Home / SF / 終わりの大地のエリン / Chapter 51 - Chapter 60

All Chapters of 終わりの大地のエリン: Chapter 51 - Chapter 60

85 Chapters

51:ロキ

 誰もが息を呑んで言葉を発せなかった。 薄暗い冬の森の中に、空白のような沈黙が長く続く。 ようやく口を開いたのは、エリンだった。「バナジスライト? シグルドさんは人間です。白獣じゃありません。それに『収穫』とは、何のことですか……?」「なんだ? 気づいていなかったのか」 ロキは意外そうに言った。「逆に聞くが、どうしてバナジスライトが獣だけのものだと思った? 獣だろうが人だろうが、ユミル・ウィルスに感染すれば、一定の確率で能力に目覚める。そうなれば脳にバナジスライトが蓄積される。人間はただ、獣よりも病の進行がゆっくりで、能力が強く育つだけ。 収穫も文字どおりだよ。頭蓋を割って脳からバナジスライトを取り出す。エインヘリヤルが白獣に対して行っているのと同じ行為だ」「そ、そんな……。じゃあ、アースガルドの召し上げは、つまり……」 ベルタがよろけて、ラーシュに支えられた。セティも顔色を蒼白にしている。 ロキは首をかしげて、それから合点がいったとばかりにうなずいた。「お前たちエインヘリヤルには、思考統制プログラムがかなり強く入っているな。『神の言葉』に疑問を抱かないように、たとえ余計なものを見聞きしても信じないように。オーディンめ、この星の人間を全く信用していないと見える。全く彼女は、いつまでも変わらない」「オーディン……は、何故、あの宝石を集めているんですか」 エリンは前に出て尋ねた。かねてからの疑問である。「バナジスライトは、生命エネルギーの結晶だ。ユミル・ウィルスを介して大気中のエーテルを吸収し、体内に蓄積する。あれは光を閉じ込める、天然のフォトニック結晶体でもある。 そこの透視能力者<クレアボヤンサー>が持っている程度の質では、補助的に使うのがせいぜいだが」 セティがぎくりと荷物を押さえた。白獣のバナジスライトがいくつも入っている小箱が、そこにある。 ロキは続ける。「人間の能力者であれば、第二段
last updateLast Updated : 2025-10-03
Read more

52:奪還作戦

 エリンはセティの手をぎゅっと握り返した。 彼女は考える。セティの気持ちはとても嬉しい。シグルドを見捨てるつもりはないのは、エリンも同じだ。 けれどここで二人だけでミッドガルドへ、その先のアースガルドへ向かったところで、シグルドを取り戻せる可能性は低い。「ロキさん。あなたも力を貸して下さい」 だからエリンは言った。目の前の仮面の人物は、とても強い力を持っている。恐らくは現時点のエリンより強い。 それに彼はアースガルドの事情に通じているようだ。であれば、侵入の方策も目処がついているのではないか。「私はシグルドさんに、何度も助けてもらった。恩人です。魔剣の責任もある。だから何としてでも、助けに行きます。でも私たちだけでは、勝ち目は薄い。あなたなら、何か手があるのでは?」「……私にとって大切なのは、エリンだけだ。他の能力者がどうなろうと、本音を言えば知ったことではない」「ですから、私は諦めません。それとも今度は、無理やりムスペルヘイムへ連れて行く? 北の村に置き去りにしたみたいに、私の意志を無視して。 やってみるといいよ。私、あの時みたいな無力な子どもじゃないから。全力で戦って、勝ってやるんだから!」 エリンは射抜くような力を込めて、ロキを見つめる。 ロキは仮面の下から彼女を見返して、やがて息を吐いた。「エリン……。お前は、本当に彼女にそっくりだな。頑固で、言い出したら聞きやしない。誰が教えたわけでもないのに、そんなところまで似るなど、因果を感じるよ。 ……分かった。手を打ってみよう。ただし私も万能ではない。この状況からシグルドを取り戻すのは、かなりの困難を伴うと覚悟しておいてくれ」「……! ええ、分かっています」 エリンが一瞬だけ表情を明るくして、すぐにまた口元を引き結んだ。 ロキが続ける。「そこの瞬間移動能力者と精神感応者は、覚悟が決まりきらないようだな。かなり強固な思考統制を受けているから、やむを得ないだろう」
last updateLast Updated : 2025-10-04
Read more

53:奪還作戦2

 疾駆するフレキの白い背にしがみついて、エリンは汽車を見る。 もくもくと黒煙を吐き出す鉄の機関車は、一定の速度で走っていく。時折、ピーッと甲高い笛の音が鳴り響いた。 フレキも負けてはおらず、ぴったりと並走を続けていた。彼の走り方は安定していて、一日中走ってもちっとも疲れていないようだった。 フレキの白獣としての能力は、牙と顎の強化だとエリンは思っていた。けれど予想を上回って、身体能力全ての大幅な向上も含まれるらしい。 ロキの作戦で、第九小隊の三人には改めて思考統制をかけ直している。ただしあくまで偽のもので、エリンが合図をすれば全て消えるのだ。 彼らは一時的にエリンのことも忘れている。ヴァルキリーから尋問を受けても、情報を渡さないためだった。「エリンには隠蔽術をかけておく。オーディンや他のアース神族相手ならともかく、ヴァルキリー程度であれば完全に欺けるだろう。 今のエリンは、ヴァルキリーから見ればただの市井の少女だ。目の前を歩いても、特に警戒はされないよ」 とは、ロキの言だった。 こうしてヴァルキリーの監視をかいくぐりながらミッドガルドに入って、アースガルドまで登る機会を待つ。 運が良ければ、囚われたシグルドと第九小隊の面々が面会する機会があるかもしれない。そうなれば居場所が分かる。 たとえそうはならずとも、彼らのミッドガルド入りは先方の呼び出しによるもの。怪しまれず侵入の足がかりになる。 ロキはアースガルド侵入の手はずを整えると言って、どこかに行ってしまった。準備ができたら知らせに来ると言い残して。 彼にはもっと聞きたいことがあったのに、エリンは残念に思う。「でも、いいんだ。今はシグルドさんを取り戻すのに全力をかけて、落ち着いたら話を聞くよ。 ロキさんはお父さんではないみたいだけど、私の両親はどこにいるんだろうね」「ワフン」 エリンがフレキに話しかけると、白狼は返事をした。彼の気遣いを感じて、エリンは毛皮をわしゃわしゃと撫でる。 フレキが走る森は、もう春の気配が満ち始めている。 鉄道を走る汽車の汽笛が鳴る
last updateLast Updated : 2025-10-05
Read more

54:急転

「あそこだね」 エリンは建物の一つを見て呟いた。 小さな広場に面した角地の建物で、六階建て。一階は工房になっている。カーン、カーン、キンキン、と金属を叩く音が響いている。 通りすがりのふりをして工房を覗いてみると、もじゃもじゃヒゲの初老の男性と、他に何人か青年や中年の男性たちが作業をしていた。たぶん、ヒゲの人がセティのおじいさんだろうとエリンは思った。 先にエインヘリヤル本部へ行ったセティが、いつ帰ってくるかは分からない。 エリンはこっそり、おじいさんに精神感応<テレパシー>のマーキングをした。セティが帰ってくれば、おじいさんの心が動く。それで察知できる。「あとは、どうしようかしら」 人酔いで疲れてしまったし、後々シグルドを取り戻す作戦が控えている。ミッドガルド観光だと浮かれる気分には程遠い。 ただ、今後の作戦に備えて土地勘を養っておくのはいいかもしれない。 エリンは工房を離れて、散歩をしてみることにした。   夕暮れ時、薄暗くなるまでエリンが街歩きをしていても、マーキングに反応はなかった。「困ったなあ」 思わずエリンは呟いた。 手元にお金はある。ベルタとロキが当面の資金を分けてくれたのだ。 だから宿に泊まろうと思えばできるのだが、なんだか嫌な予感がした。 カア、カァと頭上をカラスが飛んでいく。真っ赤な夕焼けに真っ黒なカラスは、どこか不気味な組み合わせだった。 エリンは宿を探そうと思って、表通りまで行ってみた。 すると人通りが多いのは変わらないのだが、群衆が何箇所かに集まっている。 彼らの中心に大声を張り上げる人がいる。黒い制服を着ているので、何かの役人のようだ。 明かりが灯され始めたガス燈の光が、制服を鈍く光らせていた。 エリンは人混みをかきわけて、できるだけ前に行った。「市民諸君、静粛に! 静粛に聞くんだ! 大事件が起きた。主神オーディンの戦士、エインヘリヤルに裏切り者が出たのだ。 その名は第九小隊元隊長、シグ
last updateLast Updated : 2025-10-06
Read more

55:急転2

(これからどうしよう。一度街を出て、森でフレキと合流しようか) エリンがそう考えた時。「やあ、お嬢ちゃん」 後ろから肩を掴まれた。エリンはぎくりと身を強張らせる。 首をひねって振り向くと、金の髪と無精髭の中年男性がこちらを見ていた。どこかで見覚えのある面差しの人だった。「<砂漠の砂は、とても熱い>」 彼が言った。唐突な言葉にエリンは目をぱちくりとさせて、すぐに気づいた。 ロキに教えられた通りの言葉を返す。「<砂トカゲだって、足の裏が焼けてしまう>」「おう。合言葉、ちゃんと言えたな」 男性がにぃっと笑った。「最悪の事態になっちまったな。仮面の旦那から事情は聞いてるよ。俺らのアジトまで来てくれ」 そうして彼らは、喧騒に包まれた人々の間を縫って進んでいった。    エリンと無精髭の男は、下町の入り組んだ路地を進んでいく。 道中、彼は自らをゼファーと名乗った。 やがて裏路地の汚れた扉の前で立ち止まると、ゼファーがノックをした。コンコンコンと三回、次にコンッと軽く一回、最後にコンコンと二回。 ややあって、ガコンと錠が動く音、軋んだ音とともに扉が開いた。中からは、痩せて目が落ちくぼんだ男が覗いている。「戻ったぜ」「……ああ。早く入れ」 エリンとゼファーが中に入ると、扉が鈍い音を立てて閉められた。 辺りは薄暗く、錆と油の匂いが満ちている。 痩男の先導で、暗い廊下を進んで階段を降りた。エリンが段数を数えてみたら、五十二段あった。 さらにその先の通路を進むと、また扉がある。 扉が開けられた。 静まり返っていた廊下に、急に活気ある人々の喧騒が流れてくる。 扉の先は大きな部屋だった。壁際は巨大な機械類で覆われており、床も半ばが何かの装置で埋め尽くされている。 前面の壁には巨大なモニタ。各個人の前にも小さな端末
last updateLast Updated : 2025-10-07
Read more

56:地下基地

 その場ですぐに作戦会議が始まった。「救出作戦として、案はいくつかある」 スルトが言う。「一つ。処刑場に奴らが引き出されたタイミングで乱入。ただし、処刑場は相当に警備が厚くされている。また、俺らが遠慮なく暴れれば当然、一般市民を巻き込む。まぁミッドガルドのクソ野郎どもを心配したって仕方がないが、一応な」 彼は肩をすくめて続けた。「二つ。ベルタらが今の位置にいるうちに急襲をかける。これは、ユグドラシルの根は構造不明部分が多いのが痛い」 ロキがうなずいた。「あそこは頻繁に増改築されているエリアだ。私が前に把握した部分は、もう変わってしまっているだろう」「三つ。ベルタやシグルドが処刑場まで移動する間を狙う。処刑場は分厚く対術式が敷かれているせいで、ヴァルキリーども自身さえ瞬間移動<テレポーテーション>に制限が入っている。つまり転送<アスポート>ではない移送が必要だ。その移動を狙うわけだな」「なるほど……」 エリンは考え込んだ。正直、どの案も成功率は高くないように見える。 もちろん、ロキとスルトは陽動や他の作戦を組み合わせるつもりだろう。それでもどこまでやれるだろうか。「ロキさん」 考えながらエリンは言った。「私の存在は、アースガルド側にどのくらい把握されていると思いますか?」 街頭で聞いた広報官の言葉では、『第九小隊に悪魔が一人同行していた』とのことだった。年齢や人相などの外見特徴は一切触れられていない。やや不自然である。「セティたち三人からは、エリンの情報は漏れていないはずだ。知られたとしたらシグルドからだが、前にも言った通り、お前には常に偽装術がかかっていた。これは、お前を目の前にした相手の認識をくらますだけでなく、お前を知る者から情報を引き出す際にも適用される。 ゆえに多少特異な能力を持つ、人間の少女……といった程度の認知である可能性が高い」 ロキの言葉にスルトも続けた。「で、ロキの旦那が関わっている以上、危険人物
last updateLast Updated : 2025-10-08
Read more

57:私が私であるために

 エリンはさらに続けた。「その隙に、私はセティたちを取り戻します。その場合、アースガルドは私たちを追撃するでしょうか?」 腕を組んだままでロキが答える。「微妙な線だな。奴らにとって一番重要なのが私の確保で、次がシグルドのバナジスライトの収穫だろう。第二段階の能力者に過ぎない他のメンバーと、正体が割れていないエリンにはさして興味を示さない可能性が高い」「では私の正体とやらを、思いっきり派手に見せつけたら?」「…………」 ロキは押し黙った。 正直に言えば、『正体』は未だエリン自身にもよく分かっていない。ロキと同類であるらしいが、アース神族の一員なのだろうか。 自分が神様だなんて、エリンには全く実感できない話である。 けれどエリンの正体が重要な意味を持つならば、見せつけてやればいいのだ。 そうすればアースガルド側は混乱する。元来の第一目標であるロキとエリンを天秤にかけて、判断に迷うだろう。その混乱にこそ勝機が生まれる。 ところが。「それは……それだけは、やめてくれ……」 ロキが呻くように言った。いつもは不遜な態度なのに、いっそ弱々しいほどの声だった。 ムスペルヘイムの人たちが戸惑っている。 エリンは驚いて、次いで確信した。この方法は有効打になり得ると。「私にかかっている隠蔽術とやらを解除して下さい」「断る。お前がそこまで危険に身を晒す必要はない」「危険なら、もう既に降りかかっています。そして、その危険を切り抜けるために頼んでいるんです!」 エリンがきっぱり言うと、ロキは仮面の視線をそらした。「……どうしてお前は、そこまでして第九小隊の奴らを助けようとするんだ」「どうしてって」 エリンはまばたきした。「あの人たちは、私に優しくしてくれました。北の村でずっと心を押し殺していた私に、力の使い方
last updateLast Updated : 2025-10-09
Read more

58:私が私であるために2

「私がどんな思いでエリンを手放したか、何も知らぬくせに。私はこの子に、一個の命を全うして欲しいだけだ。たったそれだけの望みなのに、何故邪魔をする……!」「ロキさん」 エリンが言う。対照的に静かな声で。「私が私として生きるために、必要なんです。あなたが私の親代わりだとしても、私はもう小さい子供じゃない。 あなたが術を解いてくれないなら、自分で何とかします。たぶん、できると思う。だってずっと、この術は私を守っていてくれたから。ずっと私と一緒にあったから……」 事実だった。村を出てから、否、孤児として暮らしている時から、常にペンダントの内側に発動していた力。熊の白獣以降顕著になったが、その前からエリンには壁があり、殻があった。旅を始めてすぐの夜、ラーシュと視た心の光景そのままに。 だから今、力をつけたエリンには分かる。この術をよく観察して、理解したから。 ロキはエリンの言葉を聞いて、立ち尽くした。 エリンの今の力を鑑みて、解除は可能と察したのだ。 彼が拒んでも、エリンは実行するだろう。そして飛び立って行ってしまう。ロキの手の届かない場所まで。「……分かった……。せめて私の手で解除させてくれ。今すぐではない。作戦決行と同時に、だ――」 絞り出すような声で、彼はようやくそれだけを言った。 エリンはまっすぐにロキを見た。仮面の下の素顔を見据えるように。「ありがとう。私、精一杯やります」 エリンの微笑みは、緊迫した状況に不釣り合いなもの。 それでも確かに、彼女の本心だった。    一夜が明ける。 ミッドガルドの東部分に朝日が差した。巨大塔ユグドラシルが中央に存在するために、西エリアは午前中はすっぽりと影に覆われる。 処刑場となる中央第二広場は、ちょうどユグドラシルのすぐ西にあった。 最も影の濃い部分。 朝日が届か
last updateLast Updated : 2025-10-10
Read more

59:影の広場

 セティたち三人は、ヴァルキリーに付き従うように歩いてくる。覚束ない足取りだ。 反抗する様子はなく、ただふらふらとしている。明らかに異様な状態だった。 エリンはペンダントを握る。ヴァルキリーに察知されないよう、そっと走査<スキャン>を走らせた。「……強すぎるくらいに思考統制がかけられています。今は意識がほとんどないみたい」「ふん。相変わらずえげつないことしやがる」 スルトが吐き捨てて、シンモラは首を振った。「心配ですね。後遺症が残らないといいですが」「――後遺症」 エリンは呟いた。そういう可能性もあるのだ。 アースガルドは、セティたちを殺そうとしている。であれば何の遠慮もなく、尋問や拷問を行ったのだろう。(私のせいだ……) エリンは歯を食いしばった。必ず、彼らを助け出さねばならない。「殺せ、殺せ!」「悪魔の手先を殺せ!」 周囲の人々は変わらず、殺意と憎悪を隠そうともしない。それどころか自分たちこそが正しいと疑っていない様子だ。 巨大なユグドラシルの影に沈みながら、暗い熱狂が広場を支配し続けている。 セティたちは幽霊のような足取りのまま進んで、広場の中央に立った。 人間の兵士が三本の杭を持ってきた。杭を地面に固定して、セティらを後ろ手に縛り付ける。 別の兵士たちが銃を持って来た。 セティたちから少し距離を取り、群衆のいない東方向へ銃口を向けて構える。「これより、罪人どもの処刑を執行する。罪状は主神オーディンへの裏切り。こやつらは栄誉あるエインヘリヤルの一員でありながら、ムスペルヘイムの悪魔と通じ、このミッドガルドに悪を持ち込んだ。決して許されない行為である」 ヴァルキリーの一人が地上に降り立ち、朗々と言った。叫んでいるわけではないのに、気味が悪いほどによく通る声だった。 群衆がいっせいに賛同の声を返す。「罪人はこの三人だけではない。小隊長のシグルドは、ムスペルヘイムだけでは
last updateLast Updated : 2025-10-11
Read more

60:影の広場2

「セティ! ベルタさん、ラーシュさん!」 エリンは倒れ伏した三人の名を呼ぶが、反応はない。 目隠しを素早く取り外しても、視線が定まっていない。虚ろに空を眺めているばかり。 と。 エリンの背後で無機質な殺気が膨れ上がった。 ヴァルキリーの手に槍のような一条の光が生まれている。戦乙女はそれをエリンめがけて放った。『防御術式、障壁。タイプ・反射<リフレクション>』 鋭い光はエリンを守る壁にぶつかると、角度を変えて虚空へと消えていった。 だが、他のヴァルキリーらが次々と光槍を投擲してくる。 見た目ばかりは美しく輝く光の槍が、凶悪な威力で降り注いでくる。 エリンとフレキは防ぎ、回避しながら、セティたちを守った。 フレキは跳躍して戦乙女に噛みつき、地面へと引き落とす。その牙に爪に白銀のオーラが宿って、強靭なはずのヴァルキリーをあっさりと噛み殺した。 空中に舞い上がったヴァルキリーの一人が、やはり光槍を投擲しようとして、地面から噴き上がった炎に巻かれて落ちた。「さっさとずらかるぞ! モタモタするな!」 掌から黒煙を上げながら、スルトが叫んでいる。炎は彼の能力のようだ。ムスペルヘイムの長を名乗るだけあって、並の発火能力者<パイロキネシスト>の比ではない業火を操っている。 ヴァルキリーたちが広場を取り囲むようにして、再度、妨害術式を強化している。 こうなればいかにエリンといえど、全員を転送<アスポート>するのは難しい。 しかし。 今度はユグドラシルから爆音が上がった。巨大な人造塔の中程、外壁が破れている。 その破れ目からヴァルキリーが数人、翼を力なく広げたまま、動かないまま墜落していった。 ロキの仕業だろう。 ヴァルキリーたちは一斉にそちらを見る。 隙が、生まれた。『時空歪曲橋<ワームホール>構築。マーキング対象を格納の上、目標座標へ転送<アスポート>!』 エリンを中心に虹色の空間が広がった。先程フレキを呼び寄せたものによく似た、それよりも何倍もの規模を持
last updateLast Updated : 2025-10-12
Read more
PREV
1
...
456789
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status