古い記憶の底で、小さな子どもが泣いている。 寂しい、寂しいと泣いている。 遠ざかる背中に向かって、届かない手を伸ばして。 ――行かないで、置いていかないで。 ――わたしをひとりにしないで。 やがて背中が闇の向こうに消えてしまっても、彼女は泣き続けている。 ――ひとりぼっちは嫌だ。ひとりは寂しい。置いていかないで……。 遠い記憶は曖昧で、あの背中たちが誰なのかも分からない。 辺りには雪が降っている。舞い散る雪のかけらが、白く光る闇夜を覆い隠してしまう。 雪を踏む足音すら包み込み、消し去ってしまう。 何もかもを優しく残酷に包んで、かすかな思い出がこぼれていく。 流れた涙は凍って、肌に冷たい痕を残す。 残るのは冷え切った体と、静寂の時間だけだった。 カーテンの隙間から漏れる光が目に入って、エリンは目を覚ました。 ついさっきまで悲しい夢を見ていた気がするけれど、よく思い出せない。「まあ、いつものことかな」 そんな風に呟いて、身を起こす。 胸元で、肌身離さず身につけている青いペンダントが揺れた。エリンの瞳と同じ色をした、丸い石。 狭いベッドで一緒に眠っていたティララが、小さな体を身じろぎさせた。「エリンおねえちゃん……もう、朝? ねむいよぉ」 寝ぼけた様子に、エリンは笑いかける。「ティララはもうちょっと寝ていていいよ。私、先に用意してくるね」 ティララに毛布をかけ直してやって、エリンは床に足をつけた。石造りの床は冷え切ってひやりと冷たい。 靴をはいて立ち上がる。カーテンを少しだけ開ければ、半ば雪に埋まった窓の向こう側に、一面の雪景色が広がっていた。 まだ朝日は上っていない。先程の光は陽光ではなく、雪の反射……雪明かりだったのだ。 今は冬。 ミッドガルドの国の中でも北の辺境に位置するこの村は、冬になれば雪に閉ざされる。 全てが雪に埋もれてしまう冬が、エリンはあまり好きではなかった。 理由はよく分からない。 もちろん冬は寒いとか、雪で動きを制限されるとか、そういった理由で嫌う人は多いけれど。 エリンは澄み渡った冬の空気や、淡い色の空と太陽は嫌いではなかった。それでも冬は苦手と感じる。 茶色の髪を手早く三つ編みにして、夜着から着古したワンピースに着替える。 ワンピースは冬用の厚手のものだが、ところどころが擦り切れて
Terakhir Diperbarui : 2025-08-18 Baca selengkapnya