その様子からして……どうやら会社を辞めたようだ。「もうエイジアは辞めたんです」エレベーターに乗り込みながら、詩織は簡潔に説明した。誠は事情を知らなかったらしく、彼女の言葉に「え?」と素っ頓狂な声を上げる。無理もない。エイジア・キャピタルといえば、誰もが羨む福利厚生と高待遇で知られる大企業。入りたくても入れない人間の方が多いくらいだ。彼の考えを見透かしたように、詩織は自分の社員証をちらりと見せた。「独立したんです」そこに記された会社名と肩書きを目にして、誠は再び驚きながらも、すとんと腑に落ちたようだった。彼とは仕事で関わったことがあるため、詩織がどれほど有能で、先見の明がある人物かは身をもって知っている。以前から、彼女ほどの人がただの秘書でいるのは、才能がもったいないとさえ感じていた。たとえ、あの賀来柊也の秘書であったとしても、だ。「おめでとうございます!」誠が心からの祝辞を口にする。「ありがとうございます」詩織は礼を述べ、彼の腕の中にある段ボール箱に視線を落とした。「……アーク・インタラクティブを、辞められたんですか?」「ええ」誠は力なく笑う。「パートナーと理念が合わなくて……意見の食い違いが大きくなりすぎて、もう一緒にやっていけなくなったんです」詩織は内心、彼に深く同情した。高遠誠という男は、ずば抜けた才能と独創性の持ち主だ。かつて詩織が彼のプロジェクトに投資を決めたのも、その非凡さを見抜いたからだった。「いやあ、お恥ずかしい……」「今後のご予定は?」と詩織は尋ねる。誠は力なく首を振った。「わかりません。正直、途方に暮れてて……」彼と三上陽介は、大学の同級生でルームメイトだった。ゲームを作りたい誠と、裕福な家庭に育ち資金力のある陽介。二人の思惑が一致し、共同で会社を立ち上げたのだ。当初から些細な意見の食い違いはあった。だが、出資者である陽介に配慮し、誠はこれまでずっと我慢を重ねてきた。それでも、どうしても譲れない一線を越えられてしまい、袂を分かつという結末を迎えずにはいられなかったのだ。「今はまず、ゆっくり休んで。気持ちを立て直すのが先決ですよ」 詩織はそう言うと、彼の言葉を待った。「……はい」誠もそれをわかっていた。たしかに今は、なによりも心の整理が必要だった。詩
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