「じゃあ聞くけど、私がどうして見張ってるのか分かってる?」「……」正論を突きつけられると、初恵はぐうの音も出ない。観念したように肩を落とし、大人しく居候生活を受け入れた。最後の一枚にサインを終えると、詩織は腕時計を一瞥した。「さて、時間ね。病院に行きましょう。今日は術後の定期検診よ」検査結果は極めて良好だった。詩織は胸を撫でおろし、その足で母の以前のアパートへ立ち寄ることにした。冬物の衣類など、必要な私物をいくつか持ち出すためだ。マンションのエントランスで、偶然にも隣人の鈴木おばあちゃんに出くわした。なぜか鈴木おばあちゃんの顔は煤(すす)で黒く汚れており、きな臭い匂いが漂っている。初恵が驚いて事情を尋ねると、鈴木おばあちゃんは溜息交じりに答えた。「いやだねえ、台所のコンセントから火が出ちゃってさ、ボヤ騒ぎよ」幸い、同居している息子夫婦がすぐに消火したため、大事には至らなかったらしい。初恵は心配そうに、「古い配線やコンセントは早めに取り替えないと危ないわよ」と注意を促した。鈴木おばあちゃんはしきりに頷き、後悔しきりの様子だ。「本当だねえ。去年、お宅が火事になった時に私も取り替えとけばよかったよ。変にケチったせいでこの有様さ」その言葉に、詩織と初恵は顔を見合わせた。「え?うちが火事に?いつの話ですか?私、初耳だけど……」初恵はキョトンとしている。「あら、ご存じなかったの? 確か去年の今頃よ。お宅の台所から火が出たの」鈴木おばあちゃんは当時の光景を思い出すように身振り手振りを交えて続けた。「あの時、初恵さんは留守でね。詩織ちゃんの彼氏さんが気づいてくれたのよ。なんと彼、うちのベランダから外壁を伝って、あんたの家のベランダまで素手でよじ登っていったのよ!見てるこっちが肝を冷やしたわ。ここ十二階よ?一歩間違えば真っ逆さまなんだから、あの勇敢さには驚いたわ」「去年……彼氏……」詩織の心臓が早鐘を打った。鈴木おばあちゃんが知っている「彼氏」といえば、柊也しかいない。鈴木おばあちゃんも自分の失言に気づいたのか、慌てて言い繕った。「あ、今はもう『元彼』よね。去年、詩織ちゃんから別れたって聞いて残念だったのよ。あんなに誠実そうな好青年、逃がすのは惜しいと思ったんだけどねえ」初恵はそんな出来事があったことなど露知
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