「今も、そしてこれからも、考えるつもりはありません。柏木さん、もう僕に干渉しないでいただけますか」志帆はすっと目を細めた。まさか智也が、ここまで物分かりの悪い男だとは思わなかった。少しでも頭が回る人間なら、どちらを選ぶべきか分かるはずなのに。智也は、これで三度も彼女を拒絶した。まったく理解できない。志帆は眉をひそめて数秒考え、そして、はっとしたように言った。「あなた、江崎さんのことが好きなのね?」そうでなければ、あそこまで彼女に心酔する理由が説明できない。「だとしたら、何か?」智也はあっさりと認めた。本人に告げる勇気はない。この危うい均衡を、ただ慎重に保っているだけだ。だが、他人の前でこの気持ちを隠す必要はなかった。その答えに、志帆は逆にほっと息をついた。「ううん、別に」智也を引き抜けなかったのは残念だ。でも、もしこの二人が結ばれるなら、それはそれで彼女にとって都合がいい。むしろ、そうなってほしいとさえ思う。それに、プロジェクトは……久坂智也本人を引き抜けなくても、彼のスタジオの人間を懐柔すればいい。スタッフ全員が、智也のように詩織に心酔しているわけではないだろう。江崎詩織には、久坂智也とその技術がある。けれど、私には柊也くんの支持がある。それに、人の気持ちなんていつだって移ろうものだ。江崎詩織が、いつまでも得意げでいられるわけがない。二人がようやく別れるのを見届けてから、詩織は静かに身じろぎした。すぐにその場を離れず、通路の反対側で壁に寄りかかっている人影を、詩織は瞬きもせずに見つめていた。賀来柊也。彼がそこに現れたのは、詩織が聞き耳を立て始めてすぐのことだった。まるで示し合わせたかのように、どちらも口を開くことなく、密かに壁の向こうの会話に耳を澄ませていたのだ。一部始終を。その間ずっと、二人は暗がりの中で無言のまま視線を交わしていた。柊也はゆっくりと壁に背を預け、その顔は深い影の中に沈んでいき、次第に輪郭が曖昧になっていく。詩織は彼の心中を探る余裕もなく、ただその場を去る前に、忠告だけを残した。「賀来社長。ご自分のパートナーは、しっかり見ておかれた方がよろしいのではなくて?人のものを欲しがってばかりいると、そのうち自分の足元を掬われますわよ。割に合わな
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