詩織には見覚えがあった。高坂響太朗の秘書だ。「わかりました。案内をお願いします」貴賓室に入ると、響太朗は数人の男たちと歓談していた。しかし詩織の姿を認めるや、すぐに立ち上がって出迎えた。「やあ、江崎さん」それにつられて他の男たちも一斉に立ち上がり、詩織に視線を注ぐ。皆、心中でこの若い女性の正体を推し量ろうとしているのがわかった。なぜ高坂響太朗ほどの人物が、これほど丁重に扱うのか、と。「こんにちは、高坂さん」詩織は自分から手を差し出し、握手を求めた。「さっき会場で君を見かけたんだが、あいにく話し込み中でね。ようやく一段落したんで、秘書に君を呼んでもらったというわけだよ」響太朗は、わざわざ詩織に経緯を説明してくれた。だが、その気遣いは周囲の男たちの憶測をさらに加速させることになった。高坂氏が一目置く相手だ、ただ者であるはずがない……と。「いやあ、前回の別れからこんなに早く再会できるとは。縁があるね」響太朗は人懐っこい笑顔で尋ねた。「ゲーム事業に乗り出すつもりかい?」「ええ。まだ歩き始めたばかりなので、今回は勉強させてもらいに来たんです」「それはちょうどいい。ここにいるのは業界の重鎮ばかりだ。彼らに教えを乞うといい。経験豊富な先輩たちだからね」そう言って、響太朗は部屋にいる男たちを振り返った。「君たち、江崎さんの力になってやってくれ。自分たちが踏んだ地雷や失敗談を教えてやって、彼女が同じ轍を踏まないようにしてやるんだ。女性の起業家ってのは大変なんだから、できるだけサポートしてやってくれよ」「ええ、もちろんですとも」「お任せください」あの高坂響太朗の頼みとあっては、誰も否とは言えなかった。響太朗は詩織に席を勧めると、本当に自分の経験やノウハウを惜しみなく語り始めた。詩織は一言一句聞き漏らすまいと真剣に耳を傾け、先人たちの知恵と失敗談を貪るように吸収していった。話が盛り上がってきた頃、主催者側のスタッフが控えめにノックをして入ってきた。「失礼いたします。そろそろ開会のお時間ですので、高坂様、ならびに皆様、貴賓席へご移動をお願いいたします」当然ながら、詩織に貴賓席など用意されていない。彼女は潔く身を引こうとした。「先輩方、貴重なお話をありがとうございました。またの機会にお食事でも」だ
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