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All Chapters of 終わりの大地のエリン: Chapter 21 - Chapter 30

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21:手の中の光

 エリンの指先では、緑の石の髪飾りが光っている。「な、ど、どうして!?」 光壁を例外とすれば、ほとんど初めて能力の自発的な発現に成功したエリンは、驚きと焦りで言葉が出ない。「話を聞いてピンと来たのよ」 と、ベルタ。「エリンの能力が発動したのは、いつも何か望みや願いがある時ばかり。  寒かったから火が欲しかった。ティララに落としたスプーンをぶつけたくなかった。手の届かない木の実を取りたかった。ってね。  白獣の時もそうよ。必死に子どもたちを守ろうとしたのでしょう?  能力の初期においては、欲求と発現が紐づいていることが多い。ごく自然な反応だわ」「やれやれ、精神感応能力者<テレパシスト>顔負けの分析ですね」 ラーシュが苦笑している。  エリンはしばらくぼんやりして、やっと我に返った。「ベルタさん! いくら訓練でも、大事な髪飾りを放り投げるなんて、やめて下さい! 私がちゃんとできなかったら、どうするつもりだったんですか!」「シグ兄が拾ってくれたと思うよ」 セティに冷静にツッコミを入れられて、エリンの顔が真っ赤になる。「そうだけど、そうだけど! 急にやるから、びっくりしましたっ! はい、返します!」 やや乱暴に緑の髪留めを突き出すが。「いらないわ。能力成功のお祝いに、エリンにあげる」 熱のない口調で言われ、エリンは戸惑った。「え、でも、お父さんからの贈り物だって……」「ああごめん、エリンはお父さんとお母さんを探したいのよね。でも、悪いけど。うちの親父はろくでなしで、正直、関わりたくないのよ。その髪留めは、父にしてはセンスが良かったから使っていたけど。エリンの方が似合いそうだから、あげる」「そんな……」「ベルタ姉がいらないなら、じゃあ、俺がもらう!」 横からセティの手がひょいと伸びてきて、緑の石をつまんだ。「おおー、これ、ベリルじゃん! 緑柱石! 色も瞳にそっくりだし、下の方にちょっと金入ってて、ベルタ姉
last updateLast Updated : 2025-09-01
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22:新たな問題

 約十日の旅を経て、エリンたちは新しい街へと到着した。 エリンの住んでいた北の最辺境から南下した場所にあるせいで、積雪もやや少ない。 主な街路は除雪されていて、石畳の上を馬車が走っていた。街路の脇には除けられた雪が壁のように積まれている。 街路の脇には商店が軒を連ねている。一定間隔で設置されたガス灯は、昼間の今は灯されていないが、夜になればあかあかとした光で夜を彩ってくれるのだ。「どうしたエリン、ぽかんと口を開けて」 シグルドが苦笑交じりに言う。 エリンは初めて見る街、初めて見る沢山の人に圧倒されてしまっていた。「こんなに大きな街を見たのは、初めてで」「えーっ、そう? ここらだって田舎じゃん。ここでそんな顔してたら、ミッドガルドに行ったら腰を抜かしちゃうよ!」 と、セティ。ベルタとラーシュは微笑ましそうに年少組を見ていた。「とりあえず荷物を宿に置いてこよう。白獣の目撃情報がないか、聞き込みもだ」 シグルドが言って、一行は歩き出した。 歩きながらセティがエリンに話しかける。「ねえねえ、エリンの村からこの街、そんなに離れてないよね? 冬だから十日もかかったけど、夏の雪がない時なら三、四日ってとこじゃない?」「うん、そのはずだよ」「それなのに来たことなかったの?」「うん。私は孤児だから。お出かけする機会なんてなかったもの」「あ、う、そっか。ごめん……」 セティがしょんぼりした様子になったので、エリンは笑いかけた。「謝ることなんてないよ。平気」「うーん。俺、いまいち人の気持がわかんなくてさ。じいちゃんにもよく怒られてた。もっと他人の気持ちを思いやれって」「おじいちゃんがいるんだ」「うん。怒るとおっかないけど、すごい技師で、いいじいちゃんだよ」 そんなことを話しているうちに、常宿に到着した。こじんまりとしているがよく手入れが行き届いている、感じの良いレンガ造りの建物だった。「エインヘリ
last updateLast Updated : 2025-09-02
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23:新たな問題2

「事の発端は、西の村で熊の目撃情報が出たことでした。 普通、熊は冬の間はずっと冬眠していて、目覚めるケースはまずありません。ただし子育て中のメスであれば、冬の間に活動するのもありえます。 そこで我々狩猟ギルドのメンバーが、様子を見に行きました。けれどこれが裏目に出ました。 派遣したのは二人だったのですが、一人が遺体で発見。もう一人は見つかっていないものの、生存は絶望的と……」 ギルド長は一度言葉を切り、続けた。「その後、村人たちが遠目に熊を目撃しました。体格はかなり大きく、メスではなくオスではないかと」「ふむ……熊の白獣化でしょうか?」 ラーシュが質問すると、ギルド長は首を振った。「それがはっきりしないのです。村人たちが見た熊は、普通の熊と同じ黒い毛並みだったようで」「じゃあ、普通のオスの熊が冬にうろついているの? そんなことがあるのかしら?」 と、ベルタ。「はい……。稀にそのようなことがあると、最古参の狩人が言っていました。 熊は秋のうちにたっぷり食べ物を食べて肥え太り、冬は眠り続けます。蓄えた脂肪をゆっくり消費して、春まで保たせるのですな。 ところが秋にあまり食えなかった熊は、腹をすかせて眠れず、冬になっても山をうろつく場合があるそうです。眠らずの熊は空腹と冬の寒さで気が立っていて、大変危険です」「でもさー、白獣じゃないんでしょ? じゃあ俺たちエインヘリヤルが出るまでもないんじゃない?」 セティが軽い口調で言って、ラーシュに睨まれた。「セティくん、話を聞いていましたか? たとえ白獣ではなくとも、通常の獣よりもはるかに危険度が高く、犠牲者も出ている。人々の生活を守るのが神の御使いたるエインヘリヤルの本分です。そうですよね、シグルド?」「ああ、そうだ。すぐに現地へ――西の村に向かいます」 シグルドが力強くうなずいた。ギルド長は深く頭を下げる。「ありがとうございます。案内人をつけますので、どうぞよろし
last updateLast Updated : 2025-09-03
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24:森へ

「このお話、案内人さんと一緒にした方が良かったのでは?」 方針の打ち合わせが二度手間になってしまうのでは、とエリンは思ったのだが。「それは……」 シグルドが困ったように眉を寄せた。「白獣についての情報は、あまり一般人に話したくなくてね。精神波を出しているとか、能力者でなければ理解できないわけだし」「それはそうですが……」「それ以外にもあるんだ。エリンには、おいおい話すよ。とにかく今回は白獣ではない可能性が高い。だが油断せず、しっかりとやり遂げよう」「はい」「はーい!」 それぞれが返事を返す。 エリンは何やらすっきりしないものを感じながらも、気持ちを切り替えた。   その後、案内人と村の狩人に方針を伝え、信号弾が手渡された。 ラーシュの精神感応<テレパシー>でエインヘリヤルたちは互いに連絡を取るが、能力者ではない一般人は心の声が届きにくい。信号弾は彼らの身を守るために必要だった。「そいつの使い方は単純、引き金を引くだけだ。撃つ時は真上に向かって、できるだけ木の枝などを避けてくれ。赤い光と音が撃ち上がる」「はい」 シグルドの言葉に案内人と狩人がうなずいている。 彼らの獲物は銃ではなく弓矢だ。この地域ではまだ銃は普及しておらず、昔ながらの弓が主流ということだった。「熊を発見しても狩ろうと思うな。すぐに信号弾を使って、俺たちを呼んでくれ。これ以上犠牲者を出したくない、慎重にいこう」「分かりました」 最後に念を押して、一行は村を出た。 案内人とシグルド、狩人とベルタ・セティの組み合わせである。 時刻はまだ午前中。空は薄曇りで、冬の太陽が空の低い位置で淡い傘をかぶっていた。「僕とエリンさんは後方で待機します」 ラーシュが言った。やはり他人に白獣や能力に関しての話をしたくないようだ。 エリンは山に行く仲間たちを見送
last updateLast Updated : 2025-09-04
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25:雪上の追跡

 狩人は雪の上の足跡を見る。 ウサギ、キツネ、ライチョウなどの小さな跡、鹿の蹄の跡に混じって、一際大きな痕跡があった。 前足の跡は幅があり、後足は細長い。熊で間違いない。 前足の幅、前掌幅は約八インチ(二十センチ)。通常、この近辺に生息する熊のオスの平均は六~七インチ以内。かなりの巨体である。 狩人は巨大な熊が雪の上を歩く様子を克明に想像しながら、追跡を続けた。 ……だが。 足跡は、ある地点で急に途切れた。「足跡が消えた?」 ベルタが眉を寄せる。狩人は首を振った。「『止め足』だ。一度つけた足跡をもう一度踏んで戻っている。これを熊がやるのは、警戒している時だよ。俺らに気づいているんだろう」「……ラーシュ、聞こえた? シグルドを呼び寄せるわ」『分かりました。シグルド、ベルタが転送します。用意を』「ベルタ姉! 熊がいる!」 彼らの会話をさえぎってセティが叫んだ。狩人とベルタは慌てて周囲を見渡すが、見えるのは雪山の景色だけ。「雪を掘って隠れてる! すぐそこ……!?」 その瞬間。雪を跳ね上げ、熊の黒い巨体が現れた。雪をかぶった背中の毛が逆立っている。 同時に熊の太い腕が振るわれる。ゴウ、と空気を切り裂く音がした。狙いはセティ。最も近くにいた彼は、熊と目と鼻の距離。 けれど熊の一撃は不発に終わった。ベルタが雪を蹴ってセティを抱え込み、ごく短距離の瞬間移動<テレポーテーション>を行ったのだ。エインヘリヤル二人は、勢い余って雪の上を転がった。「ベルタ姉、シグ兄を呼んで!」「やってるわ! やってるのに、反応がない!!」 セティの必死の訴えに、ベルタは叫び返した。 先程の短距離移動も、本当はもっと余裕をもって逃げるつもりだった。なのに想定よりも短い距離で、しかも着地に失敗している。ベルタにとっては完全に想定外だ。「くそ!」 狩人が弓矢を構える。つがえて矢を放つが、
last updateLast Updated : 2025-09-05
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26:雪上の追跡2

「ラーシュ兄! シグ兄! 助けて! このままじゃ追いつかれる。俺の能力じゃ何の役にも立たない。くそぉ、悔しいよぉ!」 ベルタの身体能力がどんどん落ちているのを透視して、セティが叫んだ。 焦る心で、泣きたくなる気持ちを抑えつけて、彼は必死で考えた。何か方策はないか。 熊の能力だろう、セティの透視もいつもより精度がかなり落ちている。いつもは明瞭に見える世界が、急に曇って遠くなる。親しんでいた世界が急によそよそしくなって、彼は身震いした。 祈る思いで彼は叫んだ。「頼む、誰か気づいてくれ! ……エリン!!」   ベルタとセティの声が急に途切れて、エリンはただごとではないと察した。『ベルタさん、セティ、どこ!? 分からない!』 すぐ隣でラーシュも呼びかけているが、返事はない。 シグルドとは変わらず精神感応<テレパシー>が接続されている。『どうした。何があった。熊が見つかったのに、ベルタの転送がない』『分かりません。急に僕たちの接続が切れて、位置も気配も分からくなりました』 エリンはもう一度、最後にセティたちの声が聞こえた場所に精神感応の網を広げた。 乱れた雪の跡、木の根元が赤く染まっている。狩人が血を流している。否、血はもう止まっている。凍える寒さと命が途切れたせいで。 大きな爪で貫かれた肉と内臓の断面が視えて、エリンは歯を食いしばった。 熊らしき大きな足跡が続いていた。走っているのだろう、歩幅は広い。 その足跡を追っていくと、だんだんと黒いモヤのような感覚が起きて、エリンの精神感応を乱した。『これは……?』『エリンさん、何か見つけましたか?』『黒いモヤのようなものが視えます』『モヤ? どこに?』 ラーシュは知覚できていない。エリンは何故と疑問に思ったけれど、今はベルタとセティの救出が先だ。 黒いモヤの先は非常に視えづらかったが、エリンは
last updateLast Updated : 2025-09-06
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27:脱出

『セティ! 右前方、四十ヤードの地面を……』 エリンの声に雑音がまじり、再び途切れた。「エリン、エリン、何だって? 最後の方、よく聞こえなかったよ!」 何度も呼びかけるが、もう答えはない。 右前方。曖昧ながらも聞こえたのはそこまでだ。 セティは前方、右を見る。 何もない。少し開けた場所に、他と同じように雪が積もっているだけだ。「何かあるはずなんだ。貴重な時間を使って、エリンが伝えてくれたんだから」 セティは透視<クレアボヤンス>を発動させた。熊のせいでひどく精度が低い。 こんなにも世界が遠ざかって見えたのは、彼にとってほとんど初めての体験だった。力に目覚める前でさえ、もっと何もかもが手に取るように知覚できたのに。 それでも力を込めれば、薄ぼんやりと視えてくる。 ふと、セティは視界に違和感を感じた。 右前方、四十ヤードほどの距離、雪の下の土の部分がくぼんでいる。積雪の上からでは分からないが、もともとちょっとした段差があるようだ。枯れた笹の葉がふんわりと重なって、その上に雪が積もっている。 ――あれだ! エリンが教えてくれた場所!「ベルタ姉、あっちに移動して!」 セティはくぼみの向こう側を指さした。ベルタがうなずいて瞬間移動する。 彼女はそろそろ限界だ。顔色は真っ青で、短距離の移動でさえ脂汗を流している。 セティはそんなベルタを見て、改めて覚悟を決めた。「そんで、少し休んでて!」「セティ!?」 彼はベルタの腕から抜け出し、地面のくぼみの手前まで行った。 両手を口に当てて叫ぶ。「おいこら、熊! お前よくも、狩人さんを殺しやがったな。お前なんか、俺とシグ兄でやっつけてやる!」 熊がセティに近づいてくる。熊の毛皮は今や半ばが白くなっていて、瞳は淀んだ赤に染まっていた。獲物を仕留める確信をした色だった。 熊は雪を蹴散らして走り―― ドドッと音を立てて、くぼみに落ちた。
last updateLast Updated : 2025-09-07
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28:刻まれた記憶

 どこかで誰かの声がする。 聞き覚えの薄い、けれど懐かしい声だった。「いいかエリン、よく聞きなさい。能力は本来、二種類ある。肉体に備わっている才能と、生まれた後に自ら磨いて身につける技術だ。 遠い昔においては、才能は遺伝子に潜在化して確率で開花するだけのもの。技術は世代を経て洗練され、才能と合わさって何倍もの効果を生むものだった。 才能のみで使う力は未熟で、低効率。 技術が洗練され、身につけるには長い時が必要になる。 しかし我々は、確率の不確かさと世代を経るための時間を克服した。 ――遺伝子に才能を人為的に刻み、技術を記憶としてやはり遺伝子に保存<コード>する。遺伝子の彫琢(ちょうたく)をもって、我々は他の種族を大きく超えた。 無論、限界はある。才能を増やしたいからとでたらめに刻み込んでも、肉体が破綻するだけだ。 よって、ヒトとして生まれた後の研鑽は、やはり絶やしてはいけない。 特にお前は、生まれたばかり。お前の肉体に備わる力は、特に最初期においては、慎重に磨かねばならない。偏ることなく、幅広く。……お前の『特性』に合わせて。 第一歩を踏み出しさえすれば、刻まれた記憶がお前を導くだろう」 声が少し途切れて、誰かの手がエリンの首にひもをかけてくれた。ひもの先端には、馴染んだ丸い石が結ばれた、ペンダント。 ずいぶん大きな体の人だとエリンは思って、気づいた。彼が特別に大きいのではない。エリンが小さいのだ。 幼児と大人。そのくらいの違いがある。「このペンダントをお前に預けよう。これは、■■■■■のシンボルであり、彼女の一部。彼女以外ではお前だけが使いこなせる。 ――だが、もしも可能であるならば。 お前には一歩を踏み出さず、穏やかに暮らして欲しい。第一歩を踏み出さなければ、宿命がお前を飲み込むこともないだろうから。 だからこのペンダントには、制限と目眩ましとを施しておく。 お前が静かに暮らせるように。また、彼女に見つからないように。壁を作って殻をかぶせ、本来のお前を隠しておこう。
last updateLast Updated : 2025-09-08
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29:刻まれた記憶2

 と、ドアが開いてシグルドとラーシュが入ってきた。 ラーシュがエリンを見て言った。「エリンさんの意識を感じたので、来ました。気分はいかがですか」「体は何ともないです。状況は、セティから聞きました」「明日も熊狩りを行う。だが、やっかいな能力だ。ベルタも消耗している、いつものように一気にカタをつけられない可能性がある」 シグルドは険しい表情だった。「我々の能力を邪魔する力。たとえ白獣であっても、精神感応<テレパシー>で感知は難しいでしょう」 ラーシュが言うが、エリンは首を振った。「いいえ。白獣は独特の精神波を出しているんですよね。だったらあの黒いモヤをかいくぐって、私が必ず見つけます」「エリンはラーシュ兄の精神感応<テレパシー>が切れた時も、メッセージを送ってくれた」 セティが言うが、ラーシュは眉をひそめる。「その黒いモヤというのが、僕には分かりません。熊の能力のことですか?」「はい、そうです。私は妨害能力波<ジャミング>と呼んでいます」 エリンが言うと、部屋中の視線が集まった。  「妨害能力波<ジャミング>……」 ラーシュが独白のように言う。「妨害能力波<ジャミング>は万能ではないんです。あれは、特定のチャンネルに介入して能力を妨害する力。その領域を外して能力を使えば、影響を受けません。あるいは、妨害を力ずくで押さえつけるだけの高出力があれば、押し切れます」「何故きみが、そんなことを知っている」 シグルドの視線がエリンを射抜いた。ラーシュとセティも緊張した面持ちでエリンを見つめている。「それは――」 エリンは胸のペンダントを握った。今は何の熱も感じない。ただの青い石。エリンの瞳の色の石。「それは、私にも分かりません。ただそう感じただけで……」「えーっ、そりゃないよ!」 たまらず、という感
last updateLast Updated : 2025-09-09
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30:決意

 その翌日、朝。 雪がちらつく天候の中、エインヘリヤルたちは再び冬の山へと向かった。 今回はエリンの精神感応<テレパシー>で熊の探知をするので、狩猟ギルドの案内人は同行していない。白獣と判明した以上、一般人を巻き込むわけにはいかないのだ。 エリンもシグルドに同行して山へ足を踏み入れた。 物理的な距離が近い方が、熊の能力を解析するのに役立つと考えたからだ。 その分危険は増えるが、エリンは自分だけが安全圏にいるのを良しとしなかった。 ベルタはまだ能力があまり回復していなかったけれど、それでもついてきた。セティも一緒だ。 ラーシュも行くと言ったが、シグルドが止めた。「万が一のことがある。お前は待機して、俺たちが戻らなかった時は、本部へ行ってヴァルキリー様に報告してくれ」 灰色の空からは、後から後から途切れなく雪片が舞い降りてくる。 宙を舞う雪は音を吸収してしまう。冬山は意外なほどの静寂に包まれていた。 一行はまず、狩人が死亡した場所へ行った。 昨日の夜は雪が降っていたが、積雪自体はそんなに多くない。狩人の血の跡、熊の足跡は薄っすらと目視できた。「遺体がない、か」 血がこびりついて凍った木を見ながら、シグルドが呟いた。「熊が食べちゃった?」 セティが拳を握り締めながら言う。彼はほんの一日前、この場所で一人の人間が死んだのを間近に見たのだ。「恐らくそうね。この足跡、昨日はなかった。……ここを見て。引きずったような跡がある。熊が遺体をどこかに持って行ったんだわ」 地面を指差してベルタが言った。「ここでは食べなかったのね。空腹ではなかったか、もしくは、この場所は私たちに知られたから、警戒しているのか」 熊は賢い生き物だ。白獣化したとなれば、なおさらだろう。「この足跡を追うぞ。今のところの唯一の手がかりだ」 シグルドが言って、皆がうなずいた。 エリンが続ける。「私は精神感応<テレパシー>を使います」
last updateLast Updated : 2025-09-10
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