あの時、譲の膝の上に座り、首に腕を絡ませて熱いキスを交わしていたのが彼女――神崎美咲だった。おそらく譲の数あるガールフレンドの一人だと思っていたが、こうしてこの格のパーティーに参加しているところを見ると、ただの遊び相手というわけでもなさそうだ。志帆もそのあたりを察したのか、柊也の腕を軽く引いた。「もういいわ、柊也くん。少し疲れちゃった。帰りましょう」あくまでも寛容で分別のある態度を装って。柊也はすぐさま険悪な気配を消し、志帆をエスコートして去っていった。二人がいなくなったのを見計らって、詩織は響太朗に挨拶をするため歩み寄った。美咲の側を通り過ぎる際、つい視線を向けてしまうと、彼女は茶目っ気たっぷりにウインクを返してきた。詩織が少し呆気にとられていると、そこへ恰幅の良い五十代の男性が現れた。美咲はすぐさまその男性にすり寄り、猫なで声を出す。「ダーリン、遅いじゃない。このパーティー退屈すぎて死んじゃいそうだったのよ。もう帰りましょう、疲れちゃった」「よしよし、悪かったな。お前の言う通りにしよう」男性は目じりを下げ、彼女のご機嫌取りに余念がない様子だ。詩織は気を取り直し、響太朗に声を掛けた。響太朗は少し長めに言葉を交わしてくれた。おそらく百合子との話し合いの内容を知っているのだろう、「期待しているよ」と後押ししてくれたのだ。詩織は、その期待に応えるべく全力を尽くすと約束し、深く頭を下げた。挨拶を済ませ、会場を去ろうとした詩織を呼び止める声があった。振り返ると、そこにいたのは悠人だった。詩織が怪訝な顔をする間もなく、悠人は苦虫を噛み潰したような顔で、短く告げた。「……すまなかった」決して大きな声ではなかったが、かといって聞き逃すほど小さくもない。周囲にいた何人かが、驚いたようにこちらを振り返る。当の詩織は、自分の耳がおかしくなったのかと思った。だが、悠人がまっすぐに自分を見て謝罪の言葉を述べたのだと理解した瞬間、眉間の皺が深くなった。一体どういう風の吹き回しだろう。薬でも間違えたのか、それとも多重人格か?最近、情緒不安定な人間が多すぎて頭が痛くなる。心底うんざりした詩織は、何も言わずに踵を返し、その場を立ち去った。取り残された悠人の表情が、さらに凍りつく。屈辱に耐え、自分から
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