Lahat ng Kabanata ng 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Kabanata 351 - Kabanata 360

366 Kabanata

第351話

感情に流されない客観性こそが、正しい意思決定を導く。それが彼の持論だった。スープを飲み干した海雲は、窓の外を見て顔をしかめた。雨は勢いを増すばかりだ。この豪雨の中、車で帰らせるのは危険すぎると判断し、今夜は屋敷に泊まっていくよう勧めた。詩織は「後で様子を見て決めます」とだけ答えた。書斎を出てリビングに戻った詩織は、ダイニングの方を見て足を止めた。そこには、スープを飲んでいる柊也の姿があった。男の視線もちょうどこちらを向き、二人の目がぶつかる。一瞬の沈黙。詩織は何事もなかったかのようにすっと視線を外し、松本さんに声をかけた。「具合はどうですか?少しは楽になりました?」「ええ、おかげさまで随分と」もちろん、咳が完全に止まったわけではないが、顔色は幾分良くなっている。松本さんは少し慌てた様子で、言い訳がましく付け加えた。「あのね、柊也様、詩織さんが来てるなんてご存じなかったのよ。ただ私が具合悪いって聞いて、心配して戻ってきてくださっただけで……」もちろん、詩織だって自惚れたりはしない。彼が自分のために戻ってきたなどと考えるほど、彼女は愚かではなかった。「もう遅いので、私はこれで失礼しますね。残ったスープは保温ポットに入れておいたので、飲みたい時に飲んでください」詩織は空になった器をキッチンへ戻すと、松本さんにそう告げた。言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、空を引き裂くような轟音が響いた。バリバリバリッ、と耳をつんざくような激しい雷鳴だ。窓を叩く雨音も、先ほどよりさらに激しさを増している。松本さんが慌てたように口を開く。「さっき管理会社から連絡があって、この辺りの道路は冠水し始めてるんですって。今車を出すのは危ないわよ……ねえ、今夜はこちらに泊まっていったら?」もし柊也が帰ってきていなければ、安全を優先して泊まるという選択肢もあったかもしれない。けれど今の状況では、それはあり得ない。詩織が断ろうと口を開きかけた瞬間、ダイニングにいた柊也が低い声で言った。「お前は残れ。俺がしばらくしたら出て行く」松本さんは、今度は柊也の身を案じる。「でも、こんな大雨ですし、道路も冠水してると……」「問題ない」柊也は立ち上がった。「父さんに挨拶したら帰る」詩織は思わず声を上げようとした。「しゅ……」名
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第352話

雨は一晩中降り続いた。激しい雨音がホワイトノイズとなり、かえって詩織に深い眠りをもたらしたようだ。翌朝、目を覚ましてリビングに行くと、松本さんがすでに朝食を用意していた。「昨日泊まって正解だったわよ、詩織さん。朝、住民用のグループチャットに動画や写真が回ってきたんだけど、もう怖くて見てられないわ。道路の一部が陥没して、通りかかった車が落ちちゃったらしいの。怪我人がいなきゃいいんだけど……」松本さんは胸を撫で下ろし、それから小さく溜息をついた。「柊也様、昨夜大丈夫だったかしら。危ない目に遭ってなきゃいいけど」その問いに答える術を詩織は持たない。彼女はただ、無言でトーストを口に運んだ。朝食を済ませ、松本さんに別れを告げて屋敷を出た。カーナビは迂回ルートを指示している。やはり道路の陥没で通行止めになっている箇所があるようだ。いつもより遅れて会社に到着すると、受付の女性が来客を告げた。京介だ。詩織は少し驚いた。「この前はずっと銀行の案件にかかりきりで、君の会社をゆっくり見る暇もなかったからね。もし都合がよければ、少し案内してもらえないかな?」京介は穏やかな笑みでそう言った。「うん、もちろんいいわよ。ただ、朝礼があるから三十分ほど待っててもらえる?」「ああ、問題ないよ」今日の彼には、時間はいくらでもあった。詩織が朝礼に向かうと、京介のスマホが鳴った。太一からだ。「京介兄貴、今日暇か?」「アーク・インタラクティブ」の新作発表会があるから、志帆の応援に来てほしいという誘いだった。京介は即座に断った。「無理だ」「何やってんだよ?なんでいつも忙しいんだよ」「提携先の視察中だ」太一は納得がいかない様子だ。「視察なんて兄貴がわざわざ行く必要ねーじゃんか!いいから早く来いよ!」「お前が行けば十分だろ。こっちは取り込み中なんだ、切るぞ」「ちょ、待っ……」太一が何か言い返す暇も与えず、京介は一方的に通話を切った。太一はかけ直そうとしたが、どうせ出ないだろうと思い直し、京介の秘書に連絡を入れた。今日、京介がどこの会社を視察しているのか確認するためだ。秘書の答えは「華栄」だった。太一の顔色が変わる。なるほど、だから兄貴の奴、言いたがらなかったのか。行き先が江崎のところだからだ。だが、どうしても理
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第353話

なんであんなに平然としていられるんだ?少しも動じた様子がないのはどうしてだ?太一はしばらく頭をひねり、一つの結論に達した。あいつ、強がってやがるな!間違いない。だって、昔の江崎がどれだけ柊也に尽くしていたか、みんな知ってるんだから。柊也が会場に到着したのは、発表会が始まるギリギリの時間だった。太一はすかさずツッコミを入れる。「おかしいな。柊也んちの場所なら、ガレージが水没するなんてあり得ないだろ。江ノ本でも最高級の立地なんだし」柊也は淡々と答えた。「昨夜は実家に泊まったんだ」「ああ、そういうことか。だから今日は志帆ちゃんと別行動だったんだな」柊也が席に着くと、発表会は厳かに幕を開けた。まずは志帆が、続いて『アーク・インタラクティブ』の創業者である三上陽介が壇上に上がり、ゲームの全貌をプレゼンした。独自のシステム、魅力的な世界観、そしてテストプレイで叩き出した圧倒的な数字と高評価が次々とスクリーンに映し出される。質疑応答の時間になると、記者たちの質問は最初こそゲームそのものに向けられていた。だが、誰かが口火を切ったことで、流れは唐突に志帆のプライベートへと逸れていった。「柏木さん、今日は『エイジア』の賀来社長もお見えですね。お二人の仲の良さは周知の事実ですが、近々おめでたい報告があるという噂は本当でしょうか?」その問いかけに、志帆は幸せに包まれた乙女のような顔を見せた。目尻を下げ、柔らかく微笑む。「訂正させてください。それは噂ではなく、事実です」会場から羨望のため息が漏れた。記者はさらに食い下がる。「では、賀来社長と婚約された後は、家庭に入られるご予定で?」志帆は余裕の笑みを崩さず、その問いを鮮やかに柊也へとパスした。「それは彼に聞いてみないと。私が横で彼を支えるパートナーであり続けるか、ただの飾りの妻として家に閉じ込めておきたいか、決めるのは彼ですから」一斉にカメラのレンズが柊也に向けられる。隣の太一でさえ、彼がどう答えるのかと興味津々な表情を浮かべていた。柊也は温和な表情を崩さず、答える前にまず壇上の志帆へと視線を送った。その眼差しは、どこまでも深く、情熱的だ。「これほど優秀な彼女を、結婚という枠に閉じ込めるなんてとんでもない。たとえ夫婦になろうとも、彼女は自由だ。彼女には、彼女自身の
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第354話

誠とのやり取りを終えた詩織は、アシスタントの密に『ドリーム・クラウド』の発表会の内容をまとめて提出するよう指示した。だが、密は何やら言葉を濁して渋る。「え~……詩織さん、見ないほうがいいですよぉ。あんなの見る価値ないですってぇ」「どうして?」詩織が不思議そうに尋ねると、密は唇を尖らせてブツブツと文句を言い始めた。「だってぇ、せっかくのゲーム発表会なのに、無理やり恋愛発表会にされちゃったんですよ!?もう最悪!」詩織は「仕事だから」と冷静に諭し、どうしても資料をまとめるよう命じた。だが、送られてきた動画資料を見て納得した。前半こそゲームの紹介だったが、ある記者からの質問をきっかけに、内容は完全に二人の愛の劇場と化していたのだ。密は相当腹が立ったのか、後半の二人のいちゃつくシーンをバッサリとカットして編集していた。仕事として全体像を把握しておきたかった詩織は、仕方なく自分でSNSの公式アカウントを検索した。トップに出てきたのは、皮肉なことにゲームの内容とは無関係の動画だった。最も「いいね」を集め、バズっていたのだ。ゲーム関連の動画を見ようと、指でスワイプしようとした瞬間。画面が切り替わり、柊也のアップが現れた。詩織の指がピタリと止まる。次の瞬間、スピーカーからあの深みのある声が流れてきた。【これほど優秀な彼女を、結婚という枠に閉じ込めるなんてとんでもない。たとえ夫婦になろうとも、彼女は自由だ。彼女には、彼女自身の空を翔け回ってもらいたいと思っているよ】詩織は自嘲気味に目を伏せた。なるほど、確かにとろけるほど情熱的だこと。彼が本気で誰かを愛するとき、こんな表情をするのね。笑い話だけれど、七年以上も一緒にいて、彼のこんな一面を見たのは初めてだった。まあ、今となってはどうでもいいことだけれど。詩織は無表情で動画をスワイプし、ゲームのPVやユーザーの反応をざっとチェックした。宣伝からテストプレイ、そして発表会に至るまで、提示されている要素のほとんどは、高遠誠が『アーク』在籍時に作り上げたものだった。ただ、キャラクター設定には手が加えられていた。例えば……女性キャラの衣装だ。以前よりも露出が増え、明らかに扇情的なデザインに変更されている。動画を閉じた直後、親友のミキから電話がかかってきた。詩
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第355話

「いくら上がったの!?」ミキの食いつきようは予想通りだった。詩織が具体的な金額を告げる。その瞬間、鼓膜が破れそうな歓声が響いた。「キャーッ!詩織愛してる!一生あんたの犬になる!」「どう?まだ怒ってる?」クスクスと笑う詩織に、ミキは能天気な声を上げた。「怒る?何それ美味しいの?怒るなんて暇人のすることよ!やっぱ金よ金!札束はすべての傷を癒やすのよ!」確かにその通りだ。男を追いかけるより、金を追いかける方がよっぽど楽しくて実りがある。ミキは今ようやく、詩織が男なんかに興味を示さなくなった理由を心から理解したのだった。……『ドリーム・クラウド』の正式リリースを目前に控え、志帆と創業者の三上陽介は大手メディアの独占取材を受けた。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。太一は会場には駆けつけられなかったものの、グループチャットで威勢よく宣言していた。雑誌が発売されたら二万部買い占めて応援する、と。もちろん、それには罪滅ぼしの意味合いも含まれている。前回、あれだけの失態を演じてしまったのだから。彼はさらに京介と譲にもメンションを飛ばし、応援を要請していたが、見事にスルーされていた。どいつもこいつも、多忙な御仁ばかりだ。取材を終えた志帆のもとに、編集長がわざわざ挨拶に訪れ、刷り上がったばかりの最新号を手渡してくれた。だが、その表紙を飾る詩織の姿を目にした瞬間、志帆の表情が凍りついた。それでも彼女は、引きつりそうになる頬を必死に緩め、礼を言ってその雑誌を受け取るしかなかった。帰宅するなり、志帆は鬱憤を晴らすかのように雑誌を床に叩きつけた。リビングには珍しく父の長昭がいて、経済ニュースを眺めている。あろうことか、テレビ画面からも詩織に関する報道が流れてくるではないか。「お父さん!そのテレビ消して」志帆は苛立ちを抑えきれずに叫んだ。「どうしたんだ?いきなりそんな大声を出して」長昭が心配そうに尋ねる。まさか、胸の中で煮えくり返る嫉妬心を打ち明けるわけにもいかない。志帆は不機嫌さを隠そうともせず、頭痛を理由にした。余計な音を聞きたくないのだと。「具合でも悪いのか? 病院に行ったほうが……」「いいの。部屋で寝てれば治るから」いつもなら父の晩酌に付き合い、仕事の話に花を咲かせるところだが、今夜ばかり
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第356話

確かに公式な統計ではないが、当たらずとも遠からずといったところだろう。とはいえ、柊也の一言で場が凍りつき、男三人はそれ以上この話題を掘り下げるのをやめた。翌朝、詩織が出社するなり、密がお祝いのケーキと花束を抱えてやってきた。「お祝いって、なんの?」「決まってるじゃないですか!江ノ本市の女性長者番付トップですよ!」「あんなの、ただのゴシップ記事でしょ」「ゴシップだろうと一位は一位です!めでたいことなんですから、早く私が焼いたケーキ食べてみてくださいよ」ケーキは思いのほか手が込んでいて、彼女がかなりの時間を費やしたことが見て取れた。フォークで一口すくって口に運ぶと、詩織の表情がふと止まった。この味……どこか懐かしい。上の空になった詩織を見て、密が不安げに覗き込んでくる。「どうしました?まずかったですか」「ううん、美味しいわ。甘さ控えめで」詩織が褒めると、密は「やった!」とガッツポーズをした。美味しいケーキと綺麗な花のおかげか、午前中の詩織は上機嫌で過ごすことができた。午後になり、真田源治が江ノ本市に到着すると、詩織は自ら車を出して空港まで迎えに行った。車に乗り込むなり、源治は開口一番、衝撃的なニュースを詩織に伝えた。「五分前に掴んだ情報なんだが、賀来社長が『エイジア・ハイテック』の株式譲渡契約書を作成中らしい。柏木志帆に譲るつもりだそうだ」さらに源治は、念を押すように付け加えた。「それも無償譲渡だ。つまり、プレゼントってことだな」とうとう会社ごとのプレゼントまで始めたか。しかも、エイジアグループの中でも最大の稼ぎ頭である中核事業だ。詩織は意外だと思いつつも、どこか納得している自分もいた。いつか柊也がグループそのものを志帆に譲ったとしても驚かない、と以前口にしていた通りだ。今回譲渡される『エイジア・ハイテック』は、実質的にグループ本体を渡すのと大差ない。詩織としては特に思うところはなかったが、源治は黙っていられなかった。そういえば忘れていたが、彼がハイテック社を飛び出したのは、志帆との対立が原因だった。だから空港からの道中、源治の愚痴は止まらなかった。「時々疑いたくなるよ、賀来社長は頭がおかしくなったんじゃないかって。あんなに冷徹で理性的だった人が、ここまで豹変する
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第357話

詩織が気を使って別の店に変えようかと提案すると、源治は「構わんよ」と答えた。二人が席に着いた直後、入り口から賑やかな集団が入ってきた。どうやら祝賀会の参加者たちらしい。詩織は気に留めることもなく、メニューに視線を落とした。その集団の中心にいた志帆の母・佳乃は、夫人たちを案内しながらふと顔を上げた瞬間、ホールの最も目立つ席に詩織が座っているのに気づき、眉をひそめた。彼女はすぐに店員を呼びつけ、何やら耳打ちしてから、取り巻きたちを引き連れて個室へと消えていった。注文を終えたばかりの詩織のもとに、店長らしき人物が申し訳なさそうに歩み寄ってきた。「お客様、大変申し訳ございません。スタッフの確認ミスでして……実は本日、全席ご予約で埋まっておりまして」「そうですか。じゃあ、別の店に行きますね」仕方なく詩織と源治は席を立ち、出口へ向かった。すると、ちょうど店に入ってきた悦子と鉢合わせになった。先に気づいたのは悦子のほうだった。「あら、江崎さんじゃない!お食事にいらしたの?」弾んだ声で呼び止められ、詩織は足を止めた。「悦子さん、こんにちは。せっかくだからお店に伺おうと思ったんですが、あいにく満席みたいで。また出直してきます」「この時間に満席?週末でもないのに変ね」不審に思った悦子が即座に店長へ電話をかけ、事情を問い質す。受話器の向こうから何を聞かされたのか、悦子の表情がサッと変わった。だが詩織に向き直ったときには、いつもの柔らかな笑顔に戻っていた。「店長の勘違いだったみたい。席はあるわよ。私の専用個室を空けるから使ってちょうだい」なんとも二転三転するものだ……悦子の顔を立てる必要がなければ、詩織は二度と戻る気などなかっただろう。詩織を店内に呼び戻すと、悦子は彼女を自分の専用個室へと案内した。そればかりか、今日の代金は自分のツケにしておくようスタッフに指示まで出し始めた。さすがに詩織も慌てて辞退する。しかし、悦子は頑として譲らなかった。詩織の手を取り、心を込めて語りかける。「いいのよ。これは私からのお詫び。うちのスタッフが失礼な真似をしたんだもの、その埋め合わせをさせてちょうだい」それでも恐縮する詩織を見て、悦子はさらに言い方を変えた。「じゃあ、どうしても気が引けるって言うなら、次に来た時に埋め合わせ
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第358話

悦子が個室に入ると、中は佳乃がいったい何の吉報を持って祝賀会を開いたのかという話題で持ちきりになっていた。佳乃はもったいぶってなかなか核心を話そうとしない。痺れを切らした一人が口を開く。「ひょっとして、お嬢さんと賀来柊也さんの婚約披露宴ってことかしら?」『賀来柊也』の名が出た瞬間、悦子の眉がぴくりと動いた。「あら、それはもう皆様ご存知のお話でしょう?」佳乃は余裕の笑みを浮かべてすかした。つまり、別の話題だということだ。「じゃあ一体なんなのよ。早く教えてちょうだい、気になって仕方ないわ」結局、自分から言いたくて仕方なかったのだろう。佳乃はついにその秘密を明かした。「実はね、うちの志帆が『エイジア・ハイテック』を引き継ぐことになったのよ」一同が驚きの声を上げる中、佳乃はさらに声を張り上げた。「あの子のフィアンセがね、志帆を溺愛してるものだから、会社ごとプレゼントしてくれたのよ。というわけで、あの子は今やハイテック社のオーナー社長。資産価値にして4兆円ってところかしら」「まあっ!おめでとうございます」「賀来社長がお嬢さんに夢中だとは聞いていましたけど、まさかそこまでとは……婚約したばかりで4兆円企業の譲渡だなんて、愛されてらっしゃるんですねぇ」「愛されてるどころじゃないわよ!江ノ本市の名士は数あれど、ここまで豪快なプレゼントなんて聞いたことないわ」「前代未聞ね」「羨ましい限りですわ。本当にお幸せな星の下に生まれて」「でも、それも志帆さんが優秀だからこそよ。賀来社長に選ばれるだけのことはあるわ。ご存知?志帆さん、WTビジネススクールで金融学の博士号を取ってらっしゃるのよ」「才女でいらしたのね! それなら賀来社長がお夢中になるのも納得だわ。本当にお似合いのカップルね。おめでとう、佳乃さん」次々と浴びせられる賞賛の声に、佳乃はすっかり有頂天になり、笑いが止まらない様子だった。そんな中、誰かが世間話の延長で口を開いた。「そうなると計算上、来月には江ノ本市の女性長者番付トップの座も入れ替わるってことかしら?江崎さんも、まだ座ったばかりなのにねぇ。史上最短のトップってこと?」その言葉に、佳乃は鼻で笑い、あからさまに軽蔑の色を浮かべた。あの女ごときが、うちの娘と比べられるなんてちゃんちゃらおかしい、と言わんばか
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第359話

「当たり前だろ! 退屈すぎてケツが痛くなってきたっつーの」「まあ、いいけどな。お前も知ってる相手だし」太一は興味津々といった様子で食いついてきた。「誰だよ?」「詩織さんだ」太一が絶句する。「……」瞬時に表情が一変した。「やっぱやめた。俺は大人しく戻って、退屈なビジネス講義を聞くことにするわ」「聞きたくない答えだろうに、わざわざ聞くからだ」譲は面白そうにからかった。「名前だけで退散するとはな。これが詩織さんの『評判』ってやつか」「勘弁してくれよ」太一はすっかり詩織にトラウマを植え付けられているらしい。逃げるように店の中へ戻っていった。譲が『ルナ・クレール』に到着した時、ちょうど志帆も店に着いたところだった。譲を見つけるなり、志帆は目を輝かせて声をかけてきた。「譲くん!来てくれたの? 用事があって来られないって言ってたのに」譲の思考が一瞬フリーズする。まさか、ここで鉢合わせるとは思ってもみなかった。とっさに話を逸らす。「柊也はどうした? 一緒じゃないのか」「実家で少し用事があるんですって。あとで迎えに来てくれるわ」そう説明してから、志帆は促した。「中で始まってるから、行きましょ」「悪いな。俺は別のツレと待ち合わせなんだ。おばさんによろしく言っておいてくれ」結局、譲はやんわりと断った。志帆の表情がわずかに陰る。それでも、彼女は食い下がった。「じゃあ、あとで少し顔を出してくれないかしら。知ってるでしょ、私にとってあなたは大切な友人なんだから」「考えておくよ」明確な返事は避け、譲は軽く会釈をして店へと入っていった。志帆はその背中を、どこか冷ややかな目で見送った。彼女はすぐには母のいる個室へは向かわず、譲が消えた方向へと足を進めた。譲がノックをして個室に入ったとき、ドアは完全には閉まっていなかった。通り過ぎざま、志帆の視界に中の様子が飛び込んでくる。そこにいたのは、詩織だった。志帆は眉をひそめたが、すぐに表情を戻した。ただ胸に残ったのは、譲に対する深い失望だけだった。個室に譲が現れたことに、詩織は驚きつつも、すぐに悦子からの差し金だと察した。だが、譲本人が、偶然居合わせたから挨拶に来たのだ、奇遇だな、などと言うものだから、詩織もあえてそれを暴かず、同席を勧めた。もっとも、彼が来る
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第360話

相手にするだけ無駄だと判断し、踵を返そうとした瞬間、背後から弾んだ声が響いた。「柊也くん、来てくれたのね! 待ってたわ。お母さんとお友達にご挨拶してくれるかしら?」志帆だった。詩織は鼻で笑い、そのまま背を向けて歩き出した。その拒絶と嫌悪の態度は、あまりにも露骨だった。志帆も詩織の存在には気づいていたが、一瞥もしなかった。正確には、眼中にないのだ。柊也の心は自分にしか向いていないと、絶対の自信を持っているからだ。だから彼女にとって江崎詩織など、脅威でもなんでもなく、気にかける価値すらない存在なのだった。二人がすれ違おうとしたその時、熱々の石鍋ビーフシチューを運んでいた店員が声を張り上げた。「通りまーす、熱いのでお気をつけて!」言い終わるか終わらないかのうちに、店員は何かに足を取られ、バランスを崩して前のめりに転倒した。火から下ろしたばかりの石焼鍋だ。器は高熱を帯び、中のシチューは煮えたぎっている。あんなものを浴びれば、ただの大火傷では済まない。運悪く、その倒れ込む先にいたのが詩織と志帆だった。ただ、二人の位置関係は対照的だった。志帆は店員と向き合っていたため、反応する余地があった。一方、詩織は背を向けていたため、背後で何が起きているか知る由もなかった。個室から詩織を探しに出てきた譲が、偶然その光景を目撃し、血相を変えて叫んだ。「詩織さん!危ないっ!」詩織がいぶかしく思った瞬間、強烈な力で腕を引かれた。景色が回転し、誰かの胸の中にすっぽりと抱き留められる。鼻先が硬い身体にぶつかる。懐かしい、凜としたウッディーな香りが鼻腔をくすぐった。頭上からくぐもった呻き声が漏れると同時に、志帆の悲鳴が上がった。「柊也くん!?大丈夫?」駆け寄ってきた譲も、詩織の安否を気遣う。「詩織さん、怪我はないか」詩織は柊也の腕の中から身を引くと、彼が右手で熱々のスープを受け止めていたことに気づいた。手の甲が広範囲にわたって赤く腫れ上がっている。彼女は眉を険しく寄せると、とっさに柊也の手首を掴んでバーカウンターへと走った。流水に患部をさらしながら、大声で救急車を呼ぶよう指示を飛ばす。その判断と行動の速さは、その場の誰よりも迅速だった。志帆は目に涙を溜めながら訴えた。「柊也くん、痛い? 大丈夫なの?
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