光希が帰国したのは午前三時だった。浅く二時間だけ眠って、そのまま式場へ向かった。サファイアのネックレスはスーツの内ポケットに大事にしまった。誓いが終わったら、由香にサプライズをするつもりだ。着替えも髪型も整えて、急に由香に会いたくなった。ウェディングドレスの姿が見たかった。まっすぐ新婦の支度部屋へ行くと、入口で止められる。「奥さんの指示で、式の前は新郎新婦は会わないほうがいい。頼む、無理は言わないでくれ」相手は困った顔で口調は固い。光希の目に不安がよぎる。奥歯を噛んで、もうすぐ本番で会えると自分に言い聞かせ、怒りを飲み込んで引き返した。段取りどおり、光希は先に入場して待っていた。脇の扉からステージへ向かう途中、慎吾と鉢合わせた。慎吾は満面の作り笑いで近づいてくる。「光希、これからは家族だ。よろしくな」光希の顔が曇った。由香がこの父親を式に出したくないと言っていたのをはっきり覚えている。「なんで君がここにいるんだ」慎吾の笑みが一瞬ひきつり、平静を装った。「娘が嫁ぐ日だ。父親として見送るのが筋だろ」「見送る?」光希は鼻で笑った。「由香が一番嫌うのは君だ。許すわけない。冗談言うな!帰れ!由香の入場は俺が手配する」慎吾が引き下がるはずがない。光希が婚約者の入れ替えを認めるはずがないことは百も承知だ。だから由香がうなずいたその日から、最後まで隠し通して既成事実で押し切るつもりだった。今日は名家の名士が大勢集まっているから、光希だって、さすがに人前で揉め立てはしない。それに、美雪は言っていた。光希の態度は前から自分にだけ違う、と。もしかすると本気で心に自分がいるのかもしれない、と。「光希、俺は何だかんだ言っても由香の父親だ」慎吾は引きつった笑みを浮かべた。「娘が嫁ぐのに俺がいなかったら、家庭不和だの父娘が離反しただのって、陰口を叩かれるだろう?」光希は何より脅しを嫌う。彼の声は氷のように冷たい。「だから何だ。俺がいる。誰がそんな余計なことを言える?」一歩踏み出すと、威圧感を放ちながら言い放った。「今すぐ帰れ。俺に手を出させるな」「彼女自身が承諾したんだ!」慎吾は慌てて割って入り、胸を張って言い切った。「本人に確認した。由香は同意
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