次の日。昨日の出来事が嘘だったかのように、学校という空間はいつも通りの喧騒に満ちていた。廊下を駆け抜けていく足音、教室のあちこちで生まれては弾ける笑い声、窓から差し込む気だるい午前の光。その、ありふれた日常の空気を切り裂いたのは、ホームルームの開始を告げるチャイムと、教室に入ってきた担任の、異様に強張った表情だった。白髪の混じる頭を深々と下げ、重い口を開く。その声には、普段の張りが一切なかった。「……皆に、知らせなければならないことがある」教室のざわめきが、すっと潮が引くように消えていく。生徒たちの視線が、教壇に立つ担任の一挙手一投足に突き刺さった。「昨日から……同じクラスの、雪峰葵さんと、連絡が取れなくなっている」一瞬の沈黙。次いで、空気が爆発したかのように、質問の声が飛び交った。「それって、行方不明ってことですか!?」「警察には!?」「昨日、あの子、どうしてたんですか!?」担任は、押し寄せる不安の波を押し留めるように両手を静かに下げ、全ての問いに、言葉を選びながら丁寧に答えていく。警察には家族から今朝連絡を入れたこと。昨日、特に変わった様子はなかったこと。俺の隣の席では、穂乃果が、信じられない、とでも言うように、両手で口元を固く押さえていた。その瞳が、恐怖に揺れている。(またか……)俺は、奥歯を強く噛み締めた。この町で人が消える。その言葉が意味するものを、俺は、俺たちは、嫌というほど知っている。その時だった。教室の誰かが、ぽつりと呟く声が聞こえた。「また……神鳴山かな……」それは、特定の誰かに向けた言葉ではなかった。しかし、その一言は、教室に満ちていた全ての熱を奪い去るには、十分すぎた。あれほど騒がしかった生徒たちは、誰一人として、もう何も言わなかった。俯く者、窓の外へ視線を逸らす者。まるで、その名を口にすることすら禁忌であるかのように、教室は墓場のような沈黙に支配された。無理もない。この神鳴町に住む人間にとって、あの山の名前は、それほどまでに重い。神鳴山。かつては信仰の対象だったその山を、町の住人は、畏怖と恐怖を込めて、今はこう呼ぶ。――人喰い山、と。***昼休み前の、短い休み時間。次の授業の準備をする生徒たちの喧騒の中、俺は一人、自分の席から穂乃果の姿を目で追っていた。彼女は窓の外を眺めたまま、ぴく
Last Updated : 2025-10-19 Read more