その熊は、遠い山からやって来た。 熊は縄張り意識が強い生き物だ。子育て中のメス以外は常に一匹で行動をして、広い縄張りに他の熊が入ってきたら追い払う。 その熊は大人になって以来、ずっと放浪を続けてきた。彼はあまり強くなく、他の熊と争えば負けてばかり。あちこちの土地を追い出され、それでも居場所を見つけられなくて、長いこと移動をしていたのだ。 ある時その熊は、人間の家畜の羊を襲って食べた。 家畜は綱で繋がれていたり、柵で囲われていたりする。野生の鹿などに比べれば、勘は鈍くて動きも遅い。その割に肉はボリュームがあり、熊の他の食べ物――ドングリや山ブドウや、木の芽、山菜類、それからアリやハチなどの昆虫類――よりもお腹がいっぱいになる。 だから家畜は、弱い熊にとっていい獲物だった。 何度か家畜を襲っていたら、人間は罠を仕掛けて熊を捕らえようとした。熊はそれなりに痛い目を見たものの、捕まりはしなかった。 それどころか罠の様子を見に来た人間を襲って、食べた。 人間は家畜よりもっと弱くて動きが鈍い。それなのに体が大きくて、食べごたえがあった。 ただ、罠で痛い目を見た熊は慎重になっていた。 家畜のように人間を襲い続けたら、もっと手ひどい反撃を受けるかもしれない。命まで取られてしまうかもしれない。 そうなる前に、移動しよう。誰も熊を知らない場所へ。 そうして熊は移動を続けた。熊は元々、長距離を歩く生き物だ。 その熊も何十マイル、何百マイルもの距離を歩いて、新天地を求め続けた。 移動の間は主に家畜を襲って食べた。手っ取り早くお腹がいっぱいになるので、味をしめたのだ。 そしていつしか、ずいぶん北までやって来た。冬は雪がたくさん積もる寒い場所だった。 この頃から熊は身体に異変を感じていた。妙に気が立って落ち着かない。頭の奥が痛い。朝日やちょっとした光がまぶしくてたまらない。 熊は冬眠をしたかったのに、できなかった。 何年も肉ばかり食べていた熊は最早、他の食べ物を受け付けなくなっていた。せっかく目の前にドングリや山菜がたくさんあっても、腹に入れると吐き戻し
Last Updated : 2025-09-11 Read more