木蓮は田上を待つ間、ソファに座り、胡桃色のティディベアを胸に抱き締めていた。そのフワリとした手触りと、無垢な瞳が、彼女のざわついた心を静かに落ち着けた。木蓮は小さく溜め息を吐き、幼いあの日に思いを馳せた。父親が色違いのティディベアを箱から取り出したあの誕生日、睡蓮が亜麻色のティディベアを選んでいれば、姉妹の確執はこれほど深くはならなかったのかもしれない。胡桃色のティディベアを睡蓮に取り上げられた小さな木蓮が、思い出の片隅で今も泣いている。彼女は涙を滲ませ我慢したが、心の奥に小さな傷が刻まれた。あの傷は、睡蓮が将暉を愛し、木蓮の誕生日を壊した夜、そして「花梨」の死産を経て、更に深い溝となった。 テーブルの上のスマートフォンが短く震え、木蓮の心臓が緊張で跳ねた。彼女はソファから飛び起き、胡桃色のティディベアを胸に抱いたまま、慌ててスマートフォンを手に取った。壁掛けの時計を見上げると、針は田上が電話を切ってからまだ十分も経っていないことを示していた。車のハンドルを握る田上伊月が、いかに急いで駆けつけてきたのかが窺い知れた。汗ばんだ手でスマートフォンを握り締め、木蓮は通話ボタンを押した。「もしもし」と掠れた声で呟くと、電話の向こうから田上の柔らかな声が響き、まるでカウンセリングルームでの微笑みが目に浮かぶようだった。その声は、睡蓮の「将暉は私のもの」という叫びや、包丁を握った危うい瞬間を遠ざけ、木蓮の凍てついた心に温もりを注いだ。 「田上さん」 「お待たせしました。駐車場まで降りて来られますか?」 「はい」
Last Updated : 2025-09-30 Read more