All Chapters of 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める: Chapter 561 - Chapter 570

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第561話

車の前に立ち、信行は振り返って車内を一瞥した。真琴が助手席に乗り込み、腕を組んだまま目を閉じて眠りについたのを確認すると、思わず口元に笑みがこぼれる。ただこうしてそばにいてくれるだけで、まだ救いがある。真琴は車に戻ったが、信行自身はすぐには乗り込まず、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、眼下に広がる夜景を淡々と見下ろしていた。真琴がいれば、それだけで心が落ち着く。由美のことなど、渚のことなど、今やすっかり頭から抜け落ちていた。特に渚に関しては、何度か一緒に飯を食い、顔を合わせたはずなのに、実はその顔すらまともに覚えていない。相手がどれほど美しい女子アナウンサーであろうと、だ。身動き一つせず、一人で外に立ち尽くして随分と物思いに耽った後、再び車内に戻ると、真琴は本当に助手席に寄りかかって寝息を立てていた。だが、普段から頭を酷使している彼女の激務を思えば、信行にもそれがいかに無理からぬことか納得できた。あれだけ神経をすり減らしていれば、ひどく疲れるのも当然だ。後部座席から上着を取り出してそっと掛けてやり、手を伸ばしてその頬を優しく撫でる。眼差しはどこまでも温かかった。車内には暖房が効いている。信行はすぐに車を出そうとはせず、運転席に座ったまま、ただ静かに寝顔を見つめ続けた。手は頬から離さず、ずっと優しく触れ続けている。やがて随分と時間が経ち、真琴が寝返りを打ったところで、信行はガソリンが尽きるのを懸念し、ようやくエンジンをかけて山を下り始めた。曲がりくねった山道。信行はひどくゆっくりと車を走らせ、時折助手席へと視線を落としては、右手でこっそりとその手を握りしめていた。昔は、二人の間にこれほど親密なスキンシップなどなかった。今となっては、頭に思い描ける限りのロマンチックなことを、すべて真琴と共に経験したいと願っている。車が真琴のマンションの下に停まった時には、すでに時計の針は午前一時を回っていた。彼女はまだ夢の中にいる。信行は起こそうとはせず、ただ静かに見つめていた。夕方、渚に「縁がなかった」、「もう連絡してこないでくれ」ときっぱり関係を断ち切ったことで、信行自身もすっかり肩の荷が下りていた。何よりも、それを真琴の目の前ではっきりと告げたことで、自分の立場と覚悟を示せた
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第562話

今この瞬間の信行の距離感は、まるで学生時代に戻ったかのようだった。その遠慮のない振る舞いに、真琴は振り返って一瞥した。信行のちょっとした下心など、真琴にはすっかりお見通しだ。だが、思い通りにさせる気など毛頭ない。部屋に上げることも、何らかの間違いを起こすことなど絶対にあり得なかった。やがてエレベーターが目的の階に到着し、降りて玄関先まで来ると、真琴は振り返って告げた。「着いたわ。もう帰って」そのあからさまな門前払いに、ある程度予想していたとはいえ、いざ面と向かって言われると、信行も内心面白くなかった。両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、目の前の真琴を見下ろして言う。「本当につれないな。せっかく家の前まで送ってきたんだ、お茶の一杯くらい淹れてくれてもいいだろうに」信行を見上げ、真琴は言い返す。「こんな時間にお茶なんて飲んだら、目が冴えて眠れなくなるわよ」信行が背を向けて立ち去らない限り、真琴は頑としてドアの鍵を開けようとはしなかった。とにかく、付け入る隙など一ミリも与えるつもりはない。そのあまりに徹底した警戒ぶりに、信行自身、だんだんとおかしくなってきた。そのまま玄関先で膠着状態が続き、一向にドアを開けようとしない様子に、とうとう信行は堪えきれずに吹き出してしまった。いきなり笑い出したのを見て、真琴もこうして睨み合っているのが馬鹿らしくなってきた。小さくため息をつき、口を開く。「もういいわ。じゃあ気をつけて帰……」言い終わるよりも早く、信行が唐突にその首の後ろを掴んだ。ぐっと力を込めて自分の方へ引き寄せると、そのまま身をかがめて強引に唇を塞ぐ。眉をきつくひそめ、真琴は咄嗟に両手を上げて突き飛ばそうとした。だが、信行はとうに予期していた。抵抗する隙など一切与えず、真琴の両手首を掴み上げると、さらに深く強引に口づけてきた。男女の力差はあまりにも歴然としており、本気で力ずくに出る信行を前にしては、真琴になす術などなかった。必死に抵抗したものの、結局は壁に押し付けられ、抗いようもなく唇を奪われ続ける。しばらく身をよじって抗っていたが、どうしても振り解けないと悟ると、真琴はもはや無駄な抵抗をする気すら失せた。背中を壁にぴったりと押し付けられ、強引な口づけも、手首を押さ
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第563話

一瞬にして頭の先から足の先まで澄み渡り、全身に活力がみなぎるのを感じた。たとえよりを戻せていなくとも、もう心が塞ぎ込むことはなかった。*マンションの一室。真琴は部屋に入るなり、ドアを背にしてずるずるともたれかかった。信行という男はあまりにも手強く、そのやり口はどこまでも抜け目がない。まだ離婚していなかったあの頃、信行がここまで自分にすがる日が来るなど、想像することすらできなかった。ただ……あまりにも遅すぎた。ドアに背を預けたまましばらく立ち尽くし、やがて真琴はようやく足を踏み出して寝室へ向かい、着替えを手にして浴室へと入っていった。扉の外では、先ほどの口づけの余韻からゆっくりと抜け出した信行が、階下へと降りて帰路についていた。真琴の反感を買わないよう、その後二日間、信行は大人しく身を潜め、彼女の邪魔をすることはなかった。ある夜、信行が早めに仕事を切り上げて本家へ戻ると、前庭の屋敷で由紀夫が両手で杖を突いたまま、鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。祖父の険しい眼差しを正面から受け、信行は何事もなかったようにふっと笑った。「俺、何か犯罪でも犯したか?」言い終わるや否や、由紀夫は単刀直入に切り込んできた。「お前、成瀬のお嬢さんとはどうなってるんだ?前はあんなに上手くやってたじゃないか。どうしてまた急に掌を返したように突き放したんだ」信行が口を開く間も与えず、祖父はソファから立ち上がり、先ほどよりもさらに厳しい口調で説教を始める。「お前も今年で二十八だ。子供じゃあるまいし、もう少し責任ある行動はとれんのか。向こうはこの縁談に大きな期待を寄せているというのに、お前のこの身勝手な振る舞いは一体何だ?」祖父の叱責に、信行もさすがに聞く耳を持てなくなり、顔に浮かんでいた笑みはすっと消え失せた。無表情で由紀夫を見据え、焦る様子もなく淡々と反論する。「お祖父さん。第一に、俺はあいつと関係をはっきりさせた覚えはない。何度か顔を合わせて飯を食っただけで、俺から何か約束したことは一度もない。第二に、成瀬のほうがどんな期待を抱こうが、それは向こうの勝手だろ。俺はあいつらの願いを叶えるための打ち出の小槌じゃないし、彼らの期待に応える義務なんざどこにもない。第三に、見合いなんてものはただの顔合わせだ。気が合え
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第564話

努力してみる気がなかったわけじゃない。だが、真琴以外の女じゃ、どうにもならない。開き直った態度の信行に、由紀夫は眉を深くひそめて問い詰めた。「お前、まだ真琴のところへ行くつもりか。あの子から身を引く気はないのか?」身を引く気はない、だと?その言葉に信行の顔色は一瞬にして冷え込み、低く冷たい声で言い放った。「身を引かないって、どういう意味だ?俺とあいつはもう二十年来の仲だぞ。会いに行くことすら、想うことすら許されないって言うのか?」信行が言い終えるや否や、祖父はすかさず言葉を返す。「会いたいだけだと?想うだけだと?夫婦だった頃はろくに見向きもしなかったくせに、相手にされなくなってから恥も外聞もなく付き纏うとは。我が家はお前にそんなみっともない真似を教えた覚えはないぞ!」由紀夫はさらに畳み掛ける。「お前が口に出さずとも、よりを戻したがっていることくらい手に取るように分かる。だがな、お前が復縁したくてあの子とやり直したいと願ったところで、真琴自身がそれを望んでいるとでも思っているのか?またお前と一緒になりたいと願っているとでも?」そして、由紀夫は容赦なく追い打ちをかけた。「真琴がどんな思いでお前のもとを去ったか、まさか忘れたとは言わせんぞ」その言葉に、信行の表情はこれ以上ないほど暗く沈み込んだ。ポケットに両手を突っ込んだまま、祖父を射抜くような鋭い視線で睨みつけ、やがて低く吐き捨てる。「俺のことに首を突っ込むのはやめてくれ。お祖父さんは自分の体でも心配していればいい」そう言い残すと、これ以上押し問答を続ける気も失せたのか、信行は背を向けて階段を上がっていった。誰も彼もが、自分と真琴の仲を邪魔しようとしてくる。一体自分がどれほどの大罪を犯したというのか。心を入れ替えてやり直すチャンスすら与えられないというのか。リビングに残された由紀夫は、階段を上がる信行の背中に向かって怒鳴りつけた。「成瀬のお嬢さんとの縁談は、嫌でも承知してもらうからな!もう二度と、真琴に迷惑をかけるんじゃないぞ!」あの時、自分が一瞬の情に流され、若者たちの言い分を呑んでしまったばかりに、こんな結末を招いてしまった。長く生きてきた分、人を見る目は若者よりもずっと確かだったはずだ。信行のあの捻くれた性格では、優しすぎる
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第565話

渚のことなど、問題外だ。あいつと一緒になる可能性なんて、万に一つもあり得ない。あんな女、ちっとも好きじゃない。……しかし、祖父とやり合った翌日、各メディアのニュースサイトでは、信行とラジオ局のアナウンサー・成瀬渚の交際を匂わせるゴシップが、トレンドランキングをじわじわと駆け上がっていた。最初はかなり下の方にあったが、信行が絡んでいるとあって、あっという間に上位へと躍り出た。おまけに、渚は昨今もてはやされている美貌の人気アナウンサーだ。瞬く間に、ネットでも現実でも、この話題で持ちきりとなった。【親同士が決めた見合いだって噂だよ。これならトントン拍子でまとまるんじゃないか】【片桐信行は元妻を忘れられない、もう結婚しないって言ってなかったっけ?やっぱり男の言葉なんて信用できないな】【でも、お似合いの二人じゃないか。美男美女で】【男の言葉なんて真に受けちゃ駄目だ。片桐さんが二年も大人しくしてただけでも、上出来じゃないか】【ただ内海由美が可哀想だな。何年も曖昧な関係を引っ張られてたのに、ポッと出のアナウンサーに横取りされるなんて】今や、ネットの中だけでなく、街角でもこのゴシップが人々の口の端に上っていた。信行自身も、その記事を目にしていた。デスクの前で、無責任に書き連ねられたコメントの数々を眺める信行の顔色は、見る見るうちに険しくなっていく。数年前の信行なら、こんな根も葉もないゴシップなど鼻で笑って一蹴していただろう。むしろ、こうした噂が立つことで真琴の嫉妬を煽れるなら、好都合だとさえ思っていたかもしれない。だが今は違う。自分のゴシップを目にして、真っ先に真琴の目に触れることを、そして誤解されることを何よりも恐れていた。間もなく、祐斗がノックをして執務室に入ってくると、信行はスマホを机にパサッと投げ出し、顔を上げて命じた。「ネットに上がってるあの下らない記事、すぐに全部消させろ」「承知いたしました、社長」そう答えてから、祐斗はおずおずと顔色を窺いながら言った。「社長、成瀬様がお見えです」信行はしれっと顔を上げる。「どの成瀬だ?」つい先ほどまでその女とのゴシップ記事を見ていたというのに、信行の頭からは、渚のことなどすっかり抜け落ちていた。「……」祐斗は絶句した。
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第566話

どこまでも冷淡な信行の態度を前にしても、渚は落ち着き払っていた。向かいの椅子を引いて優雅に腰を下ろすと、静かに口を開く。「お互い大人なのですから、何かあるなら直接お会いして、はっきり話し合ったほうがいいと思ったんです」その物言いを聞いて、信行は心底くだらないと感じた。いい大人の間で、わざわざ言葉にして白黒つけなければならないことなどあるものか。語りたがらないこと、そして沈黙を貫くこと。それ自体が立派な拒絶のサインだ。そもそも、この間の電話で十分に事情は説明したはずだ。だから信行は顔を上げることもせず、手元の書類に視線を落としたまま冷徹に言い放った。「言うべきことはすでに伝えたはずだが。俺の意思はあれが全てだ」どこまでも取り付く島もない信行の態度に、渚の顔に微かな気まずさがよぎる。これまでの人生、彼女は常に男たちから追いかけられ、機嫌を取られる側の人間だった。自分から身を低くしてまで異性に尽くそうとしたのは、今回が初めての経験だ。とはいえ、相手は他でもない信行だ。じっと身動きもせず、渚はしばらく信行の顔を見つめていた。やがてふっと笑みを浮かべて問いかける。「信行さん。私、何か至らないところがありましたか?それとも、何かお気に障るようなことをしてしまったんでしょうか」どこまでも穏やかな彼女の声音に、信行はついに手元の作業を止めた。顔を上げ、渚の目を真っ直ぐに見据えて、真摯に告げる。「いや、君に落ち度はない。ただ、俺が君を好きじゃない。それだけのことだ」渚が何か言い返すよりも早く、信行はさらに言葉を重ねた。「俺なりに試してみたし、努力もした。だが、これ以上君の時間を無駄にさせる義理もないからな」まだ正式に付き合っているわけでもない。だからこそ、ここまではっきり告げるのは、信行なりの誠意であり責任の取り方でもあった。信行を直視しながら、渚はみるみるうちに顔色を変えた。しばらく信行を見つめてから、渚は絞り出すように問いかけた。「……前の奥様の、真琴さんが原因ですか?まだ、彼女のことが忘れられないんですね」厳密に言えば、今の渚と信行の関係性において、彼女にそこまで踏み込んで問い詰める権利はない。だが、どうしても聞かずにはいられなかった。渚の追及にも、信行はあっさりと事実を
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第567話

手元の仕事を切り上げ、信行は技術部へと足を運んだ。入り口にたどり着くやいなや、ホストコンピューターの前に座り込んでシステム調整を行う真琴の姿が目に飛び込んでくる。周囲には数名の技術員が群がり、熱心に彼女の作業を見学していた。ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、信行は遠巻きに真琴を見つめる。その姿に、一瞬で目を奪われてしまった。技術員たちが真剣な眼差しで教えを乞う姿も相まってか、信行には真琴自身がまばゆい光を放っているようにすら思える。邪魔をする気にはなれず、ただ静かに入り口に佇んだ。ひたむきに仕事と向き合う彼女は、ひときわ輝いていた。一通りシステムの調整を終えると、真琴は傍らに立つ技術員たちへ顔を向けた。「おそらく操作ミスによるシステム障害ですね。今はもう復旧しているので、次からは気をつけてください」興衆実業が本格的にシステム開発やAI研究へ参入したのはここ数年のこととはいえ、企業としての総合的な技術力は極めて高い。今日起きたような初歩的なミスは本来あり得ないし、起こるはずもない。それでも、背後に立つ技術員たちが大真面目な顔で学ぼうとしている手前、真琴もきつい言葉はかけられない。ただ注意を促すに留めた。「ありがとうございます、西脇博士。今後は十分に注意します」「ありがとうございました。今日も博士から多くを学ばせていただきました」「本当にありがとうございます」真琴の言葉に、技術員たちは口々に感謝を述べる。それを受け、真琴はゆっくりと立ち上がった。穏やかな声で告げる。「他に用事がないようでしたら、私はこれで戻りますね」そう言って手提げ鞄を取り、肩に掛ける。まさにその場を立ち去ろうとした瞬間、背後から声が飛んできた。「社長」「社長」「社長」社員たちの声に反応し、真琴は鞄を肩に掛けたまま、焦ることもなくゆっくりと振り返った。そこには、信行の姿があった。男の真っ直ぐな視線が、真琴を射抜いている。視線が絡み合う。信行はポケットに両手を突っ込んだまま、周囲の空気を圧するような堂々とした足取りで歩み寄り、笑みを浮かべて声をかけた。「西脇博士」どこか上機嫌な信行の様子と、こちらを直視する眼差し。真琴はあっさりと視線を外し、彼を完全に無視した。推測が正しけ
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第568話

由美の問いかけに、光雅は背もたれに深く寄りかかり、気怠げな視線を向けた。「内海さん。自分で仕掛けたんだ、結果は甘んじて受け入れろよ。その程度の覚悟で火遊びをしてちゃ、つまらないだろう」意に介さない光雅の態度に、由美の顔色が一瞬だけ沈む。だが、すぐにいつもの笑みを取り繕い、余裕めいた口調で返した。「何をおっしゃっているのか私にはよく分かりませんわ。それに、何か決定的な証拠でもお持ちなのですか?」実際、光雅の手元に直接的な証拠などないはずだ。あの件に関して、彼女自身が直接手を下したわけではないのだから。ゆえに今、ここで由美さえ認めなければ、彼女がやったことにはならない。無関係で通せる。徹底してしらばっくれ、決して非を認めようとしない由美を、光雅は椅子にもたれかかったまま静かに見つめ返した。視線が絡み合う。ただじっと見据えてくるその眼差しに耐えかね、由美が再び口を開きかけた、その時だった。光雅が冷酷な薄笑いを浮かべる。「俺が動くのに、証拠なんてものは必要ない。俺がお前だと言えば、お前なんだよ」証拠、だと?「西脇光雅」という存在そのものが絶対のルールだ。どう扱おうが、どう処分を下そうが、すべては彼の思い通りに決まる。峰亜や内海家が束になったところで、彼に太刀打ちできるはずがない。傲岸不遜な光雅の言い草に、由美の顔からすっと表情が抜け落ちた。光雅と直接対峙するにあたり、彼女は致命的な思い違いをしていた。この男は、決して道理の通じるような真っ当な善人ではないという事実を、完全に失念していた。しばらく光雅の顔を凝視したあと、由美はどうにか引きつった唇を吊り上げ、声を作った。「峰亜のプロジェクトも、すでにいくつか潰していただいたでしょう。そろそろ溜飲を下げて、矛を収めてはいただけませんか」弱気を見せた由美に、光雅は鼻で笑った。「まだ始まったばかりだろう。自分から手を出しておいて、いざやり返される段になったら逃げ出す気か」その容赦のない追及に、由美はついに芝居を続ける余裕すら失い、顔色をどす黒く沈ませた。先日、新型チップが市場に出回り、峰亜はようやく息を吹き返したところだった。それなのに、ここへきてまたしても光雅が容赦なく横槍を入れてきた。由美はじっと光雅を見つめ返し、やが
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第569話

由美が本当に欲しているのは、もっと確かな、もっと上の何かだ。やがてエレベーターが1階に到着し、扉が開いた。由美がロビーへ足を踏み出したその瞬間、外のエントランスから入ってくる真琴の姿が目に飛び込んできた。真正面からの鉢合わせ。由美の足がピタリと止まり、真琴もそれに気づいて歩みを緩める。ワイドパンツのポケットに両手を突っ込んだまま、由美はゆっくりと真琴へ歩み寄った。そして、うっすらと笑みを浮かべて口を開く。「正直なところ、真琴ちゃんは本当にすごいと思うわ。ある意味、私も見習わなくちゃいけないと認めざるを得ないくらいにね」由美に話しかけられ、真琴も完全に足を止めた。口元に微かな笑みをたたえ、淡々と返す。「どういう意味でしょう」どこまでも飄々とした真琴の態度は、由美の胸でくすぶる嫉妬の炎に油を注いだ。何にも執着せず、何も欲しがらないような顔をしておきながら、最終的にはすべてをかっさらっていく。その余裕がどうしようもなく憎かった。真琴の目を真っ直ぐに見据え、由美は沸き上がる感情を必死に押さえつけながら笑ってみせた。「最初は信行と結婚して、次は五十嵐事務局長に取り入って。そして今は、西脇社長があなたのために必死になって後ろ盾になっている……真琴ちゃん、自分の出自を考えれば、少々やり手すぎるとは思わない?」悪意に満ちた憶測をぶつけられても、真琴は顔色一つ変えない。ただ、一言だけ短く返した。「運がいいんです」そのあっけらかんとした返しに、由美の顔色が見るに耐えないほど歪む。これ以上、彼女と言葉を交わす気にもなれず、真琴は話を切り上げた。「内海さんも、まだ処理すべき案件がたくさんおありでしょう。お邪魔しては悪いので、これで失礼します」そう言って立ち去りかけ、ふと思い出したように付け加える。「ああ、そういえば……あなたが発表したあの論文、私が原本と初期のデータ資料を持っているんです。もしご興味があるなら、お見せしても構いませんよ」「論文」という単語が出た瞬間、由美は弾かれたように顔を上げ、真琴を凝視した。その顔色は先ほどよりもさらに暗く、どす黒く沈んでいる。どうしてこの女が、原本とデータを持っているの?だって、あれは確かに……!目まぐるしく変わる由美の表情を眺めながら、真琴はあくまで穏やか
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第570話

執務デスクの前に由美が姿を現した。信行は冷ややかな視線を向けただけで、すぐに手元の書類へ目を落とし、作業を再開した。あからさまに歓迎されていないと分かっても、由美は気にする素振りも見せない。いつものように愛想の良い笑みを浮かべて声をかけた。「信行」企画書に目を通したまま、信行は一切応じない。無視された由美は、勝手にデスクの向かいの椅子を引いて腰を下ろした。ここでようやく、信行が口を開いた。「用件だけ言え」容赦のない物言いに由美の顔色が一瞬変わったが、すぐに笑みを取り繕う。「東央の件なんだけど、間に入って話をつけてくれないかしら?西脇社長ったら、本当に理不尽なの。彼が誤解している件なんて、私には全く関係ないのに。信行なら東央と提携しているし、西脇……」由美が言い終わるよりも早く、信行は手元の資料を机に放り投げた。顔を上げ、鋭い視線で射抜く。「自分で仕掛けたんだ、どんな結末になろうと甘受しろ。代償を払う覚悟もないくせに、火遊びなどするな」光雅と一言一句違わぬその指摘に、由美は即座に首を振った。「違うわ。あの件に私は一切関わっていない」頑なに非を認めない由美を、信行はただ静かに見据えた。しばらく沈黙が落ちた後、底冷えのする声で告げる。「しらばっくれて、何になると思っている?何年経っても、お前は少しも成長しないな」その一言に、由美は完全に言葉を失った。まさか信行までもが、少しも自分の味方をしてくれないなんて。成美という存在は、もはや彼の心の中でいささかの価値も持っていない。「成美」という切り札に縋っても、この局面は到底打開できない。成美が真琴のように、死の淵から蘇りでもしない限り。由美は信行の顔をじっと見つめ続け、やがて酷く疲れた声で口を開いた。「……あなたって、一度失ってみないと大事さに気づけないの?だとしたら、もし成美が生き返ったなら、あなたはようやく昔のことを思い出すのかしら。少しは私に情をかけてくれるわけ?」そんな戯言のような問いかけに対し、信行は氷のように冷たい視線を向けるだけで、一言も発しようとはしなかった。その冷ややかな態度を見て、由美は苦々しく笑みをこぼした。「そんな目で見ないでちょうだい。私はただ、あなたの本心を推し量ってみただけよ」そう言い
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