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All Chapters of 終わりの大地のエリン: Chapter 41 - Chapter 50

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41:対話

 洞窟は入り口こそ這って入らないといけないくらい狭かったが、中は案外広かった。奥まで行けば、小柄なエリンであれば立ち上がって歩くのもできる。 狼の白獣は、洞窟の奥の岩壁に背をつけて丸まっていた。 エリンが近づくと、少しの距離を開けた場所で身を起こし、低く唸った。それ以上は近づくなということらしい。「群に帰る方法はないかな」 エリンは問うたが、狼は沈黙するばかり。きっと彼が一番、帰る方法を知りたいだろう。「あなたのような病気の獣を狩る人間がいるの。私もその一人」 エリンが言うと、狼は警戒の眼差しで彼女を見た。「あなたは今まで、人間を食べたこと、ある?」 ――ナイ。 その答えを聞いて、エリンは心から安堵した。もしこの獣が既に人食いであったならば、見過ごすわけにはいかないからだ。「もし一人でも人間を食べてしまった、彼らは絶対にあなたを逃さない。もちろん、私も」 エリンの言葉に狼は警戒を強めた。「だから、約束して欲しい。これからも人間は食べないと。食べるのは今まで通り、野山の獣だけにすると……。 そうしたら、あなたに手出しはしないと、私も約束する」 人間を食べない限り、この獣は何としてでも助けてやろうとエリンは思った。 シグルドはもちろん、これから応援を頼む第八小隊のエインヘリヤルたちも説得しなければならない。かなりの困難を伴うだろうが、絶対にやり遂げようとエリンは決心した。 狼は考えあぐねているようだ。しばらくの間を置いて、思念が帰ってきた。 ――人間ナンテ、食ベタクナイ。「うん」 ――デモ、腹ガ空イタラ食ベルカモシレナイ。「…………」 意思は通じても、やはり価値観が違う。獣にしてみれば、空腹に耐えかねた時に目の前に獲物が現れたら、襲いかかって当たり前なのだろう。(どうしよう。私がこの子の面倒をみるわけにはいかない。群を追い出された狼が、たった一匹で生き
last updateLast Updated : 2025-09-20
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42:牙

『対象の白獣を走査<スキャン>。バナジスライトの成長率、2パーセント、2.3パーセント、急速に成長中』 目の前の獣に意識を集中すると、エリンの脳裏に映像が映し出された。 狼の脳の奥で、赤い宝石が脈動している。暗い洞窟の中、わずかな光さえも取り込んで。「ギャアアアァァッ!!」 狼が悲鳴を上げた。大きく口を開けたせいで、エリンの肩から牙が離れた。 牙が引き抜かれた傷口から血が噴き出る。あっという間に肩を血まみれにして、腕まで伝い落ちる。  ――マブシイ! マブシイ! ドウシテ!! 狼が咆哮するように苦痛の声を上げる。 何度も頭を振って、それからでたらめに走り出した。幾度も洞窟の壁にぶつかり、とうとう入り口から飛び出ていく。「シグルドさん! お願い、手出ししないで!」『妨害能力波<ジャミング>発動。念動力能力者<サイキック>・シグルドの能力を一時的に封印します』 必死で叫ぶと、ペンダントが反応した。洞窟の外から仲間たちの声が聞こえる。驚く声と怒号と。 間を置かずにベルタがやって来た。血まみれのエリンを見て息を呑む。「すぐに手当を。エリンは動かないで。……ラーシュ、セティ! 来てちょうだい!」「狼は、あの子はどうなりましたか」 傷の痛みと出血の悪寒をこらえながら、エリンは尋ねた。「すごい勢いで洞窟を飛び出して、そのまま走って行ってしまったわ」「誰も襲いませんでしたか?」「ええ、襲ってない。走って行っただけ」「そう、ですか……」 狼の行動を知って、エリンは安堵した。まだチャンスはある。 出血のせいで意識が落ちかけたが、力を振り絞った。『自己走査。左鎖骨、粉砕骨折。左肩甲骨、不完全骨折。鎖骨下動脈、腕頭静脈に咬傷あり。出血多量。 血液内の病原細菌をクリーニングの上、止血措置、および各種損傷の修復措置を実行します』 ペンダントが熱を帯びて光り、治癒が始まっ
last updateLast Updated : 2025-09-21
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43:牙2

「はい、もう着ました」「もう、次からは脱ぐ前に言って!」「そんなに気にしなくていいのに。私みたいな子供っぽいやせっぽっちじゃ、どうしようもないでしょ」「そんなことないし! エリンはかわいくて、きれいで、ええとそれから」 真っ赤になって何やら言い始めたセティを、シグルドは苦笑いしながら止めた。「そのくらいにしてくれ。白獣の話に戻るが、あの狼は洞窟の出口にいた俺たちには目もくれず走って行ってしまった。行き先に心当たりは?」「ありません……」 エリンは再びうつむいて、首を横に振った。「私はあの子のことを、何も助けてあげられなかった。群から追い出されて、途方に暮れていたようです。人間を食べないよう頼んだけれど、空腹になれば襲うと言われてしまって」「…………」「でもさぁ、あいつ、エリンに噛み付いて血を飲んで興奮してたくせに、なんで俺たちを無視したんだろうね。白獣はたいてい、エインヘリヤルとの力の差なんて気にしないで襲いかかってくるよ」 無言のシグルドに対し、セティが首をかしげている。「あと、すごい速さで走って行ったからよく視えなかったんだけど、バナジスライトがなんか変だった」「変とは?」 シグルドが尋ねる。「うーん、上手く言えないけど、あの宝石は光をすごく反射するじゃん? ギラギラ、チカチカって。でもあいつのは、なんかこう、何ていうの? ふわっと柔らかく光るみたいな」「要領を得ないな。しっかりしてくれ」 シグルドがため息をついている。セティは必死な様子で身振り手振りをした。「あー。えーと、こう、ふわーってぴかーって」「分からん、仕方ない。とりあえずそれは置いておこう。まったくお前は、もう少し表現力を身に着けてくれよ。全く伝わらない」 シグルドが弟分の頭をくしゃくしゃと撫でている。セティは不満そうだ。「ちぇ、子供扱いすんなよ」 そんな彼らのやり
last updateLast Updated : 2025-09-22
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44:心の交流

「とても穏やかな様子です。昼間、パニックを起していたとは思えないくらい。だからどうか、手出しせずに見守って下さい」 エリンが言うが、ラーシュは首を横に振った。「先程は見守った結果、エリンさんの大怪我につながりました。これ以上はとても認められない」「白獣が向こうから来たのなら好都合。速やかに殺すべきだろう」 シグルドも言った。エリンは拳を握り締める。「シグ兄、ラーシュ兄、ちょっと待って。あいつ、やっぱり変だよ」 ところがセティが口を挟んだ。透視<クレアボヤンス>を発動した瞳が僅かに赤を帯びて、まっすぐに獣を見つめている。「バナジスライトがすごく大きくなってるのに、光り方がとてもきれいだ。赤だけじゃなくて、色んな色が混じってる」「嘘でしょ? バナジスライトが赤くないなんて、そんな話は聞いたこともない」 ベルタが言い返すが、セティは首を振った。「間違いないよ。こんな白獣、こんなバナジスライト、初めて見た。だから殺す前に、もう一度エリンに任せてみようよ」 エリンの視線を受けて、シグルドはしばらく沈黙し――「……分かった。最後のチャンスだ」 ラーシュの抗議を黙殺して、答えたのだった。   エリンは仲間たちから十ヤード(九メートル)ほどの位置まで移動した。足はふらふらしていたが、力を込めて一人で歩いた。「お待たせ。いいよ、おいで」 狼に呼びかける。すると獣はゆっくりと雪を踏んで近づいてきた。どこか遠慮がちな、おずおずという表現がぴったりな足取りだった。 背後のエインヘリヤルたちに緊張が走る。 洞窟の中では気づかなかったが、狼は白獣らしく大きな体をしていた。四足で歩いているにもかかわらず、頭の位置がエリンより高い。小さめの馬ほどの大きさだ。 体格はがっしりして毛皮もあるので、むしろ馬よりも大きく見えた。 狼はエリンの手前までやって来て、足を止めた。大きな体を縮こめるようにして、上目
last updateLast Updated : 2025-09-23
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45:ついていく

「で、どうするんだ、これ」 暖かな洞窟の中に戻って、シグルドが腕を組んだ。 彼の視線の先には、エリンと白狼。狼は少女にぴったりと寄り添っている。「人間を食べないように頼んで、山で暮らすように言い聞かせたんですけど……」 エリンは狼の白い毛を撫でながら言った。 ――イッショニ行ク。ツイテイク。 狼の思念を精神感応<テレパシー>で中継してやれば、各人がそれぞれの表情を浮かべた。 シグルドは頭痛をこらえる顔。 ベルタは戸惑いながら考え込む表情。 ラーシュは拒絶。 セティはおっかなびっくり、でも興味津々の様子だった。「エリンの能力だけでも大問題なのに、人に懐いた白獣だと? これはもう、完全に俺の手に余るぞ」 シグルドが珍しく愚痴っている。「だいたい、どうしてこうなった。さっぱり分からん。そもそも白獣は狂った獣で、会話など成り立たないはずだったのに」「恐らくですけど」 エリンが狼の毛を触りつつ、ゆっくりと言った。「私の血を飲んだせいだと思います。――自己走査<スキャン>、対象は血液」 先ほど、怪我の治癒のために自己走査が自動で発動した。 その際に膨大な体内情報がエリンの脳に流れ込んだ。全てを理解するのは難しかったけど、気になる項目があったのだ。『血液内の成分を分析。ユミル・ウィルスの抗体を確認』『抗体はユミル・ウィルスよるバナジスライトの成長と制御をもらたす効果あり。原生動物の能力発現強化と自己意識でのコントロールを可能にする。病状の安定と苦痛抑制に効果あり』「ウィルスとか抗体って、何のこと?」 エリンのペンダントから発する『声』を聞いて、セティが言った。「分からないけれど、私の血は白獣の病気に効くみたいなの」「すごいじゃん!」 セティが声を上げる。が、ラーシュは首を振った。「たまたま、その狼に効いただけかもしれません。それに仮にエリンさんの血が獣の病を治す
last updateLast Updated : 2025-09-24
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46:ついていく2

「なるほどね。転送というか、引き寄せ<アポーツ>ね」「瞬間移動とは違うんですか?」 エリンが聞くと、ベルタはうなずいた。「ほとんど同じだけど、ちょっとだけ違うわ。私は自分以外のものや人の移動もできるけど、能力があまり強くなければ引き寄せ<アポーツ>と転送<アスポート>はできない人も多いの」「瞬間移動<テレポーテーション>は便利だよ。この機会に覚えちゃおうよ、エリン」 セティは楽しそうだ。「そんな、エインヘリヤルの能力を便利グッズみたいに……」 ラーシュがぶつくさと文句を言っている。「いいわよ。教えてあげる。ごく基礎だけは前にやったけど、それ以降は止まっていたものね」「いいんですか?」 エリンは不安そうにベルタを見た。彼女はエリンの強すぎる能力に対して、判断を保留すると答えていた。 ベルタはため息を付いて洞窟の天井を見上げる。「もうね、諦めがついたわ。まさか白獣を手懐けるなんて、予想もしていなかったもの。こうなったらエリンがどこまで行けるのか、逆に楽しみになってきた」「開き直ったな、ベルタ」 シグルドが呆れている。「その通り。開き直りよ。いいじゃない、責任持ってきちんと教えるもの。私は自分の能力に自信があるわ。だからエリンはしっかり覚えるように」「はい!」 ベルタの笑みに、もはや暗いところはなかった。   ベルタはエリンの手を取って、言葉を続ける。「瞬間移動<テレポーテーション>の能力は、空間を目に見える形以外で捉えるのが大事なの。距離は関係ない、視認できない場所も繋がっているってね。 私は知っている場所や知り合いの人間にマーキングをつけて、マーキングを目印に能力を使ってるわ」(……空間座標の計算と設定) ベルタの話を聞いて、エリンはそう思った。 ベルタに実際に転送や引き寄せをしてもらって感覚を
last updateLast Updated : 2025-09-25
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47:遭遇1

 洞窟で一晩を明かしたエインヘリヤルたちは、次の街へ向かって出発した。 エリンが瞬間移動<テレポーテーション>を使いこなせるようになったので、旅程は大幅に短縮された。「こんなことなら、ためらってないでさっさと教えればよかったわ」 とは、ベルタの言である。 瞬間移動で移動しながらも、エリンは白獣探しを諦めなかった。遠く先まで探知精神波<レーダー>を使って反応を見る。 狼と友だちになれたのだ。他の白獣とだって仲良くなれる可能性がある。 それに狼はエリンの血を飲んで以来、白獣特有の苦しみを訴えなくなった。病は確実に改善している。 であれば、一匹でも多くの白獣を救いたい。その一心で、エリンは白獣を探し続けた。 ただし結果は空振りだった。街道沿いは見晴らしがよく、獣の数自体が少ない。白獣の住処になるような場所がなかった。 狼の名前は『フレキ』に決めた。 一緒に行動する以上、名前をつけてあげようとエリンは思ったのだ。 名を与えられた狼は喜んで、何度も思念波で自分の名前を繰り返していた。肉体の大きな口では「もごもご」としか発音できなかったが、フレキは満足そうだった。 旅は続き、エインヘリヤル第八小隊の管轄の街を通り過ぎる。第八小隊はこの街にいなかったので、町長に言伝を頼んだ。 そしてとうとう、遠隔通信装置のある街へとたどり着いたのである。  「すごい、都会……」 エリンは街並みを見て、ぽかんと口を開けた。 今までの街だって、彼女の故郷の村に比べればずっと賑わっていた。けれどこの街は、さらに数段上。 雪はすでに少なくなっていて、街路は整った石畳がどこまでも続いている。 大きな通りに沿って立ち並ぶのは、六階や七階にもなる高層の建物たち。曇り空を覆い隠すようにそびえ立っている。 ガス灯は規則正しく並んで、人々を見下ろしていた。 そして何よりも、人の数が多かった。街路はひっきりなしに馬車と人とが行き来して、エリンは目が回りそうだ
last updateLast Updated : 2025-09-26
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48:遭遇2

 シグルドとラーシュが装置の前に立った。 金の液体が納められた丸いガラスのような容器に、ラーシュが触れる。 精神感応<テレパシー>の能力に反応して、液体が輝きを増した。 最初はガラス容器を取り巻く金属の管が光り、次々と部品に明かりが灯る。装置全体が淡い金色の光に包まれる。「……エインヘリヤル第九小隊、精神感応者<テレパシスト>・ラーシュと申します。ヴァルキリー様にご相談せねばならぬ事案があり、連絡しております」 ややあって声が返ってきた。 精神感応に似た、けれどどこか違う声。指向性を持った探知精神波<レーダー>に似た波動。『第九小隊。そこに隊長シグルドはいるか?』 その声を聞いた途端、エリンの全身が総毛立った。 表面的には艶のある若い女の声。声だけで美貌さえ思い浮かべる、美しい声。 けれどエリンは真逆を感じる。(なに、これ……。気持ち悪い。いいえ、おぞましい……? シグルドさん、返事をしては駄目)「はい、ここにおります。ヴァルキリー様」 だが、エリンが止める暇もなくシグルドは答えた。 エリンはペンダントを握り締めた。熱い。薄っすらとした熱が明らかに上がっている。燃えるような真紅に色変わりしている。 彼女は無意識に後ずさった。『神性存在の接近を探知、隠蔽術式を発動。対象はエリン。術式は対人造戦乙女<ヴァルキリー>に特化』 エリンの脳裏に響いた声は、彼女自身のものではなかった。 それは、あの冬の夜に聞いた声。仮面の下でくぐもって、聞き取りにくかった言葉。 そして、エリンの記憶の底に眠る懐かしい声だった。 キィン、と、耳鳴りのような高い音がした。 次の瞬間、装置の横に人影が現れた。 長く美しい金の髪。妖艶な唇と、目元を覆う仮面。しなやかな体を軽鎧に包んだ女が立っている。 その背には、輝く白い翼があった。室内のため折りたたまれていても、存在感が薄れるわけがない。
last updateLast Updated : 2025-09-27
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49:扉の外

 再び暗闇が部屋に満ちた。 それでもしばらく、残されたエインヘリヤルたちは動こうとしなかった。「部屋、出ようよ。シグ兄の召し上げをお祝いしなきゃ」 長い沈黙を破ったのは、セティの声。言葉に反して沈痛な響きを含む声音だった。 エリンは無言のまま重い扉に手をかける。腕力だけでは到底開かない扉だったが、今の彼女の能力があれば難なく動かせる。 両開きの扉の隙間から、廊下の光が差し込んで――「え?」 エリンは声を上げた。 扉の先は第八小隊の本拠地の建物のはずだったのに、目の前には冬の森が広がっていた。 雪深い大地と、雪に埋もれた木々。針葉樹が多くて森は高く暗い。エリンの故郷の村でよく見た、最北端の風景だった。「何、これ? 瞬間移動<テレポーテーション>?」 セティが言ってベルタを見るが、彼女は首を振る。何もしていないわ、と言っている。「フレキ! 来て!」 ただ事ではない空気を感じて、エリンが狼の名を呼んだ。『現在の空間座標を検索。検索中、……エラー。座標の算定が不可能にて、引き寄せ<アポーツ>の発動をキャンセルします』「ふむ。もうそこまで、力を使いこなせるようになったか」 不意に男性の声がした。 見れば前方、森の暗闇に紛れるように誰かが立っている。深緑のマントに白い獣の仮面を身につけた人物が、年老いた杉の木の幹に背を預けていた。 彼は仮面の目線を地面に向けたまま続けた。「ところで、さっさとこちらまで来てくれないか。その通信装置の間近で空間を繋ぐのは、それなりにリスキーなんだ。ヴァルキリーに察知されたくない」「……あいつ、怪しすぎでしょ。どうする?」 ベルタがひそひそと話しかけてきた。「ヴァルキリー様を呼び捨てにするなど、不埒の輩です。話を聞く必要はありません」 と、ラーシュ。「あいつ、一体何なんだ。透視<クレアボヤンス>で仮面の下が見えないよ。こんなのまるで、ユグド
last updateLast Updated : 2025-10-01
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50:扉の外2

「妨害能力波<ジャミング>? でも、声まで出ないなんて」 エリンがペンダントを握った。『術式分析。チャンネルbjarkanでの妨害能力波<ジャミング>を検知しました。および、空気振動への干渉を検知。持続時間は短時間と推測します』「そのとおり。空気の振動を少しいじれば、声が聞こえなくなる。まったくお前は優秀だよ、エリン」 仮面の人物が木の幹から背を離して、エリンに歩み寄る。彼女は身をこわばらせた。「……よくここまで、頑張ったな。私はお前を巻き込みたくなくて、あの北の村に置き去りにした。 あの時は、それでいいと思っていたが。間違いだったかもしれないと、最近は感じていた」 彼が手を伸ばして、エリンの頭を撫でた。ひどく遠慮がちな、そっと触れるような手付きだった。「あなたは……」 その手の感触で、エリンは確信する。この人はエリンにペンダントをかけてくれた人だ。 あの頃のような大きな体格差はもうない。エリンの背が伸びたからだ。「大きくなったね、エリン。私の判断が甘かったせいで、いらぬ苦労をかけてしまった。だがこれからは、きちんと手助けをしよう。 まずはムスペルヘイムだ。私と一緒に来てくれ」「ちょっと待った!」 エリンの頭の手を乱暴に払って、セティが前に出る。「あんた、何なの? 俺らのエリンに気安く触れないでくれる? もしかしてエリンの親かよ。それなら、エリンがどれだけ親を探してるか知ってたか? 勝手に置き去りにされて、エリンがどれだけ悲しんだか知ってるのかよ!」 セティの剣幕に押されて、仮面の人物は一歩下がった。 エリンはセティの袖を引く。「セティ、いいから」「よくないよ、エリン! 何年もほったらかして平気な奴だもん、はっきり言ってやらなきゃ!」「そうね。親だからって、子供を好きに扱っていいなんてとんだ思い上がりだわ。まるでうちの父親みたい。あぁ、やだやだ」 ベルタも前に出た。 セティがさら
last updateLast Updated : 2025-10-02
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