。「確かに。天才のレベルを超えているわ。エリン、あなた、人間じゃなくて神々の一員や、ヴァルキリー様だったんじゃない?」「ねえねえ、透視は? エリン、透視できる? 俺と一緒の能力」 彼らの態度に悪意や嫌悪は感じられない。エリンは意外で、目を瞬かせた。「そうなると、可能な限り早く本部に行くべきですね。正直、僕らの手に余る事態です」 ラーシュが言った。彼だけはどこか慎重に、エリンから距離を開けている。 彼の微妙な態度に気づいたのかどうか、シグルドが答えた。「そうだなぁ。ただ、この雪だ。今すぐ一直線に本部を目指すより、春の雪解けを待った方がいいんじゃないか? 吹雪や雪崩に巻き込まれたら遭難してしまうだろう」「そうだ、そうだ。あのスノーシュー、めちゃくちゃ歩きにくいもん。ベルタ姉の瞬間移動も使いすぎはできないし、今まで通り春を待とうよ。で、その間にエリンは訓練をして、俺と友だちになるの!」 セティが調子の良いことを言って、ベルタに頭をはたかれた。「セティの言い分はともかく、雪の季節に無理な移動を避けるのは、私も賛成ね。冬は白獣の動きが活発になる。被害を放置して行けないわ」「……シグとベルタがそう言うのでしたら」 ラーシュが肩をすくめて賛同し、方針が決まった。「あの」 さっさと決まってしまった話の横で、エリンは戸惑っていた。 声を上げると注目が集まって、怯んでしまう。
last updateLast Updated : 2025-08-30
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19:夜毎の訓練

 一行はそれからも冬山の旅を続けた。 エリンの能力開発はあまりはかどらなかったが、多少のヒントは得られた。 エリンが意識的、無意識問わず、何かを望むと能力が発動しやすい。 無意識上ではごく簡単な望みを叶えるようなもの、例えば火を起こしたり高い場所の木の実を落としたり。 傷の治りが異常に早い超回復も、このカテゴリに入るだろう。 この無意識上の能力発現は、エリンが抑圧をやめたので割合にうまくいくようになった。 反対に意識して能力を使うのは、まだ上手にできなかった。 光壁の能力が発現した時は、全て命の危機と直結していた。そのくらいの差し迫ったものがなければ、今はまだ成功出来ないようだった。「エリンさんの能力の主軸は、やはり『壁』にあると思うのです」 雪道を歩き、考えながらラーシュが言う。彼はあれからも何度かエリンの心に触れていたが、壁の拒絶は徐々に強くなってしまった。今ではもう心の表面に少し触れる程度しかできなくなっている。「壁、守り、拒絶。エリンさんの心の中の壁は、内側にあるものを守って、外側から来たものを拒んでいるように見えました」「拒絶しているつもりは、ないんですが……」 エリンが困り顔で言う。ラーシュの精神感応<テレパシー>を受け入れてもっと深い場所へと潜りたいと思っているのに、壁が邪魔をする。 一番深く潜れたのは最初の一回で、あれ以降は幼い記憶に到達する前に弾かれてしまっている。 シグルドがうなずいた。「エリンの能力は、特徴的な壁を含めて全てが未熟。まずは一つずつ、自分の意志で使えるようにしていこう。 そして、そうだな。多彩な能力があるのならば、俺たちが似た分野の教師役を努めようか。俺ならば念動力<サイコキネシス>、ベルタは瞬間移動<テレポーテーション>、ラーシュは精神感応<テレパシー>」「そんでもって、俺は透視<クレアボヤンス>!」 セティが雪の上で飛び跳ねた。スノーシューの扱いも慣れてきたようで、もう転んだりはしない。「透視、楽しいよ。プライベートは気をつけなき
last updateLast Updated : 2025-08-31
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20:夜毎の訓練2

「森にあるものは、実に色んなものが人の暮らしの役に立っているのね」 ベルタのつぶやきに、エリンもうなずいた。「山があって、森があって、動物がいて。そして人がいる。不思議ですね、世界は……」 エリンの世界は今まで、あの小さな村で完結していた。それが旅立って数日、たった少しの距離を進んだだけで大きな広がりを見せている。 エリンはそれをとても不思議に感じた。今までの自分は、村という壁の中に閉じこもっていたのだろうか、と。「壁……」 エリンの心の中にある、不思議な壁。 その中には何が入っているのだろう。何が守られているのだろう。 ……誰が、閉じこもっているのだろう。   夕方以降にキャンプを設営して、夕食を取る。 エリンの訓練の時間は、そこから眠るまでの間と決まった。 彼女の能力は多岐に渡るので、エインヘリヤルたちが各々の得意分野を担当、指導することとなった。「じゃあまずは、俺から」 テント前、雪を固めたテラスの上でシグルドが言う。エリンは彼に相対する形で立って、「よろしくお願いします」と言った。「念動力<サイコキネシス>は、最もオーソドックスな能力だよ。念動力系統の能力者は人数が多い上、副系統も存在する。液体のみの操作を行う者や、発火能力<パイロキネシス>も念動力の一種と言われている」「なるほど」「エリンの話だと、落とした食器が手に戻ったり、高いところの木の実が落ちてきたのだったか。それから薪に火が付いたと。 ……それじゃあ、食器からやってみよう。ちなみに手に戻ってきた食器はどんなもの?」「金属のスプーンでした」「了解。それなら同じようなもので、と。 エリン、スプーンと自分の間に繋がりをイメージするんだ。糸でもいいし、見えざる力でもいい。目には見えない分身の手でもいいね。そういった力でスプーンを支えてごらん
last updateLast Updated : 2025-09-01
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