詩織を見送った後、宏明が響太朗に尋ねた。「高坂さん、ずいぶんと江崎さんをお気に入りのようで」「ああ。知性と慧眼を兼ね備えている。得難い才能だよ。ところで、彼女の前職は?」「『エイジア』ですよ。もっとも、賀来社長の秘書止まりでしたけどね。飼い殺しもいいとこです」響太朗は一瞬、きょとんとした。「あれほどの人材を、賀来社長はみすみす手放したのか?」「彼も、彼女にそこまでの才覚があるとは思ってなかったんじゃないですか」宏明の推測に、響太朗は首を振った。「いや、私の知る賀来柊也なら、部下の才覚を見抜けないはずがない。そんな節穴なら、『エイジア』は今の地位にいないさ」宏明は少し考えた後、小耳に挟んだゴシップを打ち明けることにした。「噂じゃ、二人は昔できてたらしいです。でも江崎さんにはバックがない。結局、賀来社長が選んだのは柏木志帆だったってわけです。彼女、あのお役所の実力者・柏木長昭の娘ですからね。父親は去年、さらに上のポストに昇進してますし」それで合点がいった。生まれが出世を左右する。男というのは往々にして、感情より損得勘定を優先するものだ。……帰りの車中、ハンドルを握る智也はずっと胸につかえていた疑問を口にした。「さっきのパーティーでのことなんだけど……リードテックの高坂社長、最初は柏木さんの経歴を聞いて感心してただろ?なのに、なんで途中から急に素っ気なくなったんだ?」智也には、何が響太朗の機嫌を損ねたのかさっぱり見当がつかなかったのだ。詩織は助手席でシートに身を預けながら、穏やかに種明かしをした。「高坂さんは、お父様もお祖父様も、代々とても愛国心の強い実業家なの。柏木さんが自慢げに話していた『永成実業』の港湾売却案件……あれが、まさに高坂さんの逆鱗に触れたのよ。たぶん、賀来社長の手前、その場で追い出すのだけは堪えてあげたんでしょうけど」「逆鱗?」「そう。永成実業が海外に売り飛ばした港は、私たちの国にとって極めて重要な拠点だったの。それを知っている高坂さんからすれば、腸が煮えくり返る思いだったはずよ。だからあんなに顔色が変わったの」詩織が響太朗のバックグラウンドを知っていたのは、以前、柊也から話を聞いていたからだ。数年前、柊也が演算チップへの投資で行き詰まり、万策尽きた末に本港市へ飛び、高坂一族
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