暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める のすべてのチャプター: チャプター 541 - チャプター 550

565 チャプター

第541話

真琴もまた、落ち着いた様子で二人に目を向けた。信行の傍らに立つ女の子は綺麗で、信行と並ぶとよく似合っていた。一方、傍らの紗友里は腹の虫が治まらない。二人をあからさまに不機嫌な目つきで睨みつけ、信行がわざと見せびらかしに来たのだと決めつけていた。両手をポケットに突っ込み、冷めた目で信行と渚を頭から爪先まで品定めするようにじろじろと見て、紗友里は皮肉たっぷりに口を開いた。「これが今日のお見合い相手?ずいぶんご機嫌じゃない。ご飯の後は二次会まであるんだ」ここ最近、紗友里もいくらか大人しくなっていたのだが、信行が他の女の子に優しくしているのを見ては、どうしても腹の虫が治まらなかったのだ。紗友里の皮肉などまともに取り合わず、信行は渚に目を向けて紹介した。「紗友里だ。俺の妹の」紹介されると、渚は慌てて手を差し出し、笑顔で挨拶した。「初めまして、紗友里さん。前からお話は伺っていました。お会いできて嬉しいです」笑顔で来られては、邪険に払いのけるわけにもいかない。愛想よく微笑む渚に対し、紗友里は仕方なく右手を出して軽く握り返し、素っ気なく返した。「どうも」その時、信行の視線が再び真琴に戻った。ただ、目を伏せて真琴を見つめたまま、どこから、どう紹介したものか分からず、言葉に詰まってしまった。信行が何も言わないので、真琴は自ら堂々と手を差し出し、渚に挨拶した。「東央システムズの西脇茉琴です」今この瞬間、真琴は極めて落ち着いていた。紗友里ほどの敵意もなく、信行がお見合いをしていることも、別の誰かと一緒にいることも、あっさりと受け入れていた。なにしろ、過去は過去であり、吹っ切れたと言えば吹っ切れたのだから。それを見て、渚もすぐさま真琴の手を握り返し、笑顔で応えた。「成瀬渚です」二人が挨拶を終えて手を引っ込めた時、紗友里は冷たい目で信行を見て言った。「じゃあ、ゆっくり楽しんで。私と真琴は先に帰るから」そう言うなり、信行が口を開く隙も与えず、紗友里は真琴の腕を引いてさっさとその場を後にした。紗友里には真琴ほどの余裕はないし、信行が恋愛するのを眺める気分にも、イチャイチャを見せつけられる気分にもなれなかった。車に乗り込むなり、紗友里はプンプン怒りながら言った。「本当に腹立つ!なんで他の女
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第542話

紗友里の慰めに、真琴はふき出して笑った。「安心して。今の私、すごく元気だから。無理して自分を苦しめたりなんてしてないわ」そう言って、真琴は尋ねた。「この後どうする?どこか行く?」真琴の笑顔を見て、紗友里もすっかりほっとしたようだった。「美味しいものでも食べに行こっか。たかが男の一人や二人、どうってことないわよ!後で紹介してあげる。どんな相手でも選び放題なんだから」両手でハンドルを握り、車をスタートさせながら、真琴は笑って答えた。「いいわね、お願いしようかしら」もちろん口先で調子を合わせただけで、実際にそんな気はさらさらない。頭の中は仕事と論文のことでいっぱいだった。食事を終え、車で紗友里を片桐家の本邸へと送り届けた。ここでも門の前で降ろすだけで、中に上がっていくことはしなかった。紗友里の背中を見送ってから、ようやく車を発進させる。帰りの道すがら、ふと、今日信行と出くわしたあの場面が頭をよぎった。両手で軽くハンドルを握りながら、かつての自分がどれほど信行を慕っていたか、あの数々のスキャンダルの後始末までしてあげていたことを思い返した。それなのに、今日出会ったばかりの相手には、あんなにも甲斐甲斐しく、愛想よく振る舞っている。真琴は思わず口角を上げ、自嘲するように笑った。未練も、怒りも、悔しさもない。ただ、人の心というものに感慨を覚えるだけだった。あまりにも人を傷つけるものだと。どれだけ真心を尽くしても、真心が返ってくるとは限らないのだと、ただ虚しさを噛み締めていた。車はひたすら前へと進んでいく。家まではまだ距離があり、真琴はカーオーディオのスイッチを入れた。……一方の信行は、夜に渚と食事を済ませ、成瀬家まで送り届けた後、車で帰途についていた。帰る先は本邸だ。車内には音楽が流れ、信行も一人の静かな時間を味わっていた。静かな道に差し掛かったところで、信行は窓を開け放った。しかし、片桐家のお屋敷までもう少しというところで、前方から向かってくるあの白いベンツの姿がパッと目に飛び込んできた。すでに辺りは暗くなっていたが、それでも一目で真琴の車だと分かり、運転席の真琴の姿までしっかりと見えた。途端に、信行は無意識に車のスピードを落とし、その目は真琴に釘付けになった。だ
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第543話

「そうやって初めて、心が開くのよ。信行が『まあまあ』だなんて言うくらいなんだから、きっと素敵なお嬢さんに違いないわ。やっぱりお祖父様の目に狂いはないわね」昔、由紀夫が真琴を選んだのも間違っていなかったように。はしゃぐ美雲を淡々と見つめながら、信行は、やはり誰もが自分に一刻も早く身を固めてほしいと願っているのだなと思った。黙り込んでいる信行を見て、美雲は言った。「それじゃあ、先に部屋に戻ってゆっくり休みなさい。私、お祖父様にもこの事を報告してくるから」そう言うと、美雲はくるりと背を向けて裏庭へと向かった。信行がお見合いに向かう前は、ずっと心配していた。心を閉ざしたまま、新しい人や新しい物事を受け入れようとしないのではないか、と。だがどうやら、その心もまだ開けるようだ。裏庭へ向かっていく美雲の後ろ姿を振り返って見つめ、信行は呼び止めなかった。しばらくその方向をじっと見ていたが、やがて視線を戻して前を向いた。向き直って階段を上る間も、脳裏をよぎるのは先ほど真琴とすれ違った場面ばかりだった。前だけをまっすぐに見据え、自分の存在など微塵も視界に入っていなかった真琴の姿だ。自分の部屋に戻り、見慣れた何枚かの集合写真を眺めながら、信行は今日という一日が途方もなく長く、一分一秒がひどく苦痛に感じられていた。映画館で、真琴を見ていられたあの時間を除いては。今この瞬間、信行はあえて深く考えようとはしなかった。もし妥協して他の女と一緒になれば、これからの生涯、永遠にこんな長く苦しい日々を送り続けることになるのだということを。……同じ頃、成瀬家。渚が帰宅するなり、母の成瀬文江(なるせ ふみえ)が満面の笑みで駆け寄って尋ねた。「渚、今日、片桐家の次男さんとの顔合わせはどうだった?次に繋がりそうかしら?」バッグを置き、首を軽く回しながら、渚は落ち着き払って答えた。「お昼をご一緒して、午後は映画を観て、夜も一緒にお食事したわ。次に繋がりそうだと思う」昼から映画、そして夕食まで一緒に過ごしたと聞いて、文江は途端に色めき立った。「初めて会ってそれだけ長く一緒にいたなら、間違いないわ。向こうも気に入ってくれたのよ。絶対次に繋がるから、うまくやってこのチャンスを逃さないようにね」信行に離婚歴があるとは
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第544話

……その頃、帰宅した真琴はシャワーを浴びて身の回りのことを済ませると、ベッドに横になって休んでいた。一日中外を歩き回って、さすがに少し疲れていた。午後に信行と出くわしたことについては、真琴はそれほど気に留めておらず、あれこれと深く考えることもなかった。一方の紗友里はといえば、まだ腹の虫が治まらず、実家に戻るなり裏庭へ直行して、祖母に言いつけに行った。信行のここが駄目、あそこが駄目だと散々文句を並べ、昔、真琴と一緒だった頃はあんなに冷たくしたくせに、今になって他の女の子にあんなに優しくするなんてと愚痴をこぼした。幸子は静かに宥めた。「人間なんてそんなものよ。痛い目を見て、失敗して、そうやって初めて利口になるんだからね」紗友里はぐっと眉を寄せた。「どうしてそうなるのよ!真琴が散々苦労したのに、他の女の子がいい思いをするなんて納得いかない」「それも仕方のないことよ。ただ、ほんの少しご縁が足りなかっただけなのよ」その言葉を聞いて、誰も自分の気持ちを分かってくれないのだと思い、紗友里はこれ以上話すのも面倒になって、祖母には先に休んでもらい、さっさと自分の部屋へ戻った。部屋に入った途端、ポケットのスマホが鳴った。不機嫌な顔のまま、紗友里は電話に出た。電話の向こうから、若い男の声が早口で聞こえてきた。「紗友里さん、頼まれていた件、すべて裏が取れました。ネットでデマを拡散していた連中の元締め、もう居場所は特定してます」それを聞いて、紗友里はすかさず言い放った。「なら何をぐずぐずしてるのよ。さっさと押さえなさい」「了解しました、紗友里さん」その言葉を聞くと、紗友里はそれ以上何も言わず、通話をブツッと切った。今日は一日中信行のせいでイライラし通しだったが、ここへ来てようやく少しは胸のすくような話が舞い込んできた。そして翌朝、紗友里は朝早く目を覚ますと、そのまま用事を片付けに出かけていった。……同じ頃、光雅の住むマンション。珍しく一日休みを取っていた光雅が起きて間もない頃、秘書が玄関のドアをノックした。秘書がドアを開けて入ってきた時、光雅はコーヒーカップを手に、ミニバーから歩いて出てきたところだった。光雅を見ると、若い秘書は慌てて挨拶した。「社長、おはようございます」やって来た
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第545話

普段は無邪気な顔をしているくせに、やることには随分と容赦がない。ゆっくりと紗友里の前に歩み寄ると、光雅は顔色一つ変えずに声をかけた。「随分とご機嫌だな」光雅の唐突な声に、紗友里はパッと顔を上げて驚いたように尋ねた。「どうしてここにいるの?」驚いて見上げる紗友里の腕を掴み、自分の背後へと引き寄せると、光雅は言った。「片桐さんみたいな名家のお嬢様が、こんな荒事に手を出すもんじゃない」光雅に説教され、紗友里はムッとして負けじと言い返した。「私がこんな真似をするべきじゃないって言うなら、こいつらが真琴に泥を塗って、あることないことデタラメをでっち上げて陥れるのは、許されるって言うの!?」さらに畳みかけるように言い放つ。「やるべきかどうかなんて知らないわよ。でも、真琴がこのまま泣き寝入りするなんて絶対に許せない。あの子にこれ以上、惨めな思いなんてさせたくないの。絶対に黒幕を引きずり出してやるんだから!」真琴のために本気で憤る紗友里をじっと見つめているうち、光雅の心は少しばかり揺さぶられた。あの息の詰まるような片桐家とのしがらみの中にあっても、真琴にはこうした救いがあったのだな、と。真琴のことを心から案じてくれる人間が、確かにここにいるのだと。紗友里に向ける光雅の眼差しは、先ほどよりもずっと和らいでいた。「こういう汚れ仕事は、俺がやる。片桐さんがその綺麗な手を汚す必要はない」「……」光雅の思いがけない気遣いに、紗友里はしばらく返す言葉を失った。これほどスマートな振る舞いができる男だとは思っていなかったのだ。紗友里が身動きもせずに光雅を見つめていると、光雅は秘書の方を向いて言った。「後のことは、お前が処理しろ」「承知いたしました、社長」秘書の返事を聞き、光雅は再び紗友里を見て言った。「帰る時間だ。家族が心配するだろう」光雅を見上げる。その瞳は鋭いが、この前のような見下す色はなく、紗友里は断る理由が見つけられなかった。何より、光雅のオーラが圧倒的すぎて、これ以上盾突く気にもなれなかったのだ。彼の纏う空気は、信行や克典、それに拓真たちとも違う。気品を備えながらも、どこかアウトローで危険な匂いを漂わせている。紗友里が黙ったまま動かずにいると、光雅はスーツのポケットから右手を出
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第546話

光雅が笑うのを見て、紗友里は言った。「笑わないでよ、本当のことなんだから。真琴は本当に可哀想な人なの。だから、真琴を妹として認めたからには、これからは私みたいにしっかり守ってあげてね。絶対に優しくしなきゃ駄目だからね」両手でハンドルを握ったまま、光雅はコクリと頷いた。「ああ、分かってる」以前は、片桐家の人間には紗友里を含め、決していい印象を持っていなかった。だが、何度かやり取りをするうちに、紗友里に対する見方もそれほど悪くはなくなり、今では裏表のない単純な子だと感じていた。真琴と同じように、純粋なのだと。光雅が頷いてみせると、紗友里は真琴に優しくしてほしい一心で、真琴との数々の思い出を堰を切ったように語り出した。言葉を交わしながら、幾度か視線を向けるうちに、紗友里はやはり光雅が他の男たちとはどこか違うと感じていた。纏うオーラも、雰囲気も違う。どこか陰を帯びたアウトローな魅力があった。一時間余りが過ぎ、二人が都心に到着したのは午前十一時半。ちょうど昼食の時間だった。信号待ちで車が停まった時、光雅は紗友里の方を向いて言った。「飯の時間だ。一緒に昼飯でも食おう」光雅の誘いに、紗友里は少しもためらうことなく、あっさりと頷いた。「いいわよ」紗友里のそのあっさりとした返事に、光雅はちらりと紗友里を見て、口元に微かに笑みを浮かべた。そして信号が青に変わるや否や、車を発進させて食事の場所を探しに向かった。紗友里は地元の人間なので、光雅は店選びを任せた。紗友里は、真琴とよく通っているレストランを指定した。店員が料理を運び終えると、紗友里は光雅に料理を勧めながら、一品一品の作り方や由来を説明し始めた。その様子は、まるで旅行ガイドのようだった。紗友里のそんな世話焼きな一面を、光雅も満更ではない様子で受け入れていた。言葉を交わしながら、なかなかいい子じゃないかと思い始めていた。食事を終え、光雅が店員を呼んで会計を頼もうとすると、店員は恭しく言った。「こちらのお嬢様から、すでにお代は頂戴しております」その言葉に、光雅は顔を上げて向かいの紗友里を見つめた。女と食事をして、先に会計を済ませられたのは初めてのことだった。光雅の視線を受け、紗友里は何事もなかったかのように笑って言った。「あ
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第547話

……しばらくして紗友里が歩いて屋敷に戻ると、美雲が探るように尋ねた。「紗友里、朝は自分で車を運転して出かけたじゃない?どうしてさっきは誰かに車で送ってもらってたの?あの人、誰なの?」紗友里も今年で二十五歳。美雲も娘の結婚を心配している時期なだけに、使用人から誰かに車で送られて帰ってきたと聞いては、気になって仕方なかった。バッグをソファに放り投げ、紗友里はあっけらかんと答えた。「用事の先で偶然会ったの。真琴のお兄さんの、西脇光雅さんよ」「西脇さん!?」美雲は途端に驚き、思わず声を張り上げて尋ねた。「せっかくの週末に何の用事があって、あの人と出くわすのよ」光雅が「絶対に敵に回してはいけない」と囁かれるほど、容赦のない恐ろしい男だという噂は、美雲も調べをつけており、とうに耳にしていた。おまけに、光雅が東都にやって来て間もない頃に信行と殴り合いの喧嘩をしたこともあり、余計に強烈な印象が残っていた。そう問い詰められ、紗友里は少し後ろめたくなった。なにしろ、自分がしてきたことは決しておおっぴらに言えるようなことではないからだ。美雲から視線を逸らし、紗友里は言った。「興衆と東央は提携してるんだから、出くわしたって不思議じゃないでしょ」「今日は週末よ。仕事なんかあるわけないじゃない」その言葉に紗友里はムッとして、顔を上げて言い返した。「お母さん、甘く見ないでよ。お兄ちゃんが仕事熱心なように、私だって真面目に仕事してるんだから。休日出勤したっていいじゃない」もっともらしく言い返しているうちに、自分でも本当に残業していたような気になってきた。紗友里が強気にまくしたてると、美雲もあっさりと折れた。「はいはい、残業だったのね」そして、念を押すように付け加えた。「ただ、あの西脇光雅って男には近づかない方がいいわよ。あんなの、関わってタダで済む相手じゃないんだから」紗友里は小声でぼやいた。「お母さんたちが思ってるほど悪い人じゃないわよ。真琴にはすごく優しくて、本当の妹みたいに大事にしてるんだから」美雲はぴしゃりと言った。「とにかく、私の言うことちゃんと聞いておきなさい」紗友里は適当に生返事をした。「分かってるってば」口ではそう返事をしながらも、心の中ではやはり光雅を悪くない人
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第548話

光雅の言葉が終わると、秘書が他の仕事の報告をいくつか済ませ、ドアを開けて退室していった。信行と渚が会って関係を深めているこの間、真琴の日常は随分と静かになっていた。貴博が時折夕食に迎えに来ることもあったが、二人はあくまで友人としての距離感を保ち続け、それ以上踏み込んだ関係になることはなかった。半月後。三社共同の次世代制御プロジェクト立ち上げの打ち合わせがあり、真琴はアークライトのラボでようやく信行と顔を合わせた。半月ぶりに会っても、真琴は相変わらずで、信行もまた相変わらずだった。今回のイベントは外部公開されており、三社のほかにも他機関や他企業の技術者たちが見学に参加していた。由美もそこに来ていた。オフィススーツ姿で光雅の隣を歩く真琴を遠くから眺めながら、由美は彼女に対してそれほど大きな敵意を感じなくなっていた。今、由美が腹立たしく思っているのは渚の方だ。これほど長い年月を待ち続け、信行の後ろをずっとついてきたというのに。真琴さえいなくなれば、自分がその座に収まれると思っていた。なのに、いきなり渚なんて女がしゃしゃり出てきて、横から割って入られるとは夢にも思わなかった。だから、ここ最近の由美の鬱屈した胸の内は推して知るべしだった。信行から何度も立場をはっきりさせられ、もう見込みはないと言われても、由美はどうしても諦めきれず、まだ足掻こうとしていた。以前は、成美の存在が自分の後押しになると思っていた。だが今、信行と駆け引きをする中で、逆に成美の存在が足かせになっていると感じている。信行、智昭、光雅の数人が人だかりの先頭を歩き、プロジェクトの立ち上げについて話し合い、後ろではメディアの記者たちが撮影を行っていた。今日の午前中の撮影は、主に外部へのPRが目的である。真琴は光雅の傍らに静かに付き添い、由美や見学に訪れた他企業の人たちは、集団の後ろをついて歩いていた。智昭の隣で、信行は光雅たちとプロジェクトの話をしながらも、その視線は度々真琴の上に落ち、時折真琴を見つめていた。半月ぶりに会っても、真琴は以前のままだった。そして、その目には相変わらず自分の姿は映っていない。真琴を見つめるあまり、信行は何度か上の空になり、他の人から「片桐社長」と二度ほど呼ばれてようやく我に返るほどだった。
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第549話

もし二人が手を組み、真琴の力で渚を身引かせることができれば、由美にとっては言うことなしだ。怪訝そうに好奇の目を向ける由美に対し、真琴はペーパータオルを引き出して手を拭き、ゆっくりと顔を向けて平然と言った。「悔しいなんて気持ちは全くないわ。私と信行のことはもう過去の話だし、そもそも人って、誰かの思い通りになる所有物じゃないでしょう?だから、自分の気持ちには、自分で折り合いをつけるしかないのよ」由美が自分をダシにしてライバルを蹴落とそうとしているにせよ、本気でコツを聞きに来たにせよ、真琴は一切乗る気はなかった。もう信行とはどんな関わりも持つ気はない。真琴のその素っ気ない態度に、由美はじっと見つめている。しばらく見つめた後、真琴が背を向けて立ち去ろうとしたところで、由美はようやく口を開いた。「どうしたらそんな風になれるの?どうしたらそこまで気にしないでいられるの?悲しくないの?」数年前、信行が派手に浮き名を流していた頃、その後始末をしていたのはすべて真琴だったことを、由美は今でもはっきりと覚えている。真琴をまじまじと見つめながら、由美はどうしてもその方法を知りたかった。二年前、自分と信行が同じ個室にいるのを見ても、真琴は取り乱すこともなく、さほど感情を波立たせもしなかった。由美の好奇に満ちた目を、真琴も同じように見つめ返した。その眼差しは、淡々としていた。由美の好奇心に満ちた顔をしばらく見つめてから、真琴は言った。「我慢して、我慢し続ければ、そのうち慣れるわ」どうしたらそうなれるか?病気になるまで自分を押し殺せばできるようになる。それが習慣だと思えるようになる。ただ、あんな思いは、もう二度としたくなかった。「……」その答えを聞いて、由美はようやく思い出した。真琴が死を偽装して姿を消す少し前、うつ病が身体症状として現れていたことを。その落ち着き払った様子を見て、由美は一瞬、不思議と同情すら覚えた。由美が黙り込んでいるのを見て、真琴は淡々と言った。「先に出るわね」だが、真琴が化粧室を出ると、すぐに由美も出てきた。二人が皆と合流しようとした矢先、あいにくまた信行と鉢合わせてしまった。三人が顔を合わせ、信行は真琴の姿を見るなり無意識に足を止め、その意識のすべてを真琴に向けた
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第550話

彼女たちに半身を向け、信行は視線の端で真琴をちらりと見やりながら口を開いた。「今日は立て込んでいるんだ。また今度にしよう」彼女から過去を吹っ切って新しい人生を歩むよう望まれているのだから、その目の前で、新しい相手とやり直す芝居をたっぷりと演じてみせた。あるいは、そこには別の思惑もあったのかもしれない。電話の向こうの渚は気にする素振りも見せず、明るく返事をした。「分かりました。じゃあ、お時間があるときに誘ってくださいね」そう言って、二人は通話を終えた。傍らでそのやり取りを聞いていた由美は、とうに何度も顔色を変えていた。だが、肝心の真琴の方へ目を向けると、全く意に介する様子もなく、歩み寄ってきた一明と何事か言葉を交わしている。目の前の二人を眺めながら、由美は今、はっきりと確信した。信行はまだ真琴への未練を断ち切れておらず、決して忘れてなどいないのだと。家族の勧めるお見合いを承諾したのも、徹底的に拒絶され、どうしようもなくなったからに過ぎない。だから別の道に乗り換えただけだ。あるいは、半ば投げやりになっていて、このまま本当に渚と一緒になるつもりなのかもしれない。通話を終えた信行が再び視線を戻しても、真琴は先ほどの会話の内容にも、自分が他の女と親しくしていることにも、微塵も関心を示していなかった。途端に、男の胸中は複雑にざわめいた。信行がじっと熱い視線を送っているというのに、当の本人は一明との会話に夢中でまったく気づいていない。それを見かねた由美が、あえて声をかけてその場を取り繕った。「真琴ちゃん、信行がまだここにいるわよ」促されてようやく二人に向き直った真琴は、あっさりと告げた。「石本さんと少し話があるから、私たちはこれで」そう言い残し、一明と一緒に歩み去っていく。先ほどの見せつけがましい電話など、欠片も耳に入っていなかったかのように。遠ざかるその背中を、信行はただ黙って目で追うしかなかった。その時、由美が彼に向かって口を開いた。「何でそんな真似するの?まだ未練があるくせに、目の前であんなわざとらしいお芝居をしたって、真琴ちゃんには通用しないわよ」本当は責めるつもりはなかったが、つい口を出してしまった。少なくともこうして釘を刺しておけば、信行に渚との関係をはっきりさせら
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