「由香、結婚を美雪にタダで譲れって言ってるわけじゃない。ちゃんと補償はする……」馴染んだ声が聞こえ、木村由香(きむら ゆか)は激痛の中で目を開いた。朦朧とした意識がはっきりした途端、松本光希(まつもと こうき)との結婚一ヶ月前へ戻っているのに気づいた。父・木村慎吾(きむら しんご)の真剣そのものな顔は、結婚を譲れと迫ってきた記憶と寸分違わない。「いいよ」由香はかすれ声で、意図せず父の言葉をぶった切った。慎吾の顔は嬉しさにあふれ、抑えきれていない。「由香、ようやく分かったんだな!」由香は赤い唇を少しつり上げ、嘲るような笑みをこぼした。「その代わり、200億円欲しい」「200億円?頭おかしいのか!」言い終える前に慎吾の顔はこめかみに筋が浮き上がり、怒りに震えていた。由香は耳の後ろ髪を払い、ゆっくり続ける。「それに、あなたとの親子の縁を切る」慎吾の顔色が一瞬にして変わり、彼女を指す手が止まらず震える。「このクズが!自分が何を言ってるか分かってるのか!」「分かってるに決まってる!」由香は顔を上げ、その表情には憎しみが滲んでいる。「母の妊娠中に浮気して、母子ともに死なせたあの日から、あなたに私の父である資格はない!どうせあなたの心の中で娘は美雪だけ。あの子のために松本家との結婚まで私に譲らせようとする。親子の縁なんて切れているようなものでしょう!条件は二つ。どっちも譲らないわ!」彼女は少し身を乗り出し、苛立ちを滲ませる。「返事はイエスかノーよ」慎吾は怒りで呼吸を荒げ顔を真っ赤にしている。彼は奥歯を噛みしめ、絞り出すように言った。「縁は切ってやる!後悔するなよ!200億円は時間が要る。ただし、俺にも条件がある!松本家のあの後継者は君のことを気に入ってる。美雪を無事に嫁がせるために、一ヶ月以内に国を出て行け!二度と戻ってくるな!」その言葉を聞いて、由香は動悸がした。慎吾が妹・木村美雪(きむら みゆき)のためならそこまでやることに対してか、それとも「松本家の後継者は君のことを気に入ってる」という一言に対してか、理由は自分でも分からない。小さな声で言葉をふりしぼる。「あの人が私を気にかけるわけない」「何だと?」慎吾が言い返す。由香は視線を落とし淡々と言う。「何でもない。
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