この一文を送信するのに、悠人はありったけの勇気を振り絞らなければならなかった。彼にとって柏木志帆とは、常に雲の上の存在であり、清廉潔白な高嶺の花だ。他人の恋路を邪魔するような、卑しい「泥棒猫」の真似などするはずがない。だからこそ、詩織に真実を突きつけられた後、その衝撃的な情報を消化するのにかなりの時間を要したのだ。それでもなお、彼の心の天秤は志帆の方へと傾いていた。長い沈黙の後、ようやく志帆からの返信が届いた。【違うわ】短い否定に続いて、長いメッセージが送られてくる。【確かに、彼女と柊也くんの間には、はっきりしない曖昧な関係があった時期もあるわ。でもそれは、彼女が汚い手を使って柊也くんのベッドに潜り込んだからよ。この事実は、柊也くんのごく親しい人たちしか知らないトップシークレットなの】【悠人くんも知ってるでしょう? 柊也くんの正体は、あの賀来グループの御曹司よ。江崎詩織ごときの身分が、一生かかっても手の届かない天上人だわ。だから彼女は七年もの間、必死にしがみついていたの。その間、柊也くんが彼女を恋人として公表したことが一度でもあった?いいえ、ずっと彼女が一方的に付きまとっていただけよ】――なるほど、そういうことだったのか。悠人は送られてきた文面を何度も読み返し、詰めていた息を長く吐き出した。どうやら、自分はとんだ勘違いをしていたようだ。先輩を疑うなんて、なんて愚かなことをしたのだろう。……翌日。詩織は『中博』の買収案件に係る審査について協議するため、賢との面会を取り付けていた。彼女の要望は単刀直入だった。可能な限り手続きを簡素化し、最短期間で買収プロセスを完了させたい、というものだ。「分かった。担当には僕から急ぐよう伝えておくよ」賢は快く引き受けてくれた。一通りの打ち合わせを終えると、時刻はちょうど昼時に差し掛かっていた。詩織は自然な流れで、彼を食事に誘った。賢は頷くと、部下の森下に一言声をかけてから、詩織と共に執務室を後にした。省庁の建物を出ようとしたその時だ。これから会食に向かうという『リードテック』の社長、須藤宏明と鉢合わせた。彼もまた、公務でこの官庁街を訪れていたらしい。詩織の姿を認めると、須藤は人懐っこい笑みを浮かべて歩み寄ってきた。「おや、江崎社長。お久しぶりです。こちらへはお仕
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