薬物研究所から解放されたあと、結城晴香(ゆうき はるか)はその足で葬祭センターへ向かい、自分の葬式の手配を始めた。正面の大きなスクリーンには、桐生真也(きりゅう しんや)と椎名家の令嬢が一か月後に結婚するというニュースが流れていた。記者がマイクを向ける。「真也社長は神原市のテクノロジー業界で『カリスマ』と呼ばれる若き経営者です。美玲さんとのご結婚は、まさに大物同士の誕生だとも言われています。挙式の準備だけで二十億円以上をかけられたとか?」真也は隣の椎名美玲(しいな みれい)を見つめ、優しく答えた。「美玲と出会えたのは、俺にとって奇跡なんだ。彼女のためなら、どれだけお金を使ったって惜しくない」記者たちは一斉に賛辞を並べ立て、二人を「理想のカップル」「絵に描いたような美男美女」と持ち上げた。晴香は目を伏せた。三年前、本来なら彼女が真也の妻になるはずだった。二人は幼い頃、同じ孤児院で育った。互いに寄り添い、支え合い、相手こそが唯一の存在だと信じていた。十八歳のとき、真也が告白し、二人は同じ大学へ。学内でも評判のカップルとなった。二十二歳でプロポーズを受け、二人で新居を飾りつけながら未来を夢見ていた。だが結婚式の直前、晴香はその新居で浮気をし、しかもその現場を真也に見られてしまった。――彼の取り乱した姿はいまも忘れられない。血走った目で晴香をその男の腕から引き剥がし、「なぜだ!」と叫んだあの瞬間を。彼女は唇に冷たい笑みを浮かべ、言い放った。「もうバレたんだし、隠す意味なんてないわ。あなたは急性心不全で、すぐに死ぬんでしょ?だから私は次の相手を探すしかないの」血を吐きながらも、真也は信じられず問い詰めた。「本当は理由があるんだろう?」胸をえぐられる思いを押し殺しながら、晴香はさらに突き放した。「理由?もう惨めな暮らしはしたくないだけ。拓海様と一晩過ごせば二十万円。それにこのバッグも、彼からのプレゼントよ。百九十六万円」その日、真也は狂ったように新居を壊し、晴香を追い出した。それが、三年前の最後の別れだった。「お客様、ご予約の葬儀プランですが、総額は百七十二万円になります」提示された金額に、晴香は手元のキャッシュカードを見下ろした。残高は百万円。望む死に方すら、今の自分には贅沢だった。彼女はカードを
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