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All Chapters of 終わりの大地のエリン: Chapter 31 - Chapter 40

54 Chapters

31:目覚め

 その熊は、遠い山からやって来た。 熊は縄張り意識が強い生き物だ。子育て中のメス以外は常に一匹で行動をして、広い縄張りに他の熊が入ってきたら追い払う。 その熊は大人になって以来、ずっと放浪を続けてきた。彼はあまり強くなく、他の熊と争えば負けてばかり。あちこちの土地を追い出され、それでも居場所を見つけられなくて、長いこと移動をしていたのだ。 ある時その熊は、人間の家畜の羊を襲って食べた。 家畜は綱で繋がれていたり、柵で囲われていたりする。野生の鹿などに比べれば、勘は鈍くて動きも遅い。その割に肉はボリュームがあり、熊の他の食べ物――ドングリや山ブドウや、木の芽、山菜類、それからアリやハチなどの昆虫類――よりもお腹がいっぱいになる。 だから家畜は、弱い熊にとっていい獲物だった。 何度か家畜を襲っていたら、人間は罠を仕掛けて熊を捕らえようとした。熊はそれなりに痛い目を見たものの、捕まりはしなかった。 それどころか罠の様子を見に来た人間を襲って、食べた。 人間は家畜よりもっと弱くて動きが鈍い。それなのに体が大きくて、食べごたえがあった。 ただ、罠で痛い目を見た熊は慎重になっていた。 家畜のように人間を襲い続けたら、もっと手ひどい反撃を受けるかもしれない。命まで取られてしまうかもしれない。 そうなる前に、移動しよう。誰も熊を知らない場所へ。 そうして熊は移動を続けた。熊は元々、長距離を歩く生き物だ。 その熊も何十マイル、何百マイルもの距離を歩いて、新天地を求め続けた。 移動の間は主に家畜を襲って食べた。手っ取り早くお腹がいっぱいになるので、味をしめたのだ。 そしていつしか、ずいぶん北までやって来た。冬は雪がたくさん積もる寒い場所だった。 この頃から熊は身体に異変を感じていた。妙に気が立って落ち着かない。頭の奥が痛い。朝日やちょっとした光がまぶしくてたまらない。 熊は冬眠をしたかったのに、できなかった。 何年も肉ばかり食べていた熊は最早、他の食べ物を受け付けなくなっていた。せっかく目の前にドングリや山菜がたくさんあっても、腹に入れると吐き戻し
last updateLast Updated : 2025-09-11
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32:黒い魔剣

 熊の黒いモヤに触れて、エリンは気づいた。 ――能力が増している。 妨害能力波<ジャミング>はより複雑さを増して、強度そのものも上がっていた。 エリンは胸元のペンダントを握り締めた。 最初の猪の白獣の時は、無我夢中だった。子どもたちを守りたい、その気持だけで壁を作り出した。 けれど今のエリンは、能力者として最初の一歩を既に踏み出した。 だからペンダントの――エリンの身体に宿る記憶と技術の使い方を、僅かながらも理解している。『妨害能力波に接触。システム・ミーミルに偽装接続の上、解析を開始します』 エリンの頭の中に声が響いた。彼女自身の声、彼女自身の力だった。 ペンダントが熱を帯びる。目で見なくとも、色が真紅へと変化しているのが分かる。『昨日の妨害能力波のデータと併せ、妨害チャンネルを推定。 推定チャンネル候補、þurs、kaun、およびbjarkan』 エリンの脳裏にそれぞれの文字が浮かび上がるように閃いた。『試行。þurs、kaun確定。強度二十。bjarkan、再試行。確定。強度十』『妨害チャンネル外、試行。チャンネルnauð 、貫通を確認』 おびただしい数の文字が列となって、エリンの脳を、全身を流れていく。 右目の奥が熱い。知識と技術の奔流は、右目から来ているような錯覚すら覚える。『チャンネルnauðを選択、実行』「……シグルドさん」 肉体の細胞一つ一つに力を巡らせながら、エリンは言った。「私が導きます。貴方の力で、あの子の苦しみを終わらせてあげて」「エリン……?」 戸惑うシグルドに構わず、エリンは彼の手を取った。『チャンネルnauð実行。システム・ミーミルのライブラリより神話「ファフニール」をダウンロードします。黒の魔竜と地底の黄金。星の光の墓場……適性確認…&hell
last updateLast Updated : 2025-09-12
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33:バナジスライト

 雪上に転がった熊の首に、シグルドが歩み寄った。雪に膝をつけ、見開いたままだった熊の瞳を閉じてやる。その動作は丁寧で、奪った命への敬意が感じられた。 それから彼は立ち上がって、セティを見た。「セティ、頼む」「うん」 セティがやって来て透視を始める。 何をしているのか分からず、エリンは戸惑った。「ここだ。ここから真っ直ぐ下、十三インチ」 セティが熊の頭を指差した。 シグルドが指示通りの場所に刃を入れる。刃はもう魔剣ではなく、彼本来の念動力<サイコキネシス>に戻っていた。 熊の頭蓋が割れて、脳があらわになる。まだ湯気を立てる脳の中に、赤く光る物があった。「白獣になったばかりとしては、かなりの大きさだ」 シグルドが取り出したのは、赤い結晶石。それは、白獣の精神波とそっくりな色をしていた。赤の波動を、空間を満たす結晶体をそのまま固めたような、赤い宝石。 形は方形。奇妙に人工的な雰囲気の正方形である。「バナジスライト。白獣の脳に必ず入っている宝石だよ」 セティが言った。 その結晶体は指先に乗る程度の小さなもの。熊の巨体と不釣り合いな小さな石だった。「小さく見えるでしょ。でも、これでも大きい方なんだ。この前の猪の白獣は、もう少し大きかったよ。あれは俺が今まで見た中でも、最大級に近かった」 セティはシグルドからバナジスライトを受け取って、荷物から取り出した小箱に入れた。「これを集めて、ヴァルキリー様に献上するんだ。白獣を狩るのと、バナジスライトを回収するのとが、俺たちエインヘリヤルの重要な任務なんだよ」 小さい仕切りがいくつも作られた小箱の中には、複数個の赤い宝石が納められていた。砂粒ほどに小さいものから、熊のものより一回り大きいものまで。仕切りの中で一つずつ、寂しく並んで、かすかな波を放っていた。 宝石は雪明かりを受けて、きらきらと輝く。幾通りも変わる複雑な屈折率の果てに、光すら逃さず閉じ込めて。「バナジスライトは、存在そのものを含めて秘匿事項だ。白獣を
last updateLast Updated : 2025-09-13
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34:バナジスライト2

 春の雪解けを迎えれば、地中の虫と微生物たちが目を覚ます。彼らは熊の死骸を食べて、新しい季節の糧とするだろう。 そうして熊は、本当の意味で大地に還るだろう。 それは、本来の自然のあり方。命の循環である。 あの熊は今度こそ正しい道に立ち戻って、いつか新しい命として生まれ変わるのかもしれない。その時は病になどかからず、幸せに命を全うして欲しいとエリンは願った。 けれどもエリンは思う。 病の象徴である、あの赤い結晶体。光を乱反射して閉じ込める宝石。 あんなものを何に使うのだろう。 病の研究のため? けれどラーシュは、治療法は存在しないと言い切っていた。 もしも神々が、大いなる力をもって病の克服を望むのであれば、神の下僕であるエインヘリヤルがあんな言い方はしないだろう。 だが、何か利用価値があるから集めているはず。それは何だろう……?「帰ろう。狩人の遺体を埋葬してやらねば」 シグルドが言って、彼らは歩き始めた。 雪の勢いが強くなりつつあった。 最後にもう一度、エリンは振り返る。 戦闘の跡も、熊の血の色も、首と胴とに分かたれた巨体も、全ては雪の下。 全てを覆い隠して、雪は降り続ける。  +++  どこか遠い場所で、一人の人物が窓の外を眺めていた。 空の色は紫。どこまでも澄んだ色。成層圏であるゆえに塵芥も水蒸気も少なく、空はこのような色になる。 眼下には雲海。たなびく雲が集まって形を作っている。その切れ目からは、はるか地上の街が見えた。 あまりに遠いために玩具めいて見える、人間たちの街。ミッドガルド。「魔剣グラム、か。地底の黒竜ファフニールを殺した剣。また懐かしい道具を使ったものだ」 その人物は軽く首をかしげた。身の丈ほどもある銀の髪が揺れて、さざなみのような波紋を描いた。「しかしまさか第三世代、適性者が存在していたとは。ロキ
last updateLast Updated : 2025-09-13
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35:キャラクター紹介、用語解説

【用語】・エインヘリヤル主神オーディンの勅命で編成された、神の戦士。能力者で構成された異能戦士団。主な任務は白獣狩りとバナジスライトの回収。民草の安全を守るとの名目の下で行われている。三人~五人程度の小隊で編成され、現在は第十三小隊まで存在する。新しく能力に目覚めた者が発見されると、ミッドガルドにある本部に氏名と能力を登録した上で活動を始める。エインヘリヤルは能力が熟練の域に達すると(具体的には能力に目覚めてから五~十年程度で)、ヴァルキリーが迎えに来てアースガルドに召し抱えられる。彼らはアースガルドで神々の末席として研鑽を続ける栄誉に浴すると言われているが、その後の音信は不通になるため真偽の程は不明。・ミッドガルド大陸の中央にある大都市。街の中心には巨大塔「ユグドラシル」がそびえ立っている。エインヘリヤルの本部やその他の機能を取り揃える、まさに世界の中心。・アースガルドユグドラシルの高層にある、神々が住まうとされている場所。神々は基本的に人間の前に姿を表さない。神と人とをつなぐのは、ヴァルキリーと呼ばれる半神の有翼女性である。・オーディン主神と呼ばれる神々の王。遥か古代に地上に降り立ち、ミッドガルドにユグドラシルを作ったとされている。・ヴァルキリー半神有翼の戦乙女。神々と人間の間を行き来してメッセンジャーとしての役割を果たしている。全員が美しい金髪に、目元を覆う仮面をしている。・白獣野生の獣が能力を得て凶暴化したもの。本来は肉食ではない種類の動物でも、白獣化すると見境なく人間を襲う。白獣化すると文字通り毛皮が白くなり、同時に瞳が赤くなる。彼らの脳にはバナジスライトという結晶体が含まれている。まぶしさと苦しさを訴えているが、エリン以外でその声を聞くものはいなかった。・バナジスライト白獣の脳に入っている赤い宝石。方形の結晶体で、常に変化する複雑な屈折率を
last updateLast Updated : 2025-09-14
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36:行動指針

 エリンたちは拠点のある街まで戻ってきていた。 道中はほぼ徒歩で進んだが、誰もが無言がち。厄介な白獣の討伐を成功させたと思えない、重苦しい空気が漂っていた。 村から街まで戻り、常宿に腰を落ち着ける。 それからシグルドの部屋に集まって、ようやく正面からの話し合いが行われた。「旅の準備を整え次第、ミッドガルドに向かう」 シグルドが言った。 ミッドガルドは大陸の中心にある大都市だ。エインヘリヤルたちの本部が存在し、また、都市の中心にある巨大塔ユグドラシルの高層部には、ヴァルキリーと神々が住まうアースガルドがある。「エリンの能力は、俺たちの想像を遥かに超えていた。正直、どう扱っていいのか分からない。ミッドガルドの本部で、ヴァルキリー様の指示を仰ぐ以外にないだろう」「ええ、そうですね。精神感応者<テレパシスト>である僕ですら視えなかった『黒いモヤ』を感じ取り、妨害能力波<ジャミング>を瞬時に把握してみせた点。それにシグルドが振るった、あの黒い剣のようなもの」 ラーシュが続ける。ベルタとセティは黙ったままだ。「全てが埒外と言うしかありません。それでいて、エリン自身にすら能力の全貌が把握できていない」「…………」 エリンはうつむいてペンダントの石を握った。 熊を殺したあの日以来、ペンダントは薄い熱を常に帯びている。青い色に変化はなく、能力を行使する際の『声』も聞こえない。 けれどエリンは、ペンダントが何かしらの力を使い続けていると感じていた。 それが何であるのかさえ、自分では分からない。 彼女は自らの異質さを思い知った。思い知ってしまった。 生まれ育った村を飛び出すように、エインヘリヤルたちに付いてきたけれど。彼らもまた、エリンの仲間ではなかったのか。「エリン……」 セティが言いかけて、口を閉じた。何と言葉をかければいいのか、分からないのだろう。手を握ったり閉じたりしている。 そんな彼らの様子を見
last updateLast Updated : 2025-09-15
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37:行動指針2

 ミッドガルドへ旅立つ日は、五日後と決まった。 旅のための物資を調達したり、消耗しきったベルタの回復を待つのを考えるとこの程度だろうと結論が出たのである。「移動は全員で行う。道すがら白獣に出くわす可能性も低くない。エリンだけを行かせるわけにはいかない」 シグルドが言って、全員が賛成した。「そうなると、この周辺が手薄になってしまうわね」「二つ先の街は、第八小隊の管轄です。彼らに応援を頼みましょう」 ベルタとラーシュが話している。 ラーシュがシグルドに向き直って言った。「さらに進んで第八小隊の本拠地まで行けば、遠隔通信装置があります。本部へ一報を入れられます」「遠隔通信装置?」 エリンが言うと、ラーシュは視線を合わせずに答える。「端的に言うと、精神感応<テレパシー>増幅器ですよ。精神感応を増幅して一方向へ絞ることで、本来の距離を超えて連絡が取れる。アースガルドの神々の技術です」 彼はそれ以上は触れず、話題は日程に移った。「ミッドガルドは南南西の方向。基本、南下する形になる」 と、シグルド。「二つ先、第八小隊の街までは、雪で進みにくい点を考えて三週間程度か。通信装置のある街まではさらに十日」「私の能力は少しずつ回復するから、多少は短縮できると思うわ」 ベルタが言って、皆がうなずいた。「では、五日後の出発に向けて準備と休養をするように。今日はこれで解散だ」 彼らは立ち上がって、各々の行動を始めた。    五日後、準備を整えたエインヘリヤルたちは拠点の街を後にした。 町長や常宿の女将、狩猟ギルドの主だったメンバー、その他大勢の人々に見送られての出発だった。「シグルド様、皆様がいなくなった後に白獣が出たらどうしたらいいのでしょう」「第八小隊の連中と話をつけておく。すぐに応援が来るだろう」「ベルタ様、この前はうちの猫を助けてくださっ
last updateLast Updated : 2025-09-16
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38:出発

 一行は雪道を歩いていく。 山に囲まれたエリンの故郷の村や熊が出た村と違って、辺りはゆるやかな丘陵地帯だ。急な斜面よりは歩きやすいが、それでも降り積もった雪は分厚く、石畳の街道は雪の下である。 今日の天気は晴れ。冬空で輝く太陽の光が雪に反射して、まぶしいくらいだ。皆、帽子のつばを目深にしてかぶっている。ざく、ざくと雪を踏む音が辺りに響いた。「馬そりを借りられれば良かったんだが」 足を止めないままでシグルドが言った。ラーシュがうなずく。「行商人がちょうど出発した後でしたからね。街に残っている馬そりは、薪や食糧の運搬に欠かせないもの。人々の生活必需品です。取り上げるわけにはいきません」「私の能力が回復してきたら、ちょこちょこ瞬間移動<テレポーテーション>で進みましょ。上り坂とか歩きにくい場所を中心にね。白獣と出くわしたとしても、索敵と追跡がなければ私の出番はあまりないし」 ベルタも答えた。「ねえねえエリン、俺の能力からシグ兄の魔剣みたいなの出ない? 百歩譲って剣でなくていいから、なんかない?」「えーっと……」 相変わらずのセティにエリンは苦笑した。「ごめんね、分からないよ。あの時も熊の妨害能力波<ジャミング>を打ち破るのに必死で、一番いい方法を探っていたら、自然にシグルドさんの魔剣が出てきたの」「エリンがもっと自分で力をコントロールできるようになれば、誇張抜きでヴァルキリー様の域に達するかもしれんな」 と、シグルド。 ヴァルキリーは神の御使い。神格は低いがそれでも神々の一員であることに間違いはない。人間とは非常に大きな隔たりがある。 セティはうんうんとうなずいているが、ベルタとラーシュは無言である。「そういえば、皆さんはヴァルキリー様に会ったことがあるんですか?」 首を傾げながらエリンが言った。 彼女にとってヴァルキリーとは、教会のステンドグラスに描かれた有翼の女性である。聖典では主神オーディンに仕え、人間たちに神の言葉を伝える役目に就いていると学んだ。その程度のことしか知
last updateLast Updated : 2025-09-17
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39:新たな白獣

 それから一週間ほどをかけて、次の街に到着した。 街で一応の聞き込みをするが、白獣の目撃情報は特にない。 一行は街で二泊して物資を買い整えた後、再び出発した。 ベルタの能力もそれなりに回復している。一日の行程の一部を彼女の瞬間移動<テレポーテーション>で移動した。 そうしてさらに数日。 南下に従って雪かさがやや少なくなる中、山道へと差し掛かった。 時刻はまだ昼過ぎ。辺りは十分に明るい。 雪は北の土地に比べると減ってはいるが、地面が露出するほどではない。雪質は気温が高めのせいでよく締まっており、スノーシューを履かなくとも足が沈まずに済んだ。 ベルタが言った。「山は歩きにくいわね。どうする? 瞬間移動で飛ばしちゃう?」 シグルドが首を振る。「いや、慎重に踏破しよう。付近で白獣の情報はなかったが、こういう山は奴らの住処になりやすい。万が一にも討ち漏らさないよう、注意して進んでくれ」「了解しました」 ラーシュとエリンがうなずいた。「エリンさん、手分けしましょう。僕が西側を視ますので、あなたは東側をお願いします」「はい」 ラーシュはもう、エリンの指導はやめてしまった。彼女の心に触れないよう距離を取っている。 エリンは少し寂しく思いながらも、精神感応<テレパシー>を広げて白獣の精神波を探った。 一度、精神波の元となる宝石・バナジスライトを目にして以来、エリンの中に確固とした自信が生まれていた。 たとえ距離があったとしても、あの赤い色は決して見逃さない。 まぶしさと苦しさを訴える声を、聞き逃したりしない。『白獣探知能力を起動。チャンネルreiðにて探知波を出力します』 山の東側、エリンに割り当てられた場所に探知精神波<レーダー>を放つ。 精神感応<テレパシー>を直接広げて対象を探すのは、例えて言えば目を閉じて手探りをするようなもの。 探知精神波<レーダー>は照射角度を指定して、対象物に反射した際に察知する技術だ。 精
last updateLast Updated : 2025-09-18
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40:新たな白獣2

「……分かった。ただし短時間だけだ。ベルタを洞窟の入口に待機させて、少しでも危険があれば退避の上、突入する。この条件が飲めないなら、そもそも対話はなしだ」「ありがとう、シグルドさん」 ぱあっと笑顔になったエリンに対し、シグルドは渋い顔である。「シグ。そんな許可を出して、万が一のことがあったらどうするんですか」 硬い表情でラーシュが言うが、シグルドは強い瞳で彼を見た。「エリンに手出しはさせない。俺が後続で控える。 ただ、何と言っていいか分からないんだが。エリンが何を為すのか、見てみたい気持ちがある……」「…………」「気をつけて、エリン」 セティがエリンの手を握っている。 その手をひょいとベルタが取った。セティががっかりしているのを見て、ベルタは笑った。「言いたいことは色々あるけど、私も基本はシグルドに賛成。大丈夫、全力でエリンを守るわ。だからエリンは、白獣とおしゃべりするのに集中するのよ」「はいっ!」 ベルタの手を握り返して、エリンは頬を高調させた。 こうしてエリンを信じて任せてくれる仲間がいるのが、とても頼もしかった。   白獣が潜んでいる洞窟は、入り口が半ば雪に埋もれていた。積もった雪の隙間に小さく入口が開いている。 エリンは入口の手前まで来て、そっと呼びかける。「こんにちは、狼さん。驚かせてごめんね。少し私と話をして欲しいの」 肉体の声と精神感応<テレパシー>の声とで伝えた。答えはなかったが、言葉は届いたとエリンは感じる。「そっちに行っていいかな? 何も怖いことはしないから」 エリンは雪の地面にかがみ込んで、洞窟の入口を覗いた。ずっと奥の方に赤い光が見える。白獣の両目だ。 ――オマエ、誰ダ。 返事があった。猪の時よりももっと明確に会話が成立している。エリンは内心でぐ
last updateLast Updated : 2025-09-19
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