Semua Bab 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Bab 441 - Bab 450

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第441話

とうとう高村教授が駒を放り出した。「やめだやめだ!こんな気のない奴と指してられるか!」「すみません、先生。ちょっと急用ができまして……また日を改めて、お相手させていただきます」悠人は申し訳なさそうに頭を下げた。高村教授は彼を一瞥もしないまま、さっさと書房へと引き上げてしまった。悠人は急いで江ノ本大学へと駆けつけた。どこにいるか電話で確認しようとスマホを取り出した矢先、人混みの中に志帆の姿を見つけ出す。彼はすぐさまスマホをしまい、彼女のもとへと歩み寄った。卒業シーズンは就活シーズンでもある。大学側はキャンパス内の広場を開放し、企業ブースを設けて合同説明会を行っていた。詩織は良い場所を確保しようと、ミキと共に早朝から乗り込んでいた。その甲斐あって、大講堂へ続くメインストリート沿いという、絶好のポイントを陣取ることができた。今はスタッフと共にブースの設営を急いでいる最中だ。正門から入ってきた志帆は、すぐに詩織の姿に気づいた。その瞬間、表情が翳る。だが、詩織が何をしているのかを見て取ると、唇の端を吊り上げて嘲笑を浮かべ、すぐにウィリアム教授の後を追った。教授の傍らには、学長の曲山和宏(まがりやま かずひろ)が張り付いてご機嫌取りをしている。志帆がウィリアム教授の教え子だと知ると、曲山は彼女に対しても揉み手をするような態度を見せた。志帆はそれを利用し、さりげなく切り出した。「曲山学長、実は弊社のリクルート活動でも、少しご相談がありまして……よろしければ、いい場所を手配していただけないでしょうか」曲山は二つ返事で快諾する。「お安い御用ですよ。すぐに人を向かわせましょう」「ありがとうございます、助かりますわ」礼を述べると、志帆はすぐに『エイジア・ハイテック』の人事部へ電話を入れた。エイジア・ハイテックの人事担当も今日はここに来ていたが、到着が遅れて良い場所を確保できず、頭を抱えていたところだった。そこへ志帆から「特等席を用意したから、すぐに来なさい」という連絡が入る。志帆はスタッフを引き連れ、詩織たちがいるブースへと向かった。詩織たちはちょうど設営を終え、学生たちへの呼び込みを始めようとしていた。そこへ、志帆が取り巻きを連れて現れる。彼女自身は何も言わず、ただ黙ってたっているだけだ。代わりに、曲山
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第442話

周囲から投げかけられる嘲笑やひそひそ話が、志帆の神経を逆撫でする。彼女は煮えくり返る怒りを必死に抑え込み、努めて冷静さを装って言い返した。「……初対面の方に向かって、随分と品のない方ですのね」その言葉を聞いた瞬間、ミキが吹き出した。「へえ、品があるってご立派ですねぇ。そのご立派な品性をお持ちの方が、どうして人の恋路に割り込んで泥棒猫みたいなマネなさるんですか?」群衆のざわめきが一層大きくなる。「おい、あんな綺麗なのに略奪系だったのか?」「うわ引くわー。人の男奪うとか無理」「あの会社受けるのやめとこ。社長があれじゃあね」「ブラック確定じゃん」志帆が必死に保っていた仮面が、容赦ない罵声の中でひび割れていく。彼女のプライドが完全に粉砕されそうになったその時、人垣を割って凛とした声が響いた。「略奪?人の恋路を邪魔しているのは、そちらの方じゃありませんか!」現れたのは、悠人だった。彼は大学に着くなり、まさかこんな最悪な状況に出くわすとは思ってもいなかった。想い人が見ず知らずの女たちに囲まれ、いわれのない誹謗中傷を受けている。彼は迷うことなく志帆の前に立ち、彼女を庇った。ちょうどその時、電話を終えた詩織が戻ってきた。人混みの向こうからこちらを射貫く、悠人の鋭い視線。そこには明らかな非難と軽蔑が込められていた。詩織は足を止めた。え……?まさか悠人は……私を「泥棒猫」呼ばわりしているの?盗人猛々しいにも程があるんだけど!?ミキも悠人の言葉の裏にある意味を察し、信じられないという表情で目を剥いた。なんなのこいつ?脳みそ沸いてんの?「ちょっと、ハッキリ言いなさいよ!誰が泥棒猫だって?」ミキが食ってかかる。志帆は眉をひそめ、冷ややかな光を瞳の奥に隠しながらも、あくまで被害者として健気に振る舞って見せた。「もういいわ、悠人くん。人が見てるし……こんな人たち相手にしても仕方ないもの」彼女がそうやって大人の対応を見せれば見せるほど、悠人の正義感は燃え上がる。これほど気高い人が、なぜこんな屈辱を受けなければならないのか。彼は冷たく、刃のような視線をミキに向けた。「その質問の答えなら、そこの江崎さんに聞くべきなんじゃないですか」これで確定した。悠人が糾弾している相手は、間違いなく私だ。「……柏木さん
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第443話

その光景を見て、ミキの腹の底から怒りが込み上げてくる。なんなのよ、その態度は!現れてから一度として詩織とまともに目を合わせようともせず、まるで赤の他人みたいに冷たく素通りして。詩織が彼に捧げた七年の歳月は、何だったというの?ドブに捨てるほどの価値もなかったわけ?「賀来社長。ちょうどいいところにいらっしゃいましたね」ミキがドスの利いた声で呼び止める。「あなたからハッキリさせてくださいよ。この二人のうち、『泥棒猫』はどっちなんですか?」自分だけ安全圏で高みの見物なんてさせない。この泥沼に引きずり込んでやる。もしシラを切るようなら、詩織のこれまでの献身を全部ここでぶちまけてやる覚悟だった。柊也の瞳が冷ややかに光り、ミキを射抜いた。余計なことを言うなという、無言の警告だ。だがミキは怯まない。真っ向からその視線を睨み返す。柊也はミキから視線を外し、詩織の方を一瞬だけ淡々と流し見た。そして、何の感情も籠っていない声で、静かに言い放った。「近藤さん。こういう言葉をご存知ないですか?――愛されていない方こそが、第三者だ、と」……「詩織、なんで止めたのよ!あの性悪女とクズ男の口、まとめて引き裂いてやらなきゃ気が済まないっての!」ミキはペットボトルの冷水を一気に喉に流し込んだが、腹の底で煮え繰り返る怒りの炎は、それくらいでは消えそうになかった。まさか、よりによって賀来柊也があんな非情な言葉を口にするなんて。たった一言で、詩織が彼に捧げた七年という歳月を全否定したのだ。人の心がないにも程がある。「もう一本、追加!」怒りで頭が沸騰しそうで、ミキはとにかく体を冷やさずにはいられなかった。そんな彼女に、詩織は常温のミネラルウォーターを静かに差し出した。「冷たいものばかり飲むと、お腹を壊すわよ」詩織の声は、酷く落ち着いていた。だが、柊也があの言葉を放った瞬間、詩織の心臓も確かに一度、重く沈んだのだ。真夏の暑さだというのに、背筋に冷たい氷柱を通されたような寒気が走った。それが今、時間をかけてようやく引き、波打っていた感情も凪いだ海のように静まり返っている。そこへ、曲山学長が慌てた様子でやってきた。彼は詩織の姿を認めると、何度も頭を下げて謝罪した。現場の職員の不手際で、とんだ無礼を働いてしまっ
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第444話

「シーッ」京介は人差し指を唇に当てて、悪戯っぽく静かにするよう促した。次の瞬間、彼は愛おしげに目を細め、詩織の頭に手を伸ばすと、ポンポンと優しく撫でた。昔と変わらない、慈愛に満ちた手つきだった。その光景を目撃した志帆の唇が、きゅっと固く結ばれる。「どうした?」表情の変化に気づいた柊也が、気遣わしげに尋ねた。「……京介が、来たみたい」志帆は努めて淡々と言った。柊也がその視線を追うと、ちょうど京介が詩織の頭を撫でているところだった。彼は一瞬動きを止めたが、何も言わなかった。その瞳にはさざ波ひとつ立たず、冷徹な無関心だけが漂っている。視線もわずかに止まっただけで、すぐに外し、もう興味はないといわんばかりだ。だが、志帆の心はざらついたまま、あちら側へと引かれていく。京介が詩織に向ける眼差し――あれは、どう見ても普通ではない。これまで目にした京介の詩織への特別扱いや、数々の行動。記憶の断片がつながっていく。志帆の脳裏に、ある大胆な推測が浮かび上がった。その予感が確信に近づくにつれ、心臓が早鐘を打ち、背筋に冷たいものが走るのを抑えきれない。確かめなくては。今すぐに答えが欲しい。そして、式典の途中で京介が席を立つのを見ると、志帆もまた適当な理由をつけて席を立った。講堂の外、木陰で電話をかけている京介のもとへ、志帆は迷いなく歩み寄った。そして、なんの躊躇いもなく核心を突いた。「あなたが心の中でずっと想っている人って……江崎詩織なんでしょ?」京介の動きがふと止まる。志帆に向けられたその瞳は、凍てつくほどに冷ややかだった。だが志帆は、ただ真実だけを求めて食い下がる。その口調は、かつてないほど切羽詰まっていた。「七年間、胸の奥に隠してた女……それが江崎詩織なの?そうなんでしょ?」「……悪い、取り込み中だ。後でする」京介は通話相手に短く告げて電話を切ると、横目で志帆を睨んだ。その視線は、残酷なまでに無関心だ。「それが、お前に何の関係がある?」あまりに素っ気ないその一言が、志帆には耐え難かった。感情の堤防が決壊し、声が震える。「答えてよ!あの女なの!?」京介の鋭い眼光が、彼女を射抜く。一拍の沈黙の後、彼は一切の迷いなく言い放った。「ああ、そうだ」隠すつもりも、誤魔化すつもり
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第445話

「Moli(モリー)は、私がWTビジネススクールで教えていた頃の教え子でしてね。博士課程の学生でした」記者が感嘆の声を上げる。「なんと! 柏木さんはウィリアム教授の教え子だったのですか。これは驚きました」ウィリアムはここぞとばかりに志帆を称賛した。「彼女は非常に優秀で、能力もずば抜けている。私の自慢の生徒ですよ」この発言をきっかけに、他の記者たちもこぞって志帆のマイクを向け始めた。その中には、見覚えのある顔もいくつか混じっている。従妹の美穂が手配した記者たちだ。正確には、志帆と美穂が共同で仕組んだ計画の一部である。ウィリアムから連絡を受けたあの時、志帆はすでに自分の名誉をどう挽回するか、そのシナリオを描いていたのだ。財閥が嫁を選ぶ基準は、大きく分けて二つある。「家柄」か、「才色兼備」か。家柄という点では、もはや太刀打ちできない。国内広しといえど、賀来家と対等に渡り合える家柄など片手で数えるほどしかないのだから。ならば、勝負できるのは「才色兼備」――能力と品格しかない。母・佳乃もそれに気づいていたからこそ、大金を投じて志帆に高学歴という箔をつけさせたのだ。上流階級において、高学歴と高知能は「優れた遺伝子」の証明であり、次世代を担う後継者を産むための必須条件と見なされる。これこそが、志帆の最大の武器であり、自信の源だった。江崎詩織ごときに、私の相手が務まるはずがない!志帆は勝ち誇ったような眼差しを詩織の方へと向けた。しかし、詩織はこちらに見向きもせず、京介と何か話し込んでいる様子だ。本当に気にしていないのか、それともポーカーフェイスを装っているだけなのか。おそらく、あの無関心な態度は、彼女なりの精一杯の強がりなのだろう。そう思うことにした。「Moli、目線こちらにお願いします!」記者が志帆の、留学時代の愛称を呼んだ。先ほどウィリアム教授がそう紹介したからだ。志帆は優雅な笑みを浮かべ、カメラのフラッシュに堂々と応じてみせた。その喧騒に気づいたのか、京介と話していた詩織がふと視線を向けた。モリー……?志帆の、向こうでの呼び名か。なんという偶然だろう。実は詩織も、かつてWTビジネススクールへの留学を申請した際、「Moli」という名を使っていたのだ。結局、留学の機
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第446話

あまりに唐突な言葉に、詩織は思考が停止し、呆然と立ち尽くす。柊也は彼女の細い腕を掴んだまま離さない。その声色は、普段の気だるげなものではなく、圧倒的な支配者の冷酷さを孕んでいた。「俺たちが初めて寝た夜のことだ。お前は確かこう言ったな。『心に決めた人がいるから、私のことは気にしなくていい』と」彼は一呼吸置き、さらに温度を下げた声で続けた。「その相手というのは……京介のことだったのか?」詩織の表情がこわばる。まさか、あの一夜の言葉を彼がまだ覚えていようとは。彼との初めての関係は、完全なアクシデントだった。かつて詩織は、恩義を感じて柊也に好意を示したことがあったが、彼はそれをきっぱりと拒絶した。当時の詩織は純粋で、そんな彼を見て「この人は他の男とは違う」と信じ込んでしまったのだ。美貌に惑わされず、人の弱みにつけ込むこともしない、気高い人なのだと。だからこそ、彼女は海外留学という千載一遇のチャンスを投げ打ってでも、彼のそばで起業を支えようと決意した。最初の頃は、まさに戦友だった。苦労を分かち合い、成果を喜び合いながら、肩を並べて戦った日々。その積み重ねの中で、詩織の心は知らず知らずのうちに彼へと傾いていった。けれど、彼女はその想いを決して口にはしなかった。自分の立場をわきまえ、職務を全うすることだけに専念した。一線を超えるような真似は、一度たりともしなかった。この恋心は墓場まで持っていく覚悟だったのだ。誰にも知られない深夜、一人きりの時だけ、彼女は密かに自分の本心を取り出した。月の光にかざし、そこに刻まれた彼への想いの傷跡を指でなぞる。そして夜が明ける前に、また誰にも見つからないよう、心の奥深くに厳重にしまい込むのだ。そんな孤独で密やかな恋心が、あのアクシデントによって壊されるまでは。エイジアが設立から一年を迎え、飛躍的な成長を遂げていた頃のことだ。柊也は会社の社会的信用とブランドイメージを高めるため、成績優秀でありながら経済的な理由で就学が困難な学生たちへの支援に乗り出した。それを受けて、大学側が奨学生の名義で感謝の宴を催したのだ。あの日、詩織も本来なら柊也に同行する予定だった。しかし直前に病院から連絡が入り、母・初恵の再検査の結果に気がかりな点があるので直接来てほしいと言われ、急
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第447話

「それに……私、好きな人がいるから」声は淡々としていたが、張り詰めた神経のせいで下瞼が微かに痙攣しているのを、彼女自身は止めることができなかった。そうだ。確かにあの時、そう言った。二人の関係を壊さないために、精一杯のプライドを守るためについた嘘。まさか柊也がそれを覚えていて、何年も経った今、蒸し返してくるとは思わなかった。一瞬だけ、詩織の心が乱れる。けれど、本当に一瞬のことだ。脳裏によぎった冷酷な声が、すぐに彼女を冷静に引き戻す。――「愛されていない方こそが、第三者だ」詩織は波一つない静かな表情で、先ほどの彼の問いに答えた。【あの頃……お前は京介のことを愛していたのか?】「もちろん」その一言に、柊也の心臓が予告もなくきしんだ。詩織はあの朝と同じように、何でもないことのように髪をかき上げながら、皮肉めいた笑みを浮かべた。「随分昔の話を持ち出すのね、賀来社長。事情を知らない人が聞いたら、あなたが私への未練を断ち切れていないって誤解しちゃうんじゃない?」柊也は目を細めた。胸の奥で焦燥感がどす黒く膨れ上がっていく。「じゃあ、その後は……?その後の数年間、お前は一度でも俺を……」「賀来社長!」詩織は鋭い声で彼の言葉を遮った。「今更そんなことを聞いて、何の意味があるの?それとも、また私が、あなたと柏木さんの仲を引き裂く『泥棒猫』だと、周りに誤解させたいわけ?」柊也が言葉に詰まり、喉を鳴らす。その隙を逃さず、詩織は強引に腕を振りほどいた。そして視線を自分の横――物陰の方へと流し、冷ややかに告げた。「神宮寺さん。今回はちゃんと聞こえましたか? 誰が本当の『泥棒猫』なのか」悠人もたまたま通りかかっただけなのだろう。言い争う二人を見て、思わず足を止めてしまっていたようだ。気配を消していたつもりだろうが、詩織には最初からバレていたのだ。名を呼ばれた悠人の顔色がさっと変わる。彼が顔を上げると、詩織の凪いだ水面のような瞳と視線がぶつかった。心臓に鋭い針を突き刺されたような痛みが走り、複雑な感情が渦巻く。詩織のあまりにも堂々とした眼差しに耐えられず、悠人はぎこちなく視線を逸らし、逃げるように背を向けて立ち去った。……「マジでそう言ったの?」詩織が頷くのを見て、ミキは手を叩いて大爆
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第448話

彼女はずっと、詩織のことを「学歴もなければ教養もなく、家柄も平凡そのもの」だと見下してきた。はっきり言って、自分のライバルにすらなり得ない存在だと。だからこそ、詩織のことは眼中にすらなかったのだ。母の佳乃がかつて、「七年も男のそばにい続けた女を甘く見てはいけない」と忠告した時も、志帆は鼻で笑って聞き流していた。詩織が七年間も柊也の傍にいられたのは、ただ単に献身的に尽くすという、安っぽい自己犠牲の精神のおかげに過ぎないと信じて疑わなかったからだ。そんなものは、取るに足らない。男という生き物は、結局のところ、そんな健気な献身などにはなびかないのだ。彼らが好むのは、美しく教養があり、家柄の良い女。ビジネスの面でも有益で、連れ歩くだけで自分の格を上げてくれるようなトロフィーワイフだ。詩織のような、外見だけで中身のない見掛け倒しの人形ではない。そう信じて疑わなかったのに……江崎詩織が、あの難関WTビジネススクールの合格通知を手にしていたなんて。志帆の受けた衝撃は計り知れなかった。同じように衝撃を受けていたのは、悠人もだった。彼もまた、一行と一緒に会場を出てきたのだ。学長がウィリアム教授を接待する場に、彼も招かれていたからだ。実は、最初に詩織の姿に気づいたのは悠人だった。だが、彼は反射的に彼女を避けた。まるで、後ろめたいことでもあるかのように。まさか学長がわざわざ足を止めて詩織に声をかけ、その何気ない会話の中で、彼女の驚くべき過去が暴露されるとは夢にも思わなかった。それまで悠人も、志帆と同じような考えを持っていた。江崎詩織などという女は、何の取り柄もない人間だと。現在の成功も、どうせ枕営業か何か、汚い手段を使って手に入れたものに違いないと決めつけていたのだ。だが今日、詩織は彼のそんな偏見を次々と打ち砕いていった。かつて彼は第三者の立場から、詩織を「他人の愛を奪う泥棒猫」だと断罪した。しかし今日、またしても第三者の立場――それも詩織本人から名指しされる形で、彼女が決して略奪者などではないことを知らされた。むしろ、前の恋において彼女こそが被害者だった可能性すらある。名前を呼ばれたあの瞬間、ブーメランのように自分自身へ跳ね返ってきた言葉が、胸に突き刺さったような気がした。つ
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第449話

その瞳の奥に、他人には決して見せないような、昏く重い色を宿して。志帆の表情が曇る。不快な感情が胸にわだかまるのを感じた。そこへ、ようやく京介が駆けつけてきた。「詩織、待たせたな。知り合いに捕まって、少し話し込んじゃって」「ううん、大丈夫」詩織は彼に笑顔を向けると、曲山に向き直った。「学長、本日は大変お世話になりました。それでは、私たちはこれで失礼します。近いうちにまた、お食事でもご馳走させてください」「ああ、楽しみにしているよ」曲山は快く頷いて見送った。京介も残った面々に軽く会釈をし、詩織と肩を並べて歩き出した。「何食べる?」「何でもいいわよ」「昔、よく『バルの魚介パエリア』が好きだって言ってただろ?まだあの店、やってるかな」「えっ、よく覚えてるわね」詩織は目を丸くした。「当たり前だろ。お前の好きなものは全部覚えてるよ」そう言いながら、京介はまた詩織の髪をくしゃっと撫でた。その表情はどこまでも甘く、優しい。まるで、長年連れ添った恋人同士のように自然な光景だった。曲山は二人の後ろ姿をしばらく見送った後、ウィリアムたちに向き直った。「さて、我々も食事に行きましょうか」志帆は恐る恐る隣の男の名を呼んだ。「……柊也くん」柊也の視線が一瞬止まり、そして何事もなかったかのようにすっと戻った。「ああ、行こうか」その声は淡々としていた。志帆は胸を撫で下ろした。よかった、詩織に気を取られているわけではないみたいだ。確かに、詩織がWTビジネススクールの合格通知を持っていたことは驚きだった。けれど、それが柊也の心を動かす理由にはならない。彼女が何を成し遂げようと、どんな過去を持っていようと、柊也には関係のないことなのだ。なぜなら、彼はそもそも江崎詩織という人間そのものに興味がないのだから。そう自分に言い聞かせると、志帆の気分はずいぶんと軽くなった。彼女は再び柊也の腕に手を絡め、今日の成果について楽しげに話し始めた。……嬉しいことに、詩織のお気に入りだったあのバルは、まだ営業を続けていた。「すごい、まだやってたんだ」詩織は建物を前にして、感慨深げに呟いた。「オーナーがよほど根気強いんだろうな」京介がもっともらしく頷く。詩織も同感だった。七年もの間、変わらずにそこにある。そ
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第450話

詩織は正真正銘の仕事人間らしく、食事の間中、ずっとビジネスの話ばかりしていた。食事が終わり、京介は二人を車まで見送った。車が走り出し、だいぶ距離が開いても、彼はその場に立ち尽くしていた。テールランプが見えなくなるまで、一歩も動かずにじっと見送っている。ミキはバックミラー越しにその姿を確認し、見えなくなったところでようやく深い溜息をついた。「健気だねぇ、一途すぎて泣けてくるわ」「え、何が?」詩織がきょとんとした顔をする。ミキは呆れたように鼻を鳴らした。「とぼけないでよ。京介さんがアンタに気があるってこと、気づいてないわけないでしょ」親友であるミキに対して、詩織は隠し事をしない主義だ。だから素直に認めた。「……まあ、なんとなくは」「で、どうすんの?」ミキは興味津々で身を乗り出す。「どうもしないわよ」そっけない返事に、ミキはもどかしさを募らせた。「アンタってば、金儲け以外の感情が全部死滅しちゃったわけ? 世の中の男全員が賀来柊也みたいなクズってわけじゃないのよ。あいつに傷つけられたからって、男断ちしなくたっていいじゃない」「別に、そこまで極端に考えてるわけじゃないわよ。ただ、今のところ心が動くような相手に出会ってないだけ」詩織だって、ガチガチの堅物ではないし、誰かのために操を立てるつもりなど毛頭ない。ただ、七年という長い時間を費やした恋が終わった今、心底疲れてしまったのだ。少し休みたい。今はただ、自分を一株の植物だと思えばいい。水を飲み、食事を摂り、陽の光を浴びる。余計な感情を持たず、ただひたすらに光合成をするのだ。花を咲かせたいとも思わないし、葉が枯れるのを恐れることもない。ただ黙々と根を張り、静かに自分を育てる時期なのだと思う。それに、あの手痛い失敗を経て、彼女は一つの真理にたどり着いていた。結局のところ、苦楽を共にし、最期の時まで付き合ってくれるのは自分自身だけだということ。誰かの軒先で雨宿りさせてもらうより、自分で傘を差して歩く方が、よほど確実で安心できる。「それに、男なんてどうせ似たり寄ったりでしょ。あなただってよく分かってるじゃない」詩織のこの一言には、さすがのミキも反論できなかった。なぜなら……彼女の周りにも、ろくな男がいないからだ。見渡す限り、犬以下のダメ男ばかり!
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