その一言に、場の空気が一変した。「え"っ……」今までで一番情けない声が、智哉の喉から漏れた。その顔は、楽しかった夕食の血色も失せ、さっと青ざめている。対照的に、穂乃果は「肝試しか〜!まぁ、いいんじゃない?」と、意外にも乗り気だ。(……はぁ。まあ、なんとなくこうなるような気はしてたよ……)俺は内心、やれやれと溜息をついた。そんな俺たちの反応を楽しんでいるかのように、燈子がテーブルに肘をつき、指を組む。その口元には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。「ふっふっふっ……。ただの肝試しじゃないよ。実はねぇ、この不知火浜には、古くから伝わる、悲しい伝説があるんだ……」すっと声のトーンを落とし、語り部のような口調になる燈子。俺たちは、自然と彼女の話に引き込まれていた。「――それは、今から数百年も昔のこと……」「この岬の先にはね、『汐見城(しおみじょう)』っていう、小さなお城があったんだって。そこには、それはもう美しいと評判の、『時雨姫(しぐれひめ)』というお姫様が住んでいたの……」時雨姫。その、どこか儚げな名前に、穂乃果がごくりと息を呑んだ。「その姫の噂を聞きつけた、一人の猛々しい侍が、姫に一目惚れして求婚した。でも、姫は侍の瞳の奥に潜む残酷さを見抜いて、その求婚を、きっぱりと断ったんだ」燈子の声が、静かな食堂に響く。「プライドを傷つけられた侍は、逆上した。そして、姫への憎しみから、大軍を率いて、この汐見城に攻め込んできたの。城を守る兵士たちは必死に戦ったけど、多勢に無勢。城は炎に包まれ、多くの命が失われた……」「時雨姫は、わずかな供回りと共に、命からがら城を脱出した。そして、この浜辺まで逃げてきたんだけど……執拗に追いかけてきた、あの侍に、とうとう見つかってしまったの……」燈子は、そこで一度、言葉を切った。窓の外から聞こえる、夜の波の音が、やけに大きく感じられる。「侍は、逃げ惑う姫を、月明かりの下で、嘲笑うかのように、斬り捨てた。首は、波打ち際にころがって……姫の最後の悲鳴は、誰にも届かなかった……」「……ひっ」穂乃果が、小さく悲鳴を上げる。智哉は、もう完全に顔面蒼白だ。「それ以来、この浜辺では、月も出ていない暗い夜になると、すすり泣くような女の声が聞こえるんだって。それは、今もなお、この浜を彷徨い続ける……時雨姫の魂の声なんだ、とね……
Last Updated : 2025-11-06 Read more